Triple rainbow 2
ジャレッドの初めての精通は、義理の父の手に依るものだ
その家に引き取られた時まだジャレッドは6つだったが、孤児院での手続きの時に聞いていた優しい母親の居る暖かで裕福な家庭はそこに無く、白人の中でも最下層と言われる錆だらけのトレーラーハウスでの生活が待っていた
異常性欲者だった義父の悪戯はその頃から始まって、賢いジャレッドは自分がこの男の性的玩具として引き取られたのだと直ぐに理解した
やがて成長し受け入れる事同様彼を犯す事も要求されたが、半ば慣習となった義父と過ごす夜をその頃にはすっかり諦めていたジャレッドは、高校に通うようになり女性と付き合うようになっても、拒まなかった
それに、子供の頃自分を好きにした義父を組み敷いて喘がせるのは、なかなか気分が良い
支配者と自分の、反転
まるでごっこ遊びの、医者と患者の役割交替
だがそれは、義父の精神の中で幼児性愛とサディズム、女装趣味とマゾヒズムが複雑に絡み合っていたのと同じく、正常に発達できる筈もなかったジャレッドのセクシャリティも又迷走させ、混沌とさせていった
そして、それは今でもジャレッドを混乱させる記憶に変わりはない
閨で義父の肌に常に有った、刺青
苛立つ程に熱い肌に、浮かび上がっていた深い藍色
今でも明確に思い出せるそれが、再び目の前にある
それで甦るのは、義父の鼻を付く体臭、ベタつく彼の汗の手触り、豚のような喘ぎ声の筈
なのに、今隣に居るのは、美しい生き物
彼は?
彼は、何を求めている?
何を?
「失礼、備品の整理を」
「・・っ」
不意に背後からかけられた刑務官以外の野太い声に、ディーンを前にしたジャレッドの妄想は途切れた
振り返れば係の囚人なのか、衝立の向こうから一人の黒人が顔を覗かせている
「今、身体検査中だ、・・後にしろ、ゴードン」
当然刑務官に注意されたがその囚人はまるでそれが目当てだったと言わんばかりに、後ろを向いていたディーンの裸体を嘗め回すように見物し去って行く
「・・・・」
ディーンはずっと知らぬ顔で前を向いていたが、ジャレッドはその事で酷く不愉快になり自分でも気付かぬまま、目の前の棒に強く爪を立てていた
面会させられた、その刑務所の所長のルドルフという男は、不気味だった
その青ざめた顔色と口元に張り付いた微笑みから感じる禍々しさには、ジャレッドでも無意識に目を逸らす程に
罪の償い、社会への復帰
だが、そんな決まり事のような話を能面じみた表情で入所したばかりの受刑者に語るその男に、ディーンは対峙した瞬間から少し様子が変だった
驚いたように目を見開き、あんなにも強く素早い彼が、恐れるように後ろにじりじりと下がる
まるでルドルフの後ろに、亡霊でも見えているかのように
そして、ルドルフも只ならぬ目で、ディーンを見つめていた
「そこと・・そこが空いてる」
所長との面会を終えれば、これから刑務所の中での住まいとなる房に案内される
放射線状に広がる不思議な作りのそれは、6人の分の寝所スペースと洗面台、便所で一つの部屋になっている
「・・・臭ぇな」
立ち尽くすジャレッドの横でディーンは先輩受刑者たちの威嚇の篭った視線も無視し、いきなりバタンと音を立てて便所の扉を開け、その部屋の中の一人を指差した
「おい、お前・・・掃除しろよ」
「っ・・なんだとぉぉ?!、便所掃除は新入りの仕事だろうがっ!!」
解り易い展開
よくある、新入りと古株の力比べ
だが、一つ違うのは相手が、このディーンだったという事
即座に彼に突っ掛かって行った2番手らしき男は、瞬時に壁際まで吹っ飛ばされた
次に立ち上がったその部屋の巨体のボスも、頭突きで怯んだところを顎を強かに殴られ、床に転がり弛んだ腹を蹴り付けられる
1つ
2つ
そして立ち上がった男にも、1つ
体格的に勝る事など、猫科のディーンの前では全く意味を成さない
例えその手の中に捕まえたとしても、スルリと抜け出す
彼は、闘いに心底、慣れている
「・・ゃ・・・やめろぉぉ・・」
そして獲物を探す飢えた獣は、壁際に身を隠す臆病な草食獣も引き摺り出した
抵抗もせず許しを請い喚く体を殴り、蹴る
何度も
容赦無く
「・・・・・・」
もはやたった一人、ジャレッドだけが、そこに存在して居ないかのようだ
肉と肉がぶつかり合う鈍い音、悲鳴、苦しげな低い呻き声
それは、騒ぎを聞きつけた看守が部屋に駆けつけるまで、続いた
夜
人を殺せば夜、その被害者が必ず夢に出て来て魘されるのだと聞いた事が有るが、それは嘘だとジャレッドは思った
極悪人ばかりの囚人達からは幾つもの安らかな鼾が聞こえてくるし、ジャレッド自身殺した男の顔も思い出せない
覚えているのは、その肉を分厚いガラスの灰皿でグチャグチャにした感触と、体に有った刺青だけ
義父のものとは明らかに違った下品な柄だったが、それだけは克明に覚えている
だから、ホテルまで付いて行った
多分
だが、最近では抱いても、抱かれても吐き気がした
女も、男も、嫌いだった
だけど
「・・・・・・」
月明かりの下、ジャレッドはそっと隣のディーンを覗いた
張り詰めた背中の筋肉を滑り落ちる、彼の汗を見つめた
体毛がかすかな光に反射して光る様も、彼の形の良い足が床に落とす影も
ディーン
声に出さずジャレッドは呟き、彼の代わりに自分の指を舐めた
ジンと痺れる疼きに気付かぬフリをして、ただ一心に、舐めた
ディーン
だがまだジャレッドは、彼を自分のものにしたいのか、自分を彼のものにして欲しいのかさえ解らなかった
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