◇その壱◆
俺には欠陥がある。
それは感情の歪みから生まれた欠陥で。
俺の身体からはいつしか感情が消え、心が消えた。
いや…むしろ消したと言うべきか。
誰かを愛することも。
誰かを憎むことも。
今の俺には無意味でしかない。
これはやっぱり欠陥だろうか?
俺はやっぱり欠陥品なんだろうか?
「小池屋君。上総君。学校でああいうことをするのはどうかと」
放課後の化学室。
ここが最近のオレ達の定位置だ。
オレ達ーーーつまり『縁結び本舗』の従業員。
まッ、従業員って言っても僅か2人だが。
オレが所長、兼営業、兼企画、兼総務。担当の小池屋元汰(こいけやがんた)。
まッ、今までオレ一人で『縁結び本舗』を切り盛りしてたんだから、当然と言えば当然だな。
そして、そのオレの腕でダッコちゃん人形と化してるヤツ。蔵重上総(くらしげかずさ)。
コイツは…強いて言うなら助手?
うむぅ…今の所は経理担当の見習い従業員ってトコだな。
え?なんで、経理担当なのかって?
それは前回でとっくに実証済みのハズ。
ズバリ!オレは数学が大の苦手だからだ!!
自慢できるコトじゃないが、一応…その……オレと上総の縁結びの所以なワケだし。
つまり…その…オレと上総は、恋人同士だったりする……のだ。
「元汰。何頬染めてるのぉ?」
上総が熱を帯びた元汰の耳元で囁く。
愛らしい唇は既ににやりと歪められていて、その口元からは八重歯が覗いていた。
この八重歯が時に牙に豹変することを元汰は知っている。
危機感と共に慌てて振り向けば、上総はちょんちょんと唇を指差して、
「…………………………」
と口パクで何やら訴えている所だった。
『おれ、危うくなるよ?』
その台詞が容易に想像できるから、元汰の顔は益々紅潮してしまう。
「へ?ああいうって……?」
それを誤魔化すように話を掘り返し、元汰は来訪者に向き直った。
今や愛の巣と化した放課後の化学室へ突然の来訪者。
それは雅学園男子棟専属の化学教師。
“ホズシン”こと穂積紳耶(ほづみしんや)、その人だった。
「あの、だから、若さに任せて突っ走るのはどうかと。ここ、一応学校なので」
溜め息混じりの婉曲表現でも充分に理解可能な心当たりが、今の元汰にはあった。
見られた!?
見られたんだ!!
多分昨日。…絶対昨日だ。
…ッたく、全部、全部上総の所為だ!
そもそもココ、化学室は補習の場所だったハズ。
なのに、それがたった二日で課外実習の場所に変わった。
それ以来暇さえあれば、上総は数学以外のコトまで手取り足取り…。
何でもアイツはオレの喜怒哀楽全ての表情に欲情するらしく…。
そうなったら最後。
アイツはサカリの付いた野良猫より質が悪いんだ。
『おれ、危ういかも』
昨日も恒例のフレーズで始まって。
案の定、そのまま恒例の課外実習に突入してしまったワケで…。
(…ッたく、オレに一体どうしろってんだ!万年発情期人間がッッ!)
始終無表情でいるなど自分には無理な芸当だ…と元汰はほとほと困り果てる。
と同時に、昨日の痴態が鮮明に蘇って、元汰の顔が紅に染まった。
「アハ。そうですよねェ…幾ら何でも学校じゃマズイですよねェ……アハハ」
元汰の乾いた笑いが、何処かのクラスで行われた実験の名残だろうか、薬品の匂いを微かに残す化学室に響いた。
しかし、真っ赤な顔でする誤魔化しなど、誤魔化しにさえならない。
かと言って、不純同性交遊の事実をあっさり認めてしまえるような大胆さも、きっぱり否定してしまえるような不貞不貞しさも、元汰は持ち合わせていなかった。
ならばやはりこうするしかない、と元汰はお茶を濁し続ける。
「紳ちゃん、何言ってるの?恋人同士にそんな説教、するだけ野暮だよぉ。愛し合う二人がキスしようが、フェ○しようが、セッ○スしようが、それは本人同士の問題でしょ?」
それでも元汰の悪足掻きなど何処吹く風、上総は至ってゴーイング・マイウェイだった…。
あまりに過激で卑猥すぎて、元汰は即座に耳を塞いで現実逃避を決め込んだ。
何がキスだっ。
何がフェ○だ!
何がセッ○スだ!!
お前の容姿でその放送禁止用語連発は公害なんだッ。
好い加減分かれっての!
