王子様危機一髪
固く冷たい感触で目が覚めた。こんな寝心地の悪い場所で寝た覚えはないのだが…と、Gオンはぼんやりした頭で考えた。
どこかの王女ではないが、「ここはエレベーターですか?」と言いたくなるような狭い場所だ。
「お目覚めですか、王子様」
顔をあげると、覆面をした片目の男が見おろしていた。とたんにGオンの頭の中に記憶がよみがえってきた。
いつものように城を出ようとして薔薇園で薔薇を摘んでいたのだ。
Zロリを危ない目に遭わせてしまってから、すべてありふれた品種に植え替えた薔薇園で。
その時、なぜか突然睡魔が襲って来て…………薔薇に埋もれるように倒れてしまったのだ。
「あいかわらずフラフラと遊び歩いて王妃様にご心配をおかけしているのですか?いつまでもそうしている場合ではございませんよ。
あなたのような方が国を統べていくのは荷が重過ぎるのです。私でよろしければ、その重荷を軽くしてさしあげましょう」
Gオンは黙って男をにらみつけていた。話をするのも汚らわしかった。
「あなたは自由になりたいのでしょう。王位継承権を私にお譲りになって、城の外で好きな研究でもなさって、
憧れの、風のような暮らしをしてはいかがですか?王子様。それとも………星になりたいのですか?」
Gオンは奥歯を噛みしめた。何が起ころうとも、脅迫に屈することなどできない。
「逃げようなどとはお考えにならない方がよろしいですよ。お城には多少気の荒い私の知り合いがいるのですから」
血の気が引く音が聞こえた。
「母上には手を出すな!」
立ち上がろうとして、引っ張られるように後ろに倒れ、おもいきり尻餅をついてしまった。
…………今さらのように気がついた。首に鎖がついている。
「おっと、ここもこうしておくべきでした」
男はGオンの手を取り、やさしいしぐさで手枷をはめた。
「私も鬼ではありません。よくお考えになって下さい」
たびたび危険な目に遭っているから、十分に気をつけていたはずなのに。城を抜け出すことを考えて浮かれている時に油断があったのだ。
どのくらい時間が経過しただろう。気持ちばかりがあせって、何も変化はない。
いや…………胃のあたりが締め付けられるような感じがする。さっきから体の中で何かが蠢いている…………。
ひょっとして、これが………これがいつもZロリが感じているという、“ハラペコ”というものなのか?!
数日食事ができないことなど、珍しくないと言っていたZロリ。
猛吹雪の中で、初めて出会った時のことが脳裏によみがえってきた。
「キミは旅人として失格だね」などと、彼に言ったっけな。…………
彼がどんなに厳しい旅をしているかも知らずに。
風のように自由であることは様々な危険と隣り合わせでもある。
空腹をかかえて何日もさまよったり、吹雪の中に倒れたり。それでも彼は前に進んで行く。
城を抜け出して、数日だけ旅人気分に浸っている自分のしていることなど、ただのママゴトなのだ。
(Zロリ…………これがハラペコってものか。…………なかなか切ないものだな…)
今、どこにいるのだろう。また逢えるだろうかと楽しみにしながら彼に渡す薔薇を摘んでいたのに。
目線を上げると、小さな窓から星がのぞいていた。そのひとつが、すう…と流れた。
(Zロリに逢いたい…逢いたい…逢いたい……………)
思わず心の中で三度唱えてしまったがすぐに我に返った。科学者なのに。バカなことを。
(Zロリ…キミは今どこにいるんだ?この星を、どこかで見ているのか?)
