Exorcismus 3
次の日
嫌々ながらディーンが何人かの信者の子供に洗礼を施しその代わりと言わんばかりに寄付された金を貰えばすぐ、4人はもう教会などに用は無いとばかりさっさと城壁の外へ出て行った
そして、ディーンが引き継いだ十字架の一つを悪魔の手から取り返す旅も先は長く、危険な悪魔のテリトリーに入る時は車に乗っての移動となる
それは黒のシボレー
いつもチョコンとボビーの肩に乗っている黒兎のインパラが、何故かなかなかの排気量の車に変身出来るのだ
ガソリンも要らないから燃費の問題も無くスピードも出るし、移動距離も徒歩と格段に違って大助かりなのだが、たった一つ気を付けなくてはならない点があった
それは
「ぉ・・おぃ、その横の畑・・・まさか、人参じゃねぇ?・・・ってっ!!」
「っ・・うわぁぁっ!」
3時間ほど走った所で突然何かに吸い寄せられるかのようにフラフラと蛇行し始めたインパラに、後部座席のルゴシとサムが操縦不能となったボビーを助けてハンドルを引いたが間に合わなかった
そして勝手に人参畑へ入って食べ放題を予定していたらしいインパラは手前の用水路にスッポリと嵌り、驚いた拍子にその姿を黒兎に戻してしまった
「・・・・」
「・・・・」
つまり、キュゥゥと鳴いて項垂れるインパラ同様、全員ずぶ濡れ
だが何時も旅の足として一人働いてくれているインパラを責める事は誰一人出来ず、人参畑に気付かずその横のルートを不用意に通った自分が悪いと、この一行で唯一精神的に大人なボビーが謝罪する
そんな時
「・・あの・・良かったら・・家で服を乾かしませんか?・・」
「ん?」
振り返ればそこには、若くて美しい一人の娘
どうやらもう次の街の近くまで来ていたらしく、野菜を積んだ荷馬車に乗った彼女は遠くから今の騒ぎを聞きつけ見に来たらしい
「ぁ・・ああ・・・・・・って、彼女、すげー可愛いじゃん♪」
「・・確かにこのままでは風邪をひく・・ディーン、このお嬢さんのお言葉に甘えるか?」
女とみれば鼻の下のを伸ばしているルゴシが不愉快だったが、何より聖櫃である十字架も濡れてしまっていて乾かす必要があり、ディーンは不機嫌な顔のまま仕方なく頷いた
やがて小さくも綺麗に掃除が行き届いた家に通されればそこは彼女一人暮らしで、近所に住むマーサという年配の女が騒ぎを聞きつけて手伝いに来てくれた
「へぇ・・じゃあ、あんた達はずっと旅をしてるのかい」
「・・ああ・・色々と、訳が有る・・」
何故か女の一人暮らしなのに大量にある男物の衣類をそれぞれ借り、手早く作ってくれた美味しい料理をご馳走になっていれば、彼女は野菜の仕分けを済ませてくると部屋を出て行った
そして後に残ったマーサと彼等の話題は、自然と彼女のことになる
「でも・・あたしはアメリアのあんな笑顔なんて久しぶりに見たよ」
「・・え?、久しぶり・・なんですか?、元気そうに見えたけど」
暖かなシチューを4杯も食べたサムが、どうゆう事かと顔を上げる
「そう・・アメリアにはねぇ、仲の良い恋人が居たんだけど・・
・・・だけど彼・・・悪魔だったんだよ
人間と悪魔の交わりが禁忌とされてる事くらい知ってたけど、2人ともいい子で村人は祝福してた
・・・だけど・・あんた達も知ってるだろ?、世界中の悪魔が全員、突然凶暴化したこと」
「・・・それじゃ・・」
「彼もおかしくなっちまって、完全に自我を無くす前に出て行った
それっきり帰ってこない・・・・あの日からアメリアは笑顔を無くしてたんだよ」
「・・・・・」
「私達は、ラリーが生きててくれるのを願うばかりでね・・」
「っ・・ラリー?・・その男、ラリーっていうのかっ?!」
するとその名を聞いたルゴシが、突然立ち上がった
「ふうだよ、居なくなる4年前に村に来たから本名かは分らないけどね
・・・なんだ、知り合いかい?」
