Collaboration
「昨日さ、ネットですっげぇモン見つけちゃってよ」

クラスメイトの他愛ない会話が耳に飛び込んでくる。
世の中テロだ不況だと騒がしいけれど、実際、こんな世界の末端では意外と平和で退屈な毎日が繰り返されているから不思議だ。

「え?なんだよ?レアもんのえっち映像か!?」
「ばっか!ちげぇよ!」

男子も女子も程度の差はあれ、興味の対象は異性だし、全く以て幸せな悩みって感じで羨ましい。
こんな毎日に囲まれてると、自分だけが不幸だって、悲観的にもなってくるけれど。

「栗原ってさ、なんか真面目っつーか、大人しいっつーか、暗いっつーか、とにかく近寄り難いヤツだよ、なぁ?」

不躾な視線が絡みついてくる。
まぁ、確かに休み時間ごとに誰かしら教師が傍に寄ってくるヤツになんて誰も寄り付きたくないだろう。
それ以前に俺の性格の問題もあるかも知れないけれど、こういう陰口には慣れてるから別に大した問題でもない。

「んぁ?そうだな。確かに教室じゃ浮いてるかもな」
「それにさ、バッハ?ベートーベン?」
「ショパン」
「そう、それ!そのショパンコンクールで優勝だっけ?実際スゲくねぇ?」
「そうだな」
「っつうか、男のクセにピアノ?そんなだから女の腐ったヤツみたいに言われんだよ、なぁ?」

まるでBGMのように流れる戯れ言。
だって、今の俺ならそんなものさえ音符の羅列に変えられるから。

「クセに言うな!音楽に男とか、女とか、性別関係ねぇだろ!?」

その中に突如響いてきた騒音。
ありとあらゆる音の洪水の中で騒音性難聴と化していた俺が騒音だというのだから、それはよっぽどのノイズだったんだと思う。
それだけは皆にとっても、俺にとっても同じことで。

「和泉ちゃん?」

そのいきなりの変調に一瞬にしてノイズが掻き消える。

「……音楽は性別じゃない。心、だ」
「そ、そうだよなぁ…ココロ、だよなぁ……」
「それにオレ、ピアノ弾く手って好きだ。だって…艶めかしくて……妙にソソられるじゃん?」
「和泉ちゃ〜ん!ひょっとして手フェチ?」
「かもな」

もしかして…庇ってくれた……?
まさか、な……??

「栗原どうした?そんな顔して?」
「……え?あ、はい。いえ、別に何でも」

俺は適当にはぐらかしてちらりと横目で盗み見してみる。
そこには無邪気に笑う中世的な顔立ちの男子がいて。
黙ってればきっとかなり端正な面立ちなのに、笑うと途端にくしゃっと崩れる今にも泣き出しそうな笑顔が印象的だ。
自由奔放で、生命力に溢れていて、今を存分に謳歌している。
自分とは全く違う人種。
きっと毎日がバラ色で、悩みなんかこれっぽっちもなくて。
もしあったとしても、俺から見れば些細な幸せな悩みなんだろうと思う。
毎日下らなくて、下らないことで精一杯笑って泣いて。
……なんて幸せな毎日なんだろう。
もし、例えそうじゃなかったとしても、こんな風に教師と向き合うことがない分、俺よりは幾分幸せに違いない。

「栗原?聞いてるか?」
「あ、はい」

俺は何喰わぬ顔をして向き直る。
しかし、流石は教師と言うべきか、

「ああ、咲坂か?あいつ、勉強はさっぱりのクセにモデルなんぞにうつつを抜かして…本当に困ったもんだ……。その点、おまえはーーー」

俺の視線に目敏く気付いて、これ見よがしに愚痴り始める。
また…始まった……。
教師のクセに“クセに”とか言ってるアンタの方が人格に問題ありだと思うけれど。
それならクセにを否定してくれた咲坂の方がよっぽど教師に向いてる気がする。
それは言いたいことを包み隠せない教師よりも、言いたいことを包み隠すしかない俺よりも。

「音大の推薦の件だがーーー」

俺は耳に蓋をする。
正直こんな能力欲しくなかった。
欲しくなかったけれど、こういう時に便利だと気付いたのは不幸中の幸いだったかも知れない。
欲しくない言葉を聞かずに済むから。
この瞬間から、声はただの音符の羅列になる。

