中央司令部に移ってからも実働部隊として任務をこなしてきたハボックは
いろいろな事件やテロを目の当たりにしてきた。血や飛び散った肉片、脈打つ
内臓、悲鳴、知人の死や思想や宗教に狂わされた犯人、引鉄。私情を抜きに
しなければやってられない。そうやって今まで培ってきたその能力を使いに
使ってハボックは正面を見据えた。とてつもない精神力が必要だった。かつて
の上官の末路を見届けるのは。傍聴席は長い供述のうちに不快感を覚えたの
だろう、何人かの人間がすでに退席している。ハボックも何年ぶりか全身に
鳥肌がたち寒気も覚えて急いでトイレに駆け込みたかったけれども逃げ出せ
ない。半ば義務感や使命感のようなものが心を占めていて、何より膝の上
両方の拳を固く握り締めて震えながらもすべてを聞き漏らさず受け止めようと
しているアルフォンスを前にここを離れるのはあまりに薄情だと思ったのだ。
ハボックは兄弟のことを弟のように思っていたから。そのエドワードが。どう
したらいいのかわからない。怒ればいいのか、悲しめばいいのか。マスタング
はとうとうと語り続けた。エドワードを手にかけたのはマスタングではないことが
判明した。エドワードは自ら死を選んだ。確かに探すなと言葉を残してみたり
駅から誰にも見られないようにマスタングの元を訪れたエドワードは最初から
その覚悟があったのかもしれないが、どういう経緯があってこうなってしまった
のか。今となってはわからない。エドワードの死後にマスタングが真っ先にした
ことは彼を犯すことだった。まだ温もりがあったという。人間は死んだら冷たく
なっていく、硬直していく。そのなかにマスタングは放った。次にしたことは
エドワードの臓物を食べることだ。確かに腐りやすい部位だ。鋼のは中身まで
美しかった、そうマスタングは言った。ぬめる肝臓は赤々として健康的で、
たまらず生のまま味わったそうだ。他は切り出して調理して食べたと言った。
エドワードが好きだったシチューにしたり焼いたりして。二週間ほどかかった。
最後の方は臭みが増して香草をたくさん使わなければならなかった。その
あたりでただでさえ減りはじめた傍聴席の傍聴席の人間は大抵いなくなった。
エドワードのきれいだった金髪は、ハボックとは違ってまるで輝くような色を
していた見事な金髪は、そのままとってあるとマスタングは言った。髪だけじゃ
なく、蜂蜜のかたまりのようだった瞳も、一番おいしそうだったけれどもとって
おいたと自慢するようにマスタングは言う。何度もそれを自慰の道具にしたと。
そこでアルフォンスが立ち上がり「どこにある！ロイマスタング！言え！兄さん
の目と髪はどこにあるんだ！兄さんを、兄さんを返せ！」とこれまで温厚な
アルフォンスから聞いたこともないような憤った口調で怒鳴るとマスタングは
ゆっくり振り返った。アルフォンスは今にも柵を越えて殴りかかろうとしている。
ハボックは必死に抑えこんだ。アルフォンスの怒りはわかるし、自分だって殴り
たいと思ったがここは法廷だ。ハボックは泣きたいような気持ちで「堪えろ！」
と繰り返した。そのうちアルフォンスは落ち着いて、力が抜けてしまったように
すとんと椅子に座った。マスタングはにやりと笑って、ポケットを探り、何かを
投げて寄越した。ハボックが受け取ったそれは金属製の鍵だった。「偽名で
貸し金庫に預けてある」マスタングはその場所を言った。そこにエドワードの
髪と眼球はあるのだろう。ハボックに鍵を渡されアルフォンスはとうとう泣き
崩れた。「兄さん！兄さん！」悲痛な声だった。今までに聞いたどの悲鳴よりも
こたえた。供述が終わると裁判官はどうしてそんなことをしたのかと尋ねた。
「鋼のは私を愛している、私も鋼のを愛している。それだけですよ」穏やかに、
マスタングは答えた。ハボックはそんな愛を知らない。「今も私は鋼のを愛して
いますよ」笑うマスタングに、ハボックは以前のことを思い出した。マスタングの
女遊びがぴたりと止んでいぶかしんでいた頃だ。マスタングが素人の女性に
手を出しさえしなければハボックたちにもチャンスは巡ってくる。喜びながら
どうしたんですと興味本位で聞いてみると『立たないんだ』とマスタングは
意外にも素直に吐露した。『どんなに魅力的な女性でも、たとえ裸で足を
開いていてもな、あの子じゃなければだめなんだ』珍しく情けない顔をした
マスタングはどこにでもいるふつうの恋する男に見えた。あの、ロイマスタング
が。おもしろくなってハボックはからかった。『そりゃインポですよ、じゃなきゃ
真実の愛に気づいたってやつじゃないですかねえ』何の気なしに言ったその
言葉を思い出してハボックは己を呪った。いつからそのようなことを考えていた
のか、そう聞かれてマスタングはやや考えるような仕草を見せてから言った。
「真実の愛に気づいたときからですよ」