キレイなお兄さんは好きですか?シリーズより
『ちょこの美味しい作り方』

ーーーミシリ…ギシッ……。

靴の踵が古ぼけた床板を弾く。
今にも抜けそうな、昭和初期の風さえ匂わせるボロアパートの床を、不釣り合いなブーツがあまりにも軽やかに駆け抜けていった。

ーーーギュ…ギュゴ……。

築50年余という年代物の建物のそれはまるで悲鳴のように聞こえるが、ブーツの主の勢いは一向に止まることなく……。
その爪先は確実にどこかを目指しているようで、時折迷ったように右往左往を繰り返す。





「ん…っ、」

ーーー時を同じくして、その2階のとある一室。
滑る舌がゆるやかに首筋を滑り落ちると、濡れ光る唇からは吐息が零れ落ちた。

「ぅん…ちょ、ちょっ…と、姫……っ」
「カケル。愛してる」

愛してるから抱かせて、とその瞳が訴えてくる。
だけど、どうしても俺にはその一線が越えられないんだ。
別に男同士がダメとか、こんな家賃3万円のボロアパートでの初体験がイヤだとか、そんなことじゃない。
ただ単に気持ちの問題。
今までこういう雰囲気になったことは幾度とあったけど、どうしても途中で怖くなっちまうんだ。
情けねぇけど……。

身体が幾ら熱を孕んでも、心がそれに追い付かない。
……人はそれをモラルとかプライドとか呼ぶんだろうか?
だとすれば、そんなのに拘ってしまう辺り、俺はやっぱり大人で、それでもまだまだガキなんだろう。

「愛してる」

しかし、抗うように胸を押し返した両腕はするりとかわされ、露わにされた肌を睦言が撫ぜると、俺は無性に息苦しくなった。
好きなのに肌を合わせられない自分が、好きでしかないから肌を合わせられない自分が歯痒くて…無性に情けなくて……。
意を決して、俺は自分から姫の胸に顔を埋める。
それをOKのサインと取ったのか、姫は俺の肩を優しく押して床に横たえた。

「……冷てぇ」
「ん?」
「こんな底冷えのする床で初体験なんてロマンの欠片もないって言ってんの!」

俺からのささやかな皮肉。
最後の抵抗。
崩せるもんなら切り崩してみろっての!

「僕が温もりをあ、げ、る」

でも、そんなの姫にとっては所詮『イヤよイヤよも好きのうち』みたいで。
そのまま唇を奪われ、思う存分貪られる。
一体頭の中にどういう変換装置が付いているのやら……ま、あながちハズレでもないんだけどさ。
俺も姫に触られるのは嫌いじゃないし。

「んんっ、は…んぁ」

今なら、姫となら、このまま……できそうな気がする。
そう本気で思ったーーーその刹那だった。




ーーービビ~~~ィッ!!

薄っぺらいドアの磨りガラスを人影が過ぎり、来客を告げるブザーが鳴ったのは。
今時こんなレトロなブザーが現役なのはうちのアパートくらいかも知れないけど、俺は結構この殺人的な音が気に入っているんだ。
ただし!こんな時以外は、な!!

