史上最高の恋愛は→ → →一瞬にして過去最大級の失恋となった
左頬には大きな紅葉の置き土産。
武藤國光(むとうくにみつ)、21歳
人生一度の晴舞台、一世一代の大舞台→ → →派手にモミジ・チル。
★☆★
ああ…好きだったのに……。
本気で好きだったのにな……。
オレのどこが好きだった?
オレのどこが悪かった?
超ド級のビンタまで喰らっといて、まだ未練タラタラなんて……
なんつーか、オレってつくづく女々しいヤツ?
でも、女なんて浮気したらしたで『この浮気者!』とかどやされるし、
しなきゃしないで『もうマンネリなの…』とか呆れられるし。
そんなのが女なら、オレは一生、生まれ変わっても女なんかにゃなりたくねぇけどな。
ああ……最低最悪な気分。
ニコチン中毒寸前のマルメンライトも今日はなんだかホロ苦い……。
☆★☆
「武藤君、今日一緒にどうだい?」
教授の指先がお猪口を傾けるようにくいっと動く。
「君のここ。最近ずっと強張ってるよ?」
教授の長い指先がオレの眉間をトントンと刺激する。
やけに頭が重苦しいと思ったら……
なるほど、ずっと眉間にシワ寄りっぱなしだったワケね。
「何かを探したい。何かを忘れたい。そんな時はアルコールの力を借りるのも一つの手だよ?」
多分一人じゃ紛れない。
絶対自腹じゃ勿体ない。
なのに金はないし、女もいない。
おまけに上手いストレス解消法すら浮かばない。
そんな三拍子揃った貧乏学生ハートブレイク編にはうってつけのプロローグだった。
★☆★
だった……ハズだった。
ふわふわと雲の上を歩いてるような、スイスイと宇宙を漂ってるような、そんな心地よい浮上感を貪ってたハズだった。
だったのに……
気が付けば、オレは見知らぬホールに転がっていた。
それこそ忘れ去られた放課後のサッカーボールのように、掃除時間の戯れで投げ捨てられ気付かれないボロ雑巾のように。
そして、そこで見上げた天井は……
見覚えあるような、ないような、どっちつかずの記憶にしか存在しなくて。
「寒ッ!」
急に感じた肌寒さにぶるっと一つ身震いして、まだ酔い覚めやらない身体を、それでももそりと起き上がらせる。
一体……ここはどこなんだ!?
ここは何処?私は誰!?
なんてあまりにもお約束すぎて笑える
…笑えねぇ……。
オレは……一体誰なんだ!?!?
後頭部に違和感を覚えてさすってみれば、なぜだかそこには小さなコブ一つ。
こ、これって…まさか……
噂に聞く記憶喪失かあ~~~っ!!??
「な、なんだよ!?これ!!なんなんだよ??このコブはあ~~~っ!!??」
→ → → ワオオ~~~ン。
そこはそう、音響効果抜群なホール。
夜の静寂と相まって、犬の遠吠え誘うオレの絶叫。
「……うるせ」
「へ!?」
「うるせっつってんの!イイ歳こいて近所迷惑って言葉知んないの?」
近所迷惑?
……そんな日本語は知ってんだよお~~~っ!!
そんなんよりオレが分かんないのはっ!!
「おい!あんた!ここの人?ここの住人?なあ!あんた、オレのこと知らねぇ??」
オレは一体どこの誰で、なんでこんなトコに行き倒れてんだよお~~~!!??
☆★☆
「とりあえず入れよ?」
取り乱して錯乱状態のオレを拾ってくれた男はナツメと名乗り、
「あんなんで一晩過ごしたら、ここが幾ら温暖な日本でも凍死すんよ」
自分のテリトリーを事件だ死体だで荒らされるのはご免だ、とオレを部屋に招き入れてくれた。
オレがナツメって名字?名前?と尋ねると、そいつは少し苦虫を噛み潰したような顔をしながら、
習志野夏芽(ならしのなつめ)と改めて名乗ってくれた。
なんでも、女みたいな名前に多少なりともコンプレックスを持ってるらしい。
「ナツメって夏に芽吹くって書くんだろ?」
「そう、だけど」
「だったらすっげぇいい名前じゃねぇの。夏に芽吹く植物ってさ、
草にしろ、花にしろ、生命力に溢れてんじゃん。太陽の光を身体中に浴びて、それでも足りないってくらいに葉っぱを大きく広げて、朝露きらきら光らせて、伸び伸び活き活き育ってる。そういう意味の夏芽!だろ?」
よく見てみると、ナツメは身体も華奢だし、美人顔だし、女と見間違われても可笑しくないようなナリをしてたけど、オレは敢えてそう言った。
その時は藁にも縋る思いだったから、ちょっとしたご機嫌取りのつもりだったけど……。
それからオレは、名乗られたら名乗り返すのが常識と、
「オレは……」
そう言い掛けて、改めて気付かされた自分の名前さえ知らないことに。
気付いたら最後、途端にまた心許なくなって、涙目になった自分を見られたくなくて俯いた。
ホント…イイ歳こいて何やってんだか……。
とりあえず、自分がある程度の常識人だということは分かった。
それなりの知識もあるし、人並みの思いやりもあるみたいだ。
だけど、それ以上は何も思い出せない。
名前なんてただのラベル。
他人と区別するための。
そんな風に軽く考えてた罰かもしれないな。
「たま」
「へ!?」
「たまでイイじゃん?今日から、今この瞬間から、お前俺の犬な?」
は?犬??たま???
