Exorcismus 8
「俺はずっとなんの罪も無い悪魔も殺しまくってきたんだ、ディーンっ
この聖書が齎す、激しい痛みから一時でも逃れるために・・・
だがこんな俺も、悪魔どもが正気をなくした頃から聖人扱いだっ・・笑えるっ!!
・・・・ひゃ・・ひゃはははっっ・・ひぃひゃはははっ!!・・・っ」
ディーンは、狂気を孕んだ哂いを漏らすヴィクターとその胸に完全に根を張った書に、彼がもう呪われた異物に取り付かれた魂の亡者と成り果てた事を悟った
「・・・ヴィクター・・・」
救えない
どうやっても
もう
「・・イっちまってるぜ、こいつ・・どっちが悪魔だよ」
「ひひ・・・どっちが悪魔か・・確かめてやるっ!!」
ルゴシがそう言えば再びヴィクターは標的を定め、浴びせられる攻撃に3人は外へと飛び出した
そして視界さえ奪う雨の中、飛び交う書の切れ端を避けていたボビーがヴィクターに捕まる
「・・!・・なっ」
掴まれた腕は忽ちジュウジュウと煙りを上げ、皮膚が焼け爛れ全身の力が抜けてゆく
「俺の体は全身が聖書と同じだ・・貴様ら穢れた生物は素手で触ることも出来んっ」
「・・く・・うっ」
「っ・・ボビーを放せっ!!」
堪らずサムが素早い拳を繰り出すも到底人とは思えない速さでかわされ、ルゴシ渾身の鎌の一撃も難なく避けられれば、余程の強敵の時にしか出さないボビーの気孔弾さえ跳ね返された
「近づけないし気孔もダメだし・・これ、どうしたらっ・・・・・・・・・って、ディーン?」
やがてサムはずっと後ろで傍観しているディーンに気付いたようで、振り返り見つめてきた
「・・まさか・・ディーン・・?・・・それはダメだよっ!」
「・・・・・・全く、お前は・・」
ディーンは、まだそこだけは子犬のようなサムの茶色い目が苦しげに細められるのに、どうしてコイツはこんな時だけ瞬時に全てを察するのかと思った
いつもいつも、ディーンが本当に苦しい時に気付くサム
その瞳を覗き込まれただけで、心の中まで見透かされる気がする
「・・・退けサム・・変な気を使わなくていい、奴を止める方法は一つだ」
もうこうするしかない
サムだけじゃなく、全員が解っていた筈
だがディーンがコルトを取り出せば、サムはヴィクターとディーンの間に立ち塞がった
「だめだっ!!・・今はあんなでも、こいつディーンの昔の友達だろっ?」
「・・サム・・」
「絶対に、やめろっっ!!」
しかしその僅かな隙を、ヴィクターは見逃さない
「馬鹿っ!、サム、うしろだっ!!!」
ルゴシの叫びと共にディーンは、背後からサムに剣を突き立てようとするヴィクターの姿を見た
そして
「っ・・ぐっ・はっ・・」
次の瞬間には、サムを庇ったディーンの腹部を、ヴィクターの聖剣が貫いていた
「・・・・・な・・・なに・・?・・・・」
上半身を真っ赤に染めたサムは茫然と倒れたディーンの傍らに立ち尽くし、激しい雨の下辺り一面を見る見る流れ出る血が真っ赤に染めてゆく
「こ・・この馬鹿野郎っ、何やってんだよっ、ディーンっ!!・・サムを庇うなんてっ」
「サム、ルゴシも退けっ・・早く止血しないとっ・・」
ボビーの特殊能力である気孔の応用で小さな傷なら血を止める事も可能だが、これは誰が見ても無理だと思うものだった
「っ・・・ディーン・・・ディーンっ!!」
「ダメだ、サムっ!・・動かすなっ!」
「あ・・・・・・・うっ・・うがぁあああ・・あ゛あ゛っっっ!!」
そしてディーンを刺してしまったことで一瞬正気に戻ったのか、ヴィークターは茫然と立ち竦んだ後頭を抱えて叫びだした
自分がした事の恐ろしさに
そしてそう感じる心さえ胸に根を張った聖書に侵食され、ディンーとの大切な記憶を奪われてゆく絶望に
「やめろっ・・消さないで・・くれっ・・・ぇぇぇぇぇ・・・」
だがいくら望んでも呪われた遺物の力には逆らえず、やがて必死に治療する2人の側でヴィクターは再び哂い出す
「っ・・・ざ・・ざまぁ見ろっ・・・悪魔などに加担する奴は人間だろうと・・何だろうと
・・死んでしまうがいいっ・・ひゃ・・ひゃっはっはっはっ・・!!」