(…ッたく、これじゃフォローどころか墓穴だ、墓穴……)
元汰の顔色はアルカリ性に反応するリトマス試験紙のように、赤から青へと切り替わっていく。
上総の表情がまさに嵐の前の静けさを暗示するそれだったからだ。
挑発的にギラつく愛らしい瞳に、上面ばかりの微笑みが相乗効果となって、余計に恐怖感を煽ってくるのだ。
今の上総の心境を彼風に表現するなら『ちょっと悪戯したくなっちゃった』
一般的な標準語風に表現するなら『何か文句あんのかっ!てめぇ!!』
どちらにしても共通の心境は怒だった。
この後の展開なんて、オレには目を瞑ったままでも見える。
まず、媚びるように甘えた声で。
「ねぇ、紳ちゃん。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて何とやらって言うようねぇ?」
「……」
そのアメの囁きの中には、ムチの悪意が飽和ギリギリまで込められてるから。
それからお次は、きゃらきゃらと虫も殺さぬような無邪気な笑みで。
「…蹴られたいの?おれに」
「……」
そのアメの瞳の奥には、ムチの敵意が極限ギリギリまで燻ってるから。
そのギャップが余計に相手の恐怖心を煽り立てるんだ。
「曖昧な知識ほど無意味なものはありませんよ?」
ほら。ホズシンもビビって…ビビって?……ない??
「正しくは、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえですよ、上総君」
……。
「……」
「……」
「…ぷっ。やっぱり駄目かぁ」
どこかピントのずれた真顔の切り返しに、上総は堪らず応戦の姿勢を崩した。
「この手、昔っから紳ちゃんには通用しないんだよねぇ」
呆然と事の成り行きを見守るしかない元汰の傍で、上総の尖り顔と紳耶の無表情が交錯する。
上総の底意地の悪さも、どうやら紳耶の前では形無しのようだった。
「そんなことより、学校でのキスは控え目にお願いしますよ」
上総の苛立ちやら不機嫌やら、それすらにも無関心で、自分の責務とばかりに最後の忠告を済ませると紳耶はくるりと踵を返して出ていってしまう。
『学校でのキスは控え目に』
へ?キス!?
今、キスって言ったよなっ?
…んじゃ、オレの勘違い……かァ??
惚けた頭の中でその台詞が自動再生されたことにより、漸く元汰は自分達の犯した大きな間違いに気づいた。
確かに紳耶は一度も、何を目撃したと明確には語っていない。
それが大きくて深い落とし穴に他ならなかった。
曖昧な婉曲表現が余計な先入観を植えつけ、元汰の視野を狭くさせた。
紳耶が目撃したのはキスのみ。
純情お子様体質の元汰にはそれが何より嬉しかった。
他人様にあられもない姿を晒したと知らされた時の衝撃の凄まじさは、身を以て経験済みである。
ここまで来て、元汰は漸く心底安堵の溜め息をつ吐けたのだった。
「今回はキスだけで済んだケド、これからはちゃんと自制しろよな……」
どうにか未然に防げた嵐の後の静けさの中で、元汰はその元凶に向かって愚痴と溜め息を零す。
「何?一方的におれだけ責められるわけ?そんなの二人の連帯責任でしょ?」
「なっ!オレは悪くないだろっ!!全部、全部お前が悪いんだっ!!TPOをひたすら無視してサカるお前が悪いに決まってるだろッッ」
「そうかなぁ?」
本気で言ってるのかコイツは!と元汰はふるふると握り締めた拳を震わせた。
「そんな顔で誘う元汰の方が責任重大じゃ……」
「………………………………………………この顔は生まれつきだッッ」
「ほら。そんな顔するから、おれ危うくなるんだよ?」
透かさず上総は掌で元汰の頬を捕らえて、その唇にそっと触れるだけのキスを落とす。
…また、だ……。
力の強さだって。
意志の強さだって。
上総には負けてないハズなのに…。
優しく触れられて。
優しくキスされて。
それだけで、オレはもう何もできなくなる。
何も考えられなくなる。
力で跳ね除けるコトだって。
言葉で罵るコトだって。
幾らでも拒絶の術なんかあるハズなのに…。
求めてくる上総の腕を、オレは振り解けないんだ。
(…ッたく、なんでオレってこうも簡単に流されちまうんだろ……)
我が辞書に有言実行の文字は載っていないのか!?と元汰は自己嫌悪に陥る。
しかし、そんな元汰の悪態も溜め息も、上総の愛撫を受けていつしか甘い吐息へと変わり始めていた。
「……」
「…んぁ…ぅん、んッ」
滑る舌に翻弄されながら、元汰は自分達以外に誰もいるはずのない化学室に人の気配を感じ取った。。
紳耶から忠告を受けた瞬間の全身総毛立つ感覚が不意に蘇って、元汰の意識は少しだけ現実に引き戻される。
「……コホン」
そこで故意に発せられる合図。
俺はここにいる…そんな台詞の代用品のようにその咳払いは聞こえた。