「は、はい!今出ます!」

~~~っ!!
人がなけなしの勇気を総動員して喰われてやろうとしてる大事な時に!一体誰だっつぅの!!
心の中で毒づきながらも渋々立ち上がった俺のパジャマの裾をくいっと何かが引っ張る。
振り返ると、そこにあったのは懇願するような姫の瞳で。

「姫っ!離せって!!」
「こんな非常識な来客にはそれなりの罰則があって然り、でしょう?」

見ると、時計の針が示すのは7時54分。
国民の休日たるハッピーマンデーの朝にしては結構な早朝の時間帯だ。
……って、こんな朝っぱらから発情してる俺らに言えた義理でもないけど、さ。

ーーービビビ~~~ィッ!!!

そうしている間にも殺人ブザーは鳴り続ける。
ったく、随分とせっかちな来客だ。

「そんなこと言ったって…返事しちまったし……無視するワケにもいかねぇだろ?」

俺だって正直名残惜しい。
こんな機会は多分…今後…そうそう…めっきり……ないだろうし?

「だって、これ逃したら、カケル、一生その気になってくれないような気がして」

……鋭いじゃねぇか。
俺のなけなしの決心はさっきの絶妙なブザーによって、見事揺るがされたからな。
かと言って、

「一生は言い過ぎだろ?」
「だって、カケル、性欲カラカラ浅いし、煩悩ペラペラ薄いし、糖尿病の食事療法並みに淡泊だし」

うっ……それは自覚あるけどさ。

「手先は器用なのに、シモの事になると尿瓶必要なほど不器用で」

おいおい……。

「ちょっと不感症気味だから、言葉と技でじっくり攻めて、漸くその気させたのに…これじゃ、今までの苦労が台無しだよ……」

あ、あのなぁ……。

「は、な、れ、ろ!!」

徐々にエスカレートして太股まで這い上がっていた邪な掌を、俺は無慈悲に払い除ける。
ここまで言われて黙ってられっかっての!
俺は下手(誰もそこまで言ってない…)でも、不感症でもねぇ!!
た、ただ単に…そこまで執着できないだけだ!……セックスという行為に。

何だか無性に男のプライドを傷付けられた気分になりながら、それでも懲りずに絡んできた両腕を俺は蹴散らして玄関へと向かったのだった。

「はいはーい、今出ます」

背中にべっとりと貼り付くような視線を受けながら、それでも俺は怨念を振り払うようにドアノブを回す。

「カケルちゃん!おっそ~い!!」

途端、響いた甲高い声。
首にぶら下がった重力。

「レディを待たせるなんて男の風上にも置けないわよ、カケルちゃん。でも、今日は特別!カケルちゃんの顔に免じて許してあげるっ」

一瞬呆然となる俺の頬を掠める柔らかな唇の感触とコロンの芳香。

「っ!?ゆ、結為??な、なんでここに!!??」
「ごあいさつね?」

そう言いながら、眉根を寄せる仕草は妙に大人びていて……それでも、確かに我が最愛の妹結為の面影をくっきりと残していた。

***

「高校卒業と同時に上京したっきり丸3年、なんの音沙汰もない薄情な兄を、それでも心配で訪ねてきたカッワイイ妹に対する第一声が『なんで?』でしょう?薄情すぎるにも程があると思いません?」
「うんうん、煩悩ならまだしも、情まで薄いのは問題だよねぇ?」
「そうよ!こちとら感動の再会を果たすために、大好きなショッピングもウインドウショッピングに変えて、お小遣いコツコツと溜め込んだのよ?お陰で会いに来るまで3年もかかちゃったわよ!」
「うんうん、泣ける話だねぇ」

遠慮もなしにズカズカと上がり込んだ我が妹は、なぜか机を挟んで正座する姫と意気投合している。
……と言うか、姫が勝手に調子を合わせて頷いてるだけなんだけど。
