とある男が捕まった。その男は狂っていた。愛する妻と娘を人でも獣でもない
生き物に貶め、さらに数名の人間を行方不明にしている。男はかつて国家錬金
術師の資格を有していた。妻と娘は資格を保持するための犠牲となったが、
一連の事件ではっきりとしている動機は最初の二件のみであとの数名について
だけはいくら本人に問い詰めても一向に要領を得ない。そういう経緯で仕方なしに
私が駆り出される羽目になった。同じ錬金術師でも狂った男の心情などわかる
はずもないのにとんだ迷惑な話だ。頑丈な布で作られた拘束衣に両手は交差
した形で胴体に押さえつけられ、足もひとまとめにされている男が唯一自由になる
のは首から上のみだった。正面の椅子に座ると男の血走った目が私の爪先から
髪の先端までをもじろじろと執拗に観察し、やがて突然その歪んだ表情が明るい
ものに変わった。男は叫んだ、ハレルヤ!私はあなたを待っていた!
 取り調べの初日から男の発言をすべて書き留めるよう命じられていた部下は
部屋の隅でその日ようやくペンを走らせることができた。興奮を抑えきれない男の
声が室内に響いた。
 ―――ええ、ええ、お話しますよすべて、はじめから終わりまで!すべて!私が
妻と娘にしたことは既にご存知でしょう。その通りです。すべて、その通りです。
私は国家錬金術師であり続けたかったのです。そのためには仕方がなかったの
です。だが何のために!何のために国家錬金術師でありたかったのか!それを
思い出したときに私は地獄に落ちました。そう妻を!娘を!幸せにしたかった!
それだけだったのに私にはもう何も残されていなかった。重い重い罪だけが私に
残りました。後悔しました、ええ後悔しましたとも。いっそ死のうとも思いましたが
私の罪は死んで許されるものではない。そうでしょう?悔いて、悔いて、悔やんで
悔やんで!絶望の日々をただただ無為に過ごしていました。そしてある日のこと
です。唐突に私は神に許されるチャンスが与えられたのです!私の前にあの子が
現れた!

 あの子とは?と私は率直に尋ねた。
 ―――あの子は神の御使いだ!そう!天使だ!神々しいばかりの金の髪、
金の瞳。完璧な、すべて完璧な美貌の持ち主でした。そして穢れのない美しい
白い翼を持っていた!私は一目で魅了されました。しかし次の瞬間には恐ろしい
裁きが待っているのだと覚悟しました。ですがあの子は私に優しく微笑みかけると
裁きを下すどころかこの罪深き私にくちづけさえくだささった!それからあの子は
言ったのです。あなたの罪を自分が引き受けようと!まずあの子は暖炉で赤く
熱した焼印をその手足に自ら押し付けたのです。あの子の傷ひとつなかった細く
白い手足には十字架の形をした無残な火傷ができてしまった!あの子は悲鳴を
あげて苦しんでいました。天使といえど痛みとは無縁ではないのでしょう。火傷は
ひどい有様で、肉の焼ける臭いが鼻をつきました。しかしです。手当てをしようと
近づくとあの子の性器は我々人間の男と同じような反応を見せていました。あの
子は言いました。あなたの罪は自分の罪であると。そうです!その時私もまた
勃起していたのです!苦しむ天使を見て、私は浅ましくも欲情し、勃起していた
のです!それゆえあの子もそうなってしまったのでしょう。それでも私は止められ
なかった!欲望のままに傷ついたあの子を夢中で犯しました。気がつけば白い
羽根と真っ赤な血が床一面に散らばっていました。けれど天使はこんな私に
微笑んでくださるのです!あなたの罪は今、これでひとつ償われた、天使はそう
言いました。私は神にひとつ許されたのです!

 いかれた妄想にもほどがあると半ば呆れ、ため息をつきながら私は続きを促す。
 ―――私は何度も天使を犯しました。何故ならばあなたが己を罰したいように
自分を罰するように言われたからです。私はあの子の言葉に従いました。手酷く、
昼夜問わず何度も何度も時には痛めつけるように犯しました。そのたびあの子は
またひとつあなたの罪は償われたと言いました。そうして私はあの子を犯すことで
罪を償い続けて、しばらくしてあの子は言ったのです。これではいつまで経っても
あなたの罪は償いきれないと!もっとひどい罰を与えなければならないと!私は
あの子に拷問にも近い行為を行うようになりました。そのうちに私の持つ錬金術の
技術を生かすことを思いつきました。金で呼び出したろくでもない連中と家畜を
合成させて悪魔のような生き物を作り出しました。頭が牛や馬で、体は人間の、
異形の性器を持った合成獣です。それらにあの子を犯させるとあの子は今にも
死にそうな叫び声を三日三晩あげ続けました。叫び声が止んだので見に行くと
あの子は翼を手折られ、ほぼ気を失っていました。ですが確かに私に微笑んで
くれていた!私はまたひとつ罪を償いました。

