Exorcismus 6
修道士がヴィクターを呼びに来た理由、それは修道院の資金源ともなる夏のワイン造りの為の葡萄畑に狼の群が入り込み、修道士の一人を噛み殺したというものだった

だが本来肉食の彼等狼の獲物となる生物を飼う施設はここに無く、恐らく偶々追っていた兎か何かが迷い込みそれにつられて狼も敷地へと足を踏み入れてしまったのだと考えられた

その上間の悪い事に、一人の修道とが取り囲まれてパニックを起こし手にした鎌を振り回して一匹の狼を傷つけた事から、彼等は人間を敵とみなし全面攻撃を仕掛けたらしいのだ





「っ・・司教様っ!、凄い数で・・どうしたらよいものかっ・・・」

ヴィクターがディーンを伴って現場に駆けつければ、更に噛まれて負傷した者を庇い武器を構えた修道士達とそれを取り囲む狼の群の睨み合いで、一歩も引けない状況となっていた

背中を見せれば、全員襲われる

恐らく、どちらもがそう思っているのだ

「・・くっ・・・やるしかない・・か・・」

この状況を打開するには、もはや闘うしか無い

だが、そう決意したヴィクターが聖書を取り出してその破片を狼の群に放とうとした瞬間、隣のディーンがその小さな手で止めて来た

「俺にやらせてくれ、ヴィクター」

「っ・・ディーン、止めろ・・・無理だ」

もちろん動物に罪は無いが、殺気立つ群はこうでもして追い払わなければ再びこの地に舞い戻り人間を襲ったり、獲物の少ない今のような時期には食物庫を荒らしたりするようになるかもしれない

