「紳ちゃんのいけず!野暮天!出刃亀!スケコマシ!」
もうカウントすら遠慮したい幾度目かの乱入に、上総らしからぬ退行気味の野次が轟いた。
ここは言わずと知れた放課後の化学室。
「…今回は別に他意はありません……」
相変わらずの無表情で、それでも紳耶は一応弁明だけはしてみせる。
“今回は”という限定つきで。
これは裏を返せば、前回も前々回もそのまた前回も、きっちり他意を含んでいたとうことに他ならない。
何よりこの絶妙かつすんで(つまりは…挿入寸前……)のタイミングが全てを物語っているように思えて、上総の腸は更に煮えくり返る。
こんな昂揚状態のままオアズケを喰らい続けたのだから、上総のちっぽけな平常心など疾うになくなっていた。
「今回は僕の我が儘ですよ。一方的に穂積先生を責めるのはご勘弁願えませんか?蔵重上総クン」
まるで挑発するかのように、フルネームで呼ばれる。
最愛の人の微妙な感情の揺れに気づいた同伴者で今回の乱入劇の首謀者たる綾人が透かさずフォローに入る。
「…綾兄……」
「小池屋クン。これはまた随分と扇情的な悩殺ショットですねぇ」
「へ?………あッ!なッッ!?」
実験台上で俎の上の鯉状態だった元汰に注がれたのは、ニヤニヤ笑いのオプションつきの無遠慮で卑下た視線。
見る見る内に、元汰の全身が薄紅に染まる。
その火照った桜色の肌も。
汗に煌めく烏の濡れ羽色の髪も。
涙に揺れる黒曜の瞳も。
普段のじゃじゃ馬振りからは想像し難い艶めかしさを放っていたのだから、恋人が妬かないはずもなく。
「ダメだよ!これはおれの!」
これ…?
その不躾な乱入者と好奇に晒された恋人との間に勇ましく立ち塞がったのは上総。
元汰を死角へと庇い、珍しく敵意全開で綾人を見据える。
子供騙しや下手な小細工の脅しでは通用しない相手だと同族の血が悟ったのだろうか?
「そんな怖い目で見つめないで下さい。折角の愛くるしい顔が台無しですよ。それに、僕はこんなのに欲情するほど器の小さい男でも、飢餓状態でもありません」
「へぇ…石居先生って意外と理想低いんですね、あんなので満足できるなんて。その点おれは欲張りですから、あれじゃないと昼夜問わず満足できないんですよぉ」
こんなの…!?
あれ…だと~~~ッ!!
二人の間に特大の火花が散った…気がした。
これはもはやヘビとマングース…どっちがどっちかは敢えてノーコメント。
それさえも殺し合いの引き金になり兼ねない。
しかし、これはほんの序章。もっと悲惨なのはこれからだ。
幾ら売り言葉に買い言葉だとしても、“これ”だの“こんなの”だの“あんなの”だの“あれ”だの人間以下の扱いを受けて、紳耶はさておき元汰が黙っているとは考え難い。
案の定…
「…お、ま、え、ら、なァ……!」
「駄目だって!これはおれの!」
怒りに我を忘れて一糸纏わぬ姿でふるふると立ち上がった元汰。
その股間への上総の暴言がトドメとなった。
「他人様をモノ扱いすんなッ!!」
「だってココはモノだよぉ。そんでもっておれのモノでしょ?ねぇ?」
「そうですよ。これは愛故の独占欲でしょう?ねぇ?」
「~~~ッ!!」
キレて大噴火の元汰。
最後の最後ですっかり意気投合したらしい類友。
相変わらずの無表情で、それでもどこか苦笑染みた溜め息を漏らす傍観者。
縁結び本舗の新たなる幕開けは、実はこの四人から始まる。
「へ?それって雇ってくれってコト?」
「単刀直入に言えば」
「でもさ、紳ちゃんも綾人さんも何ができるわけ?うちには無能な所員を雇う余裕なんて、これぽっちもないよぉ」
上総は親指と人差し指の間の1ミリもない隙間を見せながら、誇らしげな横槍を入れる。
流石は縁結び本舗の勘定奉行!
…ッて言いたいところだが、お前も見習いだろ?見習い!
ッたく、全く以て図々しいヤツだ…。
でも、目のつけどころは悪くない。
趣味と実益を兼ねた商売とは言え、半端な志で続けられる仕事じゃないからな。
まッ、まずはお手並み拝見と行きますかッ!綾兄。ホズシン。
「そうですねぇ、僕は営業補佐ってところでしょうか?保健室は宣伝活動にもってこいの場所ですから」
フムフム。
「恋の病は時に身体にまで影響をきた来します。でも実際問題、それらの治療は僕の専門分野外です。恋の病は医学では治せない…」
ナルホド。
「僕はそんな非力な自分が不甲斐なくて堪らないんですよ。でも…だからこそ例え無理でも微力でも、僕は彼等の助けになりたい。支えになりたい。これでは理由にならないかい?」
自分の台詞に自分で酔ってるな…綾兄のヤツ……。
「正直、俺に他人の手助けができるとは思えない」
ありゃ?
「でも、強いて言うなら企画・総務補佐。貴方達より長く生きてる分、多少の指南やアドバイス、それから性格上雑用には適してるかと」
確かに。
「それに、何より俺には貴方達を監視する義務があるから」
うむぅ…確かに二人の言い分も一理ある。
綾兄の場合は多分半分…いや八割方は暇潰しだろうが、保健室が格好の宣伝場所っていうのは強ち的外れじゃない。
オレに直接コンタクトを取るしかない現状と違って、特定の受付場所を設けるってのも効果的だ。
ホズシンの場合は……悩むまでもないな。
「二人共合格。綾兄は受付嬢、穂積センセは現場監督ってコトでヨロシクな」
「うそぉっ!折角の貸し切りだったのにぃ!!」
だからだよ、と元汰は心の中で舌を出す。
二人の採用・不採用の最大の別れ目は、実はそこにある。
毎日毎日。
来る日も来る日も。
欲望のままに求められては、17歳の身空の元汰でも身体がも保たないのだ。
実際ヤルよりヤラレル方が何倍も疲れる。
「あッ、ちなみに見習い期間は三ヶ月。その間の賃金は成功報酬の一割ずつ。これは所長権限だから口答えは却下」
おいおい…一人で7割も分捕るのかよ……6つの瞳が抗議の視線を投げかけた気がしたけれど、これで元汰も商売人の端くれ。
しっかり損得勘定を済ませて、心機一転商いに励む。
一癖も二癖もあるメンバーに囲まれて、元汰の縁結び道中第二幕。
果たして吉と出るやら凶と出るやら。
それは見てのお楽しみ。
HAPPY END
2001/4/2 fin.
戻ル?
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