Triple rainbow 8
その時
食堂に彼の姿が見当たらないのに気付き房に戻ったジャレッドは、その異様な光景を目撃していた
その茶色い瞳の中にゴードンの逞しい体とその下に組み敷かれたディーンの身体が映り、魅入られたようにフラフラと近寄れば、彼等の2つの手は共に細い紐を掴んでいるのが分る
「・・や・・やめろぉぉぉっ!」
気道が圧迫される鈍い音と、ディーンの喉に絡みついた紐からのギリギリという音
そして、ゴードンの、悲鳴じみた声
すぐジャレッドは、違うのだと悟った
ゴードンは彼を殺そうとして襲い掛かったに違いないが、今はもうその意志は無い
左右に力を込めて引いている腕は、ディーン自身のもの
そう
彼は、自ら
自ら
「ぅ・・うわぁぁぁぁぁ!」
やがてディーンの手は力無く床に落ち、ゴードンは手の肉に食い込む程になった紐を握ったまま、その場から逃げ出す
そして、ジャレッドとディーンの亡骸だけが残った
「・・・そっちの方が・・・良かったんだね・・宇宙よりも・・」
眠っているような彼を、ジャレッドは見下ろす
「僕が・・やってあげたのに・・・・・・そんなに・・死にたかったんだね・・」
まだ暖かい彼の首をそっと両手で包み込み、浮かび上がっていた藍色の刺青がどんどん消えてゆくのが堪らなく悔しくて、力を込める
「それくらい、やらせて欲しかったよ・・・そんなことまで、他の奴にやらせなくたってっ」
あそこで虹が出なかったら
僕が抱き締めなかったら
どうなってたの?
「・・ねえ・・?・・・ディーン・・」
首を吊ったゴードンだが発見が早く、一命を取り留めた彼への取調べと残していた遺書から、事件の全貌が明らかになった
「結局、痴情の縺れ・・・ってことですかね?」
「・・そうだな、パダレッキも所長も恐らく関係無い」
2人の刑事は向かい合って座り、無気力に目の前に集められた取調べ記録と資料を眺めていた
「ゴードンは特待生としての立場を利用して、ウィンチェスターと関係を持った
その見返りとして手渡していたのは、精神安定剤と強い睡眠薬
そして・・・その関係は最近まで問題無く続いていた」
「だが、ゴードンは裏切られた、と・・」
「ええ、ウインチェスターから一方的に関係の終わりを切り出されたそうです
その理由は告げられず、他に男ができたからだとゴードンは言ってます
・・ですが・・・これは眉唾ですね」
ゴードンの様子は彼が精神的に正常なのかを疑わせるもので、一貫して犯行の理由をウィンチェスターが自分を裏切ったのだと主張した
愛していたのに
全てを捧げたのに、他の男に走ったと
だが最も可能性が高いとされるパダレッキが否定した以上、他にそんな人物は見当たらない
「でもある意味分かりますよ・・今回ゴードンがこの刑務所に入手した罪状は、妻の殺害です
しかも事件後調べても浮気した事実は無かった・・・全て彼の妄想だったんです」
「つまり・・同じ事を繰り返した、ってことか?
だが・・薬が必要な筈のウィンチェスターが、急にこの関係を絶つと言い出した理由は何なんだ?」
「・・・理由・・それは・・ゴードンに自殺幇助を促す為ですかね?
それならわざと居もしない相手を何気なく匂わせて、ゴードンを狂わせたのかも・・」
分厚いメモをパラパラと捲り、何か見落としていた点は無いかと刑事は確認する
そして、ゴードンは無関係とされていた為そう重要だとは思っていなかった、パダレッキの仕事仲間の初期の証言を思い出した
それは、アンディ
以前、彼は言っていた
『事件の何日か前、ジャレッドに聞かれたんですよね
ゴードンと取引したいんだけど、話を付けられないかって
もちろんそんな事に関わりたくないし、断ったんですけど
え?・・・理由?
もちろん聞きましたよ、教えてくれなかったけど
・・・・でも・・・・これって事件と関係無いでしょ?』
だがパダレッキは取り調べで、ゴードンへの接触を否定
そしてゴードン自身もディーンの浮気の相手は知らなかった、又浮気の事実事態が重要でその相手が誰かには興味が無いとも言った
「ではパダレッキが、ゴードンに接触しようとした事?
それを、ウィンチェスターが知ったとして・・・・・何が起こったんです?」
「・・さあな・・死者にしか分らん事だ
だが被害者が強い薬を必要としていた理由は推測出来る・・・所長だ」
「看守の証言ですか?・・入所以来ウィンチェスターを度々呼び出していたと」
「ああ・・だが暴力を振るった訳でも、脅した訳でもない
精神的に追い詰めただけでは、ルドルフを罪に問えない」
「・・はぁ・・」
「全く、こうなると・・・・・言ってただろう?、パダレッキが
自分がやったんじゃないとすれば三重の虹、だってな・・・意外にもそれが事実かもしれん」
「パダレッキの証言ですか?、三重の虹を見てウィンチェスターの様子が変わったという」
「何か自殺の引き金となる記憶が呼び起こされたのか・・・・だがそれも、死者にしか分らん事だ」
刑事はそう言うと、ふぅ、と溜息を付き立ち上がった
「・・何れにせよ、これで事件は終結・・・・もう俺達がやるべき事は無い、帰るぞ」
「・・はい」
「でも・・これ・・・パダレッキは知らないままですよね?」
一人の刑事は歩きながら、彼に関する資料を捲り呟いた
それは養子に出される前の、本人に教える事が許されていない、彼の本当の家族に関する情報
「・・恐ろしい偶然・・か」
「ぇぇ・・本当に・・」
そこにはジャレッド・パダレッキの本名が
サミュエル・ウィンチェスターと、はっきりと記されていた
「ディーンの方は知ってたんでしょうかね?
彼が・・・パダレッキが幼い頃に生き別れた、実の弟だった事」
それも、もはや、死者にしか分らない事
刑事は三度そう言い、砂漠の中の刑務所を後にした
私の前を歩くな、
私が従うとは限らない
私の後を歩くな、
私が導くとは限らない
私と共に歩け、
私たちはひとつなのだから
end