要らない。
欲しくない。
今はただーーー俺を、俺の音楽を認めてくれた君の言葉さえあればいい。


「ああ?イズミ?……あ!あのボウヤね?」

ドアの隙間から漏れ光る薄明かり。
暗号めいた波長を繰り返す上手く聞き取れない話し声。
それらがオレの疲れた足を誘惑する。
まるで肝だめしとか夏休みの学校探検みたいで、妙にワクワクする。

「ちょっと見目が良かったから退屈凌ぎにスカウトしてみただけよ」

しかし、その好奇心が運の尽きだった。
思えば、オレってヤツはいつも先走りすぎて失敗する。
後先考えずに行動して、行動してから後悔するタイプの人間。

「でも実際、イイ拾いものだったわ。こうして儲けさせてもらってるもの」

タイクツシノギ?
ヒロイモノ?
ーーーオレハ、ホンキナノニ。

「え?見込み?そんなのないわよ。少しの間だけでも商品になってくれればいいのよ。だってあの程度の子、五万といるじゃない?そもそも、使い捨ての商品にそれ以上もそれ以下の期待もいらないわ」

ツカイステ?
ーーーオレハ、ホンキデ、ユメミテイタノニ。

目の前が真っ暗になる。
頭から血の気が引いて、視界がぼやけて。
こういうのってモノの例えだとばかり思ってた、この瞬間まで。
もう何も見えない…何も見たくない……。

身体がフラつく。
足が縺れる。

「ッ!?い、和泉!?」

耳鳴りがする。

「ちょっ、ちょっと和泉!待つのよッ!」

それからどうやってうちに帰り着いたのかさえ分からない。
ひょっとして人間にも帰巣本能ってあんのかも知れない……。
ウザいオフクロと無口なオヤジのいるこの家。
普段なら居心地悪りぃだけの家なのに、オレの足が真っ先に向かったのはそこで。
部屋に戻るなり、エアコンをつけて、電気をつけて、テレビをつけて、パソコンを立ち上げて。
自動再生し始めた大音量の音楽に母親が慌てて駆け付けてくることも、多分頭のどっかで分かってた。
だから、またノックなしで部屋に入ってこられる前に、ベッドに潜り込んで頭まで布団を被った。

「こら和泉!こんな真夜中に帰って来て、こんな音量で音楽聴いて!近所迷惑でしょ!」

ウルサイ。

「それにいつも言ってるでしょ?このご時世だから生活費も馬鹿にならないって!」

ウルせぇよ。

「とにかく省エネよ!省エネ!」

ウぜぇよ。

「……それと、何があったかはあえて聞かないけど、晩ご飯キッチンに取ってあるからお腹空いたら食べるのよ?」

露骨にわざとらしく“あえて”を強調してみせて。

「ちなみに、今日のおかずはアンタの好きなほうれん草とはんぺんのグラタンなんだけど」

これ見よがしに馬の鼻先にニンジンをちらつかせる。
口ウルさくて、お節介で……それでもオレをこの世で二番目に想ってくれる、いつものオフクロだ。
そのいつも通りが、今日はやたらと冷え切った身体に染み渡る。
ちなみに、一番は本人曰わくオヤジだそうだ。
あんな無口で亭主関白で融通の利かない頑固一徹のどこに惚れたのかは一生謎だろうけど。

「オレ、仕事辞めようかなぁ……」

誰にともなく呟く。
そこから返ってくるはずの優しい返事を期待して。

「まぁ、別にいいんじゃない?アンタの人生だし、アンタの好きなようにしなさい。将来嫌でも働かなきゃいけない時期は来るんだし、今の内に青春を謳歌しとくのも一つの手じゃない?」

そうして、一頻り部屋をぐるりと見渡してから、

「この機会に何に囲まれて暮らすのが自分の幸せなのか?じっくり見極めることね。家族?友達?それとも、給料全部つぎ込んでまで手に入れたかったこのガラクタ達のどれなのか、ね」

部屋の明かりがパチリと消える。

「母さん達、アンタが進むためのレールを敷くことは幾らでもできるの。でもね、和泉。その善し悪しを見極めて進んでいくのは和泉、他の誰でもない、アンタ自身なの。それが親のすべき協力で、子供のなすべき試練。自分の人生は自分で歩くしかないの。これだけは覚えといてちょうだい?」

