檻 2
やはりローガンと2人きりになると、何でもないふりは出来ない
そうアレックは自覚した
だからその日も、資金調達の為に密かに外へ出ていたアレックは、マックスと共にターミナルへ戻って来るなり辺りを注意深く見渡す
あの銃の傷を治療してもらった日以来ふとした事で自分の想いを知られてしまいそうで、もうローガンは自分になど用が無いと分かっていても、彼の姿をチラリとでも見かける度急いで身を隠してきた
「お疲れ様、アレック・・今日は楽だったわね」
「・・ぁ・・・ああ」
だが幸い今日ローガンの姿は無く、アレックはぎこちなくマックスに頷く
「後はこれを倉庫に仕舞って・・・って、アレックっ!
途中で逃げないでちゃんと最後まで付き合ってよ、いい?」
盗んだものを売り捌くことが現在唯一の現金収入で、以前同様そのターゲットは犯罪者や裏で悪事に走る権力者や金持ち
そしてマックスとアレックの2人は今やその先鋒だったのだが、その活躍の裏に今内部では意図せぬ問題が起きていた
「・・分かってるって・・昨日までの物品リストも欠けてないか、確認しないといけないんだろ?」
それは昨日、金や盗んだ物を保管している部屋に何者かが入り込み荒らし回った事件だ
幸い盗まれるまでには至らず早々に逃げ出したのか部屋が滅茶苦茶にされただけで済んだのだが、全ての物資を管理する者を特権階級と見なす一部のジェネスティックの反感の発露ではないかと推測され、安易に見過ごせる出来事ではなかった
「全く・・・売ったお金はちゃんとみんなの為に使ってるのに
なんだってあんな馬鹿な事をするか・・私には分からないわ」
「・・・まぁ・・俺達みたいに外に出れる奴は少ない
こんな所に缶詰にされていれば、きっとストレスも溜まるんだろ・・?」
その日の収穫である年代物のラリックのガラスランプを慎重に倉庫に仕舞いながら、アレックは苛立つマックスに言った
「・・へぇ・・・あのアレックも、他人の気持ちを推し量れる人間になったって訳?」
「・・・・・」
「・・なんて、嘘よ・・・頼りにしてる、私も・・ローガンも」
昔と変わらぬ嫌味に顔を顰めて見せていたアレックは、不意に本心をマックスに力無い声で打ち明けられ、忙しなくその長い睫毛を瞬かせた
「・・マックス・・?」
「本当よ、信じられる人は少ない・・信じたくても、解るでしょ?」
ジェネスティックは全員仲間
運命共同体だと、ジョシュアの描いた旗の元に誓ってから、僅か2週間
早くも綻び始めた結束に対する不安を、その時のマックスはアレックには隠そうとはしなかった
そしてマックスの危惧した通り、数日後再び部屋が荒らされる事件が起きた
しかも荒らされただけでなく、今回は金をごっそりと盗まれた
「・・仲間から金なんか盗んで、どうするんだ?・・何に使う?・・どう思う、アレック」
流石に問題だとマックスが呼び出したロ−ガンと、外貨確保担当者としてアレックは同席させられている
「ねぇ、何か噂とか聞いてない?
