気がつくと杏太がうつらうつらと助手席で船をこぎだしていた。
いろいろ行ってはしゃぎ過ぎたせいか疲れきってしまったのだろう。実にほほえましい光景にそっとラジオの音量を落とした。
目を閉じて眠りに就こうとする表情は普段のしっかりした優等生然とした硬さは無く、幼げなどこか甘い感じにいつになく保護欲をかきたてられた。
しかし、同時に支配欲にも似た感情も湧き上がる。
愛する人を自分だけのものにしてしまいたい。どこか自分以外の人の目に触れないところに閉じ込めてしまいたい。
こんな激しい感情が自分の中にもあるとは正直想像だにしていなかった。
こと恋愛に限らず、自分は何事にもクールな人間なんだと物心ついた時からそう信じ込んでいたから。
赤信号の合間にふと隣を覗く。そこにあるのはまるで安心しきった純真無垢な寝顔。
自分とは正反対だと思う。何もかもが。
自分には相応しくないと思う。
でも、今さら手放すなんてできるわけがない。
だから、大切に大切に守りたいと思う。けれどその反面、いっそこの手でその寝顔をぐちゃぐちゃに歪ませてみたいとも思う。
自分の中に渦巻くそんな狂気じみた感情にうんざりして、大きくひとつ溜め息を吐いた。
「う、う゛~~~ん」
瞬間、突然身動ぎされてぎくりとする。
思わず硬直すると、またすやすやと規則的な寝息が聞こえてきた。眠っていることを確認し終えると、額を妙な汗がすぅと流れた。
(我ながら余裕ないなぁ・・・)
こんな醜い欲望、杏太に知られるわけにはいかない。でも、それとは裏腹に知って欲しいとも思う。こんな自分を知って尚、まだ好意を持ってくれるなら・・・
恋愛とはなんと矛盾だらけなんだろう。
赤信号もやがて青になり、できるだけスムーズに車をスタートさせると 杏太の呼吸は安らかで安定したものに変わった。
いつの間に彼は自分にここまで気を許してくれるようになったんだろう?
あんなに人慣れない子猫(・・・いや、子犬か?)のように警戒している態度を隠しもしなかったのに。
なにが自分に対しての警戒を解くことになったんだろう?
そっと眠っている杏太を伺うと、口元が緩みはじめなにかつぶやいた。
(・・・・・?寝言?)
聞いていたラジオを消してもう一度注意してみる。
「・・・・・・たも・・・さん・・・」
(タモりのことかな??どんな夢をみてるものやら・・・)
ちょっとおかしくなって 起きたらどんな夢だったか聞いてみようと思い、ふと気がつく。
(そういや夢ってけっこう覚えてないよな~)
そう思うとどうにも気になってしかたなくなり、
「杏太・・・」
起こさないように・・・できるだけ優しく呼びかけて、夢の中にいる杏太にささやきかける。
寝言に返事をしてはいけないというけれど、多分杏太もこういうのは許してくれるだろう。
「・・・・・・・・・・。」
予想に反して杏太はなにも反応してくれなかった。
(・・・本格的に寝ちゃったかな?)
残念に思いながら、でも杏太の安らかなひと時を邪魔するのも嫌で諦めようとしたとき、再び唇が動いた・・・。
「・・・たもつ・・・さん・・・」
「!!!!!!」
驚きのあまりアクセルを思いっきり踏み込んでしまった。
前に車がいなくて良かった・・・と、安心しつつそれでも先ほど聞いた言葉に驚きと嬉しさがこみ上げて、自然とアクセルを踏む力が強くなる。
(さ・・・さっき、”たもつさん”っていったよね?いつも”甲斐さん”っていうのに”たもつさん”って!!)
嬉しくて嬉しくて・・・また聞きたくなって・・・そっと車を邪魔にならないように止めて、再び呼びかけてみた。
「・・・杏太。」
「・・・・・・・・・好・・き・・・」
(!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
車を止めてて本当によかった!!
これが運転中なら絶対に事故って心中するところだった!
杏太と心中だからそれも嬉しいけど、どうせならもっと一緒にいて笑いあってから死にたい。っていうか、起きた杏太から聞いてないのにまだ心中したくない!
あまりの感動に反射的に抱きしめてしまった。
無意識に抱きしめてしまってからはたと気付いた。折角微睡みの中にいる杏太を起こしてしまったかも知れない…自分の浅はかな欲望が恥ずかしかった。
そろそろとのぞき込むと、案の定僕の腕の中でフリーズする杏太。突然の事に対処できませんでした、って感じにエラーを発してる。そんないつまでもすれないイマドキらしくないオトコノコが心底愛しかった。我ながらベタ惚れだと思う。大事にしたいと同時に汚したい、その欲望は相変わらずだけれど。
確かに矛盾する感情が、それでも間違いなく自分のものである感情がなんだか無性に可笑しくなって。
「ゴメンね?」
「悪いと思ってないくせに」
思わず笑んだまま謝ると、間髪入れず緩んだ表情を指摘された。本当のゴメンは違う意味だけれど、僕はそれを隠す。
「気持ちよさそうに眠ってたのに起こしてゴメンね?でも、もうスグ杏太クンの家だから」
「うそっ!ガーン!俺、ほとんど爆睡してたんじゃん!」
すると、なんで起こしてくれないのさ!と本気でご立腹の様子。
「なにか見たいものでもあった?」
道すがらどうしても見たいものでもあったのだろうか?不思議に思って顔をのぞき込むと、ふいっとそっぽを向かれた。心なしか頬が赤いような気がする。
「どうしてもって言うなら戻ろうか?」
「そ、そんなんじゃないからいいって!」
「ただ…」
「ただ?」
その後は無言。どうやらよほど言いにくいことらしい。
「…僕にも言えないこと?」
こういう時の恋人の扱いは得意なつもりだ。強引にいくより少し甘えて、ねだって、落ち込んだ顔を見せる。
「そんなんじゃないって!ただ……甲斐…ん…もっと…したりした…っただけ」
「え?何?」
「甲斐さんともっと話したりしたかっただけ!って言ったの!」
「っ!!!」
思わず耳を疑った。医大生と高校生、確かにふたりで共有できる時間は短い。でも、その短い時間を大切に、杏太も同じように大切に思ってくれていることが心底嬉しかった。
「まぁ、その分いい夢見れたけど…」
そして続いた呟きに、僕が天高く舞い上がったのは言うまでもない。
『保さん』
まぁ、リアルでそう呼ばれるのはまだまだ先だろうけれど。
2005年10月30日UP
戻ル?
|