『はじめてのおつかい』

 木の葉の里の新米下忍うずまきナルトは眉間に皺を寄せながらキョロキョロと辺りを見回した。
「ナルト!じっとしときなさいよ!」
 サクラがいつもの優等生顔でたしなめてくるけれど、そんなもので抑えられるほど今日の昂揚はヤワじゃない。なんせ今日は下忍になって初めての任務。
(ワクワクしない方がオカシイっての!)
 心の中でそう叫びながら、でも憧れのサクラちゃんに反論するワケにもいかなくて、ナルトは渋々といった感じでしゃがみ込んだ。そんなナルトの珍しいお行儀の良さにくすっとひとつ笑みながら、それでもサクラの視線は憧れのサスケくんへと注がれた。サスケはひとり我関せずといった感じで後ろの塀に寄り掛かっている。
「遅いねェ?」
「先生のクセに遅刻してくるなんて忍者失格だってばよ!」
 熱い目線はサスケに真っ直ぐ向かっているのに、なぜか返事を返したのはナルトの方で。サクラは心の中で舌打ちする。しょうがないけれど、これが今のふたりの距離だ。
 ふぅと一息吐いて、サクラは天を仰いだ。天気は雲ひとつない晴天。それなのに、どうして自分達はこんなところでこんな風に何ひとつ危険に晒すこともなく、何ひとつ守ることもなく、ぼんやりと時の流れを見送っているのだろう……?
 立派な忍者になる!
 そう心に決めた瞬間にそんな日常への期待は捨てたハズなのに……。
 そう思ったらなんだか無性に待ち人来たらずな状況がもどかしく歯痒く思えてきて。しかし、それはナルトとてサスケとて同じことだった。
「……あのさ!あのさ!こうなったらーーー」
(3人だけで行っちゃわない?)
 もうかれこれ12年もこの木の葉隠れの里に棲んでいるのだ。受付所の場所くらい知っていて当然だ。
 なんでこんな簡単なコト思いつかなかったんだろ!!我ながらナイスな考え!!とばかりに口を開き掛けたナルトの目に一陣の木の葉旋風が巻き起こった。
「やー諸君 おはよう!いい朝だねェ」
 相変わらずの覇気のない顔に、相変わらずの飄々とした態度。まだ出逢って間もないけれど、出逢った頃よりも謎な人物ーーー我らがはたけカカシ先生だ。
「朝ってなに!?もう昼だってばよ!!」
「ん? う~~~ん 今日は目玉焼きが双子でな」
「「目玉焼きが双子~~~ッ!?」」
 ナルトとサクラの叫びがシンクロする。こういう時だけは息ピッタリあうんの呼吸なのがちょっと哀しくもあるけれど。
「あれ?聞いたことない?卵の黄身が双子なのはすごくラッキーでしょ?だから、一口一口味わって食べなきゃなんないの。初代・二代目・四代目に感謝します、アーメンって」
(思いっ切り胡散臭い……)
 黄身が双子なのは確かにラッキーかも知れない。かも知れないけれど、それが果たして遅刻の原因になるのだろうか?
 サクラはまるで言い訳にもならない言い訳を聞きながら、ジトリとカカシを睨んだ。一方サスケはひとつ舌打ちし、その後はまた何事もなかったかのように相変わらずそっぽを向いたまま。ただひとりナルトだけが、
「あのさ!あのさ!それってウマかった?」
小さな子供みたいにはしゃいでいて、
「ん?旨かったぞ」
と何の感慨もなしに答えたカカシに頭をぐりぐりと撫でられ喜んでいた。数分前の企みなんてもう既に忘れているに違いない。
「こんなんでやってけるのかなァ…私……」
 ぼそりと吐いたサクラの呟きは、結局いつのも喧騒の中でうやむやのうちに掻き消えてしまった。


