忘れえぬ日々


大広間ではまだパーティーが続いていたが、Gオンはこっそりと部屋に戻った。
王子たる者これではいけないのだろうかと思うが、賑やかな場所にいると疲れる性分なのだ。
ドアを開けるとすぐ、何者かがいるのに気がついた。
慎重に室内をみまわすと、ベッドの上にZロリがうつ伏せに寝そべっていた。
いつパーティーを抜け出したのか気がつかなかった。いやそれよりも、勝手に部屋に入っているこの図々しさはどうだ。
Zロリは何かを熱心に見ていて、Gオンが近付いてきているのに全然気がつかない様子だ。

急に声をかけて驚かせてやろう。

Gオンはそっと、すぐそばまで近付いてZロリの手元を覗き込んだ。
熱心に見ていたそれは、Gオンの子供の頃のアルバムだった。

(それはパーティー前に見たじゃないか)

やや拍子抜けしたとたんに、Zロリが急に顔を上げたので、二人の高い鼻がぶつかった。

「ふぁッ!!あだだだッ!!」
「き、急に顔を上げるなキミは〜!!」
「おまえこそ声くらいかけろっての!!」
「勝手に部屋に入っておいて何だ!」

二人はしばらく言い争い、にらみあっていたが、ノックの音がしたので同時にドアに目を向けた。

そこには、慈悲深い女神のような笑顔を湛えたSンシア女王が立っていた。
その手に、二つのカップが乗ったトレイを持って。

「賑やかだこと。ここにいたのね。Gオン」
「はっ、母上…!!」
背筋をピンとのばすGオンにひとつ、つられて正座したZロリにもうひとつのカップを手渡した。

「Gオンはこれが好きなのよね。Zロリ王子もどうぞ」
「はあ、いただきま…(うぉっ、甘ッ!!)」
思わず肩が揺れる。
「なんだ〜。おまえ、やっぱりこ〜んな甘いの好きだったんだなあ。頭・脳・労・慟・者くぅぅ〜ん」
Gオンは喉の奥で、ぐっ、という音を出し、搾り出すようにつぶやいた

「キ、キミは〜…………」

「こんなイキイキしたGオンを見たのは久しぶり。…いえ、初めてかもしれないわ」
「い、いや…母上、これは……」
Sンシアはニッコリと微笑んで、言った。

「母親の私から見ても、この子は自分を表現することが苦手みたいなの。なかなかお友達もできなくて」

「は、母上ぇ」
「Gオン。あなたの笑顔を見ると私もうれしいわ。…でも、Zロリ王子といるときのあなたは、怒った顔も困った顔もすてきなの。
あなたたちは本当に仲がいいのね。…………Zロリ王子」
「はい?」
「これからも、Gオンをよろしくね」
とびきりの笑顔にはとびきりの笑顔で。そして、とびきりのいい声で返す。

「おまかせ下さい、女王様」

満足そうに部屋を後にするSンシアの後姿を、小さく手を振って見送った。

お茶が甘いとからかいながらも、おいしそうに飲むZロリを見ながら、Gオンは考えていた。
今まで友達と呼べる者がいただろうか。自分が王子ということがわかると、態度を変えてしまう者ばかりだった。
でも、Zロリはちがう。彼はなにも変わらなかった。

「私が王子でも、…………キミは変わらないんだな」
「そんな必要ないさ。GオンはGオンだろ。それに…」
Zロリは凛と声を張った。
「おれさま、ここよりもっとでっかい城をブッ建ててやるんだ。おれさまの方が偉いのさぁ」
王家に育ったGオンも、時々はっとするような器を感じさせるZロリ。口だけではない、何かが彼にはある。
いつの間にか彼を慕って集まる者たちがいることが、それを示している。
GオンはZロリを見つめていた。ふと気がつくと、その目に光るものがある。

「城なんか………城なんかうらやましくない…おれさまも……いつかきっと、自分の城を持つんだから…………
…………あ…あれ?…………なんで…………」

光るものは、たちまちあふれ出して頬を伝う。そして輝きながら、やがて一滴、落ちた。
Zロリの手はとっさに、その落ちる先をかばった。…………アルバムの幼いGオン王子と、その母の写真を。
「変だな…………なんで…こんなに…………」
一滴落ちると、あとはもう止まらない。ポロポロと続く雫をもう止める術はない。
Gオンは理解した。Zロリが見ていたのは、幼いGオンではなく、傍らの母親だったのだ。
鮮やかな天然色の写真から、そのまま抜け出して来たような、変わらない美しさのSンシア女王が、今もGオンと共に生きている。
でも、ママは…………ママは、もう…………

セピア色のママは、家に置いて来た。
夢をかなえるまでは決して戻らないと誓った、あの家に。

城はぜったい手に入れてみせる。…………だが、Gオンが持っているもう一つのものは、もう手に入ることはないのだ。

もう、涙を止めることができないと思ったZロリは、アルバムを手で押しやって、目を伏せた。
泣き顔を見られたくない。
背中を向けようとするより早く、Gオンの暖かい胸が、Zロリを涙ごと受け止めていた。

「こうすると、泣いているのは見えないだろう?」
でも、今Gオンが着ているのは、パーティー用の衣装。

「服が…お前の服が汚れる…」
「キミの涙で濡れるのを、汚れるとは言わないさ」

Gオンの胸の高鳴りは、Zロリのしゃくり上げる動きでかき消され、ほとんどわからない。
ZロリはGオンの胸に抱かれたまま、動かなかった。ただ細い肩が震えているだけだった。





肩の震えはしだいに細かくなり…………やがてGオンの耳元で、大きく、規則的な呼吸が始まった。


「ママ…」

Gオンは静かに笑った。…もう、この寝言にも慣れた。

「今日はゆっくりママに逢うといい」


セピア色のママは、家に置いて来た。
夢をかなえるまで戻れない、あの家に。

だけど平気だ。心に刻まれた鮮やかなママの思い出とは、いつも一緒だから。




おそまつさまでした (2005年6月9日)

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