キレイなお兄さんは好きですか?シリーズより
『こんびにの正しい歩き方』

「いってきますのチュ〜は?」

朝っぱらから新婚ラヴラヴバカップルのようなけったいな台詞を吐くこの人物ーーー姫森結人。通称姫。
俺らはいわゆる同棲中というヤツで、でも世間様から見れば同居するほど仲のイイ友人で。
まっ、それもあながちハズレではないけれど、その実立派な恋人同士で、いわゆる相思相愛というヤツだ。

「……ハイハイ。姫様」

(この間、モノローグに約25秒)

なかなか念願を果たせない姫は少々ご機嫌斜め45度って感じだ。
なので、仕方ナシに俺は性急に目を閉じて、唇を少し突き出してみせる。
というのも俺、恋愛に関して、こと恋愛欲に関しては人並みより淡泊だったりするみたいで。
キスしたいとか、触れたいとか、抱きしめたいとか、その手の欲求がどうやら人様より薄いらしい。
らしいってのは俺、姫から言われるまでソレ全然自覚とかなかったからで。
だってソレ、人様と比べるもんじゃないし、比べようとも思わないだろ?普通……。



『どうして何もしてくれないの?』
『アタシばっかり好きみたいで辛い…』



…アレって今思えば、俺を、俺って人間を見てくれてなかった気がして悲しくなる……。
何もしなくたってちゃんと好きだったし、ちゃんと想ってた。
でも、女の子ってそれじゃ、それだけじゃ足りないのな……。
それとも、俺の想いが足りなかったから……??
だってーーー。

(その間、回想に約27秒)

姫はこんなおキレイな面してるワリにねちねちとしつこくて、人一倍恋だの愛だのに貪欲だったりする。
だから、俺はいつもこんな風に受け身で、男なのに受け身な自分ってなんか情けねぇけど……。
しかも姫のヤツ、俺が乗り気じゃないとすぐ拗ねる。
ただ拗ねてるだけならいじらしいけれど。
でも姫の場合、それは倍返しになって自分に跳ね返ってくるワケで。

「ん、んくっ、」

予想に反して深くなったくちづけに、喉がぐぐっと鳴った。
早朝だというのに妙に艶めかしいソレが、案の定俺の理性を翻弄する。
ほら?今も『ココロここにあらず』って気付かれた。
これだから俺は受け身だというのに、全く手を抜けないんだ。
……まさに野生の獣並みの勘ってヤツだな。
でも、実際問題。
姫からの強引だけど優しいスキンシップは本気で気持ちイイ。
体温のぬくさとか。
唇のやわさとか。
肌を撫でる吐息のくすぐったさとか。
今までは鬱陶しささえ感じていた全ての感覚が俺を和ませ、惑わせる。

もっと、もっと欲しくなる。
こんなの姫からだけだ。
一緒に居るごとにその想いは育って、いつか俺の殻を突き破って出てきそうな勢いで。
最初は傍に居られればそれで良かったのに、姫と居る時の最近の自分は惨めで女々しくて、そして欲張りだ。

重なり合った唇のまま、少しだけ薄目を開けて愛おしい人の顔を至近距離から覗き見してみる。
それはあの頃と少しも変わっていない美しさで、変わってしまったのは俺の中身だと気付く。
思えば、のっけから惑わせてくれたよな、姫は……。

***

ぎょっ!?ギョッ!?魚!?