「お~ ナルト!今日が仕事初めか?」
 受付所の受付窓口にいた見慣れた顔が、ナルトを見た途端に嬉しそうに破顔する。
「あ!イルカ先生!先生ってば受付係もやってんの?案外ヒマ人なんだなァ」
「ひっ、暇だと~~~ッ!」
「おい こらナルト 失礼でしょ!寝る間も惜しんで、一生懸命里のために働いてるイルカ先生を侮辱するようなこと言っちゃダメなの!」
「あー はいはい」
 適当に返事したナルトの頭をカカシがぐしゃぐしゃと掻き回す。その光景がなんだか無性に癪に触って……イルカは無意識に目を背けた。
「なんだってばよ!カカシ先生の真似しただけじゃん!」
「ん~ オレはそんなに腑抜けてないぞ?」
「そんな顔して言っても、全然説得力ないってばよ!」
 本当は手放したくなどなかった。できればずっと自分の傍に置いて、安全な場所に縛りつけておきたかった。でも、それはナルトの望むところではない。
 『いつか火影になって、先代のどの火影よりも強くなって、里の者全てに自分の存在を認めさせること』それがナルトの夢。その夢を叶えるためならばどんな努力も惜しまないナルトに、自分も微力ながら協力しようとあの日心に誓った。カカシ先生に任せておけばナルトはきっと大きく大きく成長するだろう。自分の傍に置くよりもずっと大きく。
「イルカ先生?どうかした?」
 目に見えて青ざめるイルカを心配げにサクラが覗き込む。
「あ!なんでもない!大丈夫!そ、それより!サクラもサスケも頑張ってるか?」
 自分の生徒だったのはなにもナルトばかりじゃない。ひとりの生徒にばかり固執するのは教師としてあるまじきこと!

 それでもナルトの傍らに立つのは自分でありたい……。

 そんな気持ちに蓋するように、イルカは彼らがここに来た当初の目的へと話を逸らした。


「カカシ隊第7班の任務はと……」
「今日は初任務ですし……」
 イルカが指差したリストの箇所を軽く吟味した後、三代目の口からそれは言い渡された。

「まほがにい??」
 発音さえ分からないその言葉をナルトがいぶかしがる。
「そのマホガニーとやらを手に入れてくればいいんですね?」
「はい。大工のスジカイ親方からの依頼なんですが、建築材料というだけで先方も手掛かりがないらしくて……」
 どんなものか予想すらつかないのでとりあえずDランクに位置づけしたものの、突破口が見つからない以上安易に依頼するワケにもいかず、期日だけがどんどん迫ってきて困り果てていたところだった、とイルカは苦笑する。しかし、あるいはーーー
「カカシ先生ほどの方なら、と今回白羽の矢が刺さったワケです。どうです?引き受けてくれますか?」
「建築…ということは材木か…あるいは金属か……う~ん」
 いずれにしろこれはちょっと初っ端から難儀な任務になるかも知れない。スジカイと言えば、木の葉の国ではちょっとした有名人だ。ありとあらゆる国のありとあらゆる材料を、その手腕で適した建築材料として使う、いわば大工の頂点に立つ男。その建築に関してはプロのスジカイがお手上げの材料を入手するワケだから、この任務が一筋縄で終わるハズがない。
「よし!これがお前たちの初任務だ!気合い入れて行けよ?」
 しかし、依頼としては面白いかも知れない。それがコイツらに掛かるとどう料理されるのか、これは一見の価値があるとカカシは判断した。
「よっしゃあーーーっ!」
 ナルトが大声で気合いを入れる。それがまるで合図だったかのように、ちょっと分かり難くはあるけれどサスケの瞳に光が宿ったのをカカシは見逃さなかった。
 これは自慢のチームになりそうだな。期待に満ちた予感がカカシの胸を妙にざわつかせていた。