だからそちらに注意をやっていたルゴシも治療に精神を集中する必要があったボビーも、すく側でのサムの異変をすぐには察知出来なかった
「っ・・・ディーン・・・ディ・・ン・・・っ・・ディ・・・」
血溜まりに倒れるその姿に、ドクドクとサムの鼓動は徐々に早さを増していた
それだけではない
何か自分でも抑えられないものが奥底から湧き上がり、出口を求めて荒れ狂っている
ハァ、ハァ、ハァと、息が激しくなり、頭の中が真っ白になる
「っ?・・おい、サム・・どうした?!」
やがて
突然轟いた雷鳴がサムの体を真っ直ぐに貫き、それと同時に封印の首輪が音を立てて砕け散った
「っ・・な・・なんだよっ?!!」
「まさかっ・・っ!!?」
カラン、と銀の十字架も真っ二つに裂けて転がり、ルゴシのボビーの前でサムがサムでなくなってゆく
「うぁ・・う・・ぁ・・あああーーーっ!!」
「っ、サム!!」
「ダメだ、ルゴシっ・・離れろっ!!」
近寄ろうとしたルゴシをボビーはサムから引き離せば、その前で見る見るサムの爪は肉を裂くまでの鋭さを持った
その茶色い柔らかな髪は肩まで伸びて、その瞳は金色に変わった
「サム・・あれが・・?」
「・・そうだ・・封印から解き放たれた、本来の姿・・」
そしてすさまじいオーラを放ちながら、サムはフラリとヴィクターへと近づいて行く
「は・・ははっ!・・それが貴様の真の姿かっ、やはり化け物は貴様らの方・・・ぐはっっ!!」
だがそう言ったヴィクターは次の瞬間には数メートル先に立っていた筈のサムに組み敷かれていて、その動きの余りの速さにルゴシは寒気さえ覚え、肌を焼かれるのもものともせずヴィクターを投げ飛ばすサムを茫然と見つめる
やがて繰り出したヴィクターの術も、聖書を焼き切るほどの魔力を放っているサムは紙片を自分の体の数センチ手前で消し去って見せた
そしてヴィクターに接近して殴り倒したサムは、馬乗りになっての一方的な暴行を始める
「・・マジかよ・・ディーンから話には聞いてたが・・」
本来の姿に戻ったサムは、どう見ても正気を失っている
いくらディーンを傷つけられたとはいえ、嬉しそうに人を痛めつけるなど何時もの優しいサムではない
「ルゴシ、感心してる場合じゃないぞっ・・ディーンは雨で体温奪われている
兎に角出血だけでも止めなくては危ないっ・・だから・」
「だから?」
「ディーンは俺に任せて、お前はサムを止めろっ
・・ディーンでなければどうすればいいのかは解らないが・・・
だが今のサムは余りに強い力を抑えられず、いずれ全てを破壊する」
ルゴシはゴクリと唾を飲み込んで言った
「小さい町なら壊せる位だって、ディーンが言ってたけどよ・・・あれじゃ、マジかもな」
サムは圧倒的優位に立ってもなお手を緩めもせず、ヴィクターの肩に噛み付き鋭い牙でその肉を噛み千切っている
真っ赤に染まった口で肉を咀嚼し、嬉しそうに無邪気に笑うその姿は悪魔の中の悪魔に見える
そしてのたうち回るヴィクターに再び手を伸ばしとどめを刺そうとした時、不意にその首に下がっていた十字架が閃光を放った
ディーンが昔贈った、ロザリオが
「っ?!」
キィィィィンと響くそれにサムは耳を塞いで苦悶し、その隙に手負いのヴィクターは術で姿を消す
「あいつ、逃げやがったっ」
そう叫んだルゴシの耳には、残像と共にヴィクターの言葉が届いた
「逃げはせん!!、覚えていろ・・必ず戻ってくる
その時はお前らわ・・悪魔ども全てをこの書の肥やしにしてくれるわっ!!」
「残る問題はサムか・・・・おい、サム・・もう・」
「っ、よせっ、ルゴシっ!!」
そしてサムに不用意に近寄ったルゴシは、振り向きざまサムに鋭い蹴りを貰った
「ぐっ・・・・ったく、このガキっ!・・俺だってのっ!」
だがもう相手が誰だかも解らないサムは、腕を掴んでどうにか防御したルゴシの首筋目掛け、再びその鋭い牙を獣のように向けて来る
「糞っ・・・これでも食ってろっ!!」
ルゴシは自らの腕をサムの口に差出し、その牙を受けた
「・・正気に戻れってっ!、この馬鹿サムっ!!」
