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酷く、雨が降っていた

「来い、ウインチェスター・・所長がお呼びだ」

ジャレッドはまたかという思いで、隣のディーンを見た

貴重な自由時間に所長との面談に房から連れ出されるディーンを見送るのは、これが初めてではない

何時も使いの看守が来ると酷く表情を強張らせるディーンが、今日も俺は何も問題を起こしていない筈だと言い返しているのが聞こえてくる

だが、それも虚しい抵抗

すぐ彼は房から連れて行かれ、暫らくは帰って来れないのだ

冷たく、暗い部屋

ルドルフは、連れて来られたディーンに微笑みかけていた

まるで旧来の友を迎えるように、一杯のコーヒーさえ差し出して、嬉しそうに

「昨晩・・妻がやって来てね
　君のことを心配していた」

だがディーンの身体は強張り、看守に押し込まれた位置から一歩も動けない

「妻は君に、すまなかったと思っているそうだ
　自分が自殺してしまって、君が心を痛めていないだろうかと」

何かが居た

２人の他に

確実に

「飛び降りるくらいなら君の元に行って、「もう何でもない」と、言ってやれば良かったと
　・・・それで、私のもとに・・・」

「・・っ・・・」

ディーンの目は、ルドルフを見てはいなかった

彼の座る机の横

その暗がりに蠢く何かから、目が逸らせない

「代わりに伝えて欲しいそうだ
　・・・・気に病むな・・・・全て忘れて・・前向きに出直しなさい・・・」

蠢くもの

それは、亡霊

長く濡れた黒髪も、青白く浮き出た手足の血管も、あの日と同じ

それが手足を有り得ない不自然な角度で曲げ、土蜘蛛のように床を這う

大きく開いた脚の間にある顔は赤い口を広げて笑い、上目遣いに見つめている

キシ　

キシ

キシシ

そして床にその長い爪を剥がれるほど立てて、身体を引き摺ってこちらにやって来る

ルドルフは、カタカタと小刻みに震え立ち尽くすディーンを愛しそうに見つめ、ニィっと微笑んで言った

「・・・お砂糖と・・・ミルクは・・?」

「何の話だったの?」

「・・・亡霊の」

「・・・・・・・」

屋上で所長室から帰ってくるディーンを待っていたジャレッドは、それを聞き間違いだと思い流した

それに聞き間違いでは無かったとしても、所長室での事をディーンは話したがらない

自分もどうしようもない部分があるのに同じように、彼にもあるのだと容易に想像がつく

「っ・・・虹?」

その時、さっきまで降っていた雨が止み陽が射した背後を何気なく振り返ったジャレッドは、そこに虹を見つけた

「・・・二重・・・三重?」

信じられないことにそれは3つ重なって、しかも通常の虹とは異なり太陽側の空に架かっている

奇跡

きっとこれは奇跡のような確率だと、気象の知識など無いジャレッドでも分った

「・・・・?」

だが背後から聞こえる切ない吐息に、ジャレッドは漸く虹の出た空を見上げたディーンが泣いているのに気付いた

形の良い肉厚の唇は震えて、今は赤く染まったヘイゼルの瞳からはポロポロと雫が流れ落ちている

刹那

肩を震わせる彼が子供に戻って、手には盗んだパン

頬には殴られた痣

傷だらけの裸足に、ロープの痕

「・・・・・違う・・のかな・・
　僕は・・ディーンみたいになりたいんじゃないのかな・・」

支配されたいのでも、支配したいのでもない

それならと考えても、分らない

こんな感情は、知らない

ジャレッドは引き寄せられるように近づき、ディーンに手を伸ばした

汗と埃、太陽の匂い

胸の中に引き寄せる

「・・や・・めろ・・」

弱々しい、彼の声

抱き締めた

「っ・・やめろぉぉぉっ!!」

「・・っ!」

屋上のゴツゴツとした地面に叩き付けられて顔を上げれば、そこには大人になったディーンが居た

そして

哀しそうに顔を歪めてこちらを見て、彼はジャレッドの前から去っていった

永遠に