栄光の手 1
数日前、ある女性が深夜ジョギング中に幽霊船を見た後、自宅のシャワールームで殺されるという事件が起こった
死因は溺死
確かに水は身近にある場所だが、シャワーで溺れ死ぬなど有り得ない事だ
そう
明らかに、この事件は2人の領分だった
「お前達、もしかしてアレックスの仲間なんじゃないか?」
手始めにとディーンとサムは、今回の被害者の義理の叔父宅に警官を装って話しを聞きに行ったのだが、なぜかその叔父は話の途中で聞いたことも無い名前を挙げ、急にこの方面への理解を示し始める
「・・ぇええ、そうです・・アレックスとはこっちの付き合いで・・」
咄嗟に相手の思い込みを肯定し、2人は知りもしない名前に曖昧なジェスチャーで頷いた
「だが、彼は事件は解決したって言ってたぞ?」
「・・いえ・・実は、まだなんです」
「そうか」
適当に話を合わせれば良いと判断したのだが、次の瞬間には後悔していた
何故なら、幽霊船の話を終えた途端に目の前のお爺さんの醸し出す雰囲気が変わり、サムの逞しい腕にその枯れ木のような指を這わせたからだ
「それなら・・協力しないとな・・・わしが分る事なら何でも聞いてくれ、な?・・」
アレックスとやらが、どんな種類の知り合いかはここまで聞けば明らかだった
もちろん仕事は心霊関係であるだろうと推測されそれは好都合なのだが、合致しない性的嗜好に関しては迷惑だとしか言えない
明らかに誘惑を孕んだ視線のターゲットにされたサムは、背筋を凍らせつつ引き攣った笑顔を無理矢理やその顔に浮かべ、ディーンは呆れつつ顔を背けて笑いを噛み殺していた
「・・・仕方が無い・・お前に惚れてるあの爺さんにもう一度話しを聞きに行くか?、サム」
そしてその後、調べてみれば37年おきにこの港近くでは幽霊船が出現しその度に誰かが溺死すると分った2人は、幽霊船の正体を特定すべく港にやって来ていたが結局この近くの海で難破した三本マストの船は1 50件以上あるということで、捜査は暗礁に乗り上げた
ディーンはサムをここぞとばかりからかおうと、最も彼が嫌がることを提案して楽しんでいる
「・・・勘弁してくれよ」
「いいじゃないか、色仕掛けでもっと事件について聞きだせよ、な?」
だが、どうせここから戻ってもインパラで20分もかからないと言おうとしたディーンは、目の前に広がる光景に車のキーを握り締めたまま凍りついた
「・・ここに車、停めたよな?」
「その筈」
サムも答えるが、インパラは無い
「車は何処だっ?!」
「・・メーターに金は?」
「もちろん入れたよっ」
確かにコインパーキング前にちゃんと停めて、金も入れたのに
有るべき場所に、愛車が無い
「っ・・サム車が無いっ!!、誰が盗みやがったっ!!!」
「ディーン、落ち着け」
「落ち着いてられっかっ!!、俺の大事なっ・・っっ・・・ぐっっ」
「っ、ディーンっ!」
ショック性の過呼吸
ゼイゼイと両肩を上下させるディーンに、サムは肩を叩いて規則正しく呼吸しろと言って来る
すると、その時
「それって67年のインパラ?・・あれってお前のだったのか、ディーン」
「・・っ・・おまえ・・ルゴシ・・」
目の前には、二度と見たくない顔
見た目だけはイタリア系ハンサムだが、彼は一ヶ月前呪いのアイテムである兎の足をサムのポケットからスリ、2人を散々な目に遭わせた挙句、ディーンの当たりくじを盗んで逃げた男
「ごめんな、レッカーされたみたいだ・・・俺がちょっと乗り回した後、駐禁の場所に停めたから♪」
「・・・・・こっ・・・」
殺す、殺す、とディーンの頭の中をその言葉だけがグルグルと回る
大体こいつには酷い目にばかり遭わされた
ディーンの嫌がる事ばかり仕掛けてきて、オマケに妙な下心も持っているらしいのだ
すると一つ息をついていち早く落ち着きを取り戻したサムが、プルプル怒りに震えるディーンを後ろに押し遣って言った
「お前・・どうしてこんな嫌がらせをするっ?
