Exorcismus 7
やがて、まだ朝を迎えてもいない宿に、遠くから悲鳴が聞こえた
既に起きていたディーンとボビーは、その声で飛び起きたルゴシとサムと共に急いで声がした方へと走る
「どうかしたのかっ!?」
厨房のドアを開けると、朝食の仕込みに一人早く起き出したらしき女が震えながらシンクの向こう側を指差していて、ルゴシが先頭に立って走り込めばそこには冷蔵庫の中に保管していた生肉を貪り喰う悪魔達の姿
「この・・野郎っ!・・調理場は作る所で、ものを喰う場所じゃねぇんだよっ!!」
だが
「・・っ!!」
そう叫んだルゴシと後に続いたサムが飛び掛かろうとした時、4人の背後から祈りの言葉と共に凄まじいオ−ラが放たれた
そして紙の切れ端が部屋の中に舞い、それら一つ一つが肌に触れる度に焼けジュウジュウと音を立てるのを、ディーン以外の3人は必死に振り払う
「っ・・うわっ、熱っ!!」
「あぶねぇなっ、何しやが・・・・・っ!」
「In nomine Patris, et Filii, et Spiritus Sancti・・・Amen.」
「っ?!」
やがて厨房の悪魔達がもがき苦しみ絶命するのを確かめるように中央に進み出た男に、怒鳴りかけたルゴシ共々一行は絶句した
「・・あんた・・は・・」
その男、汚れてはいたが確かに神父のタータンを着ているのだが、その姿は苦行僧のように痩せギラギラと血走った目で、纏う気配は禍々しい血に飢えた魔物そのもの
「・・・・・我が名はパウロ・・・・この世の悪魔は俺が一匹残らず始末してくれる・・」
「あ・・ありがとうございますっ、パウロ様っっ!!」
見ればさっきまで震えていた女は尊敬の眼差しを込めて見つめ、礼を言っている
「・・・礼などいらぬ・・これは俺の・・使命」
「パウロぉっ??・・じゃ、あんたが宿屋の主人の言ってた、『聖人パウロ様』だってのか!?」
「・・・・・」
だがディーンは、その男の様子に驚くルゴシとは別の事で、目の前に現れた異形の神父を遠くから睨んでいた
パウロと名乗った男が首下げているロザリオは確かにディーンがあの夜、ヴィクターに贈った物
そして、この聖書の切れ端を使った滅魔の術も、彼と同じ
なのに、この別人のような気配は何だ、と
「・・まあ、俺達の代わりに悪魔を片付けてくれたってんだから・・文句はねぇけど
じゃ、また部屋に戻って寝るとするか?、まだ早いしよぉ」
「・・おい・・待てっ」
「何?、なんか用?」
パウロに呼び止められたルゴシとサムは、厨房の入り口で振り返る
「・・・お前達・・人間か?」
「・・・・・」
パウロのこの言い分には、流石にボビーも口を開く
「聖人様が、また随分と失礼な質問だな」
「・・ふん・・・俺の目は誤魔化せん・・お前達3人・・・悪魔だっ」
そしてボビーに腕を引かれたサムも、すっかり背が伸びた身を前に乗り出す
「だったら何だって言うんだ、僕達は・・・・って!」
「言っただろうっ、俺が全ての悪魔を殺すとっ!!!」
再び部屋にパウロの祈りの言葉とともに、聖書の切れ端が無数に舞う
「っ・・サムっ!」
「なっ・・なんで・・・少しは僕達の言う事も聞いてくれてもっ・」
「いいからあの紙、避けろって!!!」
先程と違い、壁際に逃げた2人を狙ったように紙がまるで白い弾丸のように襲い掛かる
「・・っ・・ちょっ!」
寸前で身をかわせば、サムを狙った聖書の切れ端は鋭く壁に突き刺さって煙を上げて燻った
「・・逃げ回りおって・・忌々しいっ」
やがて素早いサムの動きに苛立ったパウロは、懐から鋭い剣を抜いた
それは聖書の一文が刻まれている、悪魔に触れただけで肉を焼く退魔の刃だ
「やべぇ、サムが殺られっ・・」
その時
ディーンはサム目掛けて振り下ろされた刀を、その手に握ったコルトでしっかりと払って、呼んだ
「ヴィクター」
「・・おっ・・・お前は・・・っ」
「何やってるんだ、あんた」
「・・ディーン、こいつ・・知り合いなのか?」
パウロという男のディーンを見て顔色を変えた様子に、庇われたサム同様ルゴシもボビーも驚く
「言っとくが・・こいつら殺してもこの世から馬鹿が減るだけだぞ、ヴィクター」
「・・・・・・・」
厨房の中に居る全員が立ち尽くして動きを止めた
だが
く
くっくく・・っ
ヴィクターは、やがて低く哂い出す
「はっ・・はははっっ!!!・・・そうかっ、噂には聞いていたがこんな所で出会うとはなっ
『今代の教皇には不逞の輩が混じっている、下賤の民を従者に選んだ』と・・本当だった」
「・・・・・・」
「何をしているだと?、“ディーン・ウィンチェスター教皇様”・・それはこっちの台詞だ
先代のジョン教皇を殺めたのがそいつらの同族と忘れたはずはあるまいっ!」
「・・変わったな、ヴィクター・・・あんたの口からそんな言葉を聞くなんてな」