「まほがに…まほがにい……っと」
「ナルト……幾ら呼んでも自分から出てくるもんじゃないぞ、きっと」
 キョロキョロと辺りをせわしなく眺めながら何度も呟くナルトに、カカシは呆れたように言った。
「ちなみにカニ……じゃないぞ」
「なッ!なァ~~~んで分かったんだってばよォ~~~ッ!?」
「その指はカニのハサミのつもりか?お前……分かり易すぎ」
 ナルトの両手を指差した後、カカシはチョキチョキとハサミの仕草を真似してみせた。こんな時だというのに飄々としたその態度が面白くないらしいナルトはギリギリと奥歯を噛み締めながら地団駄踏んだ。
「あーーーもうッ!なんでカカシ先生ってばそんなに落ち着いてられるんだってばよ!」
「“急いては事をし損じる”ってことわざ知らないのか?忍は窮地に追い込まれた時ほど冷静さを失ってはいけないんだぞ?」
 そんな風に相変わらずの表情でのんびり言われては納得できるものも納得できない。例えそれが正論であっても、だ。
「そんなの分かってるってばよ!もう…サクラちゃんもなんか言ってやって……ってサクラちゃん?」
 そう言えば受付所を出てからこっちサクラはずっと無言だった、と5つの瞳が一斉に彼女に注がれる。優等生のクセに実は意外とイタズラ好きでお祭り好きなサクラなら、いの一番に反論してきそうなものなのに。しかし5つの瞳が一斉に視線を向けても尚、サクラは上半身だけ考える人のポーズを決め込みながらトボトボと最後尾を歩き続けていた。
「サ、クラ……ちゃん?」
「サクラ、どうかしたか?」
「ん~ う~~ん う~~~あッ!思い出した!!」
 なんだか苦しそうなサクラが心配で顔を覗き込んだ矢先、大声で叫ばれた。そしてその後、頬に添えられていた腕を突き出されて、その上前にいたカカシがひょいと寸前でパンチを躱したもんだからナルトは不意の右ストレートをくらってしまった。
「う゛~~う゛~~~」
「そんなところで何転がってんのよ?」
 奇声を上げてのたうち回るナルトをひとしきり蔑んだ後、自分の所為で、なんて1ミリも疑っていない曇りのない瞳をサクラはキラキラと輝かせた。
「それより!思い出したの!」
「何を?」
「何ってマホガニーよ!マホガニー!どこかで聞き覚えがあった気がしてずっと考えてたんだけど、昔何かの文献で読んだことがあったの。何の文献だかはちょっと思い出せないけど、確かマホガニーってのは熱帯産の常緑高木で、木材は堅くて木目が美しく家具の材料に好まれるって書かれてあったハズだわ!」
「ねったいさんのじょうりょくこうぼく??」
「そう!熱帯産の常緑高木よ!」
「ということは……材木か」
「そう!材木!」
「……それはちょっと厄介だな」
 まるで棚からぼた餅の耳寄り情報ににわかに3人は浮き足立ったけれど、それはサスケの一言で呆気なく消沈させられる。
「厄介ってどういうこと……?」
「ここはどこだ?」
「どこって……木の葉の国」
「木の葉の国の気候風土は?」
「……あ!温暖湿潤気候!」
 ナルトがひとり首を傾げる中、何か閃いたらしいサクラがぽむと手を打った。
 マホガニーは熱帯産の常緑高木。ここが温暖な木の葉の国なら手に入れることはまず不可能に近い。今までマホガニーの知識を引き出すことだけに夢中で気がつかなかったけれど、一番の問題はそこなのだ。任務を果たしてこそ、情報は意味のあるものとなる。
「しかも熱帯となると、近隣諸国でも当て填らない。数日中の入手なんてまず無理だ」
 この依頼のどこがDランクなんだろう、とサスケは内心ヤキモキする。忍者になった以上依頼を失敗するようなことはしたくない。ましてや初任務から失敗だなんて、そんな不甲斐ないことは自分のプライドが許さない。依頼を引き受けた以上、途中で放棄したり弱音を吐いたり、そんな無様な真似はするべきでないのだ。けれどーーー
「これはオレ達の手に負えなーーー」
「諦めるのか?まだ何ひとつ努力してもいないのにもう諦めるのか?」
 白旗を振り掛けたサスケの弱音をカカシの一言がぐさりと貫く。
「うちは一族ってのも案外大したことないのねェ」
「なッ!」
 ワザと煽っているのは分かり切ったことなのに、それでも自分の夢まで馬鹿にされたようで堪らない気持ちになる。夢というより野望に近い、今まで自分の命さえも支えてきたひとつの信念。それをむざむざと踏みにじられたようで……。
「こ、のッ!」
「あのさ!オレってば木なら心当たりがあるってばよ!」
 しかし、むんずと掴みかかったサスケの怒りのベクトルは、まるで雰囲気を読まないナルトの発言によって無理矢理方終点を変えらてしまった。