軽い耳鳴りと目眩に惑わされながら、それでもはっきりと聞き届いたその合図に、元汰はびくりと全身を震わせた。
途端に襲ってきたのは、思わず自ら掘ってでも穴に入りたいほどの羞恥の心境。
それもそのはず。今の元汰の醜態ぶり。
辛うじて絡みつく制服はチラリズムの極致。
化学室の実験台上で自ら調理して下さいと言わんばかりの俎の上の鯉状態。
素面の元汰には耐え難い辱めだった。
「…ッん…ちょッ……かず、さッ……やめろ、ッて」
誰かに見られているという羞恥心に煽られて、元汰はなけなしの理性を総動員して抵抗を始める。
しかし、それは相手も然り。
誰かに見られているという羞恥心に煽られて、なけなしの理性さえ手放してしまった上総の身体は一向に元汰の上から退いてくれない。
「…ひゃ、ん…ぅッ……ぁッ」
そればかりか、思うように乱れてくれないのがご不満な様子の上総は強硬手段に訴え始める。
敏感な左胸の突起と快感にひくつく蕾とを同時に攻められて仰け反った視線の先、
「…ホ……ズシ、ン……?」
潤む黒曜の瞳が捕らえたのは、未知との遭遇に瞠目する紳耶の姿だった。
「何してたんですか?」
本日二度目の来訪者に、慌てて着衣の乱れを整えて向き合った先。最初に口を開いたのは紳耶の方だった。
「何って“ナニ”に決まってるでしょっ」
間髪入れず返したのは言うまでもなく、オアズケを喰らってやや不貞腐れ気味の上総。
(…ッたく、お前のはあからさますぎるんだよ……)
不純同性交遊の現行犯と来れば誤魔化し切れないと元汰も腹を括っていたとは言え、0コンマ並みの即答には怒りを通り越して呆れ返るしかない。
どうやらこの男のゴーイング・マイウェイさは天然無敵らしかった…。
故に二人の会話は、元汰の往生際の悪さに追い打ちをかける如く続いていく。
「だから、“何”って何ですか?」
顔色を薄紅やら青やらに器用に染め分けながら、しかし元汰は紳耶の微妙なイントネーションの違いにどこか矛盾を覚える。
「紳ちゃん……それ何の冗談?そんなのセックスに決まってるでしょっ」
が、自分は己の欲望に忠実なだけで他の誰にも迷惑はかけていない、とばかりに正々堂々とした上総の態度。
元汰の性格上、所詮今は些細な矛盾より目先の苦悩だった。
被害者はこんなに近くにいるのに、と元汰は抱えた頭を更に抱え込みたくなった。
「そう言えば、さっきもそんなこと言ってましたよね。上総君こそ、大人を面白半分でからかっては駄目ですよ。幾ら愛し合う者同士でも、感情と違って肉体には限界がありますから。そもそも性交とは子孫繁栄の営み。その自然の摂理に背くこと、即ち肉体的に深愛を望むことさえ叶わぬ禁忌に他なりません」
「……それ本気で言ってんの?」
真顔で始まった紳耶の即席弁駁に何だか言い知れぬ不安を覚えて、上総まで真顔になって聞き返す。
今時雑学程度になら誰でも知っていて当然の知識を。
ましてや他のどこでもないこの十六夜学園に籍を置く人間なら知っていて当然の知識を。
目の前にいるこの人物が知らないとは到底信じ難くて…。
おまけに紳耶は上総の兄周防の親友なのだ。
周防の恋人もまた同性で、身体の関係も当然ある。
ならば知らないはずはない、と上総は単なる思い違いとして自分の着想を捩伏せた。
「芝居までして、たかが一興を貪ろうなんて悪趣味ですよ、上総君……」
しかし、それも所詮無駄な悪足掻きに過ぎなかった。
上総の放った真顔の問いに返ってきたのは苦笑混じりのその答えで。
これにはさしもの上総の方も、珍しく頭を抱えたくなってしまう。
「元汰。バトンタッチ」
上総の肩叩きに、元汰の百面相が驚に切り替わる。
「へ!?」
急な脱力感に見舞われた上総は早々に戦線離脱を表明してみせた。
「…紳ちゃんに説明したげて……」
「なッ!べ、別にわざわざ説明な……」
「……………………………………それじゃ納得しないよ、この人は。生真面目な上に相当の頑固者だからね」
一度疑問を抱いたら最後、不満が満足に代わるまで追究の手を休めようとしないこの男の執念深さは、周防の次に熟知しているつもりだ。
局地的すぎるからこそ執着心も強くなる。
他人にも、自分にすら無関心で。無感情で。
偶に興味を示すのは人間よりも、物事なのだ。
全ての事柄に理論づけせずにはいられない哀しい習性の持ち主。
だからこそ親友の周防でさえこの問題を放棄したのだ、と上総は思う。
紳耶が関心を抱いたのは元汰や自分では決してない。人間ではないのだ。
その行為そのもの。その意味。
未知を知に変えようとする紳耶の哀しい性がそれに反応しただけ…。
周防さえ見放した彼の探究心に自分が応える義理も甲斐性もない、と上総は早々に投げ出した。
自分が幾ら足掻いたところで無駄なのだ。
それは身に染みて分かっている。
紳耶の何かを変える術はない…。
