檻 5
「っ・・マックス・・」
「あら、どうしたの?、ジョシュア・・珍しいわね、こんな所に来るなんて」
今日新たに運び込んだ医療器具やガ−ゼや薬を届けていたのか、医務室から出た所でジョシュアはマックスと鉢合わせした
「医薬品が欲しいの?、A区で誰か怪我?」
「・・あ・・うん・・・・いや、そうじゃなくて・・・」
いくらなんでもこれは、女のマックスには話せないとジョシュアは言葉を濁した
それと言うのもついさっき、通り掛かったある場所で数人のジョネスティックが不自然に集まっている場面に遭遇した
何か問題事かと掻き分けて見れば、そこには汚れた地面に倒れ込むアレックの姿
服は乱れて、出血の後も有った
だからジョシュアは慌てて彼を抱き上げ、彼の居住スペースへと運んでやりここに手当ての為の薬を取りにきたという訳だが、あの不自然な傷の箇所と何も言わないアレックの態度から見ても男に犯されたとしか考えられず、それをマックスに打ち明けるのは流石に気が引けたのだ
「・・?・・遠慮しなくてもいいのよ、ジョシュア
ここは不衛生な環境だから、少しの傷でも油断しないでって言ってるもの」
「・・ぅ・・うん・・油断・・しない、薬・・貰う・・」
「・・どうぞ・・?」
まだ不思議そうな顔をしているマックスの横をすり抜け、ジョシュアは急いで医務室に入った
そして消毒液に化膿止め、解熱剤などを奪い取るように手に入れると、再びアレックの元へと急いだ
「・・なんでもないよ・・」
だが傷の手当ても自分ですると頑なに言い張ったアレックは、その後もジョシュアに今回の事の真相を話そうとはしなかった
周りで目撃したらしきジェネスティックに口止めしたと伝えた時だけ安堵した表情を浮べたが、あとはずっと厳しい顔のまま枕にうつ伏せで埋もれている
「でもアレックは、酷い怪我してた・・あんなのは・」
「・・あんなふうにされたって・・俺がいいって言えばいいんだっ・・もう帰れ」
「よくないっ・・・俺、やった奴に仕返しする」
何時もと様子が違いすぎるこんなアレックを放っては置けないと立ち尽くすジョシュアに、徐々に苛立ちが募ったのかアレックは顔を上げて口調を鋭くした
「っ・・そんな事はやめろっ!・・いいか、よく聞けっ、俺は・・・
俺は痛くされるのが好きなんだよっ!
ここに運んでくれたのは感謝するが・・お前が俺の趣味にあれこれと口出しする権利は無いっ!」
「・・好き??」
ジョシュアは驚いた
だって怪我したら誰だって痛い
そんなのがアレックの趣味と言われても、ジョシュアには理解不能だ
「アレック、痛いのが・・好き?・・なんで・・・・・・・・・それは嘘だ」
「・・・う・・嘘じゃないっ・・・」
「嘘だ、嘘つくのがアレックは上手い・・でも俺は分かる・・・全部
・・アレックは隠してる・・何か、隠してる」
「・・・・・っ・・・・全く・・・・」
するとアレックは疲れたように目を閉じ、再びベッドに崩れ落ちた
「・・・アレック・・」
「・・もういい・・分かったから、誰にも言うな・・いいな・・?」
「・・・・」
その余りに色を失った顔色にジョシュアはそれ以上の追求が出来ず、そのまま眠りに就くアレックを見守るしか出来なかった
そして彼を守るように、何時までもベッドの側を離れなかった
数日後
ローガンはマックスの頼みで、シティの内部へと足を踏み入れていた
約束の時間になってもマックスが現れず、その日に予定していた共同でのマフィアからの金塊の強奪作戦が実行出来なくなったらしい
アレックは気紛れな男だがこのシティでの仕事の重要性は理解していた筈だから、マックスは何か有ったのかも知れないと心配しローガンに見てきてくれるように頼んだのだ
「・・・アレック・・居るのか?、入るぞ・・」
前回のことがあったから殊更遠慮がちに、ローガンは彼の居住スペースへと足を踏み入れた
「・・っ・・??」
すると見れば驚く事に床には空の酒瓶が幾つも転がり、ベッドではだらしなく寝乱れた姿のアレックが低く唸っている
「どう・・したんだ、アレック・・・今日はマックスとの仕事の日だ、忘れたのかっ?」
「・・ん・・・・ん・・?・・・・・そう・・だった・・か・・?・・・」
「そうだ、マックスが・・・・・っ!」
近づいて見ればその肌蹴た胸にはキスの痕や痣が幾つも浮かんでいて、急いでローガンは目を逸らす
そして、同時に自分がこんな事にどうしてここまで動揺するのかと、愕然としていた
アレックがこの中の誰と付き合おうが構わない筈
相手が男でも女でも、彼の自由
だがその痕跡を目にしただけで、自分はなにかどす黒い炎が胸の奥に灯るのを感じる
「・・・・・何・・だよぉ・・・ローガン・・・・・」
「ぃ・・いや・・」
「・・?・・」
やがてアレックもローガンの様子に気付いたのか、自らの胸を見てニヤリと笑った
「・・ぁぁ・・これ・・?
ちょっとお遊びが過ぎちゃってな・・・乱暴なセックスする奴なんだよ、ほら」
ローガンは見たくも無かったが、アレックが指差す反対側の彼の頬の酷い擦り傷まで確認させられた
「これは地面に押し倒されて・・・参ったよ
だけど俺も乱暴にされるの、嫌いじゃないからなんとなく流されて・・そのうちヨクなっちまって」
「・・・・・」
「だから・・ちょっと体が痛くて今日は行けなかった、マックスに謝っといてくれ」
「・・・・・」
恋人なのか、とローガンは聞きたかった
知らなかった
そんな相手がアレックに居たとは
そしてそんな乱暴な相手でも、愛しているかとも
「・・・・・分かった・・・」
だがローガンはそう答えるのだけが精一杯で、逃げるようにアレックの前から立ち去った
だから、ローガンは知らなかった
自分が去った直後、俯いたアレックが切なげな顔で涙を一筋、流した事を
「ふふ・・・乱暴なセックスする奴、か・・・面白いな、494」
ローガンが去って、やがて暗がりからはヘルマンがその姿を現す
「・・・ヘルマンっ・・・ここには来こない約束だろっ!」
「そう言うな・・・お前の想い人がやって来たから、何事かと思って見ていただけだ」
だがそう言いながらも遠慮無しにアレックの居住スペースに侵入したヘルマンは、シャツの胸元を掴みその体をベッドへと乱暴に突き飛ばす
「・・っ!・・」
「だがさっきの話を聞く限り、もう私はお前の恋人なんだろう?
だったら此処に居ても不自然じゃない・・・むしろ当然だ」
「・・ゃ・・めっ・・」
「愛し合おうじゃないか、494・・・もうあのローガン公認だ
・・・それに今日は良い物を持ってきてやった、試してみろ」
アレックはヘルマンの手に毒々しい色の液体が入った注射器が握られているのを見て、愕然とした
「ぃ・・やだっ・・こんな物っ・・なんでっ!」
もう自分には何も残ってない
なのに、まだマンティコアの闇は人としての部分を奪おうとする
更に深い暗闇へと、引き摺り込もうとする
「・・ぁ・・ぁ・・・っ」
プツリと皮膚に針が突き刺さり、液体が注入される
そして空になった注射器が床に投げ捨てられて割れる音が耳に届く頃には、アレックの視界はグニャリと歪み、その意識は妖しい世界へと誘われて行った
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