なんせこの二人、お互いがどこの誰かも分かってない。
そんなんで会話が成立する辺り…ある意味、器用としか言い様がない……。

「ところで結為?どうやってここ探り当てたんだ?」
「探り当てたなんて人聞きの悪い!住所のことなら、無類の子煩悩親バカの口を割らせたに決まってるじゃない?」
「母さんか……」
「当ったり!ママったら、カケルちゃんの命令は絶対厳守だから苦労したのよ」

相変わらず、結為の口はよく動く。
それは、女の子は口から産まれるとかってよく言うけど、そういう意味でならコイツほどこの表現に適したヤツはいないってくらい。
しかも、結為の場合それだけじゃない。
口の動きに合わせて、表情もくるくる変わるし、身振り手振りも大袈裟だ。
昔はそれが可愛くていつも一緒に遊んだりしたけど、その愛情に今も代わりはないけど、状況が状況なだけに今はちょっとキツイ。
母さんのヤツ…裏切ったな……。
あれほど結為には内緒にして欲しいと念を押したのに……。
結為から一体どんな賄賂を貰ったかは知んないけど、こうなることが目に見えて分かってたから強く口止めしたってのに……。

「あ!ママを責めちゃダメよ?元はと言えば、悪いのは黙って出ていったカケルちゃんの方なんだから」

まるで顔色を呼んだかのようなタイミングで結為が言う。
相変わらず勘も鋭いヤツだ、我が妹ながら。

「ところで何の用だ?わざわざこんなところまで尋ねてくるからにはなんか用事があるんだろ?」
「カケルちゃんってホント女心がわかってないよね?女の子はね、用がなくても会いたい時があるの!顔が見たい!声が聴きたい!ぎゅっと抱き締めて欲しい!これは愛!愛なのよ!!」
「そ、そういうもんか?」
「そういうもんなの!」

結為の言い分は分かった。
要するに『俺に会いたかった』ワケだな。
でも…それ……小6の台詞じゃないぞ。
こう見えても、結為はれっきとした小学生だ。

「さあてとっ」

すると、どうやら一頻りしゃべってスッキリしたらしい結為が改めてゆっくりと部屋を見回す。

「それにしても、小汚い部屋ね」

小汚くて悪かったな。
所詮しがないフリーターの俺にはこれが精一杯なんだ。

「狭いし、汚いし。ま、掃除は行き届いてるみたいだけど」

そう言いながら指先を窓の桟へと滑らす姿は、さながら小姑のようだ。
勝ち気なところもおしゃまなところも、何一つ変わってない。
変わったのは外見が3年分成長したことくらいだ。

「あら?そちらの小綺麗な方は?」

部屋を一周した瞳が、さも今気付いたと言わんばかりに姫を捕らえる。

「小綺麗なんて失礼だろ?仮にも兄ちゃんの友達だぞ?」
「ふ~ん…友達ねぇ……お名前は?」
「自己紹介が遅れて、済みません。懸さんの友人で、姫森結人と言います」
「結人……さん?」
「ええ。そう言えば、結為さんとは一文字違いですね?」

まるで値踏みするように貼り付く結為の視線をものともせず、姫はにっこりと微笑みを浮かべた。
俺だったら一目散に逃げ出すところだけど、姫も普段穏やかそうに見えて、実は負けず嫌いで頑固なトコあるからな。
その上、嫉妬深さと独占欲の権化だったりするし…ありゃ、きっと牽制のつもりだな……。
小学生で、しかも身内だぞ?そんなヤツ相手によくやるよ…ホント……。

「失礼ですけど、年齢は?」
「26」
「身長・体重は?」
「178センチ。56キロ」
「血液型は?」
「AB型」

しかも、律儀に答えてるし……。

「職業は?」
「結為!好い加減に……」
「……………………何よ?カケルちゃんの友達ならそれなりの人じゃないと」
「お前な~~~っ!!」
