「頼むっ」
俺より頭1コ分は高い敦志(あつし)のつむじが目の前にあった。
「一生のお願いだっ。オレの恋人になってくれっ」
続けて捲し立てられた敦志の言葉に俺は思わず頬を抓って現実を確かめたくなったけれど、今は間違いなく現実だ…と思う。
使い古された一生のお願いでそう判断しながら、でも、根っからたらしの敦志が男の俺に宗旨変えなんて、例え天地がひっくり返ってもあり得ない話で。
やっぱり確かめてみようと右手を頬に伸ばしかけた時、
「あっ…言い間違えた。悪りぃ悪りぃ、正確には恋人のフリをしてくれ、だ」
鼻の頭を人差し指で掻きながら、敦志は言ってくれた。
「…お前なぁ……。ったく、お前の脳味噌はレプリカかっ!ちっとは頭使って喋れっっ!」
心臓がバクバク鳴ってる。
手のかかる親友の悪癖を罵りながら、俺はほっとしたようながっかりしたような複雑な面持ちで、それでも一応親友としての務めを果たそうと、
「で、何?」
悪りぃとバツが悪そうに項垂れる敦志の旋毛に向かって切り出す。
…ったく、俺って我ながら友達思いのお人好しなヤツだよなぁ……。
まっ、結局これも、惚れた弱みってトコかも知れないけれど。
「薫(かおる)ぅ~、聞いてくれんのかぁ~。オマエって、ホントイイヤツぅ~」
目を輝かせながら子犬の如くじゃれついてくる大男は端から見れば情けないだけだろうけれど、俺にとっては自分だけが知ってる敦志なワケで、ちょっとだけ優越感に浸れる瞬間だったりする。
「オレな、アイツのこと見返してやりたくて」
「何?お前、彼女にフラれたワケ??」
最初に飽きて捨てるのはいつも敦志の方なのに?
それは俺が敦志と出逢った当初から続いていて、腹立たしいけれど、それは一度たりとも揺らいだことはない。
でも、今回はどうやら勝手が違うらしく、俺はそれが少しだけ愉快で皮肉るように片眉を吊り上げた。
「まぁ、な……」
しかし。言葉を濁しながらも肯定してみせた敦志にいつもの不貞不貞しさは微塵もなく、『女たらしのお前にはいい薬だ』なんて思っていた俺に罪悪感と共に襲ってきたのは、
「…もしかして、お前本気だった……とか?」
俺が知る限り、敦志は『来る者拒まず去る者追わず』の最低男で、俺がもし女だったら間違いなくギャ~スカ罵りたくなるような女の敵で。
敦志が本気で誰かを好きになるなんて多分一生ないんだろう、なんて高を括ってたりもした。
なのに…。
だから…俺は自分の想いを隠して親友のフリを続けてこられたのに……。
「まぁ、な……」
同じ台詞なのに、酷く不愉快に思える。
照れて、頬まで染めて、俺の知らない表情ではにかむ敦志の姿が、新鮮すぎて…。
その原因まで頭をちらつく悪循環に陥り、俺は憎悪にも似た嫉妬に包まれた。
「いいよ」
「ぁん?」
「分かったって言ってんの。してやるよ、恋人のフリ」
表向きは晴天級の笑顔で、それでも裏はどしゃ降り級のしかめっ面で。
『親友なら真っ先に気づけよなぁ…』なんて心の中で愚痴りながら、しかし、俺の承諾にすっかり舞い上がった敦志はそんな笑ってない俺の目なんてそっちのけで喜んでいる。
だけれど、顔をくしゃくしゃに歪ませた極上の笑顔が俺の気分を少しだけ浮上させてくれた。
まっ、結局これも、惚れた弱みってヤツなんだろうなぁ…。
俺はふうぅっと大きく溜め息を吐いて苦笑を漏らすしかなかった。
「…で、なんでこうなるワケ?」
「ぁん?いいじゃん。オレ、こんな別嬪さんの隣を歩けてシアワセぇ~」
別嬪さんって…。
俺の隣にいる敦志はいつものオレ様な敦志で。
でも、敦志の隣にいる俺はいつもの俺じゃない。
「敦志…俺、恋人のフリはするって言ったけど、女のフリまでするって言ったか?…ってか、その前にお前そんな事一言も言ってないだろ……?」
「んぁ?そうだったっけ??」
敦志はいつも肝心なことを伝え忘れる。
それがいつも一番肝心なことだったりするから、なおさら質が悪いのだ。
敦志の姉で、メイクアップアーティストの琴音(ことね)さんの手によって絶世の美女(自分で言うか?普通!)に変身させられた俺は、疲労感でげっそりしながら不貞腐れ気味に呟く。
自分でも女顔って自覚はあったけれど、これじゃまるきり女じゃないか…。
何でも特殊メイク専門らしい琴音さんに『若い子の肌って…』なんてウットリされながら、実験台として早朝からたっぷり弄くり回されたのだ。
何が怖いって…その沈黙と危ない目つきが一番怖かった……。
そんなこんなで精神的にどっと疲れているだけに、幾ら外面のお綺麗な俺でも愚痴の一つや二つ零したくなるってものだ。
「だってなぁ…薫、ツラ割れてんじゃん?」
「そりゃ…確かにそうだけど……」
そのままの、男の俺じゃ不服ってワケ?
