『僕等の秘密は蜜の味』

先生はきっと僕のことなんて軽蔑してるに違いない。
でも、頭のいい先生のことだから、もしかしたら気づいてるのかも知れない。
もし本当にそうなら、知ってて黙ってる先生の方も悪いんだ。
これは僕から先生へのメッセージなんだから。
こうなったら、とことん続けてやるからな!





「ほい、それでは抜き打ちテスト。赤点のヤツは、放課後補習な」

毎度恒例の数学抜き打ちテスト。
抜き打ちと言いながら、この小テストの割合は授業3回に対して1回とおおよそ決まっていた。
抜き打ちと称しながら故意に習慣づけておく辺り、周防の人の良さが窺える。
そして、これまた恒例に、生徒は仰々しく反抗やら落胆やら抵抗やらの声を上げてみせたりする。これが無駄な抵抗だということを生徒達は知っているし、それを承知で反抗しているということを周防も知っている。
多少屈折してはいるが、いわゆるこれも生徒と教師のコミュニケーションの一つというヤツだ。
しかし、それでも今回は一味違っていた。

「羽住、補習なんて手間取らせるなよ」

周防は、自分にとっての問題児、羽住律(はずみりつ)に釘を刺してみせる。
周防にとっての律は、そうするに値する存在だった。
その上、今回はただのテストではない。補習の懸かったテストだ。
幾ら律でも、補習と引き替えにしてまで赤点を選ぶとは思えなかった。
そんな甘い期待もあってか、本日の周防は普段より少し余裕を感じさせた。

「僕は僕なりに頑張ってるんですが…」

実にしおらしい返事を返してくれる。
肌は雪のように白く繊細で、身体は少女のように華奢で儚げで、俯き加減の瞼から伸びる長い睫毛も、なだらかな鼻筋も、錯覚を引き起こすほどの美女ぶりだ。しかし、その外見とは裏腹に、これでなかなか厄介な性格の持ち主らしい。
成績は常にトップクラス。それは周防の担当教科である数学においても同じなのだが、何故かこの恒例化しつつある抜き打ちテストだけは唯一の赤点常習者だった。
それはどうやら意図的な行動らしいと何度目かのそれで気づいた周防は、然り気なく見回るふりをして律を監視することにした。
周防が近づくと律は実にすらすらと鮮やかな方程式さば捌きで問題を解いてみせたのだが、それで安心して注意を怠った彼の手元に回収された答案はそれはそれは非道い有様に豹変を遂げていた。
それから後も周防の監視の目をかいくぐって、律の意思表示は続いた。

そういう訳で、十六夜(いざよい)学園男子棟専属の数学教師、蔵重周防(くらしげすおう)の教師としてのプライドは今やズタボロだった。
律の意図する所がそれなら、もう疾うの昔に目的は達成されているはずなのに、こちらも恒例になった彼の意思表示に半ば不貞腐れ気味になりながらも、順番の回ってきた律の答案の採点を始める。
しかし、無情にも予感は確信になり、確信は現実へとめまぐる目紛しく変化を遂げたのだった。





恒例の抜き打ちテストから恒例の補習へ、恒例の補習から恒例の密会へと、僕等の関係は徐々に進展していった。
でも、擦れ違った気持ちのままで幾ら身体を重ねても、互いを満たすのは空虚感を誘う快感でしかなかった。
最初は先生の傍にいられるなら、それでも良かった。
良かったはずなのに…今は先生の心も体も全てが欲しい。
人間なんて本当に貪欲な生き物だ。





「羽住。お前さ、何でいつもワザと赤点取るワケ?」

自分の期待をことごとく裏切ってくれる律の態度にすっかり不貞腐れた様子で、周防は彼に直球勝負を仕掛ける。
あまりに突然だった所為で暫く驚愕の表情を浮かべたまま困惑していた律も、いつかは聞かれることだと覚悟を決めていたのか、そこから先は至って冷静だった。

「やはり気づいてましたか…。そうですよね、普通気がつきますよね、幾ら鈍感な人間でも」
「お前はいつも、そうやって人の神経を逆撫でする」

どちらが大人でどちらが子供なのか、どちらが教師でどちらが生徒なのか、錯覚しそうな会話だ。

「ははっ、すいません、別に悪気はないんですけど。友人からもよく言われます、可愛い顔して人を平気で傷つけるって」

そう言って、ふわりと柔らかく微笑んでみせる。
その気品に満ちた、それでいて癒されるような、上質な羽根を思わせる微笑みに、周防は思わす見惚れてしまう。

「……お前って、ホント綺麗だな」
「僕も一応男なので、綺麗って言われてもあまり嬉しくないですね」
「そりゃそうだ…悪り……」
「……でも、先生だけは特別かも知れません」

