(別段 どーってことない 普通のガキじゃんか)
保が惚れ込んだという高校生を遠目からであったが確認してみた感想がそれだった。
顔もスタイルも、どれも平凡といっても過言でないのに。
つーか、平凡過ぎて印象薄そうなかんじつーか・・・。
なのに・・・。
“もーかわいいんだってば! だからかな~?わがままなんかすぐにきいてあげたくなるしさぁ”
酔っ払った保はそりゃあもう 口が軽くなってのろけまくってくれて・・・。
・・・多分、普段ものろけたかったんだろうけど、けっこう秘密主義の保はそういうプライベートをあんまりみせたくないらしく、今回珍しく酔っ払ってばらしたのが それ・・・。
のろけまくってくれたおかげで その彼を探し出すのはめちゃくちゃ簡単だったから、つい、好奇心で見にきてはみたものの・・・。
(保・・・お前の趣味がわかんねええ~~!!)
ついつい、心の中でわめいてしまう。
ついでに口からもうめき声がもれてしまったが、まあ だれもきいていまい。
「・・・・あの??」
声をかけられて、反射的に見上げてみれば。
「うわああ?!」
(なんで こいつがここにぃ?!)
目の前には散々けなしまくった高校生が心配そうにこっちを見下ろしていた。
「……あの?ひょっとして具合悪いんですか??」
明らかに心配した様子の瞳が俺を見下している。
見下しているって言うのはつまり、俺があまりの衝撃に只今俗に言うウンコ座り状態にあるからでして。
……ちょっと錯乱気味?
うぅ…とにかく反射的に見上げた視線の先には、降り注ぐような慈悲と慈愛の瞳があって。
そう、例えて言うなら、飼い主が落ち込んでいる時に決まってなぜか擦り寄ってくる子犬の目みたいな?
縋るようでいて、慰めるような。媚びるようでいて、包み込むような。
そんな温かさと優しさに溢れている。
ひょっとしたら、こういうのを癒しって言うんだろうか?
「大丈夫ですか!?救急車とか呼びましょうか!?!?」
頭を掻きむしった手そのままに口ぽかんと半開きで呆然と見入っていた俺を余程不憫に思ったのか、その高校生は突然取り乱してポケットから取り出した携帯電話をあたふたとまさぐり出すが、焦りの所為か上手くボタンが押せないみたいで。
そんな様子を見ながら、俺は自分の中のわだかまりとか憤りとか、そういうモヤモヤした感情がすうっと晴れていくのを感じていた。
なんなんだろう…この感覚は……?
「あ、平気だって。大丈夫だから」
「へ?」
「ちょっと考え事してただけなんで」
「あ。……す、すいません!ひょっとして俺の早とちりですか!?蹲って苦しそうに呻いてたからてっきり腹でも痛いのかと思って!!」
すみません、ごめんなさい、と自分が悪いワケでもないのにそう連呼して止まない平凡などこにでもいる高校生の、それも自分よりも年下の“男の子”を見ながら、俺はなぜか愛しさにも似た感情を抱き始めて!?
もしかして、こういうところが“かわいい”なのかな? いや、でもあの保だからなあ・・・それだけじゃ、ああも惚気ないんじゃあ?
俺は知っている。
保はやさしげな顔をしているだけだって・・・
喧嘩が起きたとき、彼は冷たい目でその騒ぎを見下ろしてた。人を明らかに信用してない目で、呆れたようにしていたけど、なんでか、誰も気がつかなかった。
おそらく、あれは彼がわずかに見せた本音だったのだろう。
「なにしてたんだ?」
「うん。なんだか、具合わるそうだったからさあ」
「ふ~ん・・・」
一緒に下校していたのだろう同級生が不審そうにこちらをみた。気の強そうなちょっとつりあがった目にじろじろと見られて居心地が悪い。
そ・・・そんなに変な人にみえるのかな? 俺・・・
ちょっとだけ 傷ついた気分になった俺だった。
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「よう杏太!」
「あ!伊瀬さん!最近よく会いますね?」
いつの間にやらこんなに気安い仲の俺ら。
って言っても、わざとらしく、でもあくまでも然り気なく待ち伏せなんかしちゃってるのは俺の勝手で、杏太のヤツは全然さっぱり気付いてやしない。
そんな今時珍しく世間ズレしてない世間知らずの少年が俺はなんだか気になって、毎日こうして足繁く通ってるワケで。
俺も大概暇人だと思う。
当の本人の保でさえ、講義やらレポートやらで多忙すぎて愛しの杏太クンに逢えない日々が続いてるって言うのに。
一体何やってんだろな、俺……。
でも!でもな!保がこいつのどこに惚れたのかってのも気になるし、偏見じゃないけど男が男に惚れるってのがまず分からない。
やっかみじゃないけど、保のヤツ、あんな小綺麗なツラしてるもんだから…女にモテるんだ。引く手数多、多分不自由してるワケじゃない。
そんなこんなで、当の保に訊くワケにもいかないし(話してくれるワケねぇし)、だから、ま、発想の逆転って感じで、ある意味観察日記みたいなもんなんだ。小動物の。
ほら?ちっさい頃よくハムスターとか欲しがっただろ?