俺は更に不機嫌さを募らせながら、呆れるくらい献身的な自分に空しさを感じ始める。
このまま自分の想いを押し殺して、このまま親友のフリを続けて、それでも俺はずっと笑っていられる?
まるで今の偽物の恋人同士のようにレプリカな俺を知っても、それでも敦志は笑ってくれる?
そこから先は最悪の堂々巡りで…。
敦志に自分の気持ちを知って欲しいのと、知って欲しくないのと、両方の板挟みに苦しんだ俺は悶々としながら口を開いた。
「なぁ、敦志…」
何を言うつもりなんだ?俺は!
急に神妙な顔付きで口を開いた俺を、敦志が不審気に見つめてくる。
「俺…俺な、敦志のこと……」
「…………………………紹介したいって、その子のこと?」
目をぎゅっと瞑って勝手に喋り出した我が口に覚悟を決めた時、品のいいメゾソプラノの声が俺達の耳を掠めた。
敦志の元カノの宮松小百合(みやまつさゆり)だ…。
認めるのは癪だけれど、確かに美人で知的で素敵な女性だ。
告白を妨げられてほっとしたようながっかりしたような複雑な心境で、俺は彼女に向き合う。
その瞬間、まるで百合の花のように高貴な彼女の瞳が大きく見開かれ、正体に勘づかれた?と内心ビクビクしながら、それでも俺は何とか平静を装って会釈する。
「…あら?随分と素敵な方ね。可憐で清楚で……まるで私への当てつけみたい」
どうやら正体はバレてないらしい…。
でも…。
うげぇ…こんな性格ブスに敦志が本気なワケ?
遠回しに自画自賛してるじゃん…まっ、俺も人のことは言えないけれど……。
今すぐにでも怒鳴りつけてやりたいけれど、声を出せば素性がバレるのは必至だから、俺は何とかその衝動を抑える。
幾ら俺でも声までは女装できないし、な?
しかし、その客観的な謙虚さが余計に彼女の何かを煽ったのも事実で。
「はっきり言ったら?敦志、まだ私のこと好きなんでしょ?だからこんな茶番まで」
「…好きじゃない……もう、好きじゃねぇよ。今、オレが好きなのはコイツだけだ」
真剣な面持ち、真剣な口調が敦志をより魅力的にしている。
レプリカな愛の告白だけれど、それは確かに俺の心を揺るがして。
「証拠は?見せなさいよ、証拠」
「そんなに見たきゃ、見せてやるよ。そのでっけぇ目見開いてしっかり見やがれ」
多分…彼女はまだ敦志のことが好きなんだろう……。
そして、敦志もまだ彼女のことが忘れ…?……何か矛盾してる??
敦志のヤツ、彼女にフラれた腹いせに見返してやりたいって言ってたよなぁ…?
あまりに男前な敦志に見惚れながら、俺は今日までの経緯を順序立てて追ってみる。
「…んっ!」
しかし。それも長くは続かなかった。
俺の至近距離にいつの間にかその男前な顔が迫っていて…。
…?……うぎゃぁ!?
もしかして俺、敦志とキスしてる?敦志にキスされてる??
その現実に気づかされたのは、すっかりちゃっかり唇を奪われた後だった。
「…ぅん…んん」
上顎の窪みを舌先?で擽られて、背筋にゾクリとした悪寒が走る。
その所為で見惚れモードから現実に舞い戻った俺は、もちろんすぐにパニックに陥る羽目になったのだけれど。
それでも、恋い焦がれた敦志の唇も舌も驚くくらい甘くて熱くて、俺は無意識の内に敦志の背中に腕を絡ませていたらしい。
「何なのよ!一体!」
俺の吐息まで全て飲み込むような敦志の強引なキスは、それでもどこか優しくて、俺は敦志の与えてくれる快感に素直に身を委ねた。
その白昼堂々の抱擁に面食らった小百合が地響きを立てるような勢いで去っていっても、俺の予想に反して敦志の唇は俺を翻弄し続けたのだった。
「…なんかイイかも……」
「何が?」
「薫とのキス…なんかすっげぇイイ……」
「…ばっ!」
俺よりキスの余韻に浸っていた敦志がボソリと呟く。
「薫。オレの恋人になんない?」
「え?」
「一生のお願い。俺の恋人になってくんない?」
「……ええ!?!?」
レプリカから始まる恋もなかなか乙かも知れない。
『実はオレ、薫のことずっと好きだったんだぜ。だってさ、このオレがフラれるワケないじゃん』
お調子者でオレ様な敦志のこの台詞が嘘か本当か?なんて分からないけれど、俺達が本当の恋人になる日も近い…かも知れない。
HAPPY END
2001/5/25 fin.
戻ル?
|