何を変えることで元の紳耶を取り戻せるかさえ分からない…。
「…ッたく、オレが教えるの苦手だって知ってるだろ……」
しかし或いは元汰なら、と上総は同時に思う。
頭で考えるより先に心で動く元汰なら、紳耶の何かを変えられるかも知れないと。
紳耶の失った感情を、心を取り戻せるかも知れないと。
まだ希望は捨てなくていい、そう思わせる力が元汰にはあった。
一方の元汰はと言えば。
一抜けた的に後処理を任されても困ると上総を見るが、既に相手は部外者面で見物を決め込むやら。
何せ普段は教わる側一辺倒だからと紳耶を見るが、既に相手は標的を自分に移して凝視を決め込むやらで。
とんだ傍迷惑だ、と元汰は更に更に頭を抱えたくなる。
そして散々悩んだ挙げ句、辿り着いた答え。それは…。
「……………センセイ。それはプロに訊くのが一番です」
「プロ?」
「そう、その道のプロフェッショナルです。適任者が一人いるじゃないですか。保健医兼保健教員の石居先生ですよ、石居綾人先生」
十六夜学園男子棟専属保健医兼保健教員、石居綾人(いしいあやと)。
この時点では元汰のこれもまたニ抜けた的な逃げ口上に思えるが、そこはそう彼もまた商売人の端くれ。
彼も策士さながらも知恵を持っている…と信じたい……。
「オレよりかは親切丁寧に教えてくれると思いますよ」
しかし元汰、きちんとお墨までつけて、体良く紳耶を送り出すのに成功したのだった…。
「うしッ。縁結びの極意その壱・出逢いはとりあえず成功だな」
「縁結びの極意?」
「縁結びにも色々段取りや手順ってものがあるワケ。他にも成功の秘訣や裏技なんかも。その中でも出逢いの切欠作りは基本中の基本、まずは会わなきゃ始まらないってコト。まっ、今回の場合は既に顔見知りなワケだから、知り合うって意味の会うだな」
「じゃなくて、なんで今縁結びなのって話だよっ」
調子づいて始まった蘊蓄など何処吹く風、上総は伸びかけた元汰の鼻っ柱を容赦なくぽきっと折ってみせた。
折角の爽快感を邪魔されたと元汰はジト目で上総を睨みながら、それでも馬鹿正直に質問には答える。
「今度の依頼人は石居先生だからな。それも、ホズシンとの縁結び」
「へぇ、そう……でも、大丈夫かなぁ」
「なんで?」
「紳ちゃんって人形だから」
上総は当たり前のように言う。
人形のように整った容姿をしているという表現なら、むしろ上総の方が相応しいだろう。
もっとも中身は並みの人間より人間臭くて、生々しいが…。
「人形?」
「そう。魂はあるのに感情の抜けた人形」
自分の外見が人形なら紳耶は中身が人形なのだ、と上総は言う。
紳耶の中には人間らしい感情も心も存在しないのだ、と上総は当たり前のように言った。
淡々と語った上総の台詞に、元汰は苛立ちを覚える。
しかし、普段と同じ彼の表情にいつか見た闇を垣間見た気がして。
琥珀の瞳が悲しげに揺れた気がして。
だから、喉まで出かけた罵声をぐっと飲み込む。
人形と呼ばれるのを忌み嫌う人間が、同じ言葉で他人を愚弄し傷つけるとは思えなかったし。
そんな風に思いたくもなかったのだ。
「そうか?オレには反対に見えるケドな」
「反対?」
「人形を装ってるってコトだよ。感情に左右されないように、必死で自分の気持ち押さえつけてるように見える」
これはその場凌ぎの嘘でも慰めでもない。
嘘偽りない元汰の本心だ。
元汰の黒曜の瞳に映るのは、その言葉通りの紳耶だった。
「ホズシンは自分の両手に余るほどの激しい感情に戸惑って、怖がってるのかもな。感情を押さえ込む堰を取り除けたら、多分滞ってた流れも元通りになるんじゃないか?」
それを成し遂げるのがあの人なら、と元汰は密かに願う。
「その堰って、元汰には取り除けないの?」
「オレ?…オレには無理…ほら、その、お前がいるしッ…な?」
「……??」
疑問符だらけの頭を整理しようと上総は珍しく眉間に皺を寄せた。
しかし、真面目モード突入より先に元汰の照れ臭げな表情が目に止まり、先程オアズケを喰らった欲望が頭を擡げ始める。
こうなると元汰曰わく、サカリのついた野良猫より質が悪い。
その表現通り、上総は再びあっさりとなけなしの理性を手放したのだった。
◇その弐◆
「それで、わざわざ僕のところへご足労頂いたと」
上総懲りずに発情モード突入の最中、紳耶は生真面目に保健室を訪れていた。
勤務時間を疾うに過ぎて帰り支度を始めていた綾人を無理矢理引き止め、紳耶は掻い摘んでこれまでの経緯を話してみせる。
「要するに同性同士のセックスは可能か。そういうことですね?」
「単刀直入に言えば」
紳耶の確認を得ると、綾人は今まで優雅に組んでいた長い手足を組み替えてからふぅと溜め息を吐いた。
確かに『縁結び本舗』に依頼したのは僕の方ですが…。
その道のプロフェッショナルとは少々強引すぎやしませんか、小池屋クン?