「あ。流れ星だ」
「腹いっぱい食いたいだ、腹いっぱい…………ああ…………消えちまった〜」
「せんせ、なにかお願いしただか?」
「ばっか。おれさま、星の世話になんかならないぜ。願いってのは自分の力でかなえるもんだぜ」
そろそろ寝るのにいい場所ないかな〜と見回しながら歩いていると、近くで物音がした。
闇に目をこらすと、足元に見覚えのあるものが…………こんなところにあるなんて、ただごとではないものが……落ちていた。
「どうでしょう。考えていただけましたか?……まだですか…?…それでは少々痛い目に遭っていただくことになりそうですな」
Gオンは覆面の男をにらもうとしたが、激しい空腹のため、目まいがして、顔を上げることができなかった。
覆面はGオンの顎をぐいと持ち上げ、眼をのぞきこんできた。
「美しい……宝石のような眼をされている。…………あなたに潰された私の眼ですが……いまだに疼きましてね……
同じ痛みを味わっていただきたいところだ…。だが、まずはもう少し目立たないところからいきましょうか…………」
ドアが開いて、大きな男達が数名入って来た。
もう抵抗する力も残っていないGオンを数人で押さえつけ、その手をぐいとつかんで床につけさせた。
「いつものお遊びをされている最中に、機械に挟まれてしまったことにすればよろしい」
彼はGオンがどんなに指を大切にしているか、知っている。物を作ることが、今の生きがいと言っていい。
さまざまなものを自在に作る繊細で、器用なGオンの手。その手を守るために、Gオンはいつも手袋をはめているのだ。
「端から指を一本ずつ潰しなさい。…………一本ずつですよ」
「やめろっ…………指は……!!」
何か硬いものが振り下ろされ、激痛が体を駆け抜けた。歯を食いしばって、悲鳴を飲み込んだ。
「泣いてもいいのですよ。大声で泣き叫んで、命乞いをなさい」
指先になま暖かいものが湧いてくるのを感じる。ずきずきとした痛みが強くなってくる。
「おやおや…………高貴な方の血も、我々のと同じ色をしているのですね…………」
その時、派手な音をたてて壁に大きな穴が開いた。
飛び散った破片が男達に降り注いだ。
覆面の額に破片が当たり、血がひとすじ つう、と流れた。
「確かに色は同じだな。…………だがお前の血からはドブよりくせぇ臭いがするぜ!!」
逆光の中に立つ、細いシルエットが、そう言った。そして、覆面の男を改めて確認して叫んだ。
「あ、お前はいつかの…………!!」
「先日の……薄汚いキツネか!こりずにまた痛い目にあいに来たのか?!」
Zロリは男に顎を向けて、ニヒッ、と笑った。
「んなこと言っちゃって、いいのかな?…………やってしまえ!Iシシ、Nシシ!!」
Zロリが叫ぶと同時に、壁がガラガラと崩れ落ちた。見上げるような巨大メカが、手当たり次第に破壊の限りを尽くしていくのを、
覆面たちはただ見ていることしかできなかった。…………こんな事態は想定外だったのだ……。
ZロリはすばやくGオンを連れて、メカの中に乗り込んだ。
「Zロリ……」
「礼はいらない。当然のことをしたまでさ………なんてな。くぅぅ〜、やっと言ってやれたぜ〜ニッヒッヒ〜」
たまらなくうれしそうなZロリに、Gオンの顔もほころんだ。
「しかし………なぜ私がここにいると…?」
Zロリはあの道で拾ったものをGオンに渡した。
「そいつが道案内してくれたのさ」
それはGオンの帽子だった。帽子は主人に薔薇を差し出した。Gオンは帽子を握りしめた。
「指をやられたのか、Gオン」
「いや、た、たいしたことはない」
「そだな。…なめときゃ治るってか」
そう言うが早いか、Zロリは薔薇の香りのするGオンの指をパクリとくわえ、舌を絡めて、ちゅっ、と吸った。
この不意打ちに、心拍数が最大限に上がったGオンはこらえきれず、思わず呻いた。
とたんに予想を超えた量の血液がZロリののどに流れ込んだ。
「ぶわっ!な、なんだっ、Gオ………!!」
むせそうになり、驚いて顔をあげると、Gオンが真っ赤な顔をしたまま…気を失ってZロリの方へと倒れてきた。
跡形もなく破壊された覆面のアジト。その壁の一部に、なぐり書きが残されていた。
“Zロリ参上!”
そして、さらに
“バラくらいケチケチすんな!バーカ!!”
おそまつさまでした(2005年5月8日)
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