前回僕を撃って当たりくじを盗んだ、それで充分だろっ」
「とんでもない、あんなはした金・・・それに今回はお前達が先だ」
「?・・僕達?」
「そう・・お前ら、爺さんにまだ事件は解決してないって言ったよな?
お陰で解決するまで、金は払わないと言われた・・俺の仕事の邪魔をした」
「・・・・ホモ仲間のお前も、この事件を追ってるってことか」
「ディーン、そんな事より・・早く取りに行った方がいいんじゃねぇか?
トランクいっぱいの、怪しい武器を警察に見られないうちによ」
「・・・・」
2人はギリギリと歯を鳴らしながら、弾むような足取りで立ち去るルゴシを見送った
しかしその後更に2人の被害者が出るにあたって、早く金が欲しくなったのかルゴシは今度は向こうから協力を求めてきた
事件の原因となった船とその真相の資料を差し出して、全ては強力な呪いのアイテムとなる、つるし首にされた男手『栄光の手』を盗んで焼けば解決すると
「じゃ、そこに行って盗めば楽勝だな」
更にそれは以前シー・パインズ海洋博物館に有ったが今はあるコレクターの家に保管されていて、自分なら今夜そこに入り込む伝手も有ると告げる
「俺に協力するな?」
「ああ・・お前、その家に入れるんだろ?・・なら一番手っ取り早い」
ルゴシの企みに気付かぬディーンは、そう言って彼から計画の詳細を聞く前に頷いてしまったのだ
そして、その夜
ルゴシが差し出した着替えを広げてたディーンは、ゲェっと声にならない悲鳴を上げていた
それはカウボーイの扮装を模した、いかにもソッチ系の男が着そうな扮装
「どっ・・どうしてこんな服っ・・ルゴシ、お前、自分の趣味で選んでんじゃ・」
「そうゆうクラブなんだよっ
今『栄光の手』を持ってるのは、ゲイクラブのオーナー」
「は?・・げい・・?」
「しかも今夜は1月に一度のカップルナイトだ
ちゃんとお相手が居ないと入れない・・だからちゃんと偽装しろ、分ったか?」
OK?、とルゴシに言われ、まさかとディーンは彼を見た
「カップルって・・・俺の役は・・・まさか・・」
「そう、お前は俺と恋人、サムはあの爺さんと」
「・・・・・」
「・・・・・」
2人は顔を見合わせたが、ルゴシに時間が無いと言われれば仕方なく、着替えを始めた
「・・・吐きそうだ・・さっと済ませよう・・」
ディーンはクラブのフロアで男ばかりが絡み合って踊る光景に、自分の肩を抱いて恋人の芝居をしているルゴシに言った
少し離れた所では、可哀相なサムが爺さんに抱きつかれてヨロヨロと踊っている
「手が保管されてる金庫は2階だ、ディーン・・問題はどうやって行くかなんだが」
「・・なんだよ、入れるんじゃなったのかっ?」
「入れるさ、ただあんたがこれから自然な演技をしてくれる、ってのが前提だ」
「・・・どんな?」
嫌な予感がするディーンだが、ここまでくればやるしかないと聞いてみる
「それはな・・」
「っ!・・ちょ・・」
するとルゴシはグイッとディーンを抱き寄せ、耳元で囁いた
ゲイクラブではありふれた光景だが、そんな気の無いディーンにとってすれば迷惑このうえない
「2階に行くのは・・・そこでセックスするカップルだ」
「・・なんっ・・」
「ちゃんと俺とヤリたいって顔をしてろよ、ディーン」
熱い吐息を耳に吐きかけられて力が抜けてしまったディーンの体は、更に強くルゴシに抱かれ階段を上ることになる
そしてルゴシが階下を見下ろせば、例え芝居でもそんな兄の姿を見るのが耐えられないだろうサムがこちらを睨みつけているところだった
「しっかり爺さんのお相手をしてろ、サム」
そう言ったルゴシは振り返り2階の部屋に入るための金をボーイに渡しながら、俺はこっちでディーンを頂くからと、声に出さず呟いていた
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