「いいから」

だが制止するヴィクターを振り切り、ディーンは一人群の前に進み出る

ガルルルと、途端に狼達の唸り声も大きくなった

「・・ぉぃ・・ディーン・・」

だがディーンは十字架を翳す事も聖書を懐から出す事も無く、ただ真っ直ぐ彼等と対峙した

そして、告げる



「出て行け、ここにお前達が獲物とすべきものは居ない」



だが狼達はざわめき、その群のリーダーらしき一頭が牙を剥きディーンに走り寄る

「っ!!」

ヴィクターは次の瞬間にはディーンの細い首に鋭い歯が食い込み、薄く積もり始めた地面の雪を赤く染めると覚悟した

しかし



「触るなっ!」




途端に狼はビクリと体を竦め、土を踏みしめて止まった

「この地に共に住む者同士、俺達は決してお前達の領域を荒らさないと誓う
 だから、俺達の領土へも入ってくるな・・・わかるだろう?」

群がシンと静まった

狼達は互いに何か話し合うように鼻を寄せながらソワソワと左右に体を揺らし、動きを止めディーンと向かい合うボスを見つめている



「約束、しよう」



ディーンのヘイゼルグリーンの瞳と、狼のブルーの目が見つめ合う

一秒

二秒


たっぷり数秒対峙して、その気高く美しい獣はゆっくりと背を向けた

そして群はリーダーの決意に安堵したように、そそくさと彼の後を追い立ち去ってゆく










「・・・ディーン・・・」

後には勢いを増した雪の中、一人立ち尽くすディーン

「子供のくせに・・なんという威圧感だ」

そしてヴィクターの背後では命を救われたくせに、修道士達が早速ディーンを褒め称えるではない言葉を口にしている

「さすがジョン教皇様の愛弟子と言うべきだろうが、しかしあの目はむしろ・・・魔物だぞ」

「・・・・・」

ヴィクターは背後をひと睨みして修道士達を散らせたが、最後に聞いた言葉を否定することは出来なかった

普段はただ優秀で生意気なだけの子供だと、ディーンは思える

だがこんな時、不意に背筋が寒くなる瞬間が有る

普通の人間ではないかもしれない、と

そして踵を返そうとしたヴィクターは、少し離れた窓にこれまでの一部始終を見ていたらしきジョン教皇の姿を見た


その表情は、いつになく厳しいものだった
























やがてヴィクターは教皇に頼まれ、ディーンの部屋を訪れた

「おい、ディーン・・大事な話が有ると、ジョン教皇様が・・・っ」

ノックしてドアを開ければ、降り積もった雪に月の光が反射する窓辺に、ディーンは立っていた

その美しさに、ハっとヴィクターは固まる

「・・悪い、ぼーっとしてた・・・何だ、ヴィクター?」

まるで天界からの恩恵のように白い光に包まれて振り返ったディーンに、漸くヴィクターは我に帰る

「あっ・・・・いや、ジョン教皇様がお呼びなんだが・・・・・しかし・・不思議だな」

「何が?」

「・・俺にはどちらにも見える・・」

ヴィクターは首を傾げて自分を見上げる、子供じみた表情のディーンをじっと見つめた

魔物

天使

どちらの顔も持っている気がする

「何だよそれ?」

「・・さあ・・なんだろうな」

それに、ヴィクター自身にも解らない

子供でもなく弟でもなく、家族とも違う

畏怖でも尊敬とも違う、ディーンへの、この感情



「・・ぁ・・そうだ、コレ」

やがて部屋を出ようとしたディーンは思い出したように立ち止まり、ヴィクターにある物を差し出してきた

「やるよ、あんたが持ってて」

「っ・・やるよじゃないだろう?!・・・これはお前で拾われた時身に付けていた・・」

それは年代物のロザリオ

捨てられ子のディーンが、唯一実の親から貰ったであろう品

「いいんだ・・俺、他にあげる物無いし・・・誰かに何かをあげたこともないし
 ・・・だからっ、超レア物だぞ!」

「・・・・・・」

それは多分、今夜これから自分の将来が決まると悟ったディーンの覚悟

ジョン教皇に認められてもそうでなくても、過去の自分のと決別するという

「・・そうか・・・・ありがとう」

魔物でも天使でも、神でもサタンでも

ヴィクターは、ディーンに魅せられている自分を認めた


そして彼が自分を少しでも特別だと思ってくれていたのだと、そのロザリオを握り締め、感謝した











































「・・・っ・・・」




夢の中魘されるディーンは覚醒しようともがき、頭を振っていた

この後の事実は、二度と見たくない

なのに必ず、夢は最後にあの残酷な現実を繰り返す

「・・ゃ・・・んっ・・」

礼拝堂に蠢く幾つもの大きな陰

両手を染めた真っ赤な血

冷たく冷えた肌に、それが酷く暖かく感じたのを覚えている

何が起きたのか解らなかった


解りたくなかった

なのに









ディーンっ!



「・・っ・・」

誰かか呼んでる

ヴィクター?







「ディーン、起きろっ!!!」

急速にディーンの意識は浮上する

起きる?





「・・・っ・・?!!!」

ハッと目を開けるとそこは暗く、一瞬夢と現実の境が曖昧になる

「大丈夫か?・・酷く魘されてた」

だが心配そうに、しかしさり気無さを装ってくれて覗き込む顔は馴染みのもので、漸くディーンは安堵の息を吐き出した

「・・・・ぁ・・あぁ・・・ボビー・・・・・すまない」

そうだ、とディーンは顔を両手で覆った

あれは昔

もう13年も前の

「・・・・・俺・・・何か叫んで・・ボビーを起こしたのか・・?」

「いや・・・俺は雨の夜は寝ない、今のお前みたいな事になるからな」

「・・そうだったな・・」

皆、楽しい過去ばかりじゃない

自分も、ボビーもルゴシも、サムだって





そしてこの先あんな酷い事はもう起きないと思いたいが、昼間に知ったパウロという聖人の噂と、たった今見た夢に出てきた男の顔がリンクする

「・・・・・・」

自分の予感も今回の事件でだけは当たって欲しくないと思いながら、ディーンは眠れないと解っていて再び、目を閉じた



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