Automatism 17
サムはサイレンを響かせ、助手席のアッシュが顔を引き攣らせる程のスピードでウエスト・リバー沿いのハ−レム地区へとアクセルを踏み込んでいた
それは署から齎された、一つの情報による
数分前、突然警察無線から珍しく焦ったゴ−ドンの声で分析中だったアルバ−トとディ−ンの居場所が分かったと、そのマンハッタンのポイントを繰り返し全車に集合を命じたのだ
定時には入ることの無かった彼等の携帯電話の電源が一瞬だけ入ったのを科学捜査班が見逃さず、その後困難な分析を数時間で成功させてくれた成果だった
「な・・・なあ・・少し落ち着けよ、サム」
「っ・・落ち着け?、ディーンの居場所が分かったのに落ち着いてられる訳無いよ!」
現場への突入部隊は少数のみと決められ、当然サムも、全ての事情を知るアッシュも同行を願い出ていた
だがサムの気持ちと同じように激しくバウンドする車内で舌を噛みそうにしつつ、アッシュは言って来る
「そうじゃなくて、携帯は同じ場所からしかも数回のコ−ルで切れた
・・つまり片方は、もう一人が側に居ると知らずに電話を掛けてたって事だぞ」
「・・・・・」
「しかも電話を受ける側はそれを密かに見ていた
・・・・だから後から録音で聞いてもいいのに、あえてその時に電源を入れたんだ」
考えたくはなかったが、その可能性はサムも考えていた
だからこそ、急いでいたのだ
ディーンが人質になった、その推理が外れている事を願いながら
密かな突入はサムが強行に主張したお陰で、他に後方支援の為にマイケルとジョンを追加しただけで行われることとなり、アルバートに気付かれぬよう3ブロック先で止まった警察車両から、4人は徒歩でその人気の無いビルへと入ってゆく
建物に入るなりマイケルとアッシュが頷き、ここがアルバートの好みの廃墟だとサムにも知れる
確かに、彼等はここに居る
そして
3階までゴミが散乱する階段を足音を忍ばせて上って行った時、遠くから微かに男の笑い声が聞こえた
尋常でない狂気を感じさせるそれにゾッと嫌な光景が頭に浮かぶが、サムはしっかりと銃を握り直しマイケルとジョンを振り返る
「あれはアルバートだ・・・・ここからは僕が行く、犯人を刺激しないように・・一人で」
「っ・・サム!」
「冗談だろっ?」
2人は驚きサムの行動を止めようとしたが、やがてその後方からアッシュが無線で逐一報告を入れると約束して納得した
これは通常の事件とは全く違う
ディーンの状態一つで、全ての状況が変化する恐れがある
それには、サムが適任だろうと
「・・サム・・頼んだぞ、それと・・無理はするな」
「・・分かりました」
サムは頷き、アッシュと共にさらに上層階へと階段を上った
「っ・・はっはっ・・ほぅら、これでもダメか?
何やってるんだ、ディーン・・そのうち出血多量で死ぬぞ?」
「・・ぅ・・くっ・・・」
「っ!!」
声が聞こえる部屋を覗き込んでサムが見たものは、アルバートの持つナイフで何箇所も切り付けられた血塗れのディーンだった
既に嬲られて長時間が経過しているのか拘束されていないにも関わらずディーンの体はぐったりと横たわり、右足は不自然な角度で折れ曲がったままで、その上今浅く切られている胸や脇腹以外にも秘所から酷く出血している
「っ・・サム、落ち着けよ・・飛び出すな」
それが何を意味するか分かっているアッシュは、物陰に隠れるサムに後ろから声を掛けてきた
それにアルバートは右手のナイフだけではなく、左手にはディーンが買ったというコルト1191が有りいつでも殺せるようにその銃口が彼に向けられているのが見えた
「くそっ・・・アルバート・・っ」
サムの銃を持つ手は震えた
愛する人を汚し、自分の目の前で拷問じみた行為を続ける男を殺してしまいたいと思わない人間はいない
だが
「ようこそ、刑事さん・・・サムとアッシュ、かな?、いいタイミングだよ」
「っ!!」
サムは、こちらに横顔を向けているアルバートが突然自分達の名前を呼んだのに驚き、ビクっと体を硬くした
「たった2人で乗り込んでくるなんて勇気が有ると褒めてやりたいところだが、
