Exorcismus 5
結局、徒歩では次の街まで日暮れまでに到着出来ず、一行はディーンの張った悪魔避けの結界の中で野宿となった
比較的その付近の土地は聖なる気配に包まれていて、これなら悪魔達の襲撃も無いだろうと朝までディーンは熟睡し、何時ものように夜中に寂しいのかサムが寝床に入ってきても少しも気にしなかった
だが、次の朝
その異変は、突然起こった
「・・・っ・・・ん・・?・・・・・・んんっ???」
チュンチュンという鳥の鳴き声と差し込む陽の光に薄目を開けたディーンは、自分に絡みつく物に酷い違和感を感じギクリと体を硬くした
確か昨夜もサムが一緒に寝たがって、今も自分と密着しているのはサムの筈
しかし
「っっ・・だ・・誰だっっ!!」
目の前に有ったのは、成人男性の逞しい腕
体にかかる重みも、ゆうにディーンと同じ位の体格だとわかるもので、それがサムである筈はない
咄嗟にディーンはコルトを抜き、思い切り自分に絡み付いている体を蹴りつけて銃口を向ける
すると
「・・っ!・・・?・・ど・・どうしたの、ディーン・・・?、痛いよ・・」
思い切り蹴ったのにその体は少しも動かず、ただ目を擦りながら寝ぼけた声がした
その姿は、サム
すっかり、育っている
「・・・ま・・・まさか・・・・お前・・・一晩で・・・」
「ん?・・何朝から言ってるんだよ・・・・・・・・・・って・・あれ????」
漸く本人も、自分の姿の劇的な変化に気付いたらしい
流石に取り乱したディーンがボビーを叩き起こしている間も、立ち上がったり回ったりして成人男性の体格になってしまった自分の肉体を、サムはしげしげと眺めている
「どうしてサムは一晩で大人なったんだっ!?、ボビーっ・・こんな事ってっっ」
「落ち着け、ディーン・・・サムはそもそも正体が解らん、こうゆう事があってもおかしくない
それに最近夜中骨が軋むみたいに痛いと言ってたから・・・想定内だ、別に問題無いだろう?」
これまた信じられない程落ち着いているボビーが、大人になったサムからすっかり逃げ腰のディーンに告げる
「・・おー・・・凄ぇ、育ったのかっ・・そろそろじゃねぇかと思ってたけどよぉ!」
そしてお気楽な性格のルゴシも、起きるなりペタペタとサムの体を触って笑い出す
「・・・・・・・」
この変化に付いて行けないのはディーン、ただ一人
ジリジリと後退したかと思えば、インパラを変身させて直ぐ中に乗り込んでしまい、サムもやがてそれに気付く
「・・ディーン・・・その・・僕・・」
「前に乗れ、サム」
「・・ぇ?・・・・なんで?」
「ベタベタ俺に触るなっ、お前は助手席だっ!!」
そんなやり取りにディーンの成人男子への接触嫌悪症を知っているボビーとルゴシは顔を見合わせ、サムを気の毒に思った
うっかり育ってしまったがために、それを受け入れるまで時間が掛かるであろうディーンに今のサムは拒絶されてしまう
「・・・暫らく我慢しろ、サム」
ボビーは運転席に座り、酷くショックを受けた様子で大きな体を小さくしている横のサムを、溜息混じりに見つめた
それから数時間車を走らせる、突然サムが言った
「なんか臭う」
「ん?・・可愛い女の子の匂いかよ?、サミーちゃん」
だがそうルゴシが返してから数百メートル、なにやら山と積まれた物が見て来てボビーも眉を顰めた
「・・皆・・あれを見ろっ」
「ちょっ・・・なんだよっ」
それは累々たる悪魔の死体
車を降りて近づくと、どの死体にも無数の聖書の切れ端がまるで肉を食んでいるように埋め込まれている
「教会には・・・こんなやり方もあるのか?、ディーン」
使われているのは聖書の筈なのに、何故か周囲に漂うのは禍々しいオーラ
「・・・・・・」
しかし悪魔殺しの専門であるディーンは何故かボビーの問い掛けに答えず、じっとそれらの切れ端を眺めると踵を返してしまった
「あっ・・おい、ディーンよぉ」
「・・どうしたの、ディーン?」
何か知っている筈だと尋ねてもその後のディーンは何かを考え込むようなそぶりで、何も答えはしなかった
やがて陽が暮れる前に数十件の集落へと入った一行は、一晩の宿を借りた