「でも、問題があるってばよ!」
「問題って何よ?」
「近づけないんだってばよ!」
「はァ!?何よソレ??」
 サクラが素っ頓狂な声を上げる。ナルトの前だとサクラは時々異常なほど無防備になる。近くに憧れのサスケくんがいるのも忘れて、美少女優等生くの一の仮面もベリっと音を立てて剥がれてしまう。自然体なのは喜ばしいことだけれど、その後で気づいて幾ら取り繕っても、もう“後の祭り”というヤツだ。
「ん!コホン……で、どういうコトか詳しく教えてもらえるかしら?」
「??」
 サクラの変わり身の早さに呆れを通り越して感心しながら、ナルトの話を聞くべくカカシは腕を組んで疑問符だらけの彼を促した。

「そうか……その手があったか」
 ひとしきりナルトの話を聞いた後、カカシはぼそりと呟いた。それはまるで暗闇に咲く一輪の蛍花。嵐の中で見つけた一軒の山小屋。溺れる者がようやく掴んだ一本の藁にも思えた。
結界植物園
「結界植物園~~~ッ!?!?」
 まるで己の辞書には載っていないと誇示するかのようにサクラが叫んだ。それもそのはず。これは都市伝説のように真とも偽とも判別できない伝説なのだから。

昔世界に戦乱の風吹き荒れし時
ひとりの忍ありて戦地に降り立つ
これ草花を樹木をこよなく愛でる者なり
戦火に焼かれし友の叫びに身引き裂かれ
永久に前人未踏の結界を張りけり
その者 名をーーー

「露丸」
「つゆまるぅ??」
「オレも子供の頃に一度聞いたキリだし、そんなのどうせ作り話だろうと始めから信じちゃいなかったから今の今まで忘れてたけど、ナルト!お前のお陰で思い出したよ」
 戦乱の地にひとり立ち、その後膨大なチャクラの放出と共に一瞬にして姿を消したーーー木の葉伝説の露丸その人を。
(ま、今じゃその伝説も尾ひれで反面教師的な笑い話になってるし、ひとりでとんずらこいた弱虫忍者露丸として細々と語り継がれてる程度だがな……)
「なんでもその結界植物園には世にも珍しい草花や樹木が、見事なまでに生い茂っているらしい。だが、今までひとりたりともその存在を確かめた者はいないという……火影様でさえも、な」
 なのになぜナルトはーーー
「で、見えたのか?その結界植物園が」
「けっかいしょくぶつえん?って言うかは分かんないけどさ、森の奥に確かにあったてばよ!透き通った変な形のドアみたいなヤツ?そしたらさ!覗いてみたらさ!中に見たことない木とかいっぱい生えてたんだってばよ!」
「森の奥ね……そんじゃとりあえず行ってみますか?」
 珍しく足取り軽い感じで歩き始めたカカシの後をナルトがすたすたと追い掛けて、その2歩後ろをサクラが、3歩後ろをサスケが。そんな感じでカカシ隊は歩を進めた。