今の俺の心境を一言で表すなら、この一言に尽きる。
つまりは、俺。
目をひん剥いて、口を酸欠の金魚の如くパクパクさせて、驚いてるらしい。

俺の目の前にあるもの。
物。
もの。
モノ。
マッチョなアニキのムーチョなスッポンポン。
これは決して早口言葉でも発声練習でもなく……。
…ダメだ……完全に思考回路がショート寸前だ。

ま、まずは、落ち着け!
落ち着いて、状況を整理してみよう……。
ここは片田舎のしがないコンビニ。
俺はそこで働くしがないフリーター。
で、いつものように、俺は時給680円でバイト中で。
で、レジ脇のコピー機にめっさキレイなお姉さんが居て。
それを横目でちらりちらりと観察してたらーーー案外強運の持ち主の俺。
案の定紙詰まりとかで呼び出されて。
客足途絶えててラッキー!
なんて下心アリアリでメンテナンスなぞにいそしんでたらーーーコレ。

マッチョなアニキのムーチョなスッポンポン。

これぞ筋肉美!って感じの裸体がここぞとばかりに妖しく横たわっていて、俺の理想はガラガラと音を立てて崩れ出す。
だって、そうだろ?
どこもかしこも筋肉の塊でできてるような筋肉の権化をコピーして、一体全体ナニ…もとい何に使うって言うんだ??

「……」

そして、そこで奇妙な沈黙。
ただならぬ気配を感じて振り向くと、その筋肉フェチのおねえさんの視線とぶつかって。
あちゃ…俺としたことが……。
一瞬、ほんの一瞬だけ健忘症に冒されたよ……。

「も、申し訳ありませんっ!」

不躾な視線に対するワビを即座に入れる。
サービス業は何よりもまず誠意を持って、だ。
なんてたって、『私達のお給料はお客様から頂いてる』んだからな。
コレ、うちの店長の口癖だ。
忘れたら後が怖いのなんのって。
だから俺は、一期一会の気持ちを忘れずに、と誠心誠意心を込めて深々と頭を下げる。
しかし、そこから返ってきたのはまるで正反対の緊張感の欠ける声で。

「左巻き」

ついでに頭のてっぺんをツンツンと指先で刺激される感覚のオマケ付き。

俺の頭のてっぺんにあって、みんなの頭のてっぺんにもあるものってなぁ〜んだ?

……って!別になぞなぞなんかじゃなくて!
そこにあるものは万人共通、唯一無二なワケで。
あっ、万人共通でも、ない、か??

「〜〜〜っ!?」

と、とにかく!
ひ、ひとが気にしてることを!
ど、どうせ旋毛が左巻きのヤツはバカだって言いたいんだろ!!
そんなの自分が…一番良く…分かっ、てる……??
……って!今の声!!

…ひょっとして……。

自分の想像に背筋におぞぞと悪寒が走る。
恐る恐るって感じで目線を戻すと、そこにはやっぱりキレイなおねえさんが居て。
不甲斐ない俺に向かってにっこりと微笑んでくれる。




「僕ってどうも機械オンチみたいでね。だから、有り難う」



その声がキレイなバリトンだったとか、一人称が僕だった事とか、本当は全部忘れて喜びたいところだったんだけど。
その時の俺はと言えば、まるでおいわさんに振り向かれた気分で。
きっと、アレは絶対に見ちゃいけないものだったんだろう、などと漠然と思ったワケで。
だからこの時の俺は、質の悪い復讐劇は今幕を切って落とされた…としか考えられなかったんだ……。

***

「カ・ケ・ル・ちゃ〜ん」

俺はどうやら気に入られているらしい。
そう気付いたのは4度目の訪問の時だった。

「バっ!やっ!やめて下さいよ!!その呼び方!!」

成人した男が、これまた成人した男にちゃん付けで呼ばれるなんて、正直ぞっとする。
おまけに店内に響き渡るような大声だ。
ここが暇なコンビニじゃなかったら、きっと店内のお客様方の心臓に悪すぎる光景だ。

「照れるな、照れるな」

まるで子供をあやすようにそう言って、カウンターに両肘を突く。
既にカウンターは完全に私物化状態だ。
しかし、俺をじっと見つめる瞳の方こそ純真無垢な子供の瞳だったりするから余計に調子が狂う。

「な、なんですか?」
「見てるだけ〜」

あまりにも堂々としてるから、俺は自分の方こそ非常識だという気分になってしまう。
言動ひとつ取っても常識的なのは俺で、非常識なのはこの人のはずなのに。
大体今真っ昼間の11時04分だぞ。
真っ当な男ならとっくに出勤してる時間だ。
毎日この時間に決まって流れる無駄に元気なBGMと共にやってくるこの男って一体……!?