そうして聞こえた布団越しの扉の閉まる音は妙に優しくて、それでも切なくて。
オレはもっそりと掛け布団ごと起き上がって、ボリューム小まで下げられたパソコンに向き合った。
そのまま検索エンジンに思い付くままキーワードを打ち込む。
打っては検索を掛け、ろくに見もせずにまたトップページに戻ってキーワードを打ち込み、検索を掛ける。
その繰り返し。

モデル…商品…使い捨て…嘘…大人…汚い

世界中にこれだけの共感が存在すると知るだけで気が紛れる気がするから。

「オレならレールの上より大空を飛んで、高く、高く、どこまでも高く、遠く飛び上がりたいのにな……」

子供…無力…夢…希望

「翼があったら……」

翼ーーー。
ん?イカロスの翼??
ふとそんな名前のサイトが目に止まる。

多分、きっと、それは運命の出逢い。
星の数ほどの奇跡。

その瞬間恋に堕ちた。
音楽は作り手の人生を語るとか何とかってどこかで聞いた。
だから、イイ歌を作るのも、イイ歌を唄うのも、人生経験を多く積んだヤツが勝ちだって。
だとすれば、例えて言うなら、それは激しさ、儚さ、優しさ、力強さ、全てを含んでいて。
一体どれだけの人生を通り過ぎればこんな曲が作れるんだろう?
壮大なドラマさえ髣髴させるそれは、オレが求めて止まないメロディそのものだった。
いつか。
きっといつかこの曲にオレの詩を乗せて唄いたいと切に願った。
その瞬間、オレの夢はよりハッキリした輪郭を持ち、まるで恋に堕ちるように惹き込まれていった。
今この瞬間ーーーそこから歯車は周り出した。


はじめまして>Gacさん
あ、初めまして>RizM<3なしで
Gacってガクで合ってる?
そう。RizMは?
RizMでリズム!ヨロシク!(>_<)

で。いきなりだけどGacって天才?
え?何それ?
だって、ここにあんのって全部オリジナルでしょ?
うん、一応…
でしょ?でしょでしょ?オレ、超感動!
感動…?
うん!こんなイイ曲に出逢えたから超感動!オレ、今日ちょっとむしゃくしゃすることあってさ、でもこれでプラマイ0…ってか幸せ度100!
う〜ん…とりあえずありがとう、なのかな??
でも、そんなに気に入ってくれてるのに悪いけど、あんまり実感湧かない……
あ!ひょっとして疑ってる?信じてない?胡散臭い?馴れ馴れしい?
そ、そんなことないけど…ごめん。ちょっとあまりにも非現実的すぎて……
なんか切ないなぁ。どうやったら信じてもらえんの?
どうやったらって…
オレ、恋に堕ちるって好みの女だけにじゃないって。
それ悟ったくらいGacの曲に惚れてんのに。特に3曲目!これがすっげぇ好きなの。もう一目惚れ!今スグにでも結婚したいくらい!
結婚?面白い人だね、RizMって
気に入ってくれた?
うん。これからもよろしく

こうして俺達はバーチャルで出逢った。


「昨日さ、ネットですっげぇモン見つけちゃってよ」

昨日は興奮して明け方まで眠れなかった。
結局、あの後午前2時頃までチャットして、ベッドに潜り込んだのが3時くらい。
でも、それでもなかなか寝つけなくて、身体は仕事でくたくたに疲れてるハズなのに目ばっかり冴えて。
布団を喉まで引き上げながら、こういう感覚って昔味わったことあるな…とか何とか漠然と考えてた。
小学校の遠足の時。
中学校の修学旅行の時。
明日が来るのがホント待ち遠しくて。

「え?なんだよ?レアもんのえっち映像か!?」

幼馴染みで悪友のマサルが鼻の下を伸ばした挙げ句、ひくひくさせて話題に飛び付いてくる。
頼むから!その顔癖はよしてくれ!
女に飢えてるみたいで格好悪りぃから。

「ばっか!ちげぇよ!」

あー、ヤだねったらヤだね。
男ってのは下半身別の生きモンで。

「じゃ、なんなのさ?」
「これだよ!これ」

幸せの絶頂で勿体ぶったオレは、気を良くして思わせぶりなジェスチャーを披露してみせる。
肘を腰の辺りで直角に曲げて。指をくねくね。
オレにできる精一杯のジェスチャーだ。

「体感マッサージ?」
「ピ・ア・ノ!ピアノ!!」
「それが?ピアノ??」
「ピアノっつたらピアノなんだよ!」

だから!これが小学生の時ピアニカもまともに弾けなかったオレの精一杯なんだって!!

