Triple rainbow 3
ジャレッドの刑務所での仕事は洗濯と決まり、農作業をする男達を尻目に好きなだけ水も浴びられる、比較的恵まれた環境だった

ただずっと浅い水槽の中の衣類を踏んで過ごさなければならないが、この暑さの太陽の下で重労働を課せられるよりはずっといい



「なあ・・・最近、外で何かあった?・・デカイ事件とか」

ジャレッドはそこで、同じ作業に就くアンディという若者から話し掛けられた

「・・・・別に・・・」

「・・・・」

話す気分ではないジャレッドは無愛想に俯いて答えたが、人一倍小柄なアンディは新入りの自分を警戒してどんな人間か探っているのかと思い当たり、顔を上げて目を合わせてやった

「ごめん・・僕は新聞もテレビも・・・見てなかったから」

「・・そっか」

アンディはとりあえずまともな会話は可能な人間だと知り、安堵した様子で笑って見せた




「お前ってさ・・・どっちか、いまいち分らないんだけど」

暫らくの沈黙の後、再びアンディは言った

「どっちって・・?・・」

「やる方か、やられる方か」

「・・・・・・」

唐突な会話に、ジャレッドはアンディを見た

「だって・・ここじゃそれって大事だろ?
 まあ、俺はやる方ですって主張したって、力負けしてどうにもならない時もあるけどな」

「・・・・君は・・どっちなの・・?」

アンディは心外だとばかり目を剥いた

「俺はどっちでもないぞっ・・・女が好きだ
 生きる為に、大人しくやられる事は・・・たまに有るけど」

「・・・・・・・」



男も女も  犯すのも犯されるのも

全部同じだと、ジャレッドは思った

吐き気がする



だけど



「・・っ」

「どうした・・?」

太陽の角度が変わり、丁度ジャレッドの目に遠くに有る宇宙基地の発射台に反射した光が飛び込んできた

「あれって・・」

「・・ああ、わが国自慢の最先端宇宙工学の結晶
 何時発射するのか知らないけど、随分前から設置されてるぜ」

「・・・・・」

ジャレッドはそれを見て、昨夜のディーンを思い出した

ジャレッドの房の薄い壁には小さな穴が開いていて、陽の出とともに一筋の光がそこから体を照らし、覗けば遠くに有る発射台が綺麗にその円の中心に有った

そしてその時、背後に彼が起き上がる気配

「どこ行くつもりだよ?」

竦んだように動けないジャレッドに、ディーンは言った






「あっ・・ほら、あいつ・・・気を付けろよ、ジャレッド」

アンディの一言で昨夜の回想は途切れ、ジャレッドは促されるまま目の前の農作業場に目をやった

「あの黒人・・ゴードンっていって特待生なんだ
 医務室にも入れるし、雑用から備品やら一手に任されてる
 ・・取り入れば色々便宜図ってもらえるって噂だけど・・・」

「だけど・・?」

言い澱むアンディに引っかかるものを感じたジャレッドは、尋ねた

「・・なんか、危ない奴って感じがしてよ・・・勘で分るだろ?、そうゆうの」

「・・・・・」

そしてそのゴードンという男は、ジャレッドの視線の先で農作業に就く男達の中から一人の囚人を呼び出していた

それは、ディーン

「・・っ・・・あいつっ・・」

「ん?・・ああ、同房の新入りか?・・・だけど、どうしたんだよ?」

ディーンを何処に連れてゆく気だと、ジャレッドは思わず水槽から出てどんどん進み、彼等を止めに入ろうとする勢いだ

「やっ・・やめろってっ!!、ジャレッド・・・お前・・あいつのコレか??」

アンディはそんなジャレッドを羽交い絞めにして制止し、小指を立てて尋ねた

「違うっ・・・違う・・けど」

「じゃ、おとなしくしてろよ・・それに、ゴードンに睨まれたら面倒だ
 ・・・だけど・・・おかしいな、ゴトーンが掘られるのが好きなんて聞いてねぇけど」

「・・・・・」

「でも・・あのディーンってのが、大人しくやられる訳ないよなぁ?
 ただ単に、なんかの作業を手伝わせる・・だけかな・・?」

2人は堂々と建物の中に消え、呆然と見送るジャレッドの背後ではアンディが余程たった今の出来事に興味を持ったのか、まだ小声でブツブツと何か呟いていた




































その日初めて食堂に入ったジャレッドは、すぐ一人の屈強な男にある事を命令された

だが、新入りにありがちな通過儀礼と綺麗にそれを無視し、自分の分のトレイだけを持って来て椅子に座る

「おいっ!・・俺の分先に持って来いって言っただろうがっ」

思った通り座った途端近寄ってきた男に怒鳴られたが、ジャレッドは少しも怖くなかった

殴りたければ殴ればいい

もっと酷い事も、したければすればいい

「分ってんのかよっ!」

手始めにと、男の手がジャレッドの側頭部を叩く

しかし


「っ!・・」

その時、何故か横を歩いて来たディーンがすれ違いざま、そ知らぬ顔で男の顔面を平手で打った

「っ・・・何すんだっ、てめぇっ!」

ガタガタと椅子が倒れる音がして、ディーンに飛び掛ってゆく男に釣られ、取り巻きも立ち上がる

「・・・・」

すっかり男達の注意は彼一人に集中し、房の中とは違う圧倒的な敵の数

しかし、ディーンは、ディーンだった

立ち尽くすジャレッドの前、見惚れる程の見事さでと残酷さで、次々に男達を葬る

中央で彼だけが神託を受ける巫女のように、踊り続ける






「ぎゃぁぁぁああああああ!!」

そして

力任せに彼を壁際に追い詰め油断した一人の巨漢は、次の瞬間にはディーンに耳朶を食い千切られることになった

その男の悲鳴と共に、ジャレッドの脳裏には肉塊を吐き出し唇を真っ赤に染めて佇むディーンの姿が、はっきりと焼き付いた






























加害者の名前はジャレッド・パダレッキ、被害者の名前はディーン・ウインチェスター

ジャレッド・パダレッキは、ディーン・ウインチェスターの首を絞めていた現場を発見されて直ぐ、そう刑務官に対して自供

パダレッキは、事件当時ゲイバーに勤務

ホテルで客の一人に性的暴行を受け殺害、死亡推定時刻の深夜から翌朝の午前8時までの間、死体損壊を繰り返した


「今回も・・そうなんですかね?」

「・・ん?」

2人の刑事は、今は事件現場の房の中に居た

「ウィンチェスターに・・・それで・・」

「・・・・違うだろう・・それに殺したのは多分、あいつじゃない」

先輩刑事はそう答え、資料を手にウィンチェスターの死体に向き直り、ある一点を示した

その首にくっきりと残る、赤いラインを

「これは紐かなんかで締めた痕だ・・・なんでまた手で締め直す必要がある?」

「しかし・・・パダレッキは、繰り返し死体損壊をする癖があります」 

「じゃ、紐は?・・・どこにある?」



それに


動機は?





動機


それこそ最も重要だと、2人の刑事は再び推理の思考の大海へと漕ぎ出した





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