綾人は心の中で、その場にいない今は一生徒で『縁結び本舗』の元汰に愚痴を零した。
そもそも依頼に際して金銭取引を必要とする『縁結び本舗』は、綿密なまでの計画・企画能力を売りとしている。
もちろんお代は見てのお帰りで。
任務失敗はタダ働きを意味する。
それまでの苦労も水の泡。
だから、こんな風にアドリブ的行動に移すことはまずない。
…のだが、今回は例外。
これは切羽詰まった上での応急措置から発生した予定外の機会だ。
もしかしたら、今回の一番の被害者は綾人かも知れない…。
目には目を、歯には歯を。
そちらがアドリブで来るなら、こちらもアドリブで行きますよ。
後で難癖つけられるのは心外ですが、これもまた運命でしょうね。
綾人は項の辺りで控え目に結わえていた後ろ髪を解くと、幾度か頭を揺らす仕草で髪をバラけさせた。
これは勤務時間外の合図。
ここからは私の時間。プライベートの時間だ。
一応綾人とて常識ある社会人だ。公私混同するつもりは毛頭ない。
幾ら想い人であろうと、学園内である以上、紳耶とも教師対教師で接して来たつもりだ。
必要以上の接触も会話も、自分の望むものは何一つ手に入らない。
そんな退屈な現状にも丁度飽き飽きしていたところだった。
ここら辺が潮時かも知れない、と綾人は思う。
何かを。自分を。彼との関係を。変える切欠が欲しかった。
だから『縁結び本舗』にも依頼した。
二年越しの想いにもそろそろケリをつける頃合いかも知れない、と綾人は眉宇に決意を漂わせて紳耶に向き直った。
「結論だけ先に言えば、同性同士のセックスも可能ですよ。もちろん妊娠・出産に関しては不可能ですが、性交つまり交わるという意味でなら可能です」
「……」
「そうですね…まず女性同士の場合はこれを使います」
今や探究心の塊と化した紳耶の目前に、綾人は自分の右人差し指を差し出してみせる。
「指、ですか?」
「方法は異性同士のセックスと同様ですよ。ただ、女性同士の場合は、男性生殖器の代わりに指もしくは大人の玩具と呼ばれるものを使って、互いにオルガスムスに達しようとします」
「……」
無感情・無関心の壁を取り払った今の紳耶は、他人に対して無防備すぎるほど無防備だ。
「そして、男性同士の場合。交接器、つまり膣が存在しません。これではセックスは不可能。これが君の見解ですね?」
「単刀直入に言えば」
紳耶はまるで壊れたテープレコーダーの如く同じ台詞を繰り返す。
きっと目先の未知だけに彼の興味は注がれているのだろう、と綾人は思う。
だから、綾人の中に芽生えた黒い感情にも気づいていないと…。
自分の身に迫りつつある燻り始めた欲望の魔の手にさえ気づいていないと…。
ーーー狂気は既に動き始めていた。
「別に交接器などなくとも、不可能を可能に変える魔法ならあります」
綾人は向かい合って座していた紳耶の腕を掴み、強引に立ち上がらせる。
「要は創意と工夫、発想の転換ですよ。足りないものは補えばいい。今あるもので、ね」
「今ある、もの……!!」
「おや?お気づきのようですね。もっとも篤学な君には造作もないことかな?」
しかしこの場合、紳耶の察しがいいわけではなかった。
いつの間にか背中に回されていた両掌がすすっと滑り落ちて、紳耶の双丘を撫で上げる。
「そうです。今あるもの、今あるところで補うんですよ…ココで、ね」
「……っ!!」
双丘の合間を縫って滑り込んだ指が布越しに蕾の辺りを這い回る。
それだけで、紳耶の身体には言い知れぬ恐怖と未知の感覚が生まれた。
未知に対する時だけ、紳耶の中には感情が蘇る。
理性を凌駕する探究心は封印の力を弱める。
閉じ込めていた感情はその重圧から解き放たれて、溢れ出す。
それが怖い。
感情の波に押し潰されて、もう二度とこの場所に戻ってこれない気がして…。
今まで必死に守り通してきた大切なものまで失ってしまう気がして…。
だから怖い。怖いのだ。
「……嫌、だっ!」
流れ出した感情を堰き止めようと紳耶は必死で藻掻き始める。
「今更逃げるのは卑怯ですよ。ここからは実践を以て学んで頂きましょう」
突然暴れ出した紳耶の両腕を易々と片手で絡め取ると、綾人はすぐ傍のベッドにその身体ごと縫いつける。
「男性のココも意外と敏感なんですよ。女性も大きさと感度は必ずしも比例しないと言いますしね」
きっちりと着込んだ仕立ての良いスーツのジャケット。
