檻 8
アレックの異変を案じていたロ−ガンだったが彼を探そうとシティの中を歩き回っても見つからず、そのうち立ち向かうべき事が山積してしまっていた
その日もシンディとスケッチ−がシティを去ることになり、それは今後の外部、つまり警察や州兵の動きを探る者やジェネスティックの問題を世論に訴える役割を持つ者が、外部に必要だと判断したからだ
特に以前記者として働いた経験の有るスケッチ−には、ジェネスティックに対する記事を新聞社に写真や持ち込み、誤解を解く為彼等の本当の姿を報道するという重要な役割が振り当てられる
そして暫く出来ていなかったアイズ・オンリ−としての活動も、ディックスがコンピューターを揃えてくれたお陰で再開されそうで、又マックスも周囲を包囲している警察のボスであるクレメンテ刑事との密会を間近に控え、今は内ではなく外へ目を向けなくてはならなかった
マンティコアについての情報を与え複雑なホワイト達との関係も話し、協力といかないまでも今後の交渉を円滑に進める為彼の理解を得る話し合いが必要だからだ
やがてそんな日々が続き、少しづつジェネスティックに対する世間の意識が絶対的恐怖からほんの少しの興味を帯び始めた頃、一人の神父が声高にジェネスティック排斥を再び訴えだした
そうなればやはり多くの者がその宗教を信じるこの国としては議員からも過激な発言をする者が現れ、今では政府が進めていた計画の全貌を暴きジェネスティックと話し合うべきとするグループと、彼等を皆殺しにすべきというグループ2つに、別れつつあった
「あの議員、思い知らせてやるべきだな」
「・・・・」
アレックは、ヘルマンがモニターを睨みつけながらそう言うのを、黙って聞いていた
彼が用意したシティの外れの秘密の子部屋にもはや半監禁状態のアレックだが、傍らにはいつもテレビが点いている
しかし最近では、外がどんな状況かニュースを聞いても理解する気も起きない
何かを考えたくても打たれた薬で頭が回らず、ヘルマンが言うところの『再教育』で、まるでここも研究所なのではないかと錯覚する程にアレックは追い詰められていたから
「殺してこい、494」
「・・・・・殺・・す・・?」
ヘルマンや他の男達に散々抱かれた気だるさを引き摺りながら、ぼんやりとアレックは聞き返す
「そうだ、あの神父も
あんな奴らは今も、そして私がここの支配者となった後も、邪魔なだけだ
・・さっさと行ってこい・・ローガンに全てを知られたくないんだろう?」
「・・・・・」
そんなのはもう、どうでもいい
アレックはそう言おうと思った
こんな自分を、ローガンは気にも留めてない
その証拠に、男に抱かれた痕をわざと見せ付けた自分を、再び訪ねて来る事は無かった
心配してくれるのは、ジョシュアとモールくらい
それでも
「・・イエス・サー・・・」
まだ自分はどうしようもない感情に囚われたままだと、アレックは絶望の中冷酷なヘルマンの命令に頷いた
「マックスっ!」
「・・ジョシュア・・どうしたの?」
その日クレメンテ刑事との話し合いで多少なりとも協力の姿勢を彼が示してくれたことから機嫌が良かったマックスだが、シティの中で自分を探していたらしきジョシュアの顔に浮かんだ表情に、一瞬で気持ちを引き締めた
「・・マックス・・・なんか・・変だ・・大変なんだ・・」
「何が?」
「特に人間種の区画の・・アレックも・・銀髪の男も・・他の奴らも・・」
久しぶりに会ったジョシュアは、なんと言葉で表現すればいいのか分からない様子で、両手を忙しなく動かしている
「アレック?・・そういえば彼、ずっと仕事をサボったままよ
一度ローガンが見に行って体調が悪いらしいとか言ってたけど・・違うの?」
「・・違うっ・・アレック・・変な奴らと付き合ってる
特にいつも一緒の銀髪の男・・・そいつが薬をシティで売り捌いてる」
「っ!・・・どうしてアレックがそんな事見逃してるのっ?!」