「いいから!カケルちゃんは少し黙ってて!!」

不躾な質問を咎めたつもりが、反対に言いくるめられてしまう。
こういう気の強いところは、ホント母さんに似てるよ……。
一度こうと決めたら最後、梃子でも動かないんだよな。

「経営・管理?」
「経営?管理??何それ?胡散臭い!案外ホストクラブでも経営してんじゃないの?」

ぷっ、ホストクラブ……。
笑っちゃいけないけど、なんか…こう……言い得て妙だ。
姫ならマジでやってそうで。
……つぅか、俺も知らないんだけど、姫が何やってる人か。

「もう勝手にしてくれ…俺は付き合い切れない……」

台所に逃げる素振りで、それでも俺はそっと会話に耳を傾ける。
だって、格好悪いだろ?
仮にも恋人のことなんも知らないなんて、な?
そういうのって改めて問い質すもんでもないだろうし、自然と会話に紛れてくるもんだろうし。
でも、考えてみたら俺…本当になんも知らないんだ……姫のこと。
なんかすっげぇ情けなくない?。

「ホストクラブ?んー、それも楽しそうだけど、僕が経営してるのは学校。雅学園って知ってる?」
「は?学校??」
「え、えぇぇ~~~っ!?!?」

そんな自己嫌悪の瞬間に飛び込んできたのは意外すぎるほど意外な答えで。
なぜかボロアパートのお粗末な建て付けを揺るがすくらい響き渡ったのはーーー俺の雄叫びだった……。

***

「どう?僕は結為ちゃんのお眼鏡に適ったのかな?」

姫はそう言って飄々と微笑んで見せたけど、そんな大切なことをいともあっさり、しかもついでみたく間接的に知らされる方の身にもなれっての!
おまけに、これで俺がどこぞの小姑みたく隣の部屋の会話に耳をそばだてていたのもすっかりバレちゃってるワケで。
俺ってかなり惨めじゃん……。

「結人さんが学校ポンと一つ持てちゃうほどの巨金持ちだってことは分かったわ。だけど……なんで、そこでカケルちゃんがびっくりするのよ?」

案の定、結為は目敏くそこを突いてきた。

「そりゃ、だって……初耳だったし」
「はつみみぃ~?」

形の良い眉根が訝しげに寄せられるけど……しょうがないだろ?それが真実なんだから。

「と・も・だ・ち、なんでしょ?カケルちゃん達」
「うん、まぁ…」
「ふ~ん。何も知らないのに、と・も・だ・ち、なんだ?ふ~ん」
「そりゃ、まぁ…」

誰が言えるかっての!俺達二人は恋人同士です、なんて!
俺、そういうのに偏見はない方だけど、カミングアウトするにもそれに適した時と場合と場所があるとは思ってる。
ましてや、年端もいかない実の妹なんて相手が悪すぎる。
俺も一応人の子だ。
我が妹に自ら心配掛けさせるような真似はしたくない。
ならばここはやっぱり隠し通すしかない、と俺は言葉を濁し続ける。

「ハッキリしないわねぇ…まっ、いいけどね。それより今日泊まりでいいんでしょ?」
「はい!?」
「なによ?文句でもあるの?」

文句はないけど、こっちにだって色々都合がある。

「そ、そう!明日!学校だろ?」
「残念でした~。明日は創立記念日で休みで~す」

そりゃ…随分と都合の良すぎる創立記念日で……。

「愛しい妹をこの寒空の下、放り出す気?それとも……なんかフ・ツ・ゴ・ウでも?」

ぎくっ!……ひょっとして勘付かれてる?
俺は視線だけで姫に縋る。

【頼む!】

淡い願いと期待とをふんだんに込めて、ひたすら無言で訴えかける。

「ん?何?カケル?」

【何じゃねぇての!!恋人なら立派にアイコンタクトしてくれよ!頼む!頼むから……っ!!】

「今晩は3人で枕投げでも?そう、それは楽しそうだね♪」