「何言ってんの?どう見たってナツメって高校生だろ?俺の方が年上じゃん?」
それに普通……
犬ならポチ、たまなら猫じゃん。
ま、それこそナツメのプライドを逆撫でしそうだから言わないでおくけど。
殊に、この少年のはエベレスト並みらしいし?
「この際、歳の差なんて関係ねぇんだって!たまを拾ったのは俺!
だから、俺が飼い主、お前飼い犬」
「強引だな…君に年上を敬う心はないのかね……」
「んなもん、化石じゃあるまいし」
間髪入れず返った答えに、一瞬カルチャーショックを覚える。
ああ…オレって、ナツメと比べると……なんかジジ臭ぇ。
だって、ナツメって肌とかツヤツヤ、きめ細かいし。
髪だってサラサラ、なんか色素自体薄いし。
極めつけ!ウエストなんかきゅっと締まってて、骨格とか結構しっかりしてるクセに華奢な感じだし。
ニキビ面が青春のシンボルだったオレ達の世代とは地球の裏側ほど違うッポイ……。
「だから」
やべっ!オレ、調子こいてジロジロ見てたよ!!
「だから、俺の傍を離れんな」
てっきり怒鳴られるとばかり思ってたのに、耳元で囁かれた声は甘くて、切なくて……。
さっきから犬とかたまとかやたらこじつけっぽかったのはナツメなりの照れた前降りで、結局言いたかったのはその一言だったんだと今さらながら気付いた。
「ナツメって実は照れ屋で不器用だろ?」
『ここにいていいよ』
気付いたら最後、オレの感情は向かう。
その一言さえ上手く伝えられない、そんなナツメを、不覚にもオレは可愛いと思ってしまった。
やべぇ…
オレ、やられたかもしんねぇ……。
★☆★
「たま!俺、学校行ってくんな?」
「おう!いってらっさい」
「……ん。行ってきます」
照れ臭げに歪めた顔さえ麗しいこのガクランの美少年、ナツメと一緒に暮らし始めて早3日。
オレは掃除したり、洗濯したり、メシ作ったり、どこぞの家政婦みたいな、新妻みたいな生活を続けている。
最初は世話になってる恩義から始めた家事だったけど、これがやってみると不思議とハマる面白さ。
そうしてみて思ったのは、オレって案外家庭的なんだってこと。
掃除機とか洗濯機の使い方だって上手いもんだし、包丁さばきにしたって料理のレパートリーにしたって手慣れたもんだ。
あ!もしかしたら!オレもひとり暮らしだったのかもな。
だって、3日も行方不明な我が子がいたら、幾らのんびり屋の家族でも捜索願の一つや二つ出すだろうし?
そんなこと考えながら、ゴミ袋片手に階段を降りていく。
「今日は水曜、燃えるゴミの日♪」
オレって結構、お嫁さんにしたいオレ的ランキングNO.1かも。
「あれ?武藤先輩じゃないですか?こんなところで一体何してるんですか?」
フンフンと鼻歌も足取りも軽やかに歩いていたオレの行く手を遮る声にびくりと全身が竦み上がる。
聞き覚えのない名前に、聞き覚えのないハズの声に、意識せずとも身体が反応する。
「ひょっとして、僕に何か用ですか?」
誰だよ?
誰なんだよ??
オレはあんたなんか知らねぇ。
一瞬垣間見えた自分の過去らしきものに、知らず知らずに畏縮してしまう。
「どうかしたんですか?武藤先輩、熱でもあるんじゃ……」
やめろ!
やめてくれ!!
オレは武藤なんてヤツ知らねぇってば!!!
「誰だよ!誰なんだよ!?あんたは!!」
明らかに訝しげにオレを見る視線を感じながら、自分に迫りくる何かに怯えながら、
それでも今は抵抗するしか術がなく……。
額に触れる掌のリアルさに、オレは慌ててその現実を振り払ったのだった。
☆★☆
「で、自分が誰なのかも、僕が誰なのかも覚えていないと?」
オレは正座したまま、そいつの確認にコクリと頷く。
あの後結局、有無を言わせず強引にどこかに引き摺り込まれたオレは、なぜかテーブルを挟んでそいつと向き合ってる。
同じマンション、同じ間取りなのに、インテリアの違いで全く別の部屋と化したそいつの部屋は不思議と落ち着く感じだ。
同年代ってところを考慮に入れれれば、恐らく友人ってトコだろうけど……。
オレには思い出せない。
「酷いな、僕のこと忘れるなんて。一昨々日の夜はあんなに萌えたのに」
キャラメル色の瞳が哀しげに揺れると、なんだか妙に艶っぽいんですけど?