私はずっとこっちで忙しくて・・・シティの奥深くまで入って行かないから分からないのよ」
「・・・・」
確かにこの二人のように精神の根が善良な人間には解らないかもしれないが、いくら団結を謳っても食み出る者は居る
それに何時も中枢部に居るマックスの目が届かない闇がこの建物には余りに多くて、その証拠にアレックはこの一週間でシティの暗がりで何かの取引に興じる奴らを、何度も見ていた
部屋を荒らされた当初は不満やストレスのアピールかとも思っていたアレックだが、こうなると最近の自分の推測が当たっていると確信する
「多分・・・麻薬だろ、コカインとか葉っぱとか・・外のゴロツキと同じだ、薬を買う金欲しさに盗む」
残念だが昨日犬科のDNAを持つ運搬係と話した時も、その鋭敏な嗅覚で何処からか漂ってくる大麻の匂いを時折感じると言っていた
「確かに・・・そうかもな、だが誰が外から薬物を仕入れてる?、元締めは誰だ?」
「・・・それは・・」
「・・可能なのは・・」
3人は同時にある事に思い当たり、口をつぐんだ
それは正体を隠し外部の犯罪集団と薬物の取引が出来るのは、ジェネスティックの中でも見かけが完全な人間タイプだけという事
しかもマックスたち指導部の許可なくシティから出掛けて行って行くには、シティのゲートを固める者達金で買収しているか薬漬けになっているか、どちらかだ
「・・でもそんな一部の馬鹿のせいで、全員を疑うなんてゴメンだわっ」
「ああ・・疑えば真っ当な奴らまで不愉快な思いをする
結果それが原因で仲間の中で要らぬ諍いが起こる、それは避けたい」
「・・だけど・・」
物や金はここに置く以外ないだろうとアレックが言おうとした時、ロ−ガンが携帯を取り出し何処へ電話を掛け始めた
そして大切な物を預かる場所と人員の提供を求めたロ−ガンに電話の相手は迷わずイエスと返したらしく、やがて彼は礼を言い通話を終えるとマックスに笑って見せる
「預かってくれる伝手がある・・そこに運ぼう、安全だ」
「・・・そう、助かるわ・・良かった」
アレックは本当に大丈夫なのかと不安に思ったが、ローガンの自信有り気な態度とそれを信じきっているマックスの様子に、仕方なく荷物を纏め始める
「・・ローガン・・・場所は?」
やがて粗方車の荷台に積み込めば、出来るだけ何気ない口調を装ってハンドルを握ったアレックは尋ね、それにローガンは手にしたPDAで地図を表示して目の前に翳してくれる
「そう遠くない・・南西、リバーサイドのクレスギー財団のビルだ」
「・・ぇっ?」
だがアレックはその名を聞いて、ギクリと身を硬くした
一瞬の後に甦るのは、忌まわしい記憶
洗脳され、幾度もその手を血に染めた、悪夢のような出来事の一つ
今でも、昨日のように思い出せる
「・・・・・・」
「どうした?、アレック」
「っ・・ぃ・・ぃや・・・・・その、そこは・・大丈夫なのか・・?」
アレックは不思議そうなローガンの声でハッと我に返り、急いで首を振れば彼は気にしたふうも無く話を続けた
「ああ、信用出来る・・財団の前代表のロイスは俺の親友で、その意思は家族が継いでくれている」
そう、ロイス
ロイス・クレスギー
高潔な意志を持った青年だった
最後まで赦し請いもせず、真っ直ぐこちらを睨んだまま
「・・・・前・・代表・・」
その話の続きを、アレックは聞かなくても知っている
だから、言って欲しくなった
だが、聞かずにいられなかった
「ローガン・・お前の親友は・・・どうして・・」
「どうして代表から降りたか、か?」
やがて哀しさと悔しさの滲むローガンの声が、静かに車の中に落ちた
「ロイスは数年前何者かに殺された・・・恐らく、マンティコアからの・・暗殺者に」
今、アレックは一人、ターミナルシティの最奥へと向っていた
財団のビルの一室へ金と資金源となる物資を運び終えると、今回の問題の内部調査の協力を要請する為ジョシュアの居る動物種中枢A-C区画を目指したのだ
網の目のように入り組んだ道を記憶しながら、上から滴り落ちて来る水か汚水か解らぬ物を避け、奥へ奥へと進む
「・・・・・・」
だがそうしながらも頭に浮かぶのは、ローガンの親友だと聞いた男が死んでいった時の光景ばかり
マンティコアという組織の真相に薄々気付いたロイスは若かったが聡明な男で、暗殺者として送り込まれた自分に対し眉間に銃を付き付けられても動じず、例え自分が死んでもその意志は死なないのだと強い口調で告げて来た
まだ、アイズ・オンリーが居ると
彼が居れば、政府の企みの全てが白日の元に晒される日が来るのだと
「・・・・まるであいつは・・もう一人のローガン・・」
そう言ってもいい人物だった
それを
「・・俺が・・っ」
偶然居合わせた妹も
年老いていた母親も
殺した
殺したくなかった
それでも
許さない
きっと
ローガンがこれを知ったら
決して、許さない
そう、アレックは確信した
「・・・っ・・・」
目の前には、闇
シティの深い暗闇が、まるでアレックの心の中に巣食っている記憶のように、まるで彼を何時までも話さない過去のように
彼を待ち構え、大きく口を開けていた
→