酒場裏の路地は言われたとおり人気がなく静かで、互いの息遣いの合間
合間に遠く楽器の音色と人々の喧騒が耳に届いた。興奮するかと聞かれれば
俺の返事はノーである。確かに誘いをかけたのは俺で急かしたのも煽ったのも
俺だけれど、こういう場所特有の、誰のものとも知れない吐瀉物が視界に入った
時点でただでさえ盛り上がりに欠けた気分は一気に急降下した。ああせめて
もうすこし我慢の利く相手を選べばよかったとつくづく反省する。苛々していた
せいで完全にミスった。安宿に移動する時間さえ待てなかった男に俺はうんざり
して、次の瞬間には諦めがついた。そういやはじめからそんな男の方が都合が
よかったじゃないか。耳にかかる酒くさい吐息と後ろからガツガツ遠慮も容赦も
なければ品もないピストン運動に、思い出すのはいつも最初の体験で、そして
それは必ず途中で曖昧になる。あいつ、あのクソ野郎。そもそもすべての元凶。
俺が大したガキだというならあいつも大した大人だ。どのツラ下げて平然と
昼間の町を歩き人の上に立つのか、その厚顔ときたら尊敬に値する。あいつは
何食わぬ顔で御立派な大佐様の椅子にふんぞり返り、一方俺は汚ねえ路地で
下着をおろして四つんばい。腹を立てるなというのが無理な話だ。与えられた
忌まわしい記憶は飛び飛びで、耳の奥にねっとり纏わりついたやらしい声は
今も心拍数を上げるぐらいには強く残っているけれど、そもそもきっかけらしい
ことなんてまるで覚えがなかった。女とっかえひっかえなあいつが仮にどうにも
ならないほど溜まっていたんだとしてもただ犯すだけでは飽き足らずどうして
俺はあんなことまで言われなきゃならなかったのか。趣味の悪い悪戯か更なる
屈辱の塗り重ねかさもなくば呪いのようだ。いつのまにそこまで根深い恨みを
買ってたんだんだか、考えても堂々巡りだ。あいつがどんな表情をしていたのか
すら俺はろくに思い出せない。そのときたぶん、既にまともな神経など保って
いられなかったのだろう。他人の精液を尻から溢れさせて、涙とか鼻水だとか
涎だとかで顔もぐちゃぐちゃで、痛いのと気持ち悪いのと悔しいのとで頭ん中は
こんがらがって最悪で、なのに俺はしっかり何度も射精してなお勃起していたの
だから。もういいから、いいからやめてくれ、お願いだから抜いてくれ、頼むから
もう触らないでくれ、こんな、みじめな俺を見ないでくれ、今思えば大体そんな
かんじに情けなくも散々泣いて泣き喚いて泣き叫んだはずだがしまいには何を
勘違いしたのか、いや絶対にあれはわざとだあいつはそういう最低な男だ、誰も
これ以上イケないようにしてくれなどとは望んでないというのにあいつは俺の
そこに、まあ後ろならわかるというものだ俺はれっきとした男なのでそこ以外に
突っ込むところは口しかないし実際好き放題そうされた後だ、しかしあいつは
あろうことかそこに、具体的に言うと性器の先端に。よりによって細長い何かを
挿入しやがったのだ。もちろんそれが何かなんて当時の俺が確認できるわけが
ない。ケツだって充分に限界以上の容量を咥えこんでいて俺は衣服を噛んで
かろうじて悲鳴を堪えている状況だった。そのおかげか知らないがあいつが
立ち去っても誰ひとり執務室に様子を伺いに来る者はいなかったわけだが
それが幸いだったのか不幸だったのかはいまだにわからない。俺はひとりで
後始末をし、なんでもない顔でアルの元に戻った。それがはじまり。賽を投げた
のはあいつ。俺はそれきり通常の自慰で欲求をやり過ごすこともできなくなり、
仕方なく俺は自慰以外の方法を模索する羽目になった。果てに俺の容姿や
体の欠損や不本意であるが大いに成長の余地のある点が、飢えた男には、
それも男だろうが女だろうが子供だろうが見境のないついでにTPOにも頓着
しない歩くち*ぽ野郎みたいな男の目には、大層魅力的に映るらしいと知る。
そういった男にそれなりの態度を繕ってみれば大抵そこそこの結果は得られる
