父との遭遇



(母上なんか…きらいだ…)

剣のお稽古をさぼって叱られ、Gオンは城を飛び出していた。
あとからあとからあふれてくる涙を拭きながら走るうちに、いつの間にか森の奥に入ってしまっていた。
森といっても自分の庭なのだがあまり一人で歩いたことはなかった。
小さな手足のあちこちにひっかき傷を作り、うす暗い森のなかにぽつんと一人きり…。
心細さに また涙があふれそうになってきた。

(母上……)

母のことで頭がいっぱいになったその時、草むらからいきなり飛び出した人影を、間一髪でGオンはよけた。

予想以上のすばしこさに、覆面で顔を隠したそれは舌打ちをした。
だがホッとするヒマはない。覆面は一人ではなかった。

Gオンは続々と現れる覆面の者たちをかわし続けていたが、ついにつかまってしまった。

「何者だ!」

Gオンの問いに返事はない。正体を隠すために声を出してはならない、闇に生きる者たちなのだ。

(終りか?…ここで?!)

幼い王子は死を覚悟した。…が、
彼を押さえつけていた覆面の男の体が急に後ろに飛んだ。

思わず、声を出してはならないことを忘れてざわつく覆面たちに混じって、見知らぬ男が立っていた。
覆面ではないが、ゴーグルをしており、こちらも顔は見えない。
男は凛と声を張った。

「子供一人に数人がかりか。わかりやすい悪人どもだな!」

そのとたんに、周りの木々が がさっと音を立てて、大勢の覆面が現われた。
一瞬凍りついた空気を、男の声がまた破った。

「逃げろ!…え〜と、こっちだ!!」

Gオンの手を素早くつかみ、ゴーグルの男は走りに走った。
訓練を受けた覆面たちも追いつくことが難しい 見事な脚力で。

脚でかなわないとわかると、覆面たちは二人にむかってナイフの雨を降らせてきた。
かろうじてそれをかわしていたとき、Gオンはつまずいて転び、つないでいた手が放れてしまった。
助け起こしていれば追いつかれる!

ぎりっと歯を食いしばり、ゴーグルの男は考えを巡らせた。
せめてこっちにやつらをひきつけて、少年を逃がそう。

「ハハハハハ…おまえたちの悪事、しかと見たぞ!さらばだ!!」

そう叫ぶとねらい通り、覆面たちが追ってきた。さあこんどはこいつらを…こいつらを……
いたいけな少年のピンチに思わず飛び出してしまったが……くっ…どうすりゃいいんだ!

勢いで行動するのはいつものことだが、今回は事情が違う。

少年、うまく逃げてくれ。
祈るような気持ちでスピードを上げた。もし追いつかれたら………な、なんも考えつかん。

え〜い、その時はその時だッッ!!

いきなり足元がズッ、とくずれて我に返った…と、思う間もなく
勢いが付きすぎて止まらなくなった覆面たちがどっとなだれ込み、地の裂け目に落ちて行った。
 
   







 
   







 
   







 
   







 
   





ゴーグルの男はかろうじて草につかまり、落下をまぬがれていた。

はるか下でさわぐ覆面たちを残してやっとの思いで這い上がった。

「ふ、ふふ…計算どおりだ」

思わず独り言が出る。…誰もいなくてよかった。その脚はガクガク震えていたから。




もとの場所まで戻ると、少年は少し離れたところにうずくまって震えていた。

「どうしたんだ!」

声をかけても顔を紅潮させて小さくうめくだけで、今答えることはできない様子だ。
逃げる時にどこかケガをしたのかと見てみるが、それらしい傷は見当たらない。
「だ…大丈夫です…ちょっと ぶつけ…た…だけ…」
苦しい息の下から途切れ途切れに言っている。ちっとも大丈夫そうではない。

目立つ傷が見当たらないのに、うずくまってこんなに苦しんでいる、ということは…
はっとして、少年の下腹部に手をのばした。

「ここか?ぶつけたのは」
「あ…っ……いやっ…」
「ここは大事なところだから。恥ずかしいのはわかるがちゃんと見せるんだ」
やさしく静かに語りかける男の声に、Gオンは体の力を抜いて身をまかせた。

大人でも耐え難い痛みなのに、幼い彼が声を殺して耐えている。
声を出せば残党が来てしまうかもしれないと警戒しているのだ…男は胸がつまる思いがした。

「泣きなさい。泣いていいんだ。男が声を出して泣いていいのは、ここをぶつけたときと、財布をなくしたときくらいだろう」

Gオンは小さな頭を男の体にあずけて、しばらく声をあげて泣いた。

残党がなんだ!今は俺がこの子を守ってやる。(…でも、できれば来ないでね)


