Triple rainbow 6
「見に行くか?」
ディーンは言った
疑問文で問い掛けたくせにジャレッドの返事も聞かず、ディーンは房を出ると一人誰も居ない廊下を進んで行く
急いで後を追いかければ、彼は廊下の突き当たりに有る古びた扉を開けた
そこからは鉄製の螺旋階段が上へと伸び、カンカンと足音をたてて上れば、丁度夕暮れで真っ赤に染まった空がどんどん大きくなる
「・・・どっちに行きたいと思う?・・天国か宇宙なら」
屋上からは遠くに宇宙センターの発射台が見えて、その周りはまるで生き物を拒絶するかのような広大な砂漠地帯が取り囲んでいた
「天国がもしあるとしても、宇宙だな」
ジャレッドの唐突な問い掛けにも、ディーンは答えてくれた
「・・なんで・・?」
「人が少なそうだろ」
「・・宇宙人、いるかもしれないよ?」
「いねぇよ」
屋上に落ちていた潰れたペットボトルを蹴りながら、ディーンが笑ってくれた気がした
「っ・・じゃあ、天国は信じてるの?」
「お前がどっちって聞くから、答えたんだろ」
不思議だった
ディーンと、こんなふうにしている自分が
そして自分と、こんなふうにしている彼も
「有ると思う?・・死んだあと」
沈黙が怖くて、ジャレッドは話続ける
何でも良かった
ディーンと話していられるなら
「知らねぇよ・・・俺がどう思おうが有るなら有るだろうし、無ければ無いんだ」
「なんで・・・なんで、人が少ないのがいいの?」
「鬱陶しいんだよ」
「じゃ・・・なんでやるの?」
「・・しねぇと、苛々するから・・・それだけだ」
嘘だと、ジャレッドは思った
だが、彼に大して真実を確かめる勇気が出ない
僕じゃダメなのか?と聞きたかった
それだけのことなら僕としてくれてもいいだろうと、言いたかった
だがそんな想いを込めてじっと見つめれば、あっさりとディーンは自分から認めた
「言っとくが・・突っ込まれてんのは俺の方だぞ、ゴードンじゃねぇ」
「・・・っ・・」
驚いた
内容に、では無く
「お前、そっちも出来るのかよ?」
そして悪戯っぽく笑う彼の表情に、口の中がカラカラに乾いた
出来る
義父だって犯せた
それに何時も耐え難くなる吐き気や頭痛、湧き上がる殺意だって、ディーンとならきっと無い
「・・でき・・る」
漸く絡まる舌を動かして、ジャレッドは言った
だが、自分は彼が望む物は与えてやれない
「・・やめとけよ・・それにお前は、俺の欲しい物を持ってない」
知ってる
どんな理由か知らないが、ディーンはあの薬がどうしても必要なのだ
「っ・・だったら・・僕が・・僕がゴードンから貰ってきたら・・・僕をっ・」
だが、ディーンはゆっくりと首を振り、背を向けた
まるでお前だけはこっちに来るな、とでも言いだけに
「何で・・何で時々僕を守ってくれるのっ?!」
もう僕はとっくに狂ってるのに
「お前はどっちに行きたい?」
「・・・?・・」
やがてこちらに背を向けたままのディーンの声がして、幻聴かと思いながらジャレッドは答えた
「・・・・宇宙」
「本当は?、どっちに行きたい?」
「・・・・・・」
「俺はあれに乗る、お前はダメ」
ディーンは子供のように無邪気な仕草で、発射台を指差す
ジャレッドはもう、僕も一緒に行っちゃ駄目かとは聞けなかった
そして呟きにも似た、風に乗る彼の声を聞いた
「私の前を歩くな、
私が従うとは限らない
私の後を歩くな、
私が導くとは限らない」
「・・?・・」
「ソーク族の格言だ・・・続き、知ってるか?」
知らない
いや、知ろうとしなかった
義父はネイティブアメリカンのソークの血を引いていて、だからこそジャレッドは彼に少しでも関係するものを拒み続けてきた
だがそんなものでディーンと繋がれたのかと、ジャレッドはそれを酷く後悔した
何故かディーンはジャレッドが首を振るのを安堵した表情で見つめると、一人屋上を後にした
「お前が殺ったんじゃないのは分ってるんだ」
事件の捜査が暗礁に乗り上げた今、刑事達は再びパダレッキを取り調べていた
だが一貫して最初の自供と同じ言葉を繰り返すだけで、新しい供述は何一つ取れない
「・・僕がやりました」
「それはもういい
じゃ、聞くが・・首を絞めた紐は?、どこだっ?!」
「・・・・」
刑事は、キュっと噛み締められた唇に、まるで選ばれた者が自分でない事を悔しがるような仕草だと思った
誰かを庇って、その発覚を恐れる表情ではない
妙な話だが、パダレッキは犯人になりたがっている
自分の意思で
そしてその後、刑事は聞いた
消え入りそうな、彼の小さな呟きを
「僕が・・やったんじゃないとすれば、虹・・・三重の・・・」
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