のだがさすがに尿道にもなんか突っ込んで?などとかわいらしくねだれるような
恥知らずではない。とんだ淫売だとほんの十分前に会ったばかりの男に鼻で
笑われる俺でもそれぐらいのプライドはある。果たしてそのささやかなプライドが
何も知らない弟の前で胸張って言えるものかどうかは別として。ともあれそういう
わけで見知らぬ男とセックスしていても俺は決まってあいつの悪口を頭の中で
並べ立てる。今俺の尻を出入りしてるのがどうでもいい男なのもあるだろうが
これまでいくら相手を変えて試してみてもあんなふうに身も世もなく喚き散らした
のはあれが最初で最後。信じられないぐらい熱くて硬い、めいっぱい張り詰めた
大人の性器が前立腺のあたりを幾度もしつこいぐらいに刺激すれば否応なしに
前は立ちあがって体液を吐き出そうとする、あいつはそのあいだも胸元や性器を
巧みな手つきで俺を追い上げて、興奮で濡れた声が俺を揶揄する、たまらなくて
声を堪えられなくて、あとちょっとでイケるのに、だけどそれを目前にあいつは
遮った、もう限界の性器の中を這う異物感におかしくなりそうになって、もう俺は
何を口走っているかもわからない、いかせてくれ、お願いだから、もう、もう、
死ぬ、死んじゃう、助けて、助けて大佐。どうしても許してもらえずにとうとう俺は
射精を通り越して達してしまう、きつく締めつけるのが自分でもわかる、あいつの
形まではっきりわかるぐらい、そうしてあいつは俺の中に熱くて勢いのあるものを
たくさん注ぎ込む、その快感といったら。絶頂の瞬間を俺は待ち望んで喘ぎ、
懇願して恥も外聞も忘れて泣きじゃくりしがみつき何べんも何べんも呼んで泣き
ついてようやく解放を見た―――のだが、何度反芻しても肝心の現在の相手
ではそこへ辿り着かないのだからどうしたものか。悩んでるうちに男は半分萎え
はじめてる俺に勝手に興奮しこのメス犬めと罵っていて、そこで俺はいまや心底
嫌悪するあいつと真逆の位置の底辺に立っているのだと気づかされた。ヨカッタ
な、俺も最低男の仲間入りだ。もう俺は構わなかった。そんなことより気持ちよく
さえしてくれればいいのに、これでは誘った意味がない。もう随分と長いあいだ
あんな快感とはご無沙汰でだからといって「物足りない、どうしたらそのへんの
男にアンタみたいに気持ちよくしてもらえる?」などと電話で聞ける質問でも
ないし、鼻息荒く夢中になってるミスターディック仮名には期待できそうもない。
俺はいい加減煮詰まっていて、手っ取り早い解決法としてイーストシティに
向かえばいい、あいつに直接尋ねればいいと思い立った。今日が無理なら
明日にでもすぐ。そうと決まればこの男に用はなく、えーと途中で悪いんだけど
もう終わりなアンタじゃダメだわとまだ一度もイってない男をあっさり跳ね除けて
言い捨てるとおっ勃てたまんまの男は笑えるその格好で怒り狂って、同情は
するけども真実なのだからしょうがない。悪ィなと侘びを入れて立ち去ろうと
すれば横っ面を引っ叩かれた。たいして痛くもないが一応は謝ったのだから
割に合わない。きっちり殴り返して服をちゃっちゃと身につけて、どうせ聞こえは
しないだろうけど気を失って伸びている男に別れを告げ路地を出て歩きながら
これからのことを考える。さて俺はまず大佐になんて言ったらいいんだろう。
俺はアルしかいらないのにあいつは土足で踏み込んできて挙句俺をこんな体に
して俺の中身を作り変えて、それでも俺をすきだと呪いを吐くのだろうか。俺も
アンタじゃないとダメになったよ、なんでか知らないけど。そう言ってやってあの
動じない男の顔がどんなふうに歪むのか見てみたい。拒絶でも侮蔑でも落胆
でもいい、考えるだけでぞくぞくする。アルの待ってる宿に足を向けつつ、怖気か
愉悦か区別のつかない粟立つ皮膚を服の下感じて俺は笑いがこみあげてきて
止まらなかった。



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