「ピアノってばさ、アイツ。栗原。アイツ弾くんだろ?」

〜〜〜ッ!!??
…もう……いい。
こいつに報告しようとしたオレがバカだった……。

「栗原ってさ、なんか真面目っつーか、大人しいっつーか、暗いっつーか、とにかく近寄り難いヤツだよ、なぁ?」

仕方なく諦めて、何気なくマサルの視線を追うと。
そこにいたのは漆黒の髪と瞳、磁器の肌を持つ日本人形と見まごうばかりの男で。
相変わらずの無表情と相変わらずの厳戒態勢が、相変わらずそこにはあった。

「んぁ?そうだな。確かに教室じゃ浮いてるかもな」

あいつ、自分が王子様とか言われて騒がれてんの、全然気付いてないんだろうな。
まっ、ああべったりと教師が張り付いてちゃ、流石の女共も近寄らんないだろうけど、さ。
男のオレらだって、あいつ独特のオーラに気後れするくらいだし。

「それにさ、バッハ?ベートーベン?」
「ショパン」
「そう、それ!そのショパンコンクールで優勝だっけ?実際スゲくねぇ?」
「そうだな」

オレは適当に相槌を打つ。
正直、そんな栗原がどうとかより昨日ネットで見つけたモンの方が何よりも大切なんだ。
だから、こんなつまらない授業も退屈な休み時間もすっとばして早く夜にならないか、と本気で思ってる。
それにしてもマサル…おまえ…言ってること支離滅裂……。
ちっとは頭使ってしゃべれって……。

「っつうか、男のクセにピアノ?そんなだから女の腐ったヤツみたいに言われんだよ、なぁ?」
「ッ!」

ん?クセ、に??
マサルにゃ悪いが、これはおイタが過ぎんじゃねぇの!?
ちょっと懲らしめる必要あり、だな。

「クセに言うな!音楽に男とか、女とか、性別関係ねぇだろ!?」

突然のオレのマジギレにマサルがびくっと肩を震わす。
なんせ普段から温厚なオレで通ってるからな。
ただし、キレると要注意!って立て看板つきだけど、な。
だからマサルのヤツ、ビクビクしちゃって。

「和泉ちゃん?」

一見バカそうに見えて、マサルのヤツ、あれでも気遣ってしゃべってんだ。
幼馴染みでそこんトコ心得てるから、地雷スレスレをかいくぐってオレに近づいてくる。
まっ、たまにこんな風に勢い余って地雷踏んづけちゃうこともあるけどさ、イイヤツなんだ、実際。
貴重な友達。
正直、こんな気の置けるヤツ、マサル以外にいないんだ。
そんなヤツ相手に、オレもバカだから、やっちゃってから後悔するワケで……。
静まり返ったギャラリーに、ちょっとやりすぎたか?、とかサルでもできる反省をする。
ちっ……しょうがない、今日のところはオレから折れてやるか。
ホントは音楽のことで譲る気はないんだけど、な。

「……音楽は性別じゃない。心、だ」
「そ、そうだよなぁ…ココロ、だよなぁ……」

必死で取り繕うマサルが今日はいじらしい。
なんせ、今日のオレは寛容だから、な。

「それにオレ、ピアノ弾く手って好きだ。だって…艶めかしくて……妙にソソられるじゃん?」
「和泉ちゃ〜ん!ひょっとして手フェチ?」
「かもな」

そういや…あいつもやっぱり弾くんかな、ピアノ。


Gacってピアノとか習ってんの?
え?なんで?
だって、こんなすっげぇ曲、シロウトさんにはそうそう作れんでしょ?
…そうかな……?
そうだよ!で、どうなの(^_^)3>ピアノ
やってたよ
やってた?過去形?
そ、そんなことより!RizMってどうしてRizMなの?
あー……もしかして触れられたくない話題?オレってひょっとして無神経?
そうじゃないけど…ちょっと……
まっ、いっか!言いたくなったら話して?オレの方はいつでもOKだから
……ありがとう
で、オレのH.Nの由来だっけ?
うん、そう
オレ、将来歌で喰ってきたいからさ、願掛けみたいなもん?

