「エレーーーっ!」
遠くでタカラの声がする。
「タカっ!ごぼっっ!ん!っんん゛~~~っっ!!」
いつもなら迷わず呼び返すはずの口も。
タカラの手の感触を待ち焦がれて無意識にピクつくみみもしっぽも。
ぎゅっと広い背中にめいっぱいしがみつくはずの小さな腕も。
タカラの笑顔を独り占めするための大きな瞳も。
今日はなぜだか自由にならない。
「エレー、どこにいるの?もう出ておいでー?」
「うぅ~~~っ!!」
こんなことならタカラの言うこと、ちゃんと聞いとけばよかったよう……。
はじまりはほんのささいなことーーー
「ねー、ターカラっ!」
トタトタと音が聞こえてきそうな、それでいて今日は微妙に軽やかな足音がだんだんと近付いてくる。
それにつれて、耳を擽る愛おしい声もだんだんと近付いてきてーーー
「ターカラ?今おヒマ?」
「んー?なあに?エレ?」
上目遣いに見上げる大きな瞳がタカラのご機嫌を伺うように行ったり来たりしている。
ほら?しっぽも一定のリズムで行ったり来たり。
まるで振り子のように行ったり来たり。
こういう時のエレは決まってーーー
「ねーねぇ?タカラ?」
「んー、なあに?」
「おしごと忙しい?」
ねだるような甘えた口調。
媚びるような甘えた仕草。
またいつもヤツが来たな、とタカラははっきりしっかり確信しつつ、それでも仕事の手を休めることはない。
いつものかまって欲しい病。
最近めっきり多忙になったタカラの気を引こうと、最近のエレはあれやこれや色んな策を巡らせているようで。
しかし、逸るエレとは裏腹に、焦らせば焦らすほど後のお楽しみも増える、そんな大人のズルイ知恵がタカラにはあるから。
自分も疾うにオトナだと思っているエレには悪いが、そもそも大人はエレのように純粋で純真で無垢な生き物ではない。
もっともっとどす黒い…真っさらなエレとは正反対の……。
「忙しいけど、どうして?」
タカラはワザとエレには視線を向けず、ゆったりした口調とは裏腹にテキパキと長い指を動かしながらそっけなく聞き返す。
タカラの仕事は薬草師。
病気に効く薬や気持ちを和ませる香を自分で調合し、作り上げるのがタカラの役目。
最初は生きるために仕方なく始めたことだったが、実際やってみると意外と奥が深く、今ではもう天職と呼べるほどの腕前にまで成長した。
「えっとねー、今日ねー、学校であたらしいあそび覚えたの!かくれんぼ!タカラは知ってる?かくれんぼ?」
覚えたての言葉がよっぽど嬉しいのか、エレは何度も“かくれんぼ”を繰り返す。
「んーっ、そうだねー、エレは?エレは知らなかったの?」
「う゛……」
「ふうん、知らなかったんだ?」
「ボク……ボク!もうりっぱなオトナだもん!!」
エレの頬が途端に膨らむ。
図星を指されて怒るところがまだ子供の証だということを、エレは気付いていない。
「ふうん…、で……?」
「だ、だって!かくれんぼ!ひとりじゃできないもん!!」
おじいちゃんがいなくなってからずっとひとりぼっちで生きてきたエレ。
暮らしていたオオカミ村には大人こそいれど、エレと同年代の子はひとりとしていなかった。
例えたまの休みに村の誰かの親戚の子が遊びに来たとしても、仲良くなろうと近づく“毛色の違う”エレと打ち解けようとする子はいなかった。
親はなくとも子は育つ。
子供を包む環境こそが子供を育てる。
周りに友達がいなかった所為でかくれんぼを知らないエレ。
森の奥でひとり隠れ住むように暮らしていた所為で、自分の気持ちを伝えることに臆病なタカラ。
エレがそうなら、タカラもまたかくれんぼを知ってはいたが、やったことはなかった。
「…ごめんね…エレごめんね…意地悪言って……」
「もう……もう!タカラもみんなも嫌いだもん!!」
「ごめん…ごめんね……」
小さい身体を労りながら、それでも力強くぎゅっと抱き締める。
きっと学校でも同じように友達からからかわれたんだろう。
何も知らない…何も知ることができなかった純粋なエレ……可哀想なエレ。
自分はどうしてこんなに不器用なんだろう……?