実際そんな愛らしさが杏太にはあって、なんて言うの?庇護欲?守ってあげたい構ってあげたい、そんな感じの感情がこう、沸々と湧いてくるから不思議だ。
そういう意味でなら、保の言う“かわいい”の意味も分かる気がする。
だけど、ある種人間嫌いの保をあそこまで惚れさせる理由がそれだけでは足りない気がして。
俺はまじまじとあからさまな視線を今日も杏太にぶつけてしまう。
「ん?なんかついてます?俺の顔に」
かあ~~っ!!
『顔になんかついてます?』だ?
今時そういうベタな台詞言うヤツって未だに生息してるのか!?
……こういうところが“かわいい”なんだろうか?
なんとなく答えは見え掛かってる気はするけど、まだ頭に靄が広がってるみたいにハッキリとはしない。
こういうの……全く以て全然俺らしくないんだよな、ウジウジ・ネチネチ悩んだりすんの。
お陰で最近夢見が悪いの、寝付きが悪いのなんのって!
だから、これはあくまで純粋な好奇心と探究心。純粋な?への追求ってワケだ、保には悪いけど。
そんなこんなで 本日もデート(?!)なんかしちゃったりするわけなんだけど・・・本日もやっぱりいたりするんだよねえ・・・(^^;
「こんにちわ、伊瀬さん」
「あ・・・こんにちわ。 本当に君達って仲がいいんだねぇ」
初対面で無遠慮にじろじろと人のことを見てくれた杏太の友人の洵平君。
今では一応愛想のよさそうな顔をするものの…ぜ~ったいに信用してねえだろ?!って 俺は確信してる。
だって・・・。
「そりゃあ、幼馴染ですし?」
って、わざとらしく肩なんか組んじまって…あ~なんか悔しいぞ?いや、だからって、保みたいな趣味があるわけじゃねえんだけどさあ?・・・なに自分に言い訳してるんだか・・・。
「レポートの方、なんとかなりそうですか?」
「なんとかするしかないでしょう(苦笑)」
いや・・ほんとは まじにこんなことしてる場合じゃないんだけどさあ…図書室に行った帰りという理由のくせにまったく手をつけてないこの状況って、本気で洒落になんない!
「苦戦してるんですねえ・・・」
しみじみとつぶやく杏太がなんだか天使にみえてくる。その横で“自業自得”とばかりに余裕な笑いを浮かべる洵平…あ~憎たらしい!
「そんなに大変なら早く帰ってレポートしなきゃですねえ?」
そんなこという口調さえ、厭味ったらしいんだよ!
っと、目に見えない戦いを俺達が繰り広げていると・・・
「洵平!なんで今日も一緒に帰れないんだよ?!」
いきなりの大音響で喚きながら、洵平をつかみ上げる少年。
おんなじ制服きてるし、同じ高校生なんだろうけど・・・なんだ?なんでこんな小柄な少年に洵平が押されてるんだ?
「杏太はよくて、おれはダメなワケでもあんの!!」
そうヒステリックに叫んだのは見目麗しい小柄な少年。
制服から覗く白く儚い首筋や手首は少女と見まごうほどだったが、今“彼”は自分より2回りは大きいであろう洵平を軽々とその細腕で締め上げている。
「うげぇっ!く、くるしいって!育!ギブギブ!!」
「そんじゃあ、おれに・分かるように・ちゃんと説明してくれんだろうねぇ?」
可愛い顔して怖いのなんのって。
詰め寄る天使の如き小悪魔の額にはうっすらと青筋さえ浮かんでいて、ニッコリと笑ってるはずの笑みにあの洵平がたじたじになっている。
お、面白すぎるっ!!
しかし、その他人の不幸は蜜の味も束の間。
俺は洵平の示した指先によって窮地に陥ることになる。
「は?その人がなんなの?」
「杏太にタカる悪い虫。ホントは俺、感謝されてもいいんだぜ?杏太の貞操を身を以て守ってやってんだからさあ」
その一言で全てを察した育と呼ばれる小柄な少年は矛先を俺へと移して、ギロリと凶悪な視線を向けてよこした。
黒目がちの大きな瞳が俺を射抜く。
うぎゃああ!俺どうなんの?これから!