きっと、その時の君の瞳はきらきら輝いて。
傍にいたかった。
傍で見てみていたかったなんて、どうしてそんな風に思ったんだろう?


ギリシャ神話のイカロスって知ってる?
あ!昔ギリシャのイカロスは〜♪ってヤツ?
鋭い。実はその童話がこの曲の原点
あれが!?この曲の原点??…なんかイマイチしっくりこないけど……
あの唄でイカロスは太陽に近づきすぎてロウの翼を失ってしまうけど、それじゃ哀しいから。だから想像してみた。もし片翼だけでも残ってたらって。
でも、それでもイカロスは飛ぼうとするんだ。決して諦めない。そんな感じの曲
ふ〜ん。ひょっとして、それってイカロスじゃなくてGac自身のこと?
え?なんで?
え?なんとなく??
違うよ…俺には片翼さえない……

そんなこと言うなよ?
だって、オレはおまえから勇気貰ったんだぜ?


上手く作曲するコツとかってあんの?
上手く作ろうとは思ってないよ。ただ思い付くままにラベリングしてるだけ
ラベリング?
12音の音名を付けること
ふ〜ん、難しいのな。で、実際どういう瞬間に曲ってできるワケ?
瞬間っていうか…人それぞれだろうけど、俺はフッと作りたくなることが多いかな。今日の出来事やその日感じたこと、普通の人ならそれを日記につけたりするんだろうけど、それが俺の場合、作曲なのかも知れない
なんかすげぇな、色んなことを音で表現するワケだろ?言葉や文字なら直球って感じだけど、それを音で伝えるとなるとな…変化球以上だろ?
僕にはそっちの方が難しい…人と話すのは苦手で……
話してるじゃん?こうやって
文字で会話するのはまだいいけど…声はちょっと……
なんで?
声は…声は音だから……
音?
音は時々音符の羅列にしか聞こえなくなる
なにそれ?
俺、絶対音感あるから
ウソ!?オレ、初めて会った!
そう?日本は幼児期の絶対音感訓練の盛んな国だから割りと多いらしいよ?
…って言っても、俺も他に会ったことないけど……
で、どんな感じなの!?それって?
簡単に言うと、ドの音を聴いてドと判別できるだけのことなんだけど
それってどんな音でも?
うん…一応……
よく分かんねぇけど、すげぇな、それ!その超能力で作曲したの?あの曲も!
超能力って…そんな大層なものじゃない……ないならない方が幸せなんだ
そうか?オレは幸せだけどな、Gacに出逢えて、Gacの曲と出逢えて
だから、Gacもさ、もっと自信持てよ?人ひとりを幸せにできる能力!これって超能力だろ!

そう言って、君は俺を勇気づけてくれたね?
あの時貰ったパワーは今でも俺の胸で息づいてるよ。


ピアノ…なんでやめたか?……そろそろ聞いてもいい?
……別に大した理由はないよ。ただ…私利私欲のために音楽と息子を食い物にする母親にちょっと反発してみたくなっただけで……

反抗期の子供と一緒だよ
ねぇ、いつかオレに聴かせてよ?Gacのピアノ
……もう上手く弾けないよ……何ヶ月も触ってないんだ
上手じゃなくても構わないよ。ただ、傍で聴きたい。オレ、ピアノ弾く手って好きなんだ。艶めかしくて妙にソソられんじゃん?

Gac?オレ、また変なこと言った?
……別に
こんなこと言うと気味悪がられっかも知れないけど、ピアノ弾く手ってしなやかに長くて、優しくて、儚くて、でも時々力強くってさ。オレもそんな風に生きてみたい、とか時々思うんだ
RizMってひょっとして手フェチ?
かもな。で、マジな話、Gacの曲ってオレの理想そのものなんだ。オレの描く人生そのもの。だから、Gacの曲をGacの奏でるピアノで唄ってみたいんだ、オレ。お互い有名になって、お互い夢で喰ってけるようになったらさ、ふたりでひとつのモノを作り上げるんだ。今流行のコラボレーションってヤツ?
……楽しそうだね?