「あッ!ほら ここがそうだってばよ!」
 森の中程辺りまで突き進んだ頃、ナルトが突如茂みを指差して叫んだ。ナルトが急停止したもんだから、勢いづいていたサクラはナルトの背中に思い切り体当たりしてしまう。
「うぎゃあぁぁぁーー ー  へぶッッ!!」
「イタタタ…ッたく!もうッ!……急に止まらないでよね!」
 10メートル先の立派な樹木まで吹き飛ばされ張りついたナルトをギリッと睨み上げると、サクラは乱れた自慢の髪を手櫛で梳きながら、自分のことは全く棚上げでさっさと話を進め始めた。
「……ウスラトンカチが」
 足手まといだと言わんばかりにサスケが毒づく。
「それで?ここってどこよ?」
 樹齢数十年は経つだろう大木に顔面から突っ込んで尚、殊勝に伸ばされた指先はピクピクと痙攣しながら単なる茂みに向かって伸びている。サクラは言われた通りその単なる茂みをいぶかしげに2、3度目を凝らして見てみるけれど、
「……?何もないじゃない」
「だから…そ、こだっ……てば、よ」
一向にそこに広がるのは単なる茂みのまま、時間だけがチクタクと流れた。
「……透明結界か」
 再び流れ出した諦めにも似た沈黙を、サスケの呟きが打ち破る。ついには業を煮やしたサクラにナルトは小突かれながら、それでも珍しく口を開いたサスケに向き合った。
「透明結界ってなんだってばよ?」
「ナルト お前には確かにその扉が見えるんだろ?」
 “ナルト”と真顔で呼ばれて、なぜだか胸がざわついた。今まで素の自分と向き合ってくれる人なんて一人もいなかった。だから、ナルトにとっては野や山、草や花や動物だけが遊び相手だった。そんな毎日が寂しくて、人目を引くためにイタズラしてみても、いつも向けられるのは蔑むような拒絶するようなーーーそんな胸の奥を締めつける冷たい瞳だけ。なのに、今は戸惑いながらも自分を真っ直ぐ見てくれる人が確かにいる。イルカ先生、カカシ先生、サクラちゃん、そして……サスケ。
(なんかさ!なんかさ!オレって結構幸せかも)
「……おい?」
 そんなに風に思ったら、時とか場所とか場合とか全てを超越して嬉しくなって。ナルトはヘラッと顔を綻ばせた。
「あー うん。見えるってばよ」
「だが、オレ達には見えない。それは事実だ」
 けれども、自分に見えるものだけが真実ではない、自分に見えない真実もこの世の中には存在する、と今はそう思える。だからこそ人はひとりじゃないし、ひとりであってはならないのだ。
 助け合うことこそ忍びの在り方ーーーそう説いたのは他の誰でもなくカカシだった。
 そして、その助け合いとは馴れ合い、傷を舐め合うことでは決してなく、己を信じ、仲間を信じることで生まれる絆の強さ。己の個性を、仲間の個性を、極限まで引き出すことで生まれる未知のパワー。それならばーーー
(今は仲間を…ナルトを……信じてみる!)
「お前も、そしてオレ達もどちらも正しいとすれば導き出される答えはひとつ。透明結界、それしかない!」
「サスケの言う通り。ナルトがイカレてない限り、その結界植物園はこの透明結界の中に存在すると考えてほぼ……間違いないでしょ?」
 カカシの指差す方向にあるのはーーー鬱蒼と生い茂るただの茂み。でも、その先にあるのはーーー
「それじゃあ この結界を解くとしましょうか!………………と行きたいところだが、実はな、コレ……見えるヤツにしか解けないんだ。だから ナルト!頼んだ!」
 ぽむと無責任に肩を叩かれて、
「え?えェェ~~~~ッ!?!?」
またもやナルトの雄叫びが木の葉を揺らしたのは言うまでもない。


「だからァ!オレにできるワケないってばよォ!」
 若葉忍者の自分に結界破りなんて芸当ができるハズがないと粘るナルトに、
「諦めるのか?まだ何ひとつ努力してもいないのにもう諦めるのか?」
今度はサスケが一足先に渇を入れる。
(ソレ…まんまオレの台詞でしょ……)
 まんまとしてやられた感じのカカシは妙に悔しい気持ちになりながら、必要ないとは思いつつも言わずにはいられない。
「何も破れとは言ってないだろ?何か突破口さえ見つけれらればいいんだ。それができるのはナルト!結界を唯一見破ったお前だけなんだぞ!」
「う゛~~~」
 期待してるぞ、そんな想いをギリギリまで込めてナルトを見遣る。サスケの言葉がムチなら、こちらはアメ。サスケに無謀なまでライバル心を燃やすナルトを奮い立たせるならムチだけでも充分かも知れないが、ここはひとつ念には念を。
「でもなァ、火影様ですら見つけられなかった結界をお前がとはなァ」
「オレってば!天才?火影になれる?」
「なれる!……かも知れないな」
「オレ!やってみるってばよ!!」
 すっかりカカシの策に乗せられたナルトは意気揚々と茂みに近づき、おもむろに印を型取り集中し始めた。ただ見守るしかない面々は、各々思い思いの体制でナルトの背中を見つめていた。
「おっしゃあーーー!やるってばよ!!」
 ひとしきり集中した後、ナルトは雄叫びと共に茂みに分け入った。そのまま空中を2度3度と裏拳で軽く叩き付ける。
「コンコン。誰かいませんか?」