しかし幾ら叫んでも十字架の付いた封印の首輪が無くなった今では、3人の命だけでなくこの街の人全員が危ないと、気孔で治療を続けるボビーも思わず呟いた
「・・・どうしたらいいんだっ・・せめてディーンの意識が少しでも・・」
「・・退け、ボビー・・」
「っ!、ディーン!?・・気がついたのかっ?!」
その時突然ディーンが目を開き、ボビーの制止も振り払って立ち上がった
「おぃ・・だ・・だめだ、ディーンっ・・傷がこれ以上開いたらどうなるかわかってるのかっ!」
だがディーンはまるで何も傷を負っていないかのように胸の十字架を翳し、サムに腕を噛ませたままのルゴシに言った
「ルゴシ・・そのまま押さえておけ」
「・・は?、お前・・動いて・・っ」
いいのか?と続けようとしたルゴシの目の前で、ディーンはその喉からかすれた声を絞り出すように祈りの言葉を叫ぶ
「Princeps gloriosissime calestis militia, sancte Michael Archangele, defende nos in praelio adversus principes et otestates, adversus mundi rectores tenebrarum harum, contra spiritualia nequitia, in calestibus. Veni in auxilium hominum; quos Deus ad imaginem similitudinis sua fecit, et a tyrannide diaboli emit pretio magno.・・・・っ・・」
「っ・・・早くして・・くれよっ、もう持たねぇ・・っ」
サムを必死で抑える歯が食い込むルゴシの腕でからも、腹を刺されているディーンの唇からも、赤い血がドクドクと流れ出す
「・・Te custodem et patronum sancta veneratur Ecclesia; tibi tradidit Dominus animas redemptorum in superna felicitate locandas. Deprecare Deum pacis, ut conterat satanam sub pedibus nostris, ne ultra valeat captivos tenere homines, et Ecclesia nocere. Offer nostras preces in conspectu Altissimi,・・・ut cito anticipent nos misericordia Domini, et apprehendas draconem・・・・serpentem antiquum, qui est diabolus et satanas, et ligatum mittas in abyssum, ut non seducat amplius gentes.」
そして
「っ!!」
祈りの言葉の終わりとともに再び天から一筋の光が降り、ディーンが掴んでいたサムの首に輪を描いて留まった
「In nomine Patris, et Filii・・ et Spiritus Sancti・・・ Amen.・・・・っ」
ディーンが倒れ込む頃にはそれは金属音と共に物質化して元の首輪を形取り、その瞬間サムの容姿も人間のものに戻る
「・・サム?・・・っ・・ね・・寝てやがる、こいつ・・」
「ディーンはっ?・・・ディーンっ!!!・・マズイ、又傷がっ・・」
安堵した表情で目を閉じたディーンの顔色の悪さと体の冷たさに、最悪の状況が頭を過ぎる
「どうすりゃ・・いいんだよっ・・・医者なんか、こんな小さな村じゃ・・」
出血多量で意識を失ったディーンを前に、ルゴシとサムはただ茫然と雨に打たれるしかなかった
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