その胸の辺りで一頻り右掌を遊ばせた後、片手で器用にそれを剥ぎ取っていく。
自分から填めた枷のようにきっちり締めたネクタイもワイシャツのボタンも、綾人は慣れた手つきで素早く外していった。
「……嫌、だっ!!」
その行為が自分の封じ込めていた心までも露わにしてしまいそうで…。
紳耶はもう一度力を振り絞って抵抗を試みるが、綾人にとってそれは抵抗ですらなかった。
「そういう反抗的な態度が、より一層相手を欲情させることもあるんですよ?」
「…ひっ…ぅっ………んっ」
「どうやら君はこっちの方が感度がいいらしいですね」
綾人は右胸の尖りに幾度かくちづけを落としてから、おもむろにそれを口に含んで舌先で転がし始める。
「…い、やだ……っ」
吸いついてくる滑りと熱に浮かされながら譫言のように拒絶の言葉を繰り返す紳耶を、それでも容赦なく綾人は快感の渦の中に引き摺り込もうと愛撫を繰り返した。
「これはなかなか手強いですね。それでは、少し大人しくして貰いましょうか?」
綾人は先程剥ぎ取ったネクタイで紳耶の両手首を纏めて縛り、パイプベッドの支柱に結びつけ固定する。
そうして両手の自由を奪った後で辛うじて絡みついていたワイシャツもスラックスまでも剥ぎ取り、躊躇いなく紳耶自身を口に含んだ。
「…ひっ!…ゃっ、だ……んん」
「ほら、君のココ。君と違って自分の欲望に正直みたいですよ」
先端をちろちろと舌先で擽りながら両手で全体を揉み扱き、無理矢理紳耶の欲望を煽り立てる。
「もっと自分の心を晒け出しても構わないんですよ?」
「…ぁ、んっ!…も、ゃっ……」
「おや?そろそろ限界みたいですね。それでは……んっ」
指先で裏筋に沿って一度なぞり上げた後、綾人は紳耶自身を喉元近くまで銜え込む。
同時に強く吸い上げると、堪らなくなって紳耶は白い欲望を綾人の口内に放った。
綾人がそれを飲み下す音がやけに耳に触って、紳耶の胸をざわつかせていた。
「そろそろ本題に入りましょうか?」
綾人は口端の残滓を掌でぐいと拭うと、にやりと卑しげに笑む。
「ほん、だ、い……?」
「君が一番知りたかったことでしょう?同性同士、男同士でセックスできるか」
「…痛っ!…や、だっ……痛、い」
綾人は自分の唾液で充分湿らせた中指を強引に紳耶の中に押し込んだ。
「足りないものはココで補うんですよ。ココにはね、前立腺…あっ、前立腺というのは膀胱の下に位置する精子の運動を促進する器官のことですが、そこが死ぬほど感じるらしいです……この辺り、ですね」
「ひぃっ!…やめ、て…やっ、ああ」
内壁の感触を楽しむように蠢いていた中指と人差し指が、途端に集中的にそこだけを摩り始める。
「気持ちいいでしょう?」
「んあ…やっ、んん…あっ……んっ」
白く仰け反る顎を伝って、飲み切れなくなった唾液が純白のシーツを濡らす。
「男同士のセックスも捨てたものじゃないですよね?」
「ああ、あん…う、っん……あっ!」
掠れた嬌声を潤すように、紳耶の目尻からは止め処なく涙が溢れた。
「それでは、結論は自分の身体で感じて下さい。セックスの基本は互いに快感を共有することですからね」
綾人は猛り狂う自分自身を紳耶の蕾に宛い、捻り込むように一気に貫く。
「ひぃっっ!!」
驚異的な異物感に、紳耶は全身を強張らせて打ち震える。
しかしゆっくりと、そして次第に激しく繰り返される揺さぶりの中、紳耶は急速に意識を手放していった。
「で、そのまま喰っちまったと?」
元汰は依頼人の背中をジト目で睨み上げる。
「喰うなんて下品ですよ。小池屋クン、口を慎みなさいね」
背中にただならぬ雲行きを感じてか、綾人はくるりと椅子を回転させて元汰と向き合う。
反動で翻る結わえた後ろ髪は勤務時間内の証。
元汰は何故かほっと溜め息を吐き、話を進めた。
「下品なんて言葉、ケダモノには言われたくないよなァ。先生って何気に変態サンだしな」
「確かに僕はケダモノだし、変態です。それは認めます。けれど、今回の失態に関して、君に責任がないとは言わせませんよ、縁結び本舗さん」
うぐッ、確かに。
確かに切羽詰まってたとは言え、依頼人の性格を知っていながらみすみす接触させたオレも悪い。
悪い。悪いケド……だからっていきなり襲うか?
一歩間違わなくても犯罪だろ、そりゃ。
それに大の大人がケダモノだ変態だ言われて、あっさり認めんなッ!