「??」
「ノックのつもりか……あのウスラトンカチが」

「誰か~~~ッ!応答お願いしますってばよ!」
 尚も空中ノックを続けるナルトがなんだか妙に不憫に思えてきて、情けないのと可哀想なのと色んな気持ちがごちゃまぜになったサクラがナルトの方に向かって一歩進み掛けた時だった、
『オイコラ!これはこれは、客人とは珍しいことじゃのう。何年振りかのう』
茂みの奥のそのまた奥の方から声が聞こえたのは。もちろんそこには茂み以外何もない。
「ちょっと聞こえた?今の聞こえたよね?」
「……ああ」
 にわかに信じ難いのか、サクラもサスケも上擦った声を上げる。
『オイコラ!よく来てくれたのう。一緒に茶でもどうかのう』
「牛乳!牛乳は?」
『オイコラ!牛乳はちとないのう。でも、ヤギならおるからヤギ乳をご馳走するでのう』
「ヤギ乳?それってどんな?」
『オイコラ!それは飲んでのお楽しみじゃのう。そこの扉から入ってくるんじゃのう』
「おーい カカシ先生!サクラちゃん!ついでにサスケ!中に入るってばよ!」
『オイコラ!おうおう、坊が3人に嬢1人か。久々に賑やかになるのう』
 なぜか坊の頭数に入れられたカカシが面目丸潰れな感じで緩められた結界の裂け目を通り過ぎる。
「……これでも忍者としては結構有名な方ですがねェ」
『オイコラ!ワシの結界を見破れんで何が有名じゃのう。ワシから見ればまだまだおぬしなんぞひよっこじゃのう』
(確かに……これは敵いませんねェ)
 透明結界を張り、結界植物園を維持する能力を考えるとこれ以上反論するワケにも行かなくて、ポリポリと頭を掻きながら抜けた結界の先ーーー雄大に広がる自然の美しさと珍しさにしばし言葉を奪われるカカシだった。


「わあ!スゴイ!」
 世にも珍しく咲き誇る花々を見て、サクラが溜め息にも似た感嘆を上げる。こんなところはさすが女の子だ。
「……」
「……確かにこれはスゴイな」
 無言で立ち尽くすサスケの心中を、まるでカカシが代弁するみたいに呟いた。この世のものとは到底思えないその景色に見惚れないものなんて、この世にはいないに違いない。
「おーーー!ヤギ!ヤギだってばよ!」
きっとナルト以外には。さすがはナルトとでも言うべきか……。
「オイコラ!よく来たのう。で、茶でも飲みながら本題にでも入るかのう。ただ散策に来たわけじゃないのじゃろう?」
 既に腰は醜く曲がっていて、白髪に白髭をたくわえた老人。その年齢にそぐわない眼光の鋭さを除いては、何ひとつ普通の老人と変わらない。
「露丸……様とお見受けしますが?」
「オイコラ!様はいらんのう。どうせワシは世間では弱虫忍者露丸と呼ばれておるんじゃからのう」
「イイ歳こいてイジケてんのかァ?露丸のじいちゃんってばよ!」
 ナルトが口を挟むと事態は悪い方へ悪い方へと傾いていく。一見柔和な物腰ではあるけれど、その瞳に宿る眼光の鋭さは一筋縄ではいかない感じだ。その証拠に露丸のチャクラからは表情と裏腹の負の感情が感じられる。かと言って相手が好戦的にならない以上どうすることもできなくて。しかし、だからと言って無謀に接するナルトを放っておくワケにもいかず、カカシは居ても立ってもいられない。
「ナルト……お前なァ」
「だってそうじゃん!折角こんな楽しいトコに棲んでるんだから、めいっぱい楽しまなきゃ損だってばよ!」