そしてその住民に早速、ボビーが先ほど見た死体の山について聞いてみる
「ああ・・それは守護聖人パウロ様だね」
頼もしげにニコニコと笑いながら、その家の主人は言った
「・・聖人パウロ?、それは誰なんだ?」
「貴方達は遠くから来たから知らないだろうが、最近この辺では救世主と呼ばれてる神父様だよ
悪魔を退治するため各地を転々としている・・・なんでも体中に聖書の切れ端を貼っているとか
彼の聖なる力にかかればどんな悪魔だって一撃で死ぬ、凄い力をもった神父様だっていうよ」
「聖書・・確かに先ほど見た死体にも切れ端が有ったな・・」
「・・・・・・」
そのボビーの言葉で、再びディーンの昔の記憶が呼び起こされる
聖書の切れ端を使う悪魔退治
その方法には過去、見覚えが有った
「あの男が・・?・・・・いや、まさか・・・」
ディーンは一人、雨の降る窓の外を眺めながら呟く
そしてその夜のディーンの夢は、はるか昔の記憶を呼び起こすものとなった
13年前
東欧の、人里離れたある修道院
「冷たい雨がこうも続くと・・・流石に気が滅入るな、ディーン」
「はい・・・・しかも明け方には、雪になるようです」
幼いディーンと共に居たのは、第4代教皇のジョン・ウィンチェスター
雪の降る寒い晩ある教会の外に捨てられていたディーンは、成長すると自然とジョンの身の回りの世話をしながら神父になるべく修行をする身となった
だが、他の者には無い教皇との絆は、他の神父候補や修道士達の嫉妬を買ってしまう事になっていた
「おい、見ろよ・・捨てられ子のディーンだぞ」
「生まれてすぐ捨てられていた分際で、生意気にも教皇様の愛弟子気取りだ」
「聖書の教えを信じてもいないのに大天使ミカエル様と交信出来るなんてのも、どうせデタラメだろ」
こんな陰口は、もはや日常茶飯事
教皇の部屋の手桶の水を替えて出てきたディーンは、それらを無視して歩き出す
「ジョン教皇も、育て子には甘いってことか
だが神父候補というより、奴は・・・裏街で流行の幼な娼夫って風情だけどな」
幼い頃からその容貌は際立っていたディーンだったからこんな言われようも最早慣れていたし、教会が聖なる場所ではないとも彼等が言う聖職とは名ばかりだとも、既に知っていた
だがそれでもよかった
尊敬するジョン教皇の側に居られれば、それだけで
そしてそんな幼いディーンにも、たった一人友人と呼べる者が居た
「聖堂の掃除もせず、こんなところで何をしているっ?!
お前は厨房係りだろうっ、今見て来たがなんの準備も始められていない
それに図書室の本は散らかり放題・・・院の生活をなんと心得ているっ!!」
その声に、さっきまでディーンの悪口放題だった者達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、後には彼等を怒鳴り付けた若い司教とディーンだけが残った
「・・・ヴィクター」
「・・お前の周りは相変わらずだな、ディーン」
「別に・・気にしてないから」
「・・・そうか?」
ヴィクターと呼ばれた司祭は、先ほどの厳しい顔とは全く違う優しそうな笑顔でディーンを見つめた
「カソリック教会最高位ジョン教皇の愛弟子の上
こんな小さな体で肉体鍛錬でも負けていない・・・確かにやっかみも買うだろう」
「他の奴等が弱すぎるだけだ
・・それにあんただって、修道士から一気に司教まで出世した
聖書を使った退魔法の凄い力・・知らない奴なんかいないだろ」
ディーンが大人びた口調で言えば、ははっとヴィクターは笑った
「しかし此処に居て聖書をろくに開かないのはお前くらいだな・・・なのに、教皇様には従う」
「俺は神じゃなく、ジョン教皇自身を信じている
育ててくれたからとか、恩人だからなんて理由じゃなく・・俺が師と認めるのはジョン教皇だけだ」
「・・・お前らしいな・・」
そうして心地よい沈黙が支配した石造りの廊下でディーンが再びヴィクターの顔を見上げた時、一人の修道士がある事件を告げに走ってきた
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