Triple rainbow 5
2人の刑事はもはや犯行を自供したパダレッキの無罪を確信し、他にディーン・ウインチェスターを殺害する充分な動機を持つ者の洗い出しを始めていた
パダレッキに殺人の罪を被せられる立場や力の強い者、又彼自身が庇いたいと望むような者を
まず、被害者と同じ房の囚人達にこの事件についての考えを聞く
「・・ってかぁ、本当なんっすか?・・首絞められたって」
ウィンチェスターの事件について聞きたいと告げれば、一人の囚人は聞いて来た
外傷は他に無い事を伝え、どうしてそう思うのかと刑事は尋ねる
「だってよぉ・・・あいつが誰かに殺されるって
後ろから頭殴られたとかならわかるけど・・・考えられねぇよ・・・なあ?」
周りの囚人達も、口々にその考えを肯定した
「あいつ殺せる奴なんて、この中に居ねぇよ
・・殺してぇって奴はいっぱい居たけどよっ!」
「悔しいけど俺だって、多分・・逆に殺られる・・」
ではパダレッキならば?と、刑事は言う
「・・・・・・」
途端に、房の中の空気が変わった
「・・ぁぁ・・・」
「・・・あいつ・・なら、まあ・・・」
囚人は互いに顔を見合わせ、小さく頷く
「確かに・・ジャレッドが殺したって言うんなら・・納得出来るっていうか・・」
「あいつ殺せるの誰かっつって・・・・ジャレッドで言われればまあ、そんな気もするな」
2人の刑事は不可解な気持ちのまま、顔を見合わせて房を出た
誰から見てもパダレッキはウインチェスターにとっての『特別』だったという、囚人の証言をメモに書き留めながら
その理解に苦しむ被害者との特殊な繋がりがパダレッキの動機なのかと考えていた刑事達は、次にこの刑務所の所長ルドルフに話を聞く為に廊下を歩いている途中、追い付いた警官から新たな情報を手渡された
それは所長こそが、ウインチェスター殺害の充分過ぎる程の動機を持つという証拠
パダレッキには、動機が有る
自供も有る
だが、物証が無い
もう片方には、完全なる動機
それならば
刑事達は直後向った所長室で、所長のルドルフにたった今手に入れた事実を突き付けた
5年前、この刑務所にウインチェスターが入所していたという事、そしてその理由を
「そうです・・・前回もウィンチェスターは収容されてまいりました」
不自然なほど薄暗く寒い部屋の中、ルドルフはたった一人机を前にして2人を待っていた
「罪状は婦女暴行・・・・・私の家内を強姦致しました
そして偶々私が所長を務めいてたここに・・・恐ろしい偶然もあったものですね」
じっと身じろぎもせず仮面のような表情を崩さないルドルフに、その後奥様はどうなりました?、と、知っていて尚刑事は聞いた
「・・自殺しました」
更に刑事は、彼を激昂させるであろう言葉を選ぶ
愛していなかったのか?、と
だから妻を犯した男を前にして平然としていられたのか?、と
すると、ルドルフはその青白い顔でニィっと笑った
「失礼ですね・・・・・しかし、誤解はなさらぬよう
私はウィンチェスターを恨んでいます・・彼に対する殺意だけは誰にも負けません
ですが私は家内の夫であり、刑務所所長として罪を犯した者達に償いをさせるのが務め」
だが刑事には、この狂気を孕んだ男がそこまで仕事に殉じているとは思えず、ルドルフも敏感にそれを察して答えた
「貴方達は私が恨みを押し殺せず、ウィンチェスターを殺害したと思っていらっしゃるのですね?
・・・・・違います」
そしてその気持ちをそのまま言葉にして問いかけた刑事に、ルドルフは告げる
「仕事に殉じているのが理由?・・・・・違うでしょうね
自分が無力であるという事を知り過ぎたかもしれません
私達が何をしようと囚人達には関係ないのです・・改心する者は結局自分の良心で改心する
しかし我々が手を尽くしても、犯行を繰り返す者も居る
ウィンチェスターが犯行を繰り返し、又ここに来たように・・・・・ふふ・・ふふふ」
暗く湿った部屋に、ルドルフの低く小さな笑い声だけが響く
「私のこの笑顔は呪いです・・・・・思うようにならぬ・・世界への、ね・・」
完璧な動機
しかし、所長のアリバイは確かめられた
「所長が第三者にやらせた可能性は?」
「パダレッキとルドルフは初対面だ・・それは証明されてる」
「では他に・・・2人以外に動機の有った者は?」
刑事達は刑務所の中を歩きながら、看守や囚人の証言をもう一度全て思い返してゆく
入所以来、暴力沙汰の絶えなかったウィンチェスター
刑務所内全てのグループから恐れられ憎まれるまでになり、ある意味その全員が容疑者だ
「結局、現在確認できるのは・・・・自供と、絞殺だという事だけか・・」
「・・そうですね」
「・・それにしても、被害者の育った環境は最悪です」
2人は螺旋階段を上り屋上へと向いながら、ディーン・ウィンチェスターの幼少期からこれまでを手短に振り返る
それは、悲惨という一言でしか言い表せない環境だった
最下層の収入でも、道徳心の有る親は居る
収入が無く道徳心も無く麻薬漬けでも、子供に暴行しない親も居る
だがウィンチェスターの場合は、全てが最悪だった
「確かに同じような環境でも真っ当に育った子供も居るでしょうが
・・同じことを彼には言えない・・・これじゃ・・・彼を責められない気がします」
刑事が彼の資料を捲る手も重い
「この両親・・この性犯罪者は、どうして小さな子供にこんな事をするようになったんでしょう?」
「それは分らん」
「・・この狂った連鎖は、どこまで遡れば?」
「・・・・・」
真っ赤に染まる夕焼け
2人の刑事は、まるで狂気のDNAの根源を辿る探求者のように、重い気持ちのまま錆びた鉄の螺旋階段を上り続けて行った
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