俺が階段に付けた小型カメラは、今待機してる2人の刑事もしっかり写してるぜ
あれは・・ウェザリーと、やっと無実を証明してもらったメイヤーだな
・・・外も警察でいっぱいって訳か?」
「・・・・」
用意周到にアルバートが取り付けたカメラで全てが知られたのならと、サムは銃を構えたままその姿を現してやった
「・・アルバート・・分かってるなら今すぐ銃とナイフを置け、もう終わりだ」
「はぁ?・・・はい、わかりましたって、俺が置くと思ってるのか?、サム
いくら新米刑事だってそのアッシュから聞いてるだろ?、聞いたら俺の目的くらい推理できる筈だぞ」
サムは、銃口の狙いをアルバートの心臓に定めたまま言った
「この状態でお前の目的を達するのは不可能だ、諦めろっ
・・これで警告は最後だ・・・銃とナイフを床に置け、アルバートっ!」
犯人も銃を所持し、しかも今や人質となったディーンは怪我をしていて命の危険も有る
サムが発砲してアルバートを射殺しても、何の問題も無い筈だった
その瞬間までは
だが
『・・ゆる・・さないっ・・おま・・え・・を・・』
「っ!!」
「っ・・ディーンっ!!」
その時、それまで意識を失いかけている様子だったディーンの目が突然大きく見開かれ、自分に馬乗りになっていたアルバートを睨んだ
そして信じられない速さで身を翻すと、アルバートが手にしていた銃を奪い後ろから羽交い絞めにしてしまう
「・・まずいっ、サム・・あれはっ・・」
「・・取り付かれてるっ・・!」
『今度・・こそ・・僕達を・・殺・・・・こいつ・・も・・同じ目に・・遭わ・・・・・』
「ディーン、やめろっ!!・・ダメだっ、殺すなっ!!」
子供達の霊に取り付かれたディーンの震える手に持たれた銃が、ゆっくりとアルバートの米神へと近づいて行く
「・・はっ・・・・・・はっ・・はっ・・はっ
愉快だよ、刑事さん・・どうする?、今度は銃を持ってるのはお前の相棒だぞ
一転俺は被害者だ・・・・ほぅら、ナイフもお前が言った通り捨ててやるよ」
アルバートは嬉しそうに笑いナイフを床に投げ捨てたばかりか、恐らくディーンが用意して来ていたであろう手錠を取り出し自らの両手を戒めてしまう
「・・っ」
計算通りだった
全てアルバートの
ディーンが今手にしているのは彼自身が買ってきた銃
そしてアルバートはナイフを自ら捨て、手錠を掛けられた状態を作り出した
これでディーンがアルバートを殺せば、いくら傷を負わされたとはいえ殺人は殺人
彼に関係した全ての者が、その非を負う事になる
それに、それだけではない
「新米サム・・・ディーンを射殺する度胸が無いなら、逃げたほうがいんじゃないか?
こうなったら銃なんか構えたって、こいつはお前達全員を殺せる
ひっひっひっ・・・・スゲェ速いだろ?、霊に取り付かれたときのディーンの動きはよ」
「・・っ・・」
目の前でディーンの引き金に掛かった指に少しずつ力がこもってゆくのを見るサムは、このままディーンを殺人犯にしないためにはどうすればいいのか分からなくなった
ディーンを殺したくない
だがこのままなら、アルバートを殺した後彼が正気に戻らなければ命の危険に晒されるのは自分やアッシュ、そして銃声と共に突入して来るであろう2人の刑事
全員が死んでこの真実を知る者が居なくなれば、これは警察という組織の根幹にまで関わる事件になる
そして更に建物の外にまで出れば、凶暴な怒れる怨霊の入れ物と成り果てたディーンは、捕まえようとする警官達にも襲い掛かるかもしれない
「・・・ディーン・・・」
俺に何かあったら迷わず撃て、と
そう言ったディーンの哀しそうな声が、サムの耳に甦る
そして、愚かにも側に居るからもう何も起こらないと約束した、自分の言葉も
「・・ディーン、銃を捨てろ・・捨てないと・・・・・・・・・撃つ」
サムは銃を握り直すと、もはや彼自身の意識欠片も無いであろうディーンに、狙いを定めた
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