~~~っ!!??
俺の祈りも虚しく、姫はウキウキ気分でそうのたまいやがった!!
あぁぁっっ、やっぱり今日もお泊まりしてく気なのね……くすん。

***

「可愛い寝顔……」
「襲ったら犯るよ?」
「それじゃ……襲っちゃおうかな♪」
「殺るぞ?」
「何だかんだ言っても可愛いんだ?」
「そりゃ、まぁ…」

嵐のような夕食を終えて、時計の針が刻むのは午後10時。
規則的な寝息を立てる結為を起こさないように、と俺達は小声で話す。
朝は朝で買い物に付き合わされ、両手に山のような荷物を持たされ、心身共にくたびれたところへ『カケルちゃんお手製のカレーライスが食べたい!上にハンバーグが乗ってるやつね』などとワガママし放題。

『何これ!このいびつなハンバーグは!カケルちゃんったら料理の腕落ちたんじゃない?』
『ごめん。それ、僕』
『この不細工な野菜は!』
『ごめん。それも、僕』
『全く…キレイな顔して不器用なんだから……』
『ごめん』
『寝転んで待ってただけのヤツはつべこべ言わず喰え!』
『でも、味はカケルちゃんの味ね。全然変わってない…おいしい……』

そう言って生意気に笑ったくしゃくしゃの笑顔は、なんだか、一緒に遊んだあの頃とちっとも変わってなくて。
相変わらず好きなんだな?こんな子供っぽいヤツ?
思えば…俺が黙って上京する前の晩も同じ献立をねだってたっけ……。
勘のいい結為のことだから、ひょっとしたら気付いてたのかも知れないな。
俺が傍からいなくなるって……。

「どうした?カケル?」
「ん~、ちょっとしたホームシック?」
「結為ちゃんと一緒に帰りたくなった?」
「そりゃ、ちょっとは」

こんな気分になるのは、決心が鈍るのは分かってた。
だから、結為に俺の居所を教えないように口止めしたんだ。
どっかで聴いた歌の歌詞みたいで気障な台詞だけどさ、俺決めたんだ。
自分のやりたいこと見付けるまでは帰らない、って。
その気持ちは今も変わらない。
だから、帰らない。
でも、今はそれ以上にここに残りたい理由がある。
そう、それがこの胸の広がる罪悪感の元なんだ。

「でも、今の俺の居場所は“ここ”だから」

ここには姫がいる。
俺は姫の華奢なようで意外と逞しい胸にこてんと頭をくっつける。

「おっ、カケルちゃんったら大胆!ひょっとしてこういう危うい状況で燃える方?」
「ばーか」
「でも、こうしてると新婚さんみたいじゃない?」
「こんなでっけぇ子供のいる新婚さんがいるか!」
「左巻き……」
「うっさい!!」

ごめんな、結為……二人だけで過ごしたあの時間よりもっと大切なものを、兄ちゃんは見付けちゃったみたいだ。
そう、だから帰れない。

「そう言えば、子持ちの夫婦ってどうやってるんでしょうねぇ?夜の生活」
「あ!ばか!んなトコ触んな!発情すんな!!」
「そんなに騒ぐと起きちゃうよ?結為ちゃん」
「~~~っ!!」
「くす。それじゃ、キスだけ♪」

色素の薄い髪が俺の頬を撫でる。
ここには甘い甘い時間が流れる。
ごめんな、結為……ずっと傍にいてやること、もうできないんだ。

***

「カケルちゃん、髪結って?」
「う…っん?結為か?」
「もうお昼だよ?カケルちゃん、今日夕方からシフト入ってるでしょ?だから、さっさと起きる!」

そう言って、結為は俺の上にダイビングジャンプしてくる。
それで当然、俺はべしゃっと押し潰されるワケで。

「お前な~~~っ!!」

3年分の成長は俺を容易に押し潰すほど大きい。

「自分の体重考えてから行動しろっての!」
「あ!ひっど~い!レディに体重は禁句だよ!!」

…ったく、調子のいい時だけレディになりやがって……。
乱暴な起こし方は全然変わってないクセに。

「ほら!分かったから、さっさと座る!」

俺はぶっきらぼうに了承して、結為を自分の前へと促す。
結為はと言えば、さっきの怒りもどこへやら、へへっと嬉しそうにはにかんでちょこんと俺の前へ座った。
あの頃はただ小さかった背中が今はもう立派に女を形取っていて……。

「兄ちゃん…ちょっとショックだぞ?……結為、お前もうブラジャーしてんのか?」
「あ!それセクハラ!カケルちゃんのエッチ!!」

両親が共働きだった所為で、いつも二人だった。
だから、何年もここは結為の定位置で、いつも二人寄り添って暮らしてきた。
それなのに、俺は結為を置き去りにして家を出た。
3年振りなのにしっくりと馴染むこの関係は、きっと結為の努力のお陰だろう。
結為が昔と変わらず接してくれるから。