無意識に口から漏れてしまった周防の本音に、律はふわりとした微笑みを絶やさずに答える。
その台詞の所為なのか、その表情に女の色香にも似た艶やかさを感じてしまい、周防は思わずドギマギしてしまう。

「…話が逸れちまったな。で、ホントのトコ、羽住は何をしたいワケ?」
「貴方を手に入れたい」

「へ!?」
「先生を手に入れたい。先生に振り向いて欲しい。…貴方に抱いて欲しい……」

何の躊躇いも迷いもなく言われ、真摯な眼差しで見つめられ、周防は硬直してしまった。
瞳も身体も律に吸い寄せられ、捕らわれる。
周防はその日、まるで夢遊病患者の如く朦朧とした意識の中で、初めて律をその腕に抱いたのだった。






俺の心は何処にあるんだろう?
俺は彼のことをどう思っているんだろう?
生徒、友人、恋人…どれもしっくり来ない気がする。
彼にとって、俺はどんな存在なんだろうか?
俺にとって、彼はどんな存在なんだろうか?
分からない…分からないことが多すぎる。
こんな曖昧な想いのまま、果たして彼を抱き続けていいのだろうか?





「先生。僕、もしかしたら転校するかも」
「へ!?」

普段無口で物静かな所為で、律の口から零れる大抵の台詞は突拍子も脈絡もないもので、周防は普段からそれに振り回され続けていた。
しかし、今回は一段と磨きのかかった台詞だった。

「何それ?俺、聞いてない」
「それは当然。今初めて話したから」

ふわりとした微笑みを浮かべたまま、その表情とは裏腹に、非道く無感情な台詞をぶつけてくる。
いつもは癒しをくれるこの優しい笑顔が、今の周防にとっては嫌悪の対象でしかなかった。二人が離れることを当然のように話す律が、心底腹立たしかった。

「…それでいいワケ?」
「何故?僕一人でどうこうできる問題じゃない」

抑揚のない平調子な語り口調が周防の苛立ちを増長させる。

「それにまだ本決まり……」
「………………………俺と離れちまってもいいのかって聞いてんの!!」

周防の憤慨ぶりに、不意に律の微笑みが掻き消えた。
周防のこれが珍しい態度なら、律の困惑顔もかなり珍しい反応だった。
その驚愕の表情を浮かべる律の華奢な身体を優しく包み込んで、周防は律の耳元で囁いた。

「……俺は嫌だ。律と離れたくない。お前が好きだから、愛してるから」

言葉にしただけで、不思議と自分の律への想いが鮮明になっていく気がした。
そして、あの日以来初めて、周防は愛の延長として律を抱きたいと思った。
愛しい彼の心も身体も全て手に入れたいと願った。
二人の願いが合致した瞬間、二人は放課後の甘い一時を初めて共有していた。





「…んっ、んん…はふ、っんん!」

軽く触れるだけのキスをした後、互いの唇は次第に強く触れ合い、深く交わり合い、互いの口腔を貪り合った。
キスより先に周防の骨張った大きな掌で散々もてあそ弄ばれて欲望を解き放ったはずの律の欲棒は、その執拗なくちづけだけで半ば元気を取り戻していた。
周防はその再び熱を帯び始めた欲棒を節榑立った右の人差し指で軽く撫で上げて復活させると、その先端だけをおもむろに口に含み弄び始めた。
滑る感覚と纏わりつくアツイ熱に、律は頭の芯から蕩け出す。
生暖かい温もりの中で先端の割れ目を舌先でなぞられ、尖らせた舌先をそこに捻り込まれるように押しつけられると、律の背中を電流が走り抜けていった。
喉元近くまで熱い塊を銜え込まれ、入り切らなかった部分へのしご扱きと一緒に、舌の絡みを添えて唇で扱き上げられると、律の欲棒はビクンと一つ脈打った。

「やっ、やん!…だ、め、もう……っはん!!」

幾度かの痙攣を伴って、律の甘い蜜が周防の口内に放たれる。
周防の喉元から奏でられる卑猥な音に、律の快感と欲望は更に煽られた。
身体が疼きを孕み、火照りは更に激しくなる。
そして、そのタイミングを逃すことなく、周防の唇はその一番疼いている場所へと進んでいった。