男はGオンがぶつけて痛むところをゴーグルを外してじっと見ていたが、
Gオンは恥ずかしさに顔を背けていたのでゴーグルの下の顔を見ることはできなかった。


「よかった。折れたりはしていないようだ。念のために川へ行って冷やそう」

男はGオンに下着をはかせながら、おどけたように付け加えた。

「なかなかりっぱなモノを持っているな、少年!将来楽しみだな…なんてな!」

Gオンはその言葉にはにかんだ笑顔を見せた。男が自分の気持ちをやわらげようとしてくれていることがわかったから。







清流に痛みを癒されながら、Gオンは男とぽつりぽつりと話をした。

「キミのように小さい子がなぜこんな森の奥に一人で?…大人とはぐれたのかい?」

Gオンはその質問に答えたくない気分だったので、質問返しをした。

「あなたこそ、この森で何をしていたんですか?」

本来なら質問を質問でかえすのはおかしいのだが ここはGオンの森なのだ。
森の主から見れば闖入者であるこの男に質問するのは当然のことだった。
…と、そこまで考えたかは知らないが、男は気を悪くした様子もなく、話しはじめた。

「いや、ちょっと不時着してしまってね」

「不時着…って?」







 
   







 
   







 
   
少し下流へ移動した。広い河原でGオンは赤い飛行機を見て歓声を上げた。
「すごい…わー!!…すごいすごいっ!!」
碧い目をきらめかせながらしばらく見入っているGオンに男は声をかけた。

「ちょっとなら触ってもいいよ」

「本当?…本当に?!」

Gオンは赤い機体をいとおしげになでた。胸がドキドキする。

「ちょっと調子が悪くてね。もう少し直せば飛べそうなんだが」

「これで…飛ぶ…」

Gオンは機械が大好きだ。機械をいじっている時が一番楽しかった。
初めて触れる本物の飛行機にまるで夢見るような心地だった。

「これで……どこへ行くんですか?」

「う〜ん…わからん!」

アッサリという男に、Gオンは一瞬拍子抜けした。

「行くあてもないし帰るところもない。まあ、この世界すべてが俺の家だ!…なんてな!」

「いいなぁ…わたしも遠くへ行きたい…」

選択肢のない自分の未来を思い、Gオンは少しうつむいて、ぽつりと言った。

「わたしは…生まれてくる所をまちがえたのかも知れない」


「なに言ってんだぁ!自分の運命に立ち向かわなくてどうする!」

男はゴーグルの奥からGオンをまっすぐ見つめて言った。

「ん〜…なんだな。キミの人生は今向かい風がキツイのか?…大丈夫だ。そのうち背中を押してくれる風も吹く。
今はその風に乗れるように自分を高めておく時なんだ。送ってやるからウチに帰りなさい」
「でも…」
「わかるぞ。家出なんだろう?叱られるけど帰るんだ」
返す言葉もなくうつむくGオンの頭にポンと手を置いた。大きな、暖かな手だった。

「旅に出るには早すぎる。なんだか知らんがああいうのが狙ってくるような立場なんだろう?
丸腰でも身を守れるようになってからでないと いけないぞ。…帰り道で少し鍛えてやろう。
俺にスキがあったら遠慮なくかかってきなさい!」

言い終わらないうちに男の脚にGオンのローキックが炸裂した。

「ご、ごめんなさい…スキだらけだったんで」

倒れた男に手を差し出しながら、Gオンは本当に申し訳なさそうに言った。

「う〜ん…な、なかなかスジがいいぞ少年!今日はこれくらいにしとこう」

きゅっ、と握った手は大きく、Gオンの手をふぅわりと包み込んだ。母上の手とはまた違う感触だった。

「あの、…ひとつ…お願いしてもいいですか?」

わたしは何を言おうとしているんだ、と頭の中で声がしたが、Gオンは続けずにはいられなかった。

「ウチにつくまで…父上と呼んでもいいですか?」

「え?」

ゴーグルの男はしばらく沈黙したあと、三本指の真ん中の甲で、つんとした鼻のしたをこすりながら言った。

「いや〜…父上ってガラじゃないなぁ〜…じゃ、パパで」

「ぱぱ??」

今度はGオンが少し止まった…。だがすぐに笑顔になり、つないだ手にギュッと力をこめた。

「わたしは父上を知らないんです。あなたみたいな人かなