THANX 800hit
『スケープゴートでいんじゃない?』

「お願いしますっ!!」

まさかこんな公衆の面前で、しかも男に告られるなんて思ってもみなかった。
ここ。校庭のど真ん中のどでかいステージの上。
ケバケバしく飾り立てられたこれは、7日+12時間分の血と汗と涙の結晶ってヤツだ。
その特設ステージ上は今まさに“ねるとん”という名の告白無法地帯だった。
切欠ナシじゃ告白すらできない気弱な子羊達に救いの手を。
彼氏彼女イナイ歴ピ~年の寂しい狼どもに愛らしい赤ずきんちゃんの手を。
皮肉とお節介、そして同情たっぷりの、俺達2Bからのささやかなプレゼント。

そんな藤高祭余興の真っ直中。
17年間のオレの人生の中で、最大にして最悪の不幸は訪れたのだった。





「…はあ」

イノシシの如く物凄い勢いで突進してきた場違い男。
気の抜けたコーラのような切り返ししか浮かばない無芸なオレ。
今まで盛りに盛り上がっていた場が一時騒然となる。
…はっ!マズイ、マズすぎるっっ。
この告白無法地帯の煽り役…もとい、司会進行役を買って出たオレ様の立場上、非常にマズイ……。

「それってYESってことっスか?」

か、勝手な解釈すんなっ!この勘違い野郎!
…そ、それに目ぇ輝かせんなよ……。

「ち、ちがっ…第一オレ彼女持ちだし……」

嘘も方便。
悪いが諦めてくれ、オレはノンケだ。
やわい抱き心地のオンナノコが好きな健全なオトコノコだ。
それに、これ以上場をシラけさせるのも忍びない。

「嘘っスよ。彼女なんていないでしょう?」

な、なんでンなコトまで知ってんだよ!このストーカー野郎!!
…ま、まさかスリーサイズ、果てはアレのサイズまで調査済みとか言うなよ……。

「ゴ、ゴメンナサイ…」

ここは一つ、お決まりの台詞で。
……って、ンなでけぇ図体してしょぼくれんなっ!

「理由訊かせて下さい。…じゃないと、俺諦め切れないから……」
「理由って…オレ、アンタのコトなんも知らないワケだし…それでいきなり告られても、なぁ?」

相手に同意を求めてどうする?オレ!
それを言うなら、ホモの趣味はねぇ!だろ?
あぁ、このままじゃ…このままじゃ場がシラける……。

「それなら友達からでも構わないっス。だから、お願いしますっ!!」

友達からって…。
そこから始めて行き着く先は一体どこなんだよ…。
ンなでけぇ図体して…何度も何度も頭下げて……。
オレはお前のつむじなんか…もう見飽きたぞ……。

「…ごめ……」

『………尚志(ひさし)。好い加減観念して“ヨロシク”してやれよっ』

え?

『古賀クンって絶対受よねぇ!』
『うん、同感同感。なんか生来の受ってカンジ?』
『そうそう。あたし、前々から絶対受だって心に決めてたのぉ』

えぁ?
受??…受ぇ……!?

オレはぐるりと一回転して周囲の状況を確かめてみる。
すると、いつの間にかそこは元の大盛り上がり状態で。
自分の明るい未来さえなげう抛ってまで他人の不幸を貪る始末。
お、おい!これってもしかしてドッキリかなんかか?
スケープゴートはオレかっ!?

「し、仕方ねぇなぁ…。まっ、友達からヨロシク頼むわ」

トホホ…。
あぁ…お調子者の哀しい性……。

***

合計23組の初々しいカップルを誕生させた2Bの藤高祭での評判は上々だった。
もちろん、司会進行役のオレも、まずまずの称賛と評価を得た。
そして何より…あの日からオレには専属の忠犬ハチ公がまと纏わりついてたりする……。
23組の中には、やっぱりオレとコイツも含まれてんだろうなぁ…。
そう考えると、俺の気分は下降の一途を辿るばかりだ。

「なぁ、久保田。別に毎日送り迎えしてくれなくていいって、女じゃあるまいし」
「駄目っス。大事な人に万が一のことでも!って考えると、俺もう心配で心配で…」
「お前だって大変だろ?朝練の後じゃ二度手間だし」
「二度手間なんて!…反対に二倍嬉しいくらいですよ……」
「…あ、そう……」

今ここにある幸せを噛み締めて頬を染めた目の前の男に、オレは心底げんなりしてしまった。

コイツ。久保田数馬(くぼたかずま)。工業科二年で同級。
これで結構なかなかの有名人らしい、と知ったのは藤高祭の後夜祭で。
他人の不幸が自分の幸福よりも堪らなく蜜の味らしいクラスメイトから、ご丁寧に熨斗までくっつけて教えられたのだ。
コイツが入部した二年前からウチの弱小バスケ部は驚異的な成長を見せ、今じゃ県内最強。
全国大会にまで出場してたりする。
とどのつまり、このでけぇ忠犬ハチ公はバスケ部のエースってコトで。
そう言えば、全校朝礼で表彰されるコイツを何度か見かけたような気がしないでもないが…そんな有名人が、なんでオレみたいに平凡でお調子者なだけのヤツにここまで執着するんだろう……?
それは今世紀最大のミステリーだ、とオレは思う。
きっとあと100年は解き明かされない謎だろう。

「そ、そんな近寄んなって。ムサいし、暑苦しい」
「嫌ですか?気持ち悪いですか?」

べ、別に嫌とか気持ち悪いとか言うんじゃないが…。
お前が傍にいるとなんか調子狂うんだよなぁ。
……本当はムサくもないし、暑苦しくもない。
顔だって、女顔のオレと違って精悍な顔つきだし。
身体だって、なまっちろいオレと違って男らしい躯つきだし。
体育会系男だからって、汗臭いとかいう感じでもないし。
でも…。
だから……余計に調子が狂う。
あまりにも違いすぎるから。
守られる立場の自分が情けなくなるから。
この場所が心地良すぎて、生け贄のまま妥協してしまいそうで…。

「なぁ、久保田。お前なんでオレなんかが好きなんだ?」
「……」
「…痛っ!」
「……」
「いってぇっ!放せよっっ!!」

突然捕まれた手首の骨がギリっと軋む。

「…訂正して下さい」
「はぁ?何をだよ?」
「“なんか”って言ったこと。“オレなんか”って言ったこと、訂正して下さい」
「はぁ?何だよ、それ?」
「自分を卑下するのは止めて下さい。貴方は…貴方はそんな価値の低い人間じゃない!」

…だから、何だよ?
なんで他人のコトでそこまで熱くなれるワケ?
オレが自分のコト何て言おうと、お前には関係ないだろ?
なのに…。
なのに……なんでンな辛そうな顔すんだよ?
ワケ分かんねぇ…ワケ分かんねぇよ……。

「…ンなの謙遜に決まってるだろ?今のは弾み、言葉の綾だよ綾。なんてたってオレ様だぜ?」
「謙遜?」
「そう、謙遜謙遜。オレ様は下々の者に価値をひけらかすような器の小さい人間じゃないからな」

オレ様って…。
一体何様のつもりだ?オレ!

「…謙遜…そう、謙遜……謙遜ですよね?」

それで納得してるコイツも一体何者だ?

「で。お前、なんでオレ様なんかが好きなワケ?」

途端にギロリと睨まれる。
普段温厚な分だけ怒ると迫力あるなぁ、コイツ…。
試合中にこの眼で睨まれたら、確かに相手も怯むかもな。

「だ、だから。なんで、オレ様のコト、好きなワケ?」
「んー、どちらかと言えば、最初は嫌いだったんですけど…」
「……え?」

キライの響きにこの上ない不幸を見出してる自分に、オレは正直ショックを受けていた。
…ひょっとしてオレ、コイツに嫌われたくないのか?
こんな自分勝手で、強引で、しつっこくて…それでもまっすぐ生きてるコイツに。





「商業科に凄い美人がいるってクラスの女子達が騒いでて、それは是非顔を拝まねばとかいう話になって、友人と連れ立って貴方を見に行ったことがあったんです」

美人って?
顔を拝むって?
オレは女でも仏像でもないぞ…。

「友人達も最初はその美人が男だって知って散々愚痴ってたんです。でも、そのうち男でも構わないとか何とか騒ぎ出して、それに気づいた貴方が俺達に近寄ってきて。それで貴方はこう言ったんです、『オレに惚れたんなら、一人5万で相手するぜ?』って。俺、その時この人最低だって、美人じゃなくて八方美人なだけだって思いました」

そう言えば、一年の時にそんなコトあったなぁ。
あん時のオレ。動物園の珍獣並みに見物客が多くて、かなりムカついてて、キレちまったから。
でも、その後ちゃんと反省して謝ったし。
校舎裏にいた野良猫に。
だって、なぁ?どんな面して謝りに行けばいいか分かんねぇし…。
どこの誰かも分かんねぇワケだし…。
そんな時にたまたま出逢ったノラと意気投合しちまって、色々愚痴やら反省やら聞いてもらったんだっけ。
…我ながら危ないヤツだな、オレ……。

「でも、その日の放課後、野良猫相手に必死で謝ってる貴方の姿見て、第一印象なんて吹っ飛んじゃって…何かやるせなくなって……」

げっ!あれ見られてたのかよ!?
弥勒相手に拝んだり、土下座したり。
めちゃ恥ずかしいぞ、あれは…。

「どうして他人の為にそこまで一生懸命になれるんだろう?とか。どうしてそこまで違う自分を演じようとするんだろう?とか。色々考えてたら、一日中貴方のことを考えてる自分に気づいて。それで、ああ俺はあの人が好きなんだな、あの人に惹かれてるんだなって思ったんです。だって、凄いでしょう?自分より周りの誰かを大切にできるって」
「…そんなのお前だってしてるだろ?…その、さっきだって、オレの価値がどうたらって……」
「それは貴方のことが大切だから。俺が優しくしたいのはたった一人です。でも、貴方は違うでしょう?貴方は不特定多数にそうしようとする。そうしようと努力してる。それは凄いことですよ」
「……そんなのエゴかも知れないだろ?」
「エゴなら一々真剣に謝ったりしませんって。今でもああやって謝ってるんでしょう?連れて帰ったあの猫相手に」

んげぇ!な、なんでンなコトまで知ってんだよ!?
盗聴でもしてたみたいに自信満々で言ってるし。
……やっぱストーカーか?

「名前、何て言うんですか?その猫」
「……弥勒(みろく)。オレにとっての救いだからな、アイツは」
「その弥勒の代わり、俺にできませんか?愚痴でも、反省でも、謝罪でも、俺、何でも受け止める自信あります。俺、ありのままの貴方が好きなんです」

…ホント恥ずかしいヤツ……。

「だから、俺の前ではもう違う自分を演じないで下さい、俺、貴方の支えになりたいから」

スキの響きにこの上ない幸福を見出してる自分に、オレは正直ショックを受けていた。
…ひょっとしてオレ、コイツが好きなのか?
こんな自分勝手で、、強引でしつっこくて…それでもまっすぐ生きてるコイツが。





「お前に弥勒の代わりはできないよ」

そう言いながら、オレは背伸びしてでけぇ忠犬ハチ公の唇に自分のそれで軽く触れる。

「……」
「弥勒は弥勒だし、お前はお前だ。代わりなんてどこにもいないし、必要ねぇだろ?」
「……な、何ですか?今の!」
「何って、キスだけど?」
「な、なんで!?」
「だから。認めてやるよ、お前のコト。オレのハケグチとして、な。友達から昇格だぜ?」
「捌け口?」
「そう、二番目のハケグチ。一番は弥勒だからな。弥勒ん時も報酬はキスなんだ。だから、お前にも報酬」

そう言って、オレはユデダコやらハチ公やらの久保田にもう一度報酬を授けた。





もしかしたら久保田が弥勒を追い抜く日も近い、かも知れない…。
でも、生け贄の俺にもプライドがある。
せめて自分の足で立ってたい。
せめて自分の足で歩きたい。
だから、そう簡単には堕ちてやらねぇよ。
少なくともスケープゴートの汚名を返上するまでは、な。




HAPPY END
2001/3/24 fin.

戻ル?

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