マックスは最近アレックが外部からの物資の手伝わないのは、ずっと彼特有の怠け癖が出たのだろうくらいに思っていた
だが以前からのシティ内部での不穏な動きとアレックが繋がっているとしたら、クレスギー財団に物資を移動させた事を知る彼から情報が流れていたと考えざるを得ない
「それに・・それだけじゃない
その銀髪の男はいろんな大切な所を管理する奴を、仲間に引き入れてる
・・何時か・・何か起きるかも・・」
「何か・・って?」
「なんて言う?、マックス・・こうゆうの
・・仲間だった筈なのに・・闘う・・裏切られる・・」
ジョシュアは必死に考え、言葉を探しているようだ
「もしかして・・内乱?、反乱とか?」
考えたくなかったが彼の言葉を繋ぎ合わせればそんな答えが出ると、マックスは言った
「そうっ!!、内乱・・・絶対シティで内乱、起こるっ!」
「・・・」
その確信しているらしきジョシュアの様子に、マックスは自分の目で確かめるしかないと、次の瞬間にはシティ中枢へと駆け出していた
だが、幾ら探してもアレックも銀髪の男も見つからず、見かけるジェネスティックに尋ねれば時折意味深な笑みを向けられた
「・・・・」
知らぬうちにシティが全く違う色合いを帯びてしまったようで、益々マックスの疑惑の深まりそのうち辿り着いた武器庫の前で、遂に監視係が鮮やかな色の錠剤を噛み砕いているのを目撃する
それは明らかに病気の治療の為ではなく、違法な麻薬の類
「・・いい物を貰ってご機嫌みたいね?、バンピー」
暗闇から突然現れたマックスに、軽く飛んでいたバンピーと呼ばれたジェネスティックは、大げさに驚いた
「っ!・・マ・・マックス、どうして・・こんな所にっ」
その顔色で、マックスはこんな最重要部署の人員まだ蝕まれていたのかと、油断した自分に腹を立てる
「あら?・・私が来たら何か困るの?、シティの中の見回りも大切な仕事よ
それとも・・その役割は今、銀髪の男がしてくれてるのかしら?」
「・・ぁ・・・俺は・・・」
「出してっ」
マックスはバンピーを睨みつけながら、手を差し出した
「・・なに・・?・・」
「何、じゃないでしょっ・・今やってた薬を出しなさいって言ってるのっ!」
マックスが肘撃ちを食らわせ壁に叩き付ける様に押さえ込めば、バンピーはひぃ、と情けない声を上げた
このシティに住み着くにあたって皆で取り決めた法律を、彼も知らない訳ではなかったからだ
「麻薬所持、及び使用は厳罰よっ、知ってるでしょっ!!
それともあんたも指定で薬物を売ってる側の下っ端?、だったら・」
「違うっ・・俺はっ・・も・・貰っただけで・・・何も知らないっ・・」
「嘘よ、知ってる筈・・・全部話しなさい、鎖骨を粉々に砕かれたい?」
本当にギシギシ軋む骨の感覚に震え上がったバンピーは、もはや半泣きで分かったと叫ぶ
「す・・少し前に銀髪のヘルマンって男が来て・・薬を勧められた
だけど・・ずっと俺は断ってた、そしたら・・・次にアレックが、だからっ」
「・・ヘルマンって奴だと断って、アレックに勧められたら薬やるの?」
「そ・・そうじゃないけど・・・・・・・・・・っ、ひぃっ!!」
要領を得ない話に苛立ったマックスはバンピーの肩の関節を外して、もう一度壁に強かに叩き付けてやった
「待ってくれっ!、言うっ!・・言うからぁっっ」
「・・・じゃ、どうぞ」
完全に悲鳴混じりになって、バンピーは震える声で告白した
「ずっと・・その・・俺はアレックをいいなと思ってて
・・だからあの日・・・犯らせてもらえるなら協力すると・・」
「・・・なんですって?・・」
「ほっ・・本当だ、マックスっ・・奴ら何か企んでるっ!!
・・や・・めろっ、やめてくれっっ・・・」
情けなく喚くバンピーのもう片方の肩の関節も外し、マックスは一刻も早くこの非常事態への対応策を取るべきだとシティの会議室へと走り去った
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