「髪、伸びたな?」
「伸びたんじゃなくて、伸ばしたの!カケルちゃんにいつでも結ってもらえるように、ずっと伸ばしてたんだよ?」
「そっか……」

サラサラと指の隙間を零れる砂のような触感。
艶々と程良く指に馴染む綺麗な黒髪。
どれも、これも、何もかもが相変わらずで……。

「ごめんな、結為……」
「謝ることないよ?カケルちゃんの選んだ道だもん。結為は応援するよ?それより今日はとびっきりキュートに結ってよね!」

なんだか謝罪するより気恥ずかしくて、俺は感謝の言葉を飲み込んだ。
ありがとな、結為。

***

「ただいま、結為!今帰ったぞ!」

肉体労働もなんのその、俺はウキウキ気分で帰路に着いた。

「何?そのデレデレした顔は?」

何って?やっぱ嬉しいじゃん?
家で待っててくれる誰かがいるって。

「あれ?結為は?」
「『あれ?結為は?』目の前に僕がいるのに言うことはそれだけ?」

やべぇ……姫のヤツ、完璧に拗ねてる。

「結為ちゃんなら帰ったよ?明日学校があるからって、カケルが出掛けてすぐ」

他に質問は?と姫の怖い目が訴えかけてくるけど…マジで迫力ありすぎ……。

「そ、そう……」

「……」
「……」

「……ごめーん。意地悪しちゃった。だって、カケルったら、結為ちゃん結為ちゃんって、そればっかりなんだもん」

意地悪、だって、だもん……って年甲斐もなく恥ずかしいぞ?
……でも、本気で怒ってなくてよかったかも。
宥めるように俺の髪を梳きながら、これちゃんと預かってるよ、と姫が小包をよこす。

「何これ?」
「開けてみたら?」

姫の言葉に一つ頷いて、俺は小包の紐を解く。
その中から出てきたのはーーー手作りらしきチョコと手紙で。

大好きなカケルちゃんへ

カケルちゃんが家を出てから3年。
毎年用意してたチョコは無駄になっちゃったけど、
(チョコは結為が全部食べました)
今年は3年分、ううん、
それ以上に素敵なバレンタインデーでした。
ありがとう。そして、頑張れ!カケルちゃん!
結為はいつでもお兄ちゃんの味方だよ!
(結為は美容師さんとか似合うと思うな、カケルちゃんには)

P.S これはれっきとした義理チョコです。
本命チョコはちゃんと本命の方からもらって下さい。
例えば、結人さんとか?

手紙にはピンクのペンでそう書かれてあった。
ちょっと右上がりでクセのある字も、淡い空色の便箋にピンクの字も、なんだか妙に結為らしい気がして、またちょっと家が恋しくなったりして。

「それから伝言。『カケルちゃん、痩せたね?ちゃんとご飯食べてないんじゃない?結人さん、どうせ有り余るくらいお金持ってんだから、恋人同士なら一緒に住んじゃったら?こんなボロアパートじゃ、結為も不安だよ』以上」
「な、な、な~~~っ!!??」
「気付いてたみたいだね?結為ちゃん」

ど、どこでバレたんだ~~~っ!!一体!!??
兄の威厳が~~~っ!?!?

「ってことで、カケル。一緒に暮らそう?」

予定外のカミングアウトに放心状態の俺の唇に、姫がちゅっとキスを落とす。
姫の唇からはほのかにチョコの香りがした。

「ああっっ!!姫、俺より先に喰うな!吐け!返せ!」
「美味しいよ?結為ちゃんの手作りチョコ」

こうして嵐のように訪れた妹は、これまた嵐のように去っていった。
重大な秘密を握って。
そんなこんなで、甘い甘い愛情たっぷりのチョコと共に、俺達の妹公認の同棲生活は幕を開けたワケだが……。




「ところで、結為。チョコを渡すためだけにわざわざこんなトコまで来たのか?」
「あ、それなら。失恋したんだって、結為ちゃん。大好きだった子に」
「失恋、だと~~っ!!」
「だから、カケルのハンドパワーで元気付けて欲しかったんだって」
「ハンドパワー?」
「なかなか様になってたよ?結為ちゃんの髪結ってる時。僕も合ってると思うよ?カケルに美容師」

美容師か……今まで考えたことなかったな。
確かに髪イジくるのは好きだけど、好きだけじゃどうにもならないし。
……つぅか!相談なら姫じゃなく、俺にしろよ!結為~~~っ!



To be continued.
2001/2/6 fin.



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