じー…。
可愛い顔してみてるだけなのに…その迫力といったら!!
なんか怖い! 訳わかんないけど、何された訳でもないけど、本気で怖い!!
つーか、俺が悪者なんか?!なにもしてないのに、なんでここまで怖い思いしなきゃいかんの?!
「洵平はこう言ってますけど、なにか言い訳でもあります?」
にっこりと、でも迫力はそのままに質問される。
「言い訳?なにが?杏太にタカルって…なんのことだよ?逆に俺おごってるだろ?ついでに洵平君にもおごってるし、なんで俺がタカルになるの?つーか…貞操ってなんのことだよ!」
ほとんど悲鳴にも似た叫びだったなあ…と後から思ったけど、その時の俺は怖くって怖くって、情けなさなんかまったく感じてる場合じゃなかった。
「・・・・・・・・・・・。」
無言で俺の訴えを聞いていた“育”と呼ばれた少年は、こほん、っと一つ咳払いをした。
「・・・・・・・・洵平」
「は・・・はい?」
びくびくっといった感じで洵平は答える。
「一緒に帰ろうねw」
そういうと洵平の腕にしがみついた。
あまりの展開についていけない俺達3人。そして・・・
「お兄さん!」
“育”という少年は俺の方に笑いながら、
「俺、あんずカフェのケーキが食べたいなw」
と…実に可愛らしくおねだりした…。
もちろん、俺に拒否権はなかった…。
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「あっ!おれ、抹茶パフェとプリンアラモード、それとクリームソーダお願い」
「俺はシーフードピザ、それからマックスバーガー2個追加ね」
かたや激甘党、かたや育ち盛りのヘヴィメニュー。
ちなみにマックスバーガーってのがこの“あんずカフェ”での十六学(いざがく)生御用達らしくて、俺も彼らに勧められて喰ってはみたものの……この妙な空気の所為で味覚まで緊張状態なのが物悲しい。
そんな俺とは裏腹に、次々と胃の中に収まっていく食べ物達を見ながら、俺は無性に切なくなった。
遠い昔に倣った食物連鎖の図式がガタガタと音を立てて崩れていくような気さえしてくる。
ちくちょお…人の金だと思ってバカスカ遠慮なしに注文しちゃがってぇ!
「…すみません、伊瀬さん……」
相変わらず低姿勢な杏太が更に可愛く見えてきて、俺はドキマギしてしまう。
(いかん!この子は保のものなんだから!!)
必死に自分に言い聞かせて、コーヒーを一口含む。
遠慮もなく食べる二人を観察してみれば・・・どうやら恋人同士らしい・・。
(最近の高校生って・・・。)
なんとなく、ため息つきたくなるのはなぜだろう・・・(--)
♪ちゃっちゃっちゃ~ららっ!ちゃっちゃらららら~らら~
突然携帯の着メロが鳴り出した。
だれだ?っと 思いきや でたのは他でもない杏太。
(しかし・・・ドリフターズの曲とは・・・渋すぎつ・・・つーか・・・どっからこんなもん探したんだ?)
さすがに恥かしいのか 慌てて携帯を持って外へと急ぐ杏太。常識派の彼らしい行動である。
(目の前のバカップルならどうかわからんが・・・)
どうにもこうにも 第一印象の悪すぎたせいか あまりいい印象が持てないでいるが・・・これは どうにも俺のせいばかりじゃないよなあ・・・・。
しかし 彼らは杏太がいなくなるのを待っていたらしい。
姿が見えなくなってすぐにバカップルぶりを止めたからだ。いや・・・この場合待っていたのは育哉だけなのかもしれない・・・洵平はかなり不満そうだからである。
「さてと・・・ぶっちゃけた話していい?」
育哉はきっぱりと言い切った。
「え・・・?」
この子の切り替えの早さにすぐにはついていけない。
俺がトロイだけなんだろうか?
「お兄さんって・・・杏太を気に入ってるんでしょう?」
・・・・・あまりにも露骨すぎますってば・・・。
思わず泣きに入りたくなる俺であった・・・。
「な、何、言ってるのかなあ?」
どもりが俺の気持ちを如実に語っている気がして、俺は何だか妙に気恥ずかしくなってしまう。
そりゃ、気に入ってるか気に入ってないか、好きか嫌いか、その2つに分けるとしたら、答えは前者だ。
でも、自分の中の疚しい気持ちを素直に認める気にはなれなくて当たり障りのない台詞を放った先、ギロリと一瞥されて、俺は途端に益々畏縮してしまった。
「す、すみません…」
「謝って欲しいんじゃなくて、正直に答えて欲しいの。どうなの?男ならハッキリする!」
年下のそれもこんな見目可愛らしい男の子に怒鳴られてる俺って一体……。
「……気に入ってはいる」
「好きなの?もちろん恋愛の対象として、だからね?」
「す、好き~~~っ!?」
「ほら?声裏返さない!シャキっとする!」
「……好き、なのかな?」
「うーん…だから……それをおれが訊いてるんでしょ?」
「……好き、なのかも」
「ふ~ん。そう」
そっけない頷きと共に、俺を吟味するような視線が突き刺さる。
俺はその視線から逃れるように慌てて俯いた。
その時ーーー
「お!誰からだったん?」
「甲斐さんから。何か今からこっち来るって。妙に焦ってたけど……」
ギクッ!!
