檻 12
ターミナルシティの最上階

ジョシュアのデザインによる黒、赤、白の象徴的な旗が揺れるその屋上に、事件後の指示を粗方終えたローガンは俺を誘った

まだするべき事は沢山有るだろうに、何故かマックスもその場から立ち去る俺達を止めようとはしない

それどころか意味有り気に微笑み何時ものバイク用グローブを着けた手を振って、そっちは頼むわよなどど意味の解らないことをローガンに言っている

不可解に思ってローガンに尋ねても、暫く日光浴なんかしてないだろうからと返され、俺は仕方なく黙り込み付いて行くしかなかった












「ああ・・いい天気だぞ、アレック」

「・・・・・」

確かに最近はずっとシティの奥深くに監禁状態だったせいで、陽の光を見ていなかった

もう春も近い今日は特に暖かく、上着の上からも届くほかぽかと暖かなぬくもりに、ずっと緊張状態だった体の力がホッと抜けるのを感じる

「ほら、こっちだ」

そうしていると不意に手を握られて、驚く間も無く屋上の一角にあるスペースへと連れて行かれれば、そこには以前来た時には無かった人一人が居住可能な設備が出来ていた

「・・ローガン・・ここは・・?」

「僕のシティでの家だ
 建物の中や土壌に近い階層は、有害物質の影響が僅かだが残っているから
 ・・ここなら新鮮な空気が吸えるし、衛星電波状況もいい」

本格的なアイズ・オンリーとしての活動拠点は外部だが、ここでも簡単な作業は出来るよう揃えられたノートパソコンと、粗末だが骨太のパイプで丈夫そうなベッド、拾ってきたであろうスプリングが飛び出したソファや小さなテーブルなどが置かれている

「・・そう・・だな、なかなかいい感じ・・だ」

俺はどうしてこんな場所に案内されたのか解らず戸惑いながら、ローガンの城を誉めた

すると、彼は驚くべきことを言った

「そうか、気に入ってくれて良かったよ
 ・・・暫くは僕と君、2人で住む事になるからね」

「ぇ?」

何を言ってるんだと、俺は慌てて聞き返す

「今回の事件で怪我で治療を受ける必要がある者は沢山出たが、君もだ
 ・・アレック・・君は薬を打たれてた筈だ、それを完全に抜かないと」

「っ・・それはっ・・・」

「結構な禁断症状が出るらしいが、大丈夫だ
 もう奴が持っていた薬物を分析して、中毒症状を緩和する薬も頼んである
 後でマックスが持って来てくれるから、それまでは・・」

そしてローガンは弱くも無い力で俺の腕を掴むとその家の中へと入れ、テーブルの上に置かれたある物を俺に差し出した

「・・まさか・・これ・・っ」

「残念だかその、まさか、だ
 人間の僕には、本気になった君を押さえ込む力は無いから
 ・・頼むよ、アレック・・・これを着けてくれ」

俺の目の前には、ジェネスティックの力でも外せない鋼鉄製の手枷

「嫌だ・・こんな・・俺は大丈夫だっ、こんな物無しでもっ・」

「ダメだ、アレック・・・・・・・それとも、マックスに頼みたいか?」

「・・・・」

禁断症状の自覚は、確かに有った

ずっと苦しむ前にヘルマンに薬を与えられていたがその時間は徐々に狭まりつつあるのを感じていたし、昨夜暗殺に向う直前に打たれた注射が最後となれば、もうその症状が出て来ても不思議は無い時間だ