「……」
「……」

「オイコラ!ぎゃはは!イジケる!確かにそうじゃのう!ワシはいつの間にかイジケておったのかも知れんのう」
 俗世から隔離し隔離され草花を、樹木を守る。俗世の業火に焼かれぬように守り育てる。そんな信念の基に自ら望んで始めたことだったハズだ。それなのに、“世間から認められない”そんなちっぽけなプライドに邪魔されて、自ら打ち立てた己が信念を失い掛けていた。それを他の誰でもない、ナルトが気づかせてくれた。
「オイコラ!そうと決まればワシもうかうかしておれんのう。今日のお茶会は延期じゃのう。さっさと用件を言うんじゃのう」
「え?え~~~ッ!?ヤギ乳はどうするんだってばよ??」
「オイコラ!ヤギ乳はお土産にやるからのう。それで我慢だのう」
「う゛~~~今回は我慢するってばよ。で、あのさ!あのさ!オレ達“まほがにい”ってヤツ探してるんだけど」
 心底残念な顔が突如満面の笑みに豹変する。サクラもそうだが、ナルトの切り替えの早さはある意味尊敬に値する。
「オイコラ!それならこっちじゃのう。熱帯ゾーンはここを100メートルほど進んだ左のぞうさんゾーンじゃからのう。後は好きなだけ持って行くんじゃのう。今日の礼じゃのう」
「?礼??……なんだか分かんないけど、感謝するってばよ!ぞうさんゾーンだな!」
 ちなみにオイコラ!余談であるが、結界植物園の変な形のドアとは百獣の王ライオンの口を模したデザインだったらしい。ということは、4人はライオンの口の中を通り抜けて胃の中たる植物園への入園を果たしたワケだけれど……世の中には見えなくてもよい真実もあることをサスケとサクラはこの時知った。

 数10分後両手に有り余るほどの樹木を抱えた4人の姿が見えないライオン型の扉の前にあった。
「動かないカカシ人形殴るよりか手応えあったってばよ!スカッとした!」
「ん?何か言ったかァ?」
「にゃははは!なんでもないってばよ!」
「それにしてもナルトってばあんなに乱暴に薙ぎ倒しちゃって……怒られるんじゃない?おじいさんに」
 ナルト曰わくぞうの形を模した扉の奥にある、そのぞうさんゾーンに数10分前まであったのは、まるで修行の如く動かない木相手に暴れまくるナルトと、それを蔑むように見つめる3人の姿。
「大丈夫だってばよ!」
「オイコラ!」
「うぎゃあッ!」
 その言葉とは裏腹に何の前触れもなしに現れた露丸の怒声に思わず身構えてしまうナルトだったけれど、その不安は数秒後には打ち破られた。
「いつでも遊びに来るんじゃのう?ここはーーー見える者には平等に開けた結界植物園ーーーじゃからのう」
「またなー露丸のじいちゃん!今度は絞り立て飲みに来るってばよ!」
 露丸というよりむしろ飲みそびれたヤギ乳とやらに未練を残しながらナルトを最後尾とした4人が波打つ結界の裂け目を通り過ぎると、それは跡形もなくまたただの茂みに戻った。4人の瞳に豊かなる桃源郷の残像を残して。


「ほう……結界植物園を見つけたか」
 任務完了の報告に立ち寄ったカカシ隊にあまり驚きもしないような、それでも驚いているような、そんな読めない態度で火影はゆっくりと顎髭をさすった。
「それで 露丸は元気じゃったか?」
「三代目!知ってるんですか?露丸様を!」
「のう カカシ。あそこは絵にも言われぬ美しさじゃったろう?独り占めしたくなるほどの」
「ーーーああ はい。そうですね」
 知っていて教えないのは罪か試練か。カカシはあの鮮やかな美しさを瞳の裏に蘇らせながら、フッと自分の気持ちが和らいでいくのを感じていた。

「よし 未知の建築材料“マホガニー”の入手任務!終了!!」

2003/1/20 fin.

戻ル?


卍ぐるぐる忍語解説卍

1)マホガニー:文中でサクラが説明している通り、家具などによく使われる熱帯産の常緑高木。かのハリポタの魔法の杖の材質でもありました。
2)蛍花:蛍が好んで仮宿にするという鈴蘭に良く似た花。夜目にはまるでその花自体が発光しているかのように見える。(造語)
3)結界植物園:結界内の温度湿度を的確に維持管理し、その基に運営していると言われる植物園。しかしその実体を見たものはおらず、往々にして伝説化され語り継がれてきた。(造語)
4)透明結界:あたかもそこに何もないように張られる、言わば透明のベールのような結界。発動に際して必要なチャクラは勿論、それを維持するためにもかなり膨大な量のチャクラを必要とする。普段実体が見えないため術者とその実体を見破った者以外はそれを解くことはできないとされる。(造語)

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