た、保が来んのか!!??
ぎゃあ!!俺は帰るっっ!!!
「それじゃ、俺、そろそろ……」
レシート片手に即座に退散しようかと腰を浮かせた瞬間、伸びてきたか細い腕にいとも簡単に俺は引き戻された。
「認めてあげるよ?ライバルとして。せいぜい楽しませてよね?」
耳元でこっそり囁かれた台詞は甘く俺の耳を擽ったけど、一瞬の後、俺は地獄の底へと叩き落とされた。
……ジーザス。
.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._
「で。どうして・ナルトが・こうして・杏太クンと・一緒にいるのか、とくとじっくり訊かせてもらいましょうか?」
明らかに作り笑顔と分かるそれでも、端正な顔立ちでは様になるから質が悪い。
まるで悪戯がバレた小学生のように俯いたまま時々ビクリと肩を震わせながら、俺は罪悪感から目の前の保を直視できないでいた。
隣でほくそ笑む洵平の姿が目に浮かぶようで、益々ブルーになってくる。
思い起こせばこの構図…何かとデジャブるような……あ!さっき育哉に責められてた時の洵平の姿だ!
あ~あ…今の俺、あんな情けねぇツラしてんのか、あ~あ……。
「ナルト??」
「あ、うん。こいつの本名“伊瀬成人”だからナルトって呼ばれてんの。顔も何だかナルトっぽいでしょ?」
保の問い掛けに3人の視線が一斉に俺の顔に向けられたかと思うと、同時に頬を辺りで止まり、これまた3人同時にふむふむと頷かれる。
あ~、ハイハイ。どうせ俺のほっぺはグルグル渦巻きって感じの今時珍しい赤ら顔ですよ~だ。でも、これでも子供の頃よりは幾分マシになったんだ。
言い得て妙ってな感じで含み笑いする3人の視線を感じながら、俺はちょっとだけ開き直った気分になって、でも大半はヤケになって保と向き合った。
「それで?質問の答えは?」
ニッコリと優しい顔で、でも笑ってない瞳で問い質される。
「……」
「……ここでは答えられない。それが答え?」
保の着眼点の鋭さにドキリとする。
きっともう……保は分かってるんだ。もう気付いてるんだと思う、俺の気持ちが誰に向いてるのかも。
だったら……だったら、もうそろそろ潮時なのかも知れない。
俺は緊張から乾いた喉を潤すように、ゴクリとひとつ生唾を飲み込んだ。
「……この際だからハッキリ言おうと思う」
本当はもっとずっと前から気付いてたのかも知れない。
気付いていたクセにずっと気が付かないフリをして、それは今の関係を壊したくないからで。
自分の想いを告げた瞬間に拒絶されるくらいなら、例え一番になれなくても、例え一番幸せじゃなくても、気まずくなったり嫌われるたりするよりはずっといいと。
そんな風にずっと逃げてきたのかも知れない。
でも、それもここらが潮時だ。
見てしまったから。あんな幸せそうな顔、初めて見たから。
「俺…俺……好きなんだ!保のコト!!」
「…」
「……」
「………」
「…………ええっっっ!?!?」
「……………せめて何か反応してくんない?杏太みたいに」
俺の決死の告白は静寂の中へと消え、その静寂の中に杏太の叫びだけが木霊した。
……杏太、やっぱりお前いいヤツだな。
俺、お前のコト嫌いになんてなれないよ。
「安心しろって、もうお前とどうこうなる気なんてないから。俺が杏太に勝てるワケない、ってもう気持ちにケリはついてるからさ。今はお前らの幸せを祈ってるよ」
そう言って、俺はレシート片手に今度こそ席を立つ。
我ながら、超が付くほどお人好しだよな、俺って……。
でも、これで大学の方にも集中できるってもんだ。
ちょっとだけチクリと痛む胸を押さえながら、俺は秋の短い日を懐かしむように店を出た。
♪ひゅるリ~ ひゅるり~らら~
そんな哀愁漂うとある秋の日だった。
Happy End?
2002/11/11 fin.
戻ル?
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