「変わったんじゃない・・ヴィクターという男は死んだんだっ
13年前・・・お前が、あの修道院を去った・・あの日からっ!!」
13年前のその夜
ジョン教皇に部屋に呼ばれたディーンは、その数分後には彼の血で全身を赤く染め立ち尽くしていた
「・・ディーン・・」
騒ぎを聞きつけてヴィクターが部屋に入ってきたのにも気付かぬ色状態で、無残に切り裂かれたジョンの死体の前でただ真っ赤に濡れた震える両手を見つめるだけ
「おいっ、しっかりしろっ!!・・何があったんだっ!?」
肩を掴みガクガク揺さぶってくるヴィクターに、そうして漸く乾いた喉から声を搾り出す
「・・た・・」
「え?」
「・・・・守れなかった・・・・」
ディーンの親代わりであり唯一無二の存在だったジョン・ウィンチェスター教皇は、その夜押し入った悪魔の夜盗に惨殺された
そして、彼が管理していた聖櫃である十字架の一つが盗まれたのだ
「・・2つ有るうちの一つは、私ごと師が庇護して下さり・・無事でした」
だが悲しみに暮れる時も無く、ディーンはやがて修道院の一室に集まった司教や各院の部署を束ねる者達に、その夜起こった出来事についての説明を求められた
「夜盗はその姿から見て悪魔の一群に相違無く
・・しかし師の命共々聖櫃の一つを盗まれたのは・・全て私の責任です」
だが自らも怪我を負ったディーンの言葉に、他の修道士から心ない言葉が飛ぶ
「・・そんな話信じると思うかっ!・・お前がジョン教皇様を殺したんだ!」
「どうせ十字架だって何処かに隠したんだろうっ!、やっぱりお前は・・・化け物だっ!!」
「っ、お前達、何を根拠にそんな事をっ!!」
ヴィクターが溜まらぬという様子で遮ってくれたのに、ディーンには静かに声をかける
「・・いいんだ、ヴィクター」
そして、今やこの修道院の長である司祭に告げる
「この院を出る許可を頂きたい・・この命に代えてもしの仇を討ち、十字架を奪い返します」
途端に又逃げる気かと声がかかったが、ディーンはきつい一瞥で彼等を黙らせた
「しかしディーン
師の仇はともかく聖櫃である十字架を守りきれなかったのはこの院全ての責任
・・お前一人が罪を被るべきではなかろう?」
「いえ・・私は己の所有物を探しに行くのです」
「なんだと?」
「昨晩・・ジョン教皇に私は、死の直前にこれを・・」
ディーンはそう言うと、胸に巻いていた包帯を取り去った
そこにはまだ生々しく赤く浮き上がる、十字の聖痕
「っ・・そっ・・その十字の傷はっ・・」
途端にざわざわと修道院達が騒ぎ出し、司教はそれを確認するなり同じようにディーンの前に膝を付き、頭を垂れた
「これは次代教皇として認められた者のみに浮かび上がる、聖なる印
・・・神に選ばれ者のみが持つ・・・われわれ人と天を繋ぐ絆だ」
「・・・・」
「今からお前を・・ディーン・ウィンチェスター教皇5世として、聖櫃の正式な後継者として認めよう」
そしてディーンはジョンが長年使っていた聖書を受け取りながら、まだ微かに疼くその傷にそっと触れた
この痕に誓う
必ず、師の十字架を取り戻すと
「その晩・・お前は人知れず修道院を出て行った」
ヴィクターが告げるディーンの過去に、部屋はシンと静まり返っていた
「だがその後すぐに、悪魔の夜盗群が再び攻め入ってきたっ!
2つ有るうちの、奪いそびれた方の十字架を狙って・・・お前が持ち去ったは知らずになっ!! 」
「・・なっ!・・」
ディーンは初めて知った真実に、顔色を変えた
何故ならジョン教皇と自分の力を合わせても歯が立たなかった、あの悪魔達の力を知っているからだ
「っ・・だから俺は、院の奥深くに禁じ手として封印されていた書を手にした
そして自らに術を・・いや、呪いをかけた・・『我に全ての悪魔を滅する力を』とっ!!」
「・・・まさか・・ヴィクター・・」
もしディーンの推測が正しいなら、今ヴィクターが使っているのは、ただの聖書ではない
聖なる物だけが保管されている筈の修道院に有った、唯一のカトリックのダークサイド
「そうだ、そして俺は強い力を得て・・襲い掛かってくる悪魔どもを次々と倒したっ」
それはある聖人が家族、友、愛する者を全て悪魔に殺され、この世の全てを呪って死んでいったとき手にしていた聖書
正気の者なら手に触れただけで発狂すると言い伝えられた、暗黒の遺物
「だが・・一度開放した力を抑える事は出来ない
もはやこの俺の体は、この書が悪魔の魂を喰らうための道具・・・っ
・・・見ろ、ディーン・・・この俺の姿をっっ!!」
「・・っ!!」
自ら曝け出したヴィクターの胸には、なんとその呪われた聖書が深々と根を張って、彼の体と一体化していた
そしてそれはヴィクターを、悪魔の血に飢えた獣へと変えていたのだ
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