本格的に禁断症状が始まれば、何をするか自分でも解らない

きっと酷く見っとも無い自分になるのだろう

だから薬を抜く必要性は感じても、そんなところをローガンに見られるのだけは嫌だった

「マックスに・・・マックスに頼んでくれ、その方が安全だっ」

「・・そうか、分かった」

俺はすぐに頷いてくれたローガンに安堵したが、次の瞬間には片方の手首に枷をしっかりと嵌められていた

「っ!・・ローガン、何をっ!!」

咄嗟に彼を投げ飛ばす事も出来ず、俺はスピードで圧倒的に劣る人間相手にされるがままになって、最後には両手首を拘束されてしまった

そして驚く俺に、ローガンはすまなそうに呟く

「君の気持ちは分かったが・・・・・悪いな、アレック
 ・・・僕がそんな君を・・他の人間には見せたくないんだ」

「?・・・ローガン・・が・・?」

意味が全く分からずポカンと見上げれば、ローガンは溜息をついてさっきと同じ事を力無く言った




「・・僕が言った事、本当に君は聞いてなかったんだな・・」








































結局両手両足ともベッドに括り付けられ、俺は禁断症状が治まるまでローガンの世話になることになってしまった

ヒタヒタと忍び寄るどうしようもない衝動に恐怖が込み上げ、何度も嫌だと、放してくれと頼んでもローガンは聞き入れてくれなかった

真剣な顔で時計を見て俺の症状の開始を計りながら予め頼んでおいたのか、仲間が届けてくれた監禁の間必要と思われる缶詰のスープやドライフードなどを、棚に並べている

「・・嘘・・だろっ・・・っ」

その中に大人用のオムツのパッケージまで発見して、俺が堪らない気持ちになってガチャガチャと手枷を鳴らせば、ローガンは慌てて飛んで来た

「アレック、頼むから暴れるなっ・・手首に傷が付く」

「・・ローガンっ・・そんな・・そんな物っ・・っ」

ローガンもどうして俺がそんなに暴れだしたのか理解したらしく、背後の棚を振り返り複雑な表情を見せる

「・・ぁ・・ああ・・何も必ず使うとは言ってない、念のためだ」

「絶対嫌だっ!、頼むから・・っ」


「ここにはトイレが無いんだ・・・緊急事態に備えてるだけだから」

だがそこまで言われて、じっとしていられる筈はない

惨めな排泄行為まで彼に見られたら、例え薬が抜けてももう生きて行く勇気なんか無くなる

「っ・・嫌だっ!・・・・放せっ!!・・・放せったらっ・・っ!」

「アレックっ!!」

俺は本気で手枷の鎖を引き千切ろうと、肌が傷付き血が滲むのにも構わず右手を激しく、何度も引いた

すると頑丈そうなパイプベッド全体が軋み、焦ったローガンが必死になって止めようと俺の肩を抑える

だがジェネスティックが本気になったら人間がどうやっても止められる筈も無く、俺が立てた膝に押し上げられる形でローガンはベッドから飛んでゆく

「っ・・アレック・・」

「糞っ・・・ゃ・・やだっ・・いやだぁ・・ぁ・あ・・・ああーーっっ!」

徐々に自分でも拘束されている事が嫌で暴れているのか、薬が欲しくて暴れているのかが分からなくなった

ただ滅茶苦茶に体を動かして、叫ぶ

止まらない

ローガンが俺の名前を呼んでいる声が遠くに聞こえたが、止められない


すると、その時


「・・っ・・?・・・」


何か柔らかいもので、叫んでいた口を塞がれた

生理的な涙に潤んでいた目の前も真っ暗になって、一瞬俺は口や目も戒められてしまったのかと思った程だ

だが、違った

「・・っ・・ん・・・んん?・・」

霞む目に写ったのは、目を閉じたローガンの睫毛

つまり

俺はローガンに、キスされていたのだ

「・・んーっ!・・っう・・・んんんっ!!」



何してるんだ!

やめてくれ!

こんな行為になんの意味がある?

マックスになんて説明する気だ?



いろんな言葉が、グルグルと俺の頭の中を回る

完全にパニックだった

しかも、必死で開いた目には、部屋のドア付近で佇むマックスが

「・・・確かに大人しくさせるのには、それは一番有効ね」

だが何故かマックスはかうろたえも怒りもせず、恋人が男と深い口付けを交わす様子を横目にテーブルに頼んでいたという薬らしきものを置く

「これね、やっと出来たって・・・・後で飲ませてやって、じゃ」

頑張ってねとまで付け加え、マックスは何も無かったかのように立ち去り、ローガンもローガンでキスを続けたまま手を振り返している

「・っ・・んっ・・っっっ・・・・・・・・・ぷはっ!!」

俺は懸命に頭を振ってローガンの唇を剥し、叫んだ

「どっ・・どうなってんだよっ!・・・なんで、こんな事するっ!!
 頭・・おかしくなったんじゃないのかっ、ローガンっ!!!」

「・・・頭がおかしい、だって?」

すると、ローガンは酷く腹を立てた顔で、俺の顔の前に人差し指を突きつけて言った





「あと一回しか言わないから、よく聞け
 ・・・僕は、お前を、愛してるんだっ!・・・・・アレック、聞こえたか?」




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