Automatism 20
「っ・・ディーン・・・・・っ」
嬉しい驚きで塩の袋を取り落とす前にアッシュはそれを察して受け取り、サムがディーンの横たわるベッドの側へと駆け寄ればさりげなく言って来た
「・・あー・・俺、署に戻るよ・・みんなにお前の様子伝えとくから」
そしてイエスノーの合図の取り決めをサムに教えると後ろ向きでこちらに手を振り、アッシュは気を使ったようにさっさと部屋から出て行った
後に残ったのは名前を呼ぶ以外何も言えず泣くサムと、声が出せないディーン
サムの大きな手に握ら締められた手の甲に、そして床に、ポタポタと熱い涙の雫が落ちる音だけが病室に響く
「・・ディーン・・・・本当に良かった・・っ
でも・・まず謝らなきゃ、こんなことになったのは僕のせいだ・・っ」
・・・・ノー
「でも・・直ぐアッシュが適切な処置をしてくれて・・助かるって信じろって
・・・もちろん信じてたけど・・・・今まで長くて辛かった・・・凄く・・・」
ディーンはサムの目の下に随分と濃い隈があるのに気付き、何気なく横のカレンダー付きのデジタル時計を見て驚いた
・・・!?
クイクイと指でそれを示せば、サムはディーンと時計を見比べて頷く
「そうだよ・・ディーンは一週間も意識不明だった
なのに僕がたった一度、塩を買いに外に行った数分の間に起きるなんて・・酷いよね」
・・・イエス
確かに死ぬ程心配させたんだと自覚したディーンは、泣きながら笑ったサムの表情に熱いものが込み上げて、その腕を引き寄せた
そしてキスして欲しいと唇の動きだけで伝えようとした瞬間、あの事件の現場でのアルバートが明かした話が甦って来て、ギクリと身を固くする
・・・っ
思い返せば以前子供の霊に同調してしまった理由である子供時代の忌まわしい過去も、自暴自棄に陥っていた刑務所の中で起こった事も、サムに知られてた
彼にだけは絶対に知られたくなかった事を、全部
その上アルバートに犯され、ボロボロだった体まで見られてた
「・・・・ディーン?」
それなら、今は相棒だった自分を殺してしまわなかった事を喜んでいるが、きっとサムはこんな汚れた自分をいつか捨てる
暫くは酷い怪我をさせた負い目で、優しくしてくれているだけ
当然だ
いい気になるな
・・・・・
ディーンは急速に冷えた心に息苦しさを覚えて、急いで手を掴んでいた離し顔を背けた
「・・どっ・・どうしたんだよ、ディーン・・・気分悪いのっ?!」
・・・・・
「ねぇっ!・・・・どうしちゃったんだよ、急にっ・・っ」
おろおろとベッドサイドで慌てるサムに、ディーンは近くにあったメモとペンを掴んで一人にしてくれと書き殴った
疲れて、急に眠くなっただけだと
「っ・・・・・・・本当に?・・・・・なら、僕は行くけど・・」
・・・・・・
心配してくれる、優しいサム
愛しい、サム
だが元気になったら、少しでも自分で動けるまで回復したらこの病院から姿を消そうと、その時のディーンは心に決めた
恐らく喉元に大きく残るであろうこの傷痕で、サムの未来を縛るなんて真似はしたくない
「ぁ・・・塩・・塩置かないと、駄目だよね?」
・・・・・・
そうだった
その力も、多分もう自分には無い
この部屋に塩も護符も無いのに少しも霊の気配を感じない事実と、夢の中で聞いた幼い声が呟いた言葉
あれは明らかに、死者と対話する能力を指している
刑事でもなく死者と話す力も無く、勝手に犯人を追って無様に人質になるような役立たずの人間がこれ以上サムの側に居ていい筈なんてなく、確かにあの影が言うように望んでいなかった能力ではあったが今になるとそれも皮肉だった
・・・・・
ディーンはもう一度さっき書いたメモを乱暴に突き出し、サムから顔を背けたまま目を閉じた
眠るつもりは無かったが、やはり体力の落ちていたディーンは何時しかそのまま眠ってしまっていた
そしてふと浮上した意識に、人の気配を感じる
死者ではなく、確かに人の
しかも慣れた人間の気配
・・・サム?
目を開けようにも体は覚醒していない状態なのか言うことを聞かず、ディーンは恐る恐るそっと近づいて来るサムを寝息を立てながら窺った
すると暫く顔を覗き込んでいたサムは、やがて枕元に手を付き腰を屈めて唇にキスを落とした
・・・・・・どうしてこんなことを?
全てを知って嫌になった筈
でも、もしそれが違ってたら?
このキスが以前されたものよりも軽いのが、喉元に幾重にも巻かれた包帯や吊られたままの折れた右足、体中のナイフ傷の上に張られたガーゼのせいだったら?
あんな過去がある自分でも、まだサムが好きだ言ってれるなら?
こんな状態でなければ、許されるのなら、一刻も早くサムと一つになりたい
ディーンは、本当は、そんな気持ちだった
軽く始まった口付けは、同じように体重をかけないように気を使いながら離れて終わる
そして病室には静寂が訪れ、ディーンの意識は再び深く潜った
それから数日
今も自殺を考えているという誤解を筆談でどうにか解こうとしたディーンだったが、それからもアッシュかサム、それに交代でやってくる見舞いの刑事や夜勤の看護婦が、さりげなく常に病室を監視していた
それでもなぜか自分が彼等から用済みになるような気がして能力の喪失は打ち明けられず、また怖くてサムの気持ちも確かめられないまま、ディーンの心だけを置き去りに肉体は着実に回復していった
喉元の大きな縫い傷も無事化膿すること無く、やがて掠れながらもディーンは声が出せるようになる
「・・・サ・・ム・・・」
僕の名前を言ってみて、と強く請われて小さく言えば、サムはとても嬉しそうに笑った
ベッドから上半身だけ起こせるようになった体を、そっと抱き締めてくれた
「・・良かった・・これでディーンのして欲しいこと、ちゃんと直ぐ分かる」
サムは事件の後処理を終えてからは有給休暇を取って病院に泊り込んでくれるようになっていて、甲斐甲斐しく食事の世話をしてトイレに行くのまで手伝ってくれていた
「・・サ・・ム・・・いい・・んだ
・・・・・俺・・んかよ・・り・・他・の・・・・と・・・」
「?・・他に・・って何?・・僕がディーンより優先することなんか有る訳ないだろ?
安心してていいんだ・・・入院してる間は、僕が全部面倒見るって決めたんだから」
「・・・・・」
入院してる間は
それからは?
それからは、ひとり?
やっぱり側には居てくれない
許されない
「・・そう・・か・・・なら・・・・・・うれしい・・よ、サム・・・」
嬉しい
例えその限られた時間だけでも
ディーンは寂しく微笑んで、サムのシャツをギュと握った
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