「一体何しに来てるんですか?毎日毎日」

そうなのだ。
彼はあれ以来、毎日毎日来店しては、俺を希少動物のように観察しているんだ。
真っ当な答えがあるなら、是非示してもらいたいもんだ。

「会いに来てるだけ〜」

だから!会いに来てるだけ〜って!!

「茶化さないで下さい!会いにって一体誰に!!」
「だから。君に」
「は?」

彼の指先が俺の顔を示す。

「カケルちゃんに。会いたくて。毎日。毎日。通ってるの」

姫森さんの指が真っ直ぐ俺に向けられる。
ワザと諭すようにゆっくり、ゆっくりと紡がれたその言葉は全く嘘のようには聞こえなかった。
だって、その時の彼の瞳は透き通った、穢れのない子供の瞳だったから。
これで嘘を吐いてるなら、とんだ食わせ者だ。

「からかわないで下さい!」

それでも俺は信じ切れない。

「ちぇ…本気なのになぁ……」

そんな時決まって姫森さんはまるで子供が拗ねるみたいに口を尖らせるから。
そんな風にいつも茶化すから。
ほんの数瞬前までは信じられた瞳が、今は信じられなくなるから。
だから…俺はこの人を、姫森さんの言葉を信じきれなくなる……。

マッチョなアニキのムーチョなスッポンポンの時だってそうだ。

『僕って博愛主義者だから』

なんてワケの分からない台詞を残して、全く悪びれもせずに飄々と帰っていったんだよな。
おまけにこれ見よがしに原稿まで置き土産にしてくれて、さ。
俺がその晩『アレってホンマもん!?』とか動揺してなかなか寝付けなかったなんて…露ほどにも知らないんだろうな……。

「カケル!お客様!」
「は、ハイ!?」
「ほら!公私混同するべからず!」

裏返ったとっさの返事。
デコピンの指先に軽く弾かれた俺のおでこ。
レジに並んでたお客の中にくすくす笑いが広がる。

「痛ッ!」
「ごめんなさい、は?」
「は?」
「お客様にご迷惑お掛けしたでしょ?」

一体誰の所為だっての!
……って!そんな場合じゃなくて!

「お、お待たせいたしましたっ!申し訳ございませんっ!」

俺は姫森さんに背中をつつかれて、慌てて大声で謝罪する。

「はい。良くできました」

意外と大きな掌が俺の頭をくしゃくしゃと撫ぜる。
それで、思い切り『ごほうび』って感じのソレに、店内からまたくすくすと笑い声が漏れ届いて、俺は途端に恥ずかしくなったんだっけ……。

***

「ん?何思い出し笑いしてるの?」
「考えてたの、正しいコンビニの歩き方ってヤツ」
「コンビニの正しい歩き方?なにそれ??」
「内緒」
「けぇちぃ」

俺の誤魔化しに姫が十八番の拗ねを披露したけれど、今回は教えてやらない。
毎日足繁く通えばお金では買えないモノが手に入るかも、なんて。
まっ、この後の報復が怖いけど…今日はこの状況に甘んじよう……。
だってーーー。

「カケル。愛してる」

男の俺から見てもキレイな顔がすっと近付いてきて、唇同士が軽く触れ合う。

あれから色々あって、こうして一緒に暮らし始めて。
喧嘩して、仲直りして。
だけど、それでもまだま俺の中身の方が未熟で。
正直、今の俺の中身は姫と違って愛してるの愛じゃなく、愛おしいの愛かも知れない。
でも、今はそれでいいと思う。
愛なんてきっと大切に大切に育んでいくものだと思うから。


姫に拾われた俺の愛は今日も順調に育っているーーー。



To be continued.
2001/12/31 fin.

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