あの時、もしオレが異変に気付いてたら、また違う未来があったのかな?


漠然とした予感めいたものはあった。
もしかして、そう、なんじゃないかって。
でも、考えれば考えるほど、それ、は気の遠くなるほどの確率で。
だから、深く追求しようとも思わなかった。
いや、思えなかった。
だって、俺は世界一の卑怯者で小心者だから。
きっと君はバーチャルにしか存在しない人なんだって思い込むことで、
初めて自分の心をさらけ出せたから。
今さら君を手放したくはなかった…失いたくなかったんだ……。

「それじゃ、この曲の伴奏、栗原君にしてもらおうかしら?」

無慈悲は突然やってくる。

「頼めるかしら?」

俺が伴奏?……困る。
もう何ヶ月もピアノに触れてさえいないのに……。
困る。
困るんだ。

「す、すみません……」
「やっぱり栄えあるショパンコンクールの優勝者にタダで演奏してもらおうなんて畏れ多いことかしら?」
「そ、そんなことは……ありません。簡単な曲でいいなら」

栗原君にとって難しい曲なんてこの世にあるのかしら?なんて言いながら擦り寄ってくる弾力に、正直鳥肌が立つ。
ねだるような仕草。
授業中だと言うのに、拷問に近いほど匂ってくる香水。
これを職権乱用と呼ばずに、何と呼べばいいんだろう?
女性は苦手だ。
この世で一番憎い人を思い出すから。
女の武器を利用して、俺を利用して、のし上がっていった俺の母親。
その人を思い出すから。

「センセ。誘惑は授業中じゃなくて放課後って決まってんの。これ、AVの鉄則。誘惑するならふたりっきりの時やんなよ?今は授業中、そろそろ潮時でしょ?でないと、授業どころじゃなくなっちゃうぜ?」

最近やたら目に付く。
いつも騒ぎの中心にいて、口が悪くて、今にも泣き出しそうな笑顔が印象的な君。
気が付くと目で追ってる。
……もしかして?って考えてる。
そんなこと有り得ない、あるはずないのに……。
ただ、君は、迷わず答えたから。バッハでも、ベートーベンでもない、“ショパン”だと。
そして、認めてくれたから。笑わずにいてくれたから。からかわずにいてくれたから。
俺がピアノを弾くことを。
きっと、ただそれだけなんだ。

「今は音楽の時間。どうせするなら歌声で誘惑してみせなよ?」
「そ、そうね……それじゃ、授業を始めましょ?」

「ハーイ、センセ。オレ、唄いたい曲があるんですけど。えっと…『勇気一つを友にして』だっけ?」
「ッ!!」

時間が止まる。

「咲坂君…君、小学生じゃないんだから。童謡はちょっとね……」
「センセ!仮にも教職者そんなんでイイんですか!童謡を笑うモノは童謡に泣きますよ?」

笑いやら、ブーイングやら、たくさんの不協和音が飛び交う。
そんな中、俺だけがひとり無音の世界に取り残される。
俺を取り巻く空気が凍り付き、鍵盤を滑る指が惨めなほど震える。

夢にまで見たセッションがこんなに早く叶ったのに、俺の心はなぜか晴れない。
この想いは一方通行のまま、消化不良でそのまま下る。
気付いて。早く気付いて。
叫びたいのに叫べないのは、俺が世界一の卑怯者で小心者で、でもそれ以上に俺のピアノが未熟だから。
それならいっそ忘れてしまえばいいのにーーー君の歌声が耳にこびり付いて離れない。


ごめん…こうやって話すのもこれが最後……
最後!?なんでだよ?急に!
俺、留学するから。だから…さよなら


もっと…もっと早くオレが気付いてやれたら
違う未来がそこに拓けていたんだろうか?

「急なことで非常に寂しいと思いますが、栗原学君が留学することになりました」

留学ねぇ…偶然もここまでくると嫌味だな。
だってさ、留学なんて今一番聞きたくない言葉だ。
しっかしGacのヤツ、別にアマゾンの奥地とかに留学すんじゃないんだからさ、よっぽどの辺境でもない限り充分今まで通り話せるだろうが!
ネットに国境はねぇんだぜ?
それともなかったことにしたいのは、オレと会ったこととか!?