オレは情けないぞ…。
「一応彼が目覚めた後、言い訳も告白もしましたが、思いっ切り睨まれて逃げられましたよ」
「それってどんな?」
「事実をそのまま。『僕は二年前の雨の日、君に恋した。雨の中で独り佇んで泣いていた君を見た瞬間、恋に堕ちました』と言いましたよ」
元汰は綾人の想いの深さを知っていて、それでも確かめるように問いを重ねる。
「そしたら?」
「『俺は泣いてなんかいない。泣くわけがない』って怒鳴られました」
「怒鳴った?…へェ、あのホズシンが」
「ええ、思いっ切り。そういえば、アノ最中も精一杯抵抗してましたし、叫んだりもしてましたねぇ……」
「おいッ、邪な妄想膨らませんなッッ!」
「失礼な。妄想じゃありませんよ、事実です、事実」
記憶の引き出しを探ったつもりが余計なことまで思い出して脱線しかけた綾人の思考を、元汰は何とか軌道修正して本題に戻す。
「で、告白って?」
『君が誰を想い、誰の為に感情を押し殺しているのかも知ってるつもりです。それを承知で君を抱いてしまった僕に言えた義理じゃないですが、君の気持ちにケリがつくまで待たせてくれませんか?』
「強姦魔に似合わずキザな台詞だなァ…まッ、上出来じゃないの?」
「元汰。それがお客に言う台詞かい?仮にもお客様は神様だよ?」
「ありゃ?公私混同は綾兄のポリシーに反するんじゃなかったっけ?」
勤務時間外の友人関係に戻りかけた綾人を、元汰はここぞとばかりに皮肉る。
その皮肉に綾人は一瞬だけ苦虫を噛み潰したような顔をして、すぐさま普段の公の顔へと戻っていった。
実はオレと綾兄とは幼馴染みだったりする。
兄弟よりも近すぎず、他人よりも遠すぎない気楽で居心地のいい関係。
それがオレ達の関係だ。
まッ、一人っ子のオレに言わせれば、やっぱり兄貴って印象が強いが。
その兄貴分の一大事と来れば、商売抜きでも協力したくなるのが心情ってもんだろ?
…もちろん、成功報酬はキッチリ頂くが。
「でもさ、よく気づいたな。ホズシンが無理矢理感情押さえ込んでるって」
「伊達に二年も見てたわけじゃないですからね。僕が見たあの雨の日の彼は、自分の想いを必死で封印しようとしていた彼だったんですよ、きっと……」
「ふぅん…まッ、何にしてもこれから先は相手の反応を待つコト。無理に接触しようなんて馬鹿な考えは捨てろ。いいな?」
「何だか気の長い話ですねぇ。もう二年も片想いしてきたのに、今更また待てと。本当酷なこと言うなぁ、縁結び本舗さんも。僕の純愛の行方、一体どうなるんでしょうねぇ」
「無理矢理喰っちまったヤツが純愛とか言うなっ!」
元汰はこめかみの血管がはちきれんばかりに怒鳴り散らす。
自分も半ば強引に喰われた立場だから、どうしても他人事とは思えないのだ。
しかし、その表情を見た綾人は整った口元をにやりと卑しげに歪ませて、
「その顔に欲情するんですか?君の恋人は」
と暇潰しなのか、嫌がらせなのか、元汰を自分の掌の上で弄び始める。
「なッ!」
なんで?んなコト知ってんだよ!?と先が続かない。
「本当因果なものですねぇ、可愛い弟分の恋人が僕の想い人の想い人の弟だなんて。世間は広いようで狭いと言うか……」
「可愛いとか言うなっ!」
「何を今更。耳元で散々囁かれてるくせに…でもその気持ち、分からなくもないかな?」
綾人がそっと元汰の頬に左手を伸ばす。
「ひぃ!!」
瞬間、背筋にぞくりと悪寒が走り抜け、ほとんど反射的に元汰は飛び退いた。
ヤメロ!チカヅクナ!と絡みつく捕食者の視線に元汰の全身から危険信号が発せられる。
「あっ、そろそろアフターファイブですね♪」
待ってましたとばかりに綾人の右手が後ろ髪に伸びる。
「と、とにかくッ、無理強いは御法度。ショック療法禁止。押してダメなら引いてみろ。石の上にも三年。待って、待って、待ちまくれッ。い、いいな?」
意味不明の捨て台詞を残して、元汰はそそくさと逃げるように保健室から飛び出した。
「君の恋人、いつかきちんと紹介して下さいね」
走り去る元汰の背中越しに、くすくすと綾人の含み笑いが届いていた。
「先生!石居先生!」
運命の時は存外早く訪れた。
あの日から一週間と経っていない昼休みの校庭。
綾人の姿を探して走り回ったのか、紳耶の額には汗が光り、普段はびしっと着込んでいるスーツもどこか着崩れた様子だった。
一方の綾人はと言えば。
四時限目の体育で出た負傷者の手当に駆り出されて思いの外忙しかった所為か、時間の感覚が希薄になっていた。
そう言えばもうそんな時間か、と校舎の壁に設置された時計を見て漸くふぅと溜め息を吐く。
その矢先に突然の待ち人来たり。
元汰の忠告が何故か耳にこびりついて離れなくて。
また一年、もしかしたら一生待ち続けなければならないかも知れないなどと珍しく気弱になっていた綾人は、その待ち人の来訪に内心かなり動揺していた。
「俺、自分の気持ちにきちんとケリつけてきました」
「そうですか」
内心の動揺を悟られまい、と綾人は必死で平静を装う。
「…やっぱりフラれましたけど、アイツ『ゴメンな。でも、サンキュ。これからも親友でいてくれよな』って、そう言ってくれて」
「良かったですね、大切なもの失わずに済んで」
「え?」
「蔵重先生との関係を失いたくなかったんでしょう?自分が想いを打ち明けることで二人の関係が壊れてしまうと。だから、感情も心も自分の奥深くに隠してしまった。誰にも、そして何より彼に見つからないように。違いますか?」
綾人の問いかけに、紳耶は無言のまま頷く。
「きっと蔵重先生も君の気持ちに気づいていた。気づいていて、わざと気づかないふりを続けていたんですね。それは自分の為というより、むしろ君の為。彼が君の枷を外してしまえば、君が今よりもっと苦しむと分かっていたから。でも、今回のことで二人の絆はより強まったはずですよ。だから」
綾人の優しい視線がふうわりと紳耶を包み込んだ。
「良かったですね?」
「…うん。良かった、です。…でも、俺、その時思ったより悲しくなくて。ずっと、ずっと別のことが気になってて……」
「別のこと…ですか?」
「俺、あの時…無理矢理抱かれて凄く嫌だったはずなのに。貴方のこと凄く憎らしかったはずなのに。でも、分からなくて…どうしても分からなくて…一度考え出したら止まらなくなって……」
「ん、何?」
「……何故。どうしてあの時…キス、だけしてくれなかったのかって」
今の紳耶はもう人形などではなかった。
長年の癖はまだ抜け切れていないようだが、立派に感情が流れ始めている。
そう思うと、綾人は何だか妙に嬉しくなった。
綾人はくすくすと笑みを漏らしながら、紳耶をそっと抱き締める。
「それは君と、君の想い。両方にきちんと向き合ってからキスしたかった。それだけですよ」
「え?」
「今度は大丈夫のようですね」
紳耶の困惑顔を綾人は愛しげに眺める。
「本当はまだ勤務時間内ですし、公私混同は僕のポリシーに反しますが…今回だけは大目にと言うことで」
綾人は紳耶の顎に手を添えて上向かせ、ちゅっと触れるだけのキスを落とす。
そしてそのまま、両腕で紳耶の想いも自分の想いも二年越しの片想いも一緒くたに包み込むように、恋人の身体を強く強く抱き竦めた。
「校庭のど真ん中とは…やってくれるな、綾兄も」
その片隅で縁結び完了の確認をしながら、元汰がぼやく。
しかし、その顔は言葉とは裏腹に満面の笑みを湛えている。
「綾兄ってあの腐れ縁って言ってた?」
「そう。今度改めて紹介するな、何か綾兄もお前に会いたがってたから」
「…ねぇ、元汰も気づいてたの?紳ちゃんが兄貴のこと好きだったって」
「まッ、何となくだケドな。視線とか態度とか、そういうので分かるって言うか……」
「そっか。…石居先生と元汰って、何か似てるね」
誰か以上にその誰かの気持ちを理解できるところがそっくりだ、と上総は笑む。
「そうか?オレずっと妙な感じがしてたんだケド、今気づいたわ。綾兄とお前、何か似てるんだよなァ」
底意地の悪いところもケダモノなところも。そのクセ、意外と一途なところもそっくりだ、と元汰は笑む。
その切り返しで上総は恒例の元汰イジメを始めようと目論むが、恋人の至上の笑みに当てられて珍しくそれを断念した。
「元汰…幾ら大好きな幼馴染みのこととは言え他人事でしょ?それなのに、随分嬉しそうだねぇ?」
皮肉半分嫉妬半分のそれにも、元汰は笑みを崩さず即答してみせる。
「まッな。じゃなきゃ、こんな因果な商売続けらんないだろ?それにこれで懐も潤うし、まさに一石二鳥!」
「…本当はそっちが一番だったりして……」
「ん?何か言ったか?」
「別に。それじゃお祝いに、そのお金でホテル行こっ」
「ホ、ホテル!?」
「そ。ラヴホテル。だって、化学室だとまた紳ちゃんに邪魔されそうだし」
校庭のど真ん中、ギャラリーの視線を一身に浴びて抱擁を続ける恋人達。
その視界の隅、己の感情のままに行動する男が一人。
そして、その感情に流される男が一人。
嫉妬と欲望にまみれた恋人達の道行きは一体どこへ続くやら…。
HAPPY END
2001/3/20 fin.
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