ルゴシ自身悪魔と人間両方の血を引いているとは知っていても、ボビーのように詳しい事までは聞いていないディーンとサムは何事かと口を噤んだ
だが直ぐ冷静さを取り戻したルゴシは、いつもの軽薄さが嘘のような真剣な表情で呟いていた
「さぁ・・・どうかな」
「・・・女が泣いてやがる」
それがいつもの幻聴と知っていて、ルゴシは一人廊下を歩きつつ呟いた
夕食が済んで皆が部屋に戻ってもルゴシは一人居間に残ってアメリアと話し、そのいなくなったラリーという男の身元を確かめようと思った
何故なら、ずっと探している腹違いの兄と、同じ名前だったから
だが写真も無く、例え有ったとしても顔も覚えていないから何も確かな事は分らず、結局泣き出したアメリアを抱き締めただけで部屋を出た
悪魔だとか人間だとか、関係無いと思う程愛していたのなら待っていればいいと、気の聞かない台詞だけを残して
「女が泣くのは苦手だ・・・」
義母がいつも俺を見て泣いていたから
自分だけを愛していると信じていた夫が連れて来た、俺を
しかも人間の愛人を囲って生ませた混血児、禁忌の子供
だから
「俺は・・俺が死んで・・義母さんが泣き止むなら・・・」
俺に愛する男の面影と、見知らぬ女の面影を見て泣くから
いいと思った
それでも いいと
でも、あの日
義母の振り上げた斧は、俺を殺せなかった
ライリーが 兄貴が後から義母を切った
俺を
助けるために
「ちょっと、起きとくれよ・・あんた達」
翌朝
「ねぇ!・・ねぇってばっ!!・・・・・・・・っ・・起きろぉぉーーーっ!!!」
4人は陽が昇るか昇らぬかの時間にマーサに布団を剥され、叩き起こされた
「・・ぅわっ・・なっ・・何なんだよっ!、こんな朝早くからっ」
もう少しでこのババァと叫んでしまいそうなのを寸でのところで堪えて、片目だけ開けたディーンが尋ねる
「アメリアがいないんだっ・・どこにも居ないっ、村の噂話を聞いちまったみたいで・・」
「ぅ・・噂ってどんな・・?」
サムも目を擦りながら、起き上がる
「それが昨晩西の森に現れて人間を襲った悪魔が・・・ライリーにそっくりだったって」
「っ・・それでアメリアは一人でっ?!」
ルゴシもボビー立ち上がり、非常事態を察した黒兎もピョンピョンと忙しなく跳ねる
「マズイな・・行くぞ」
4人と一匹は窓から飛び出し、即座に変身してくれたインパラへと乗り込むとエンジンをかけ、猛スピードで西の森へと走り出した
「・・ボビーは知ってたね、ディーン・・・ルゴシの昔の事」
シボレーに変身したインパラに乗り込み西の森へと走り出して直ぐ、共に後部座席に乗っていたサムは小さな声で寂しげに呟いた
とうやら昨夜ボビーから聞いた、ルゴシの出生の秘密と探している兄との関係を、自分が知らなかったのが気に入らないらしい
「僕・・何も隠し事なんかしてないけど、みんなにはまだ有るのかな・・・言えない過去とか」
「・・・・・」
咄嗟に何も返せなくなって、目を逸らしたディーンは激しく揺れる車の中で黙り込んだ
心の師であるジョン教皇が殺された夜に感じた気持ちやその後の孤独な旅での自分をサムはもう知っていたが、全てを打ち明けた訳じゃない
それに辛い過去の記憶というものは、ふとした時に触れて痛む刺さった棘のような物で、それを抜き去る事が出来ないのなら上手に付き合ってゆくしかないのだ
もちろん、そんなことはまだまだ自分には無理なのだが
「・・・まだまだガキだな、サミー」
記憶の無いサムにそんな気持ちが解らないのは無理もないと思いながら、ディーンは最近どんどん大人びてくるサムにわざと笑って言ってやった
僕はもうガキじゃない、途端に怒ってそう反論してくる、サムの子供っぽい様子に少しだけ安堵しながら
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