それに……。
「も、燃えた!?」
「そう。僕ら、あんな真夜中まで萌えたでしょ?」
燃えた?
燃えたって…一体……何が??
いや……
オレだってこの世の中にそっちの恋愛関係があるってくらい知ってるけどさ。
この口振りからすると……やっぱそゆことなワケ??
ああ…どうせなくなるならこういう邪な煩悩とかも一緒に清めてくれればいいのに……。
この時のオレは明らかに童謡……もとい、動揺してた。
「酔った勢いとは言え、あーんなことやこーんなことまで」
いいや!
こいつの口八丁手八丁に乗せられてたと言っても過言じゃない!!
だってあいつと来たら、その様子を一頻り鑑賞して、飽きたらあっさりと手のひら返しやがって!!
「……暴露しちゃって。でも楽しかったですよね?飲み会」
ああ…そう……そうね。
飲み会、ね。
「まあ、日常生活を営むのに支障はないみたいですし、このまま放っておいてもいいんですけど、僕にも原因の一端はありそうだから面倒みますよ?」
「面倒?」
「そう、とりあえず荷物とかまとめてくれません?家までお送りしますから」
「ちょ、ちょっと!」
強引に引かれた手首が無意識に抵抗してギシリと軋む。
「ほらさっさと支度する!僕だってそんなに暇じゃないんですよ?」
「忙しいんなら別に今日じゃなくても……」
「……」
てきぱきと処理される現実に着いていけなくて、先送りにしようとしたオレは無言で一喝される。
怖い…怖いって……。
「……分かりました。荷物は後日改めて届ける。507の習志野さんには僕の方から事情を説明する。これで文句ないでしょう?」
『せめて最後にもう一度』
あまりの威圧に、
そんな台詞さえもオレの喉元を逆流していく。
代わりにオレはコクリと頷き、ナツメから借りたギンガムチェックのエプロンを畳んで手渡すハメになった。
そんなオレって……大概正直者で、弱虫だ。
だけど、この瞳を目の当たりにすると、不思議とあらがえない気分になるんだよ。
ひょっとしてオレ、こいつに弱みとか握られてんのか!?
これが狩る者と狩られる者、弱肉強食の掟ってヤツなのか~~~っ!?!?
★☆★
ナツメ、今頃何してる?
ちゃんと掃除してんのか?
洗濯物溜め込んでないか?
ほっとくとすぐ腐海の森と化すからな、あいつの部屋……。
あの強制送還から丸7日。
精密検査の結果、脳に異常はなかったものの、オレは大事を取らされて自宅療養中。
名前は武藤圀光(時代劇みたいな名前だ…)。21歳。
聞くところによると、何でも天下の医大生らしいけど、このオレが医者の卵だなんて世も末って感じだ。
これ、嘘のような本当の話。
ちなみにこの間のあいつは甲斐保(かいたもつ)って言って、オレの後輩らしい(あれが!?)。
暫し…ジェネレーションギャップ……。
……ッ!!
そんなことより!
ナツメ、メシちゃんと喰ってんかな?
高校生にもなって偏食なんて情けねぇぞ?
牛乳キライ納豆キライ言ってっから、あんないつまで経ってもガリガリ君なんだ。
なんてったって大豆は畑のお肉ですってくらい栄養満点なんだぜ?
見知らぬ友人が訪ねてきても、思い出すのはそのことばかり。
まるで、ホントに恋煩い。
だってな、そんなことよりなんだ、オレにとっては。
「栄養失調で倒れたりしてねぇだろうな……?」
こうゆうのって刷り込みっつうのかな?
あの瞬間にオレは生まれて、初めて目にしたものに肉親の情を抱き、心奪われ、慕う。
どっちかってぇと、オレが甲斐甲斐しく世話する親孝行息子みたいだったけどさ、ハッキリ言って他のヤツが入り込むスキなんてねぇんだ。
そして、それは過去のオレも決して例外じゃなくて……。
それほどオレん中はナツメで満たされてる。
「やっぱ見捨てらんねぇよ……」
戻る!
今のオレの居場所に!
決意したオレは強かった。
あんなに悶々とした一週間が嘘みたいに心が軽い。
逢いたい。
早く逢いたい!
坂道を転げ落ちるように走り出した想いはもう止まらない。
全速力でネオン瞬く街中を駆け抜ける。
今のオレは武藤先輩でも、クニミツでもない。
ナツメのたま。
それでいいんだ。
玄関先に人影が見える。
夜風に小刻みに震えるのは、夢にまで見た愛しい人で。
「遅せぇよ、たま。もう待ちくたびれた」
いつものようにナツメが毒づく。
それが日常。
ナツメが甘い憎まれ口を叩いて、それでオレの胸の中がほわっと暖まる。
それが日常。
「拾ったら最後まで面倒見ろよな?」
ここがきっと今のオレの居場所で、ベクトルは絶対幸せの方角に向かってる。
Happy?Be→Happy!
2002/2/16 fin.
戻ル?
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