Exorcismus 10
ディーンは一人、ヴィクターを探して昼尚暗い森へと足を踏み入れた
地面の血の痕と、微かに感じるどす黒いオーラを辿りながら
「・・・ここに居たのか、ヴィクター」
やがて、手負いの魔物と成り果てた旧友の姿を探し出す
「っ、ディーン・・生きてやがったのかっ
・・だが何故のこのこと一人で・・殺されにでも来たのかっ?」
「いや」
ディーンはコルトを手に、ヴィクターと対峙する
「・・お前を・・この手で殺す為だ」
「だろうな」
だが銃を握るディーンの手には、汗が滲む
何故なら半分は人間であるヴィクターに、歴代教皇伝来の悪魔退治の術は通じない
方法は一つだけ
そして、チャンスはきっと一瞬
「ひひひっ・・・そうか、じゃぁ殺してみろっっ!、殺せるものならなっ!!」
「っ!」
跳躍したヴィクターはディーンが銃を構え撃つよりも早く、術で姿を消すと次の瞬間には背後に回りこんで来た
「思い知るがいい・・俺がこの身に受けた苦痛を・・っっ」
「!!」
ヴィクターの強烈な拳が、振り返ったディーンの頬に鮮やかに決まる
「貴様が修道院を去ることで・・・狂わされた俺の運命を・・っ!」
剣を持っている筈なのに目的は甚振ることだとでも言いたげに、ヴィクターは魔物と化した圧倒的な力でディーンを痛めつける
「くっ!」
仕方なく一瞬の隙を付いて銃身で殴り返して距離を取り発砲するも、それを巧みにヴィクターはかわし木立の影に消えた
「・・っ・・ヴィクター・・減らず口をたたいている割に動きが鈍いんじゃないか
それにお前の書の術も俺の術も、互いに効くものじゃない・・・堂々と出て来い」
ディーンは今の速い動きの中でもサムに噛まれた彼の傷が深手だったのだと分ったが、今のヴィクターにまともな思考は無理らしかった
「・・くくく・・・ひ・・・・ひっひっひっ・・・
今・・・はっきりと分った・・っ、この体が何を求めているのか・・っ」
「ヴィクターっ!?」
「それは・・お前の命だよ、ディーン・・・・・・いくぞ、覚悟しろっ」
「・・・っ!・・・それはっ」
木立か姿を現したヴィクターの口から発せられたのは、対人の金縛りとも言うべき不動霊縛術の呪文
一瞬でディーンの体は自由を無くし、冷たい草叢に倒れ込む
「ひ・・・ひひひひっっ!!・・ 夢を見ているようだ、ディーン・・っ
・・・鳥の翼を毟るように、お前を好きに出来るんだからなぁっっ」
「・・なっ・・」
ディーンは馬乗りになって首を絞めていたヴィクターの手が、ターターンの襟元にかかったのにギクリとその身を固くした
「殺す前にこの体を俺のものにする・・そして殺してからはその魂も・・っ
・・お前が俺に見せた悪夢を・・・共に味わってイこうぜぇ・・っ!!」
「・・ふざ・・けるな・・っ」
昔の、優しかったヴィクター
憧れとも違った
尊敬とも
家族でもなく、兄でもなかった
だが、その全てでもあった
既に神格化していたジョン教皇とは全く違う意味で、ディーンにとって唯一無二の人だった
あの時だって
「ヴィクター・・っ、あの修道院が襲われたのは・・俺が原因かも知れないっ
だがお前が呪われた聖書に支配されたのは・・っ・・・・お前自身の弱さだっ!!」
あの時だって、これがヴィクターならと考えなかったわけじゃなかった
なのに
「っ!・・だっ・・黙れっ・・黙れぇぇっ!!!」
ギリギリと、再びヴィクターの首を絞める力が増す
「お前さえっ・・・お前さえいなければっっ!!・・・っ・・ぁ・・ぁ゛あ゛あ゛あ゛ああ!?」
だがディーンの意識が途切れかけた、その時
ピキッとヴィクターが胸に下げたロザリオにひびが入り、甲高い音を立てて粉々に弾け飛んだ
幼いディーンが贈った、形見の十字架
呪われた書から、彼の精神を人として繋ぎとめていた唯一の物が
「・・・っ、ヴィクターっ!!」
それが壊れた今、彼はヴィクターではなくなった
精神の一片までも
魔物
「ぐ・・・ぐぉぉぉ・・・がっ・・はぁあ゛あ゛あっ・・っ」
周囲に散らばりキラキラと光を反射するロザリオの石の真ん中で、ヴィクターは苦悶する
その壮絶な姿に、終わりにしなければと覚悟するディーンの銃を持つ手も震えた
そして
「っ!!」
次の瞬間近づいたディーンの右腕を突然掴んだヴィクターは、凄まじい力でそれを自らの眉間に押し当てた
「・・・っ・・」
見れば、あの頃の目をした彼が、そこに居た
穏やかで、自分への愛に溢れる目をしていた彼が
「・・・ヴィクター・・お前」
ディーンは、漸くその時分かった
長年彼を苦しめていたのは、呪われた聖書ではなかったと
それは、自分
自分の送ったロザリオと、自分のとの記憶がなければ彼は、もっと早くに楽になれていた
もっと早く、人ではなくなる事が出来た
それなら
一欠けらだけ、一瞬だけ残った彼の心が、望むように
心を決めた瞬間ディーンは、13年前に月明かりの窓辺と同じヴィクターの声を、聞いた気がした
『ありがとう』
やがて一発の銃声が、森に住む鳥達を一斉に空へと羽ばたかせた
「よおっ!、そこのお疲れな感じのお客さん・・タクシー乗ってく?」
軽く開いた傷を抑えてヨロヨロと森からディーンが出れば、そこにはインパラといつもの3人が待っていた
遠くからふざけたルゴシの声と、慌てて駆け寄ってくるサムの姿
「っ、ディーンっ!」
「・・平気だ・・・サム、そんな顔・・するな」
急激な成長の直後からサムを避けていたディーンだが、今は流石にそんな事に構ってはいられなかった
「・・・運べよ、車まで・・・折角、デカクなったんだ・・から・・」
「うんっ」
するとサムは嬉しそうに、ディーンを優しく抱き上げた
しかもその格好は、所謂姫様抱っこ
「っ・・サム・・これは・・」
「でもディーン
僕は大きくなる前だってディーンを抱え上げる事くらい簡単だったよ?、知ってるでしょ?」
「・・・・・ぁぁ・・」
封印されていた時手足に付けられていた重しが一つ50キロ近くあったのは知ってるし、この格好も本人に自覚が無いなら文句を行っても無駄だと、疲れ切っていたディーンは黙って体を力を抜く
今は触れていたくない気分のコルトを座席のシートに無造作さに投げ、起こしたら殺すと告げて目を閉じれば、わざと軽薄なジョークで今の自分の気持ちに知らぬフリをしてくれている仲間の中、途端にディーンの意識は深い眠りへと沈み込んでゆく
そこで夢に見るのは、何時かの夕暮れの空を一緒に見上げて聞いた、ジョン教皇の言葉
『ほら・・見てごらん、鳥が北へと帰って行く
・・でも、ディーン・・・・・鳥が自由だなどど誰が決めたのか、そう思わないか?
例え思うが侭空を飛べて辿り着く地も、羽根を休める枝も無くては翼を持つ事さえ悔やむかもしれない
本当の自由は、還るべき場所があるということかもしれないよ』
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