「…ひゃあん、っん!」

生暖かい舌先が滑りを伴って、律の秘所を舐り上げる。
その蕾に唇と同じ手順で、濃厚かつ情熱的なキスを受ける。
舌先で丹念に揉み解されながらも、時々強引に捻り込まれ、敏感な内壁を擽られる。鋭く尖らせた舌先で幾度も挿入を繰り返された後で、代わりに周防の唾液と律の蜜とで濡れ切ったそこへ長く伸びた指を宛われた。
収縮の波に合わせてスムーズに入り込んだ指先は唾液と蜜とを掻き混ぜながら、内壁を揉み解し、軽く引っ掻き、挿入を繰り返す。
次第に指は二本、三本と増やされ、順応性が高いらしい律の秘所は、直にその拡張した大きさに慣れ始める。そこへ絶妙のタイミングで周防の熱い昂ぶりを宛われ、蕾が期待と快感に震えた。

「あっ、んん…は、っあん!」

左の指で胸の突起をいじ弄られ、快感に緩んだ隙をついて、周防の欲棒が一気に律を貫いた。
突然の進入で喘ぎ苦しむ律の唇を探し求めて、周防は頻りに舌を吸い寄せ、絡み合わせて、彼の苦しみを紛らわす。そうして、落ち着いた所で、彼はゆっくりと腰を動かし始めた。
周防の腰の揺れがもたらす圧倒的な喪失感と圧迫感を交互に感じながら、律は今まで以上の昂みへと追い詰められていく。
一方、律の規則的な喘ぎと淫らに仰け反る繊細な喉元に、周防は支配欲を掻き立てられていく。
儚げで脆い、そしてもっと乱れた律を見たくて、周防は奥にあるしこりを激しく突き上げた。

「やあ、やんっ、だめ…そ、こ、だめ、ぇ…う、っはあん!!」

内部を熱い塊で掻き回され、内壁を掻き毟られ、敏感な部分を幾度も突き上げられて、律は未知の昂みへと近づいていた。

「やめ、て…変っ、変、んっ、になる……ああん!…っ」

目の端に涙を溜めて哀願しても、周防は一向に律の前立腺を突くことを止めようとしない。それどころか、益々その動きは激しく力強くなっていく。
周防がこんなに激しく律を求めたのも、こんなに自分の感情をさらけ出してくれたのも初めてだった。
律の瞳からは先程とは別の意味の涙が零れた。
その涙を周防は舌先で掬い取り、最後の昂みへ律と自分とを誘っていく。

「…律、愛してる。だから、俺の傍から消えないでくれよな?」
「…センセ、僕、もっ、んはっ…ああん……っ!!」

周防の甘い響きが耳に届いた瞬間、二人は同時に快感の渦へと飲み込まれた。
そして、周防は律の中で、律は二人の身体の狭間で、極上の幸福感を味わっていた。





「先生。僕、転校する必要なくなりましたから」
「へ!?」
「だから、転校しなくてもよくなりました」
「はあ…」

気の抜けた返事を繰り返すだけの周防の反応に、業を煮やした律が逆白雪姫ヴァージョンで王子様に目覚めのキスをすると、その王子様は漸く我に返り、全身を使って歓喜を表現してみせる。
そんな子供染みた周防の感情表現を愛おしげに見つめる律の瞳に、全身を上質な羽根で包まれたような心地良さを感じ、周防はそれをもっと確かなものにしたくて律のか細い身体をきゅっと抱き締める。
そうして、一頻りその心地良さを味わった後、ふと教師の顔に戻って言った。

「羽住。お前、もうワザと赤点取るの止めろよな」
「何故?」
「お前の為にも良くないし、俺の立場的にも悪いワケ」

自分の体裁を気にしていることなど隠しておけばいいものを、それを暴露してしまう辺り、周防の人の良さが窺える。
律は彼のそういう所が好きだった。
好きだったが、今は絶対に手放したくないものが他にある。

「でも、先生と二人きりになれる時間がなくなるし…」

伏し目がちの瞼から伸びた長い睫毛が、羞恥と悲哀に揺れる。
そして、周防は律を心から愛おしいと思う。
その俯いた律の顎に手をかけて顔を上げさせ、軽く触れるだけのキスを交わすと、周防はおもむろに胸ポケットから取り出した金属を彼の目の前でちらつかせた。

「俺の部屋の合い鍵。これで、いつでも好きな時に、好きな分だけ逢えるだろ」



その小さな贈り物のお陰で、律の赤点常習者という汚名が返上されたのは言うまでもない。
しかし、今でも二人は、二人だけの甘い蜜の味がする秘密を共有している。




HAPPY END
2000/11/30 fin.

戻ル?

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