「それじゃ、学君から一言」

…ったく!薄情なヤツだよなぁ……?
へぇ、マナブって言うのか?あいつ。
ん?マナブ??

「マサル。栗原って下の名前マナブだっけ??」
「何言ってんさ、今さら。学校のガクって書いてマナブだろ?」

マナブ?学?ガク?
…?
……??
えええ〜〜〜ッ!!??
マジかよ!?おい!!
全ての点が一本の線に繋がって、オレは登校一番貼り付いていた机からベリッと剥がれて、ガバッと起き上がる。
この際、顔中に寝跡くっついてようと関係ない!
大切なのは何よりも、それ、なんだ!!

「まっ、まさかGacかよ!?」

半信半疑で呼び掛けてみる。
この際、イチかバチか、だ!
聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥、だ!

「Gacなのか!?」

呼び掛けは徐々に大きくなる。
だってさ、期待やら不安やら、緊張やら安堵やらが入り混じってもう思考回路ショート寸前なんだ。
そんな次第に悲鳴に近くなる絶叫の中、平然としていたのは案の定栗原だけで。
そりゃそうだ。秘かに発声練習してるからな、オレ。
…って!そんな自慢話は今関係なくて!!
それで漸く栗原がGacだったんだと確信する。

「初めまして、RizM」

初めてじっくり見る栗原の顔は想像通り無表情だったけど、その瞳はどこか吹っ切れたような清々しささえ湛えていて。
一瞬だけオレを見て微笑んだように見えたのは、決してオレの気のせいじゃないって信じたい。

「本当は俺、もう何ヶ月もピアノ弾いてなくて」

知ってる。

「やめたい、やめてしまおうって考えてた。でも、そんな時ある人と出逢って、勇気づけられて」

勇気づけられたのはオレだ。

「忘れてたリズム思い出して、少しだけど一緒にセッションもして、自分の未熟さ思い知って」

本当に未熟なのはオレなんだ。

「もっと上手くなりたいって初めて思った。今まで俺、ずっと誰かのために弾いてきたけど、義務だけで弾いてたけど、初めて誰かのためじゃなく、自分のために上手くなりたいって。そいつの夢と、そいつと一緒に歩いていけるような俺になって必ず返ってくるから」

そう言って、まっすぐ貫く栗原の瞳にオレも応える。

「だから…さよなら」

昨日と同じ台詞で別れを告げる。

「ああ…またな」

昨日は返せなかった返事を今日返す。
きっとこれは別れを越えて約束になるからーーー。

こうしてオレ達はリアルで出逢い。別れた。
再び出逢う瞬間に想いを馳せながらーーー。




「いつかオレ、歌で喰ってきたい!どんなに今だけ顔だけが売りの使い捨てでも頑張るから!だから、面倒見てやって下さいッ!!」

社長の前でそう宣言したオレは、我ながら大人だったと思う。
だって、そうだろ?
社長自らの口からあんなムゴい発言を聞いて、普通なら立ち直れないような、食事も喉を通らなくなるほどのショックを乗り越えて、こうやって自分から歩み寄ってやってんだから、な。
最近、風の噂で、海外で活躍する日本人ピアニストの話をよく聞く。
彼の名前はーーーManabu.Kurihara
だから、オレも負けてらんねぇんだ!

「まぁ、精々頑張ることね?ビジネスとして成り立つことなら、私は協力は惜しまないわ。今悔しいなら、自分の力で、自分の足でしっかりのし上がって見せなさい」
「ハイ!姉御!」
「社長、でしょ!!本当…口の聞き方知らないボウヤだこと……」

のし上がってみせるさ!何がなんでも!
今はどんなに遠いところにいても、必ず追い付いて、ふたりで肩を並べて歩くんだ!
Gacと一緒に。
そして、学と一緒に。
だから、その時は一緒に羽ばたこう!
ひとりじゃ片翼でも、ふたりならきっと飛べるーーーイカロスが目指したあの果てしなき大空へ。

Happy End
2002/1/4 fin.

戻ル?

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