檻 11
ローガンの手の中で、再生されたプレイヤー
その様子を見なくても、俺には嫌悪に顔を歪ませてそれを見る彼の顔が思い浮かんだ
あの時自分は、滅茶苦茶にされた
研究所の幹部の命令通り任務を遂行出来なかったり、僅かでも反抗しようものなら何時もそんな目に遭わされはしたが、あの時程酷い扱いは無かったと記憶している
相手が誰だったか、何人だったかも分からない
ただ自分の体内深くには一人ではなく何人もの性器が埋まっていて、それはなんの動物のDNA効果か信じられない程細くて長く、到底人では不可能な位置まで届き蠢いた
そして、その上へルマンはカメレオンのDNAを持つジェネスティックに命令し、その弾力有る舌を尿道にまで挿入させ、後からの痺れるような刺激にも達することが叶わぬまま、膀胱にまで入り込んだ舌はくねくねと尿道を捏ね回しながら出入りした
そのまま洗脳を受けた自分は最後には泣き叫び、漸く解放された時には精液を吐き出すと共に、失禁していた
「ローガン・・こいつの顔に書いてあるだろう
お前の親友のロイスを・・それだけじゃない、妹も母親も殺したってな」
「・・っ・」
更に続いたヘルマンのこの言葉で、俺は終わりだと思った
少し前、偶然という名の幸運が自分を救ったと喜んだのも束の間、全てをローガンに知られてしまった
これが、最後
ローガンという、愛する人の顔を見れるのも
「・・・・・・」
俺はそう思い、ずっと俯いていた顔をゆっくりと上げ、ローガンを見た
怒りと軽蔑の視線に射られるのを、覚悟して
だが
「・・・・ロー・・ガン・・?」
「・・アレック」
ローガンは以前と変わらぬ目で、俺を見つめていた
そして、言った
「・・ヘルマン、これで・・
これで僕とアレックの絆を断ち切れると思うのか?・・こんな事で?」
ローガンは立ち上がった逞しい体躯のヘルマンに挑むように、前に進み出る
「なっ・・なんだと?・・お前は親友とやらを惨殺したコイツが憎くないのか?
ロイスはずっと共にに戦って来た友だった筈・・あれでお前は痛手を負ったっ
反研究所の活動にも・・精神にも、そうだろうっ!」
「確かに・・・アレックがしていた事は酷い、だがそうさせたのはお前達だっ
生来のアレックは優しい、善良な魂の男だ・・・だから、苦しんでいた
もしそんな事に苦しまないような奴だったなら、僕は助けない
・・・それに・・・愛さないっ」
「・・・っ」
「っ、アレックっ!」
その時
へルマンの注意が目の前に立ち塞がるローガン一人に向いているのを察したジョシュアに、俺は壁際へと凄い力で引っ張られた
そしてその拍子で、視界の端に後の通路から駆け寄ってくるマックスやモール達が見える
それだけではない
ヘルマンの背後の上部階段にも、いつの間にか全ての反乱者の制圧を終えたのか何人もの仲間がこの場に集結し、数え切れない程の数の銃身が覗いていた
「・・っ?!、糞っ」
しかしその動きはヘルマンに切り札の喪失を認識させ、ある行動を誘発してしまった
「やめっ・・ローガンっ!!!」
手を伸ばす間も無かった
ジョシュアに抱き留められた俺は茫然と、ヘルマンによって背後から喉元にナイフを突きつけられるローガンに対峙することとなった
人間であるローガンは、ヘルマンの隙を付いて逃げるなど到底不可能だろう
俺は絶望した
そして、焦った
「・・ヘルマンっ、ローガンを離せっ!!」
「ふん、冗談だろう・・494、この男は人質にする
シティを私が出るまで・・・いや、それからも一緒に行動してもらう
まあ、ある種の保険だ・・お前達が私を追ったらコイツを殺す、というなっ」
「っ・・そんなことはさせないっ!!」
そして俺がジョシュアの手を振り切り飛びかかろうとした
その瞬間
「動かないでっ!!」
それがマックスの声だと認識するよりも早く
周囲を見回したヘルマンが、ローガンの喉を掻っ切るよりも早く
「・・っ!」
死角に回り込んでいたマックスがヘルマンの頭上から垂直に飛び降りながら放った銃弾は、見事に彼の頭蓋骨を縦に貫通していた
マックスはもう、俺に起きていた全てに気付いたようだった
崩れ落ちたヘルマンの前に降り立つとすぐ、その服を探り数枚のディスクを取り出し俺の目の前で踏み付け、
粉々に砕いてくれた
「・・・・マックス・・」
「・・分かってるわ、アレック
反乱に加わったのは、脅されたからね?
あとでこの男の住居を捜索して、残りのデータも全部廃棄するといいわ」
「・・・・」
「それにあの議員の暗殺も・・
さっき、捜査にあたっていたクレメンテ警部から連絡が有ったの
議員を殺したのは貴方じゃない・・・そうよね?、アレック」
顔に付いた血を拭っていたローガンも、そのマックスの言葉に急いで近寄って来るのが見える
「ほ・・本当かっ?・・」
それにぎこちなく頷けば、酷い鼻血を押さえているジョシュアも遠くで安堵したように笑顔を見せた
みんな心配してくれていた
本当に
心から
「・・あの事は本当に・・幸運だったんだ、マックス・・・ただの・・幸運」
「何があったの?、アレック」
だから、もう彼等に隠し事は嫌だった
俺は、真実を告げる
「俺は・・・殺しに行った・・本当は議員を殺す・・つもりで・・
・・奴らが殺してなければ、俺が殺してたんだっ・・」
すると驚いた事にローガンが、背後から俺を包み込むように抱き締めて来た
「・・いいんだ、アレック・・落ち着いて、ゆっくり話せ」
「っ・・ぁ・・ぁぁ」
酷く動揺しながらも、何故かマックスが何でもない顔をしているのに即されて、話の続きを急ぐ
「で・・でも、俺が議員の家に忍び込んだ時には・・もう彼は死んでた
あれはプロの仕事だ・・そして急いで家から逃げ出して・・
そうしたら裏道を猛スピードで走って行く車を見たんだ」
「それって・・」
「ホワイトの車だった」
やっぱりね、とマックスは頷いた
「車のナンバーを、ゴミ箱の影から見てたホームレスの子が居るらしいの
上の階で銃声がして、その後怪しい黒服達が乗って走り去ったからって
今クレメンテ警部が保護してる・・でも、裁判での証言はまず無理ね
・・・下手をしたらその子が殺されちゃう」
「ジェネスティック嫌悪派の議員を殺して、その罪を俺達に擦り付ける
・・・確かにホワイトなら考えるだろうな・・」
そうしてローガンはその場でマックスと今後の対応について話を始め、周囲では衛生班が到着しヘルマンの死体を袋に詰めている
ジョシュアも彼等と共に医務室へと連れて行かれ、モールは武器の管理に忙しくビックスは壊された電機系統の修理に走った
「・・・・・」
不意にローガンの手を離れた俺は、まだここに居てもいいのかという疑問に囚われた
触れ合う事が出来なくても、仲睦まじいマックスとローガン
それをこの先もずっと、傍で見つめて過ごさなければならない
そう考えると、俺の足は勝手にソロソロと彼等から遠ざかり、頭の中ではここから出てからの経路がめまぐるしいスピードで計算され始める
だが、さようならと心の中で呟こうとした時、それまで知らぬふりをしていたローガンが、突然振りかえって俺に言った
「逃げるのか、アレック?・・・お前・・僕が言った事、ちゃんと聞いてなかったな?」
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