 私は行方不明になっている数名の人間の写真を男に見せ、確認を取った。その
おぞましい合成獣にされてしまった男たちは彼らに間違いないという。だが、私は
内心それよりも男が言う"天使"が気になって仕方がなくなっていた。もし本当に
そんな目にあっているとすれば今すぐ保護しなければならない。この狂った男の
言うことだからほとんどは妄想で、きっと彼は助けを求めているはずだ。天使は今
どこにいる?私は強硬な口調で問う。
 ―――あの子なら、私の家の地下室にいますよ。ちょっと細工が複雑なもので、
あなた方には見つけられなかったかもしれないですね。ようく探してごらんなさい。
あなた方も見るといい。あの天使の美しさを!先日、ついにあの子は言ったの
です。あなたの罪はすべて神に許された。出頭しなさい。あなたはもう死しても
地獄に落ちることはないと。だから私は出頭してきたのですよ。ああ、磔のまま
だから早く行かないとあの子はどうなるのかなあ…ええと、あなたマスタング大佐
ですね。
 国家錬金術師として何度か顔を合わせたこともある男は私の名前と顔を知って
いてもなんらおかしくはなかった。確認を取ると男は不気味な笑みを浮かべながら
最後にこう言った。
 「天使が、待っておられますよ」

 私は何かに追い立てられるように急いで立ち上がり、すぐに司令部から出て
男の屋敷に向かった。床板をすべて剥がしたところでそれらしき地下への入口は
見当たらない。やむなく私は焔をもって一階の土台そのものを突き破った。すると
男の言ったとおり、地下には広い空間があった。その奥の暗がりに、人の気配が
ある。明かりを照らしてみればそれは薄汚れ痩せ細った金髪の少年で、両方の
手のひらを金属の楔が貫き、壁に磔にされていた。私は楔を抜いてやり、崩れ
おる少年の体を抱きとめた。幸い少年は生きていた。手足には重度の火傷、
全身に傷と痣、性器も臀部も正視できないほどの状態だった。もちろんその背に
翼なんてものは存在しない。白い鳥の羽根のようなものがところどころに散らばる
室内を見渡すと哀れにも醜い合成獣にされてしまった被害者が既に息絶えている
のが見えた。私は意識が朦朧としているらしい少年の頬を軽く叩き呼びかけた。
うつろだった目つきが次第にしっかりしたものになっていくのを見て、大丈夫か?
もう大丈夫だ、すぐに病院に運んでやるぞ、と励まそうとした。しかし少年は私を
見るなりゆっくりと微笑んだのだ。
 「…ああ、ああ待ってたよマスタング大佐。アンタにもたくさん血の臭いが纏わり
ついているね。聞こえるだろう、アンタを呪う大勢の人々の声が。何人もの罪も
ない人々がアンタに焼かれて殺された。それをアンタは悔いている。けどアンタは
自分で償うつもりだ。俺がアンタの罪を償う必要はないだろう。だからアンタに
必要なのは罪の肩代わりじゃない、そうだろう?」
 少年は傷だらけの震えの止まらないか細い腕をそろそろと私の首に回し、抱き
ついた。それから私の顔をまっすぐに見つめた瞬間、金色の瞳が私を射抜いた。
私は不思議と金縛りのように一切の身動きが取れなかった。
 「なら俺はアンタの罪を一緒に背負おう。地獄の果てまでアンタについていこう。
アンタを、愛してあげよう。アンタの罪も後悔も過去も未来も、アンタの何もかもを
すべて愛そう。だから」
 言葉を途中で止め、少年は私にくちづけた。かさついたくちびる、それは血の味
だった。古い鉄のようであり、苦く甘いものだった。私は何かに取りつかれたように
長いあいだ深く深く貪りあい、互いの唾液を飲み干しきって少年は言った。
 「だから、俺を愛してくれるだろう?」

   その後、調書には男の屋敷の地下室には合成獣数体の遺体のみ発見された
こと、男の精神は既に常軌を逸していて天使なる者ははじめから存在しなかった
ことなどが付け加えられ捜査は終了した。そうして今、私の家の地下室ではあの
天使が私の帰りを待っている。ああそうだ、私が欲しかったものは。欲しかった
ものは。



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