いつもいつも、本当はずっと傍にいて、ずっと笑っていて欲しい愛おしいエレをいつも泣かせてばかりいる……。
「グスッ……じゃーね、…ヒクッ……ボクとかくれんぼ、してくれる?」
「うんうん。なんでもエレのしたいようにしていいから、ほら?もう泣き止んで?」
「ホントに?」
「うんうん。本当にエレの好きなようにしていいよ?」
「えっ!ホントのホント?」
目尻に溜まった涙を舌先で拭い、タカラはエレの耳を甘噛みする。
「じゃあね!かくれんぼ!かくれんぼしよっ!タカラ!」
「しよっ……って今から?」
「うん!今から!」
「今日はもう遅いから明日にしたら?明日になったら好きなだけかくれんぼでも鬼ごっこでも付き合うから」
「だいじょうぶだから!タカラがオニね!20数えたら探しに来てねっ!」
まだ乾き切らない瞳をきらきらと期待に輝かせながら、かなり強引に抱き留めているはずのタカラの腕からもそもそと抜け出すと、忠告なんてなんのそのエレは元気よく駆け出した。
太陽はもう西に傾き、日の当たらない森の奥はうっすらと肌寒く、ほんの少し湿っぽい感じが漂っていた。
(タカラ!助けてっ!ボクはここだよっっ!!)
そう何度も叫んでいるのに、身体にまとわりつくこのネバネバの所為で身体の自由が利かない。
対ヤマネコ族用のこの大きな落とし穴に落ちてからもう何時間経っただろうか……?
外はもう真っ暗で時々木の上で光る不気味なふたつの目が自分を狙っているようで、エレは穴の中でひとつ身震いする。
普段ならこんな密猟者の罠に掛かるなんてヘマはしない。
もし仮に誤って落ちたとしても、エレの身体能力なら這い上がることくらいできるはずだった…そう、だった……。
こんなネバネバさえなければ、オオカミ族のエレに対ヤマネコ族用のマタタビが効くはずもないのだから。
ネバネバ液の海と化したこの落とし穴はまるで底なし沼やアリ地獄のようにエレの身体を下へ下へと引き込み、もう悲鳴さえ上げられないほどまでにその水位は迫っている。
(ごめんね、タカラ…タカラの言うこと聞かなかったばっかりに……)
もう手足をバタつかせる気力さえ、今のエレには残っていない。
(きっとタカラ、心配して探してるよね?
…でも、もう……ボク…ダメみたいなんだ。
ごめんね、タカラ…ずうっといっしょにいるって…タカラのことはボクがずうっと守るって約束したのに……。
約束さいしょにやぶってごめん、ごめんねタカラ……)
「…レ……エ……エレ!エレっっ!!」
まとわりつくネバネバで聞こえないはずの耳が大好きな人の幻聴を運んでくる。
霞む視界にぼんやりと人影が映る。
それはとてもとても懐かしく、安心するカタチでーーー
エレはゆっくりと瞳を閉じた。
「…レ……エ…エレ?エレ?」
遠くで大好きなタカラの声がする。
心配そうに覗き込む切れ長の瞳。
優しく耳を擽る甘い甘い声。
時折頬を掠めるように撫でる長い指とふわふわの耳の感触。
手を伸ばしても届かなかったはずの遠い場所がだんだんと近づいてくる。
「う゛~」
「エレ!エレ!大丈夫?僕が誰だか分かる??」
きれいな瞳が哀しげに揺らめいている。
それはタカラとふたりで見上げた満天の星空のようにきれいで、そして儚い美しさ。
懐かしい、とても懐かしい煌めき。
「……タ、カラ?」
「そう!そうだよ!タカラだよ!エレは?エレは大丈夫!?」
「あ、れ?ボク…ど、うした、んだっけ……??」
「よかったあ…エレ……。エレはね、密猟者の罠にはまってもう少しで死ぬところだったんだよ?」
エレを抱き締める腕が小さく震えている。
「タカラ?さむいの?」
「うん…とても寒いよ。エレを失ったら…そう考えると寒くて寒くて……きっと僕の心はまた昔みたいに凍えてしまう」
だから僕を残して先に逝かないで……タカラはそのぬくもりを確かめるようにそっとそっと小さな身体を抱き締めた。
「ん…っ…んっ……んんっ」
タカラの舌がぬるりと入り込んでくると、エレは途端にふわふわと宙に浮かんでいるような夢見心地な気分になる。
そんな程良く脱力したエレの身体をゆっくりとベッドに横たえると、タカラは更に奥へ奥へと舌を進めた。
「んー、んんっ!」
鼻から抜ける甘い吐息がタカラの理性の砦をひとつひとつ壊していく。
自分がこんな風にいつでも欲望を吐き出せるのは、身体に流れる血の呪いかも知れない。
タカラの身体にはヒト族の血が流れている、強欲にまみれたヒト族の血が……。
そして、それが今までタカラを取り巻く全ての環境の根元だった。
「エレは知ってる?ヒトにはね、発情期がないんだ」
「へ?は、つじょう、き??……あっ!ひゃっ!」
「ヒトはね、いつでもどこでも発情できるんだよ、気分次第でね……。でも、それじゃあ、楽しくないでしょう?」
タカラの右手がなんとはなしに枕元の引き出しを探る。
「いつでもどこでも。便利なようでいて、実は楽しくもなんともない。ただマンネリを引き起こすだけ。だから、刺激が欲しくてこんなものを作り上げたんだ」
「あ!?ひゃあ!?なに?タカラ、なにぬったの??」
「……媚薬を、ね」
指先に絡みついたそれがエレの体内へと擦り込まれる。
粘着質な音と共に流し込まれたそれは次第にエレの何かを壊し始め、同時にタカラの欲望にも火を点ける。
「やああっ!いやあっ!なに?これ!?へん!ボクへんだよっ!!」
「へん…じゃなくて気持ちいいでしょう?エレのココ、触ってもいないのにもうぬるぬるだよ?」
舌先で乳首を転がしながら指先で幼いエレ自身をくりくりと弄くると、エレは我慢しきれずに嬌声を上げ続ける。
「いやあっ!そこ!くちゅくちゅしちゃいやあっ!!」
「全然嫌がってないよ?ココは。ほら?嬉しそうに涙を流して?…エレのココ、とっても甘くて美味しそう……」
ひとつ舌舐めずりすると、タカラはエレの身体をくるりと反転させてエレ自身をいきなり深く銜え込む。
そのままじゅるじゅるっとワザと音を立てて強く吸い上げると、媚薬の効果で敏感になりすぎているそれはあっけなく果ててしまった。
「もう達っちゃったの?」
「だ、だってぇ……タカラ、が」
「僕が、何?」
「ダメって言ったのに……」
「言ったのに?」
「……おくちでするから」
「エレは嫌い?おくちでされるの?」
「……嫌いじゃない、けど……あ!?ひあっ!!」
啄むように何度もくちづけされ、まだ火照りの冷め遣らない小さな蕾に指を挿れられる。
「かわいい…エレ……エレかわいいよ」
「んあ!…あ、あひっ!……ゆ、び…ゆび、やあっ!」
「どうしたの?指が嫌なの?」
「ひああっ!あくっ、んあっっ!…そ、こや……んんっ!!」
絶えず蠢く指先がエレの一点を集中的にさすり始める。
タカラはどうしてもエレに言わせたいらしい。
「指がダメなら、何ならいいの?舌?」
「ひゃっ!ダメ!ダ、メだよお…ぅ……」
タカラは舌先をきゅっと尖らせ、快感を求めてヒクつく蕾にくちゅっと埋めてみせる。
もっと大きな異物を求めて蠢く襞はまるでそれを飲み込まんばかりの勢いで舌先を誘い、それに反発して動かす度に舌先と襞とがこすれ合い新たな快感が生まれる。
「エレ?次は何が欲しい?ちゃんと言わないと分からないよ?」
「ん゛ん゛~~~っ!タカ、ラのいじ、わるぅ……」
「そんな可愛い顔してはぐらかしても駄目だよ。ちゃんとおねだりしてごらん?」
敏感な耳を甘噛みしながら、タカラは甘く囁く。
「な・に・が・ほ・し・い・の?」
「……ほ、…い」
「んー、なあに?」
「タカラが欲しいの…ボクのココ、タカラでいっぱいにして……?」
上目遣いに涙目で言われて、タカラは自分の中に抑え切れない欲望が震え立つのを感じた。
もう既に充分なほどいきり立った自身を取り出し、濡れそぼったエレの蕾にゆっくりと宛う。
「エレ…それじゃあ、挿れるよ?」
それでも焦らすように2、3度軽く円を描くように縁をなぞってから、タカラは自分を戒めるようにワザとゆっくりと上体を覆い被せていく。
「あっ、あーっ!タ、カラのおっ、きい…よぅ……ふあ」
「エレのココ、も…と、っても……気持ちいい、よ?」
膝裏から手を差し入れて両足を密着させるように引き寄せる。
これだけじゃ全然足りないから…もっと……もっと深く繋がりたいから。
「あっ!あうっ!あっ、ああっ…んっっ!!」
「エレ……」
「あ…っ!も…も、っと……ぐちゅぐちゅってして!も、っと、もっ…とずん……って」
「エレ…エ、レ……だいすき、だよ?」
「あ!あひっ!もう…も、う…で、ちゃう……よぅ」
「エ、レ…まっ…て……一緒、に」
「ふあっ!あっ!あー、ん、タカ、ラあ……あーーーっっっ!!」
「……僕をひとりにしないで…エレ……」
流れ星がエレの頬を伝い、タカラの心に降り注いだ夜。
「もういいかい?」
「まあーだだよー」
「もういいかい?」
「もーいいよー」
呼べば必ず返ってくる声が今は一番近くにある。
もうひとりぽっちのかくれんぼは星空の彼方へーーー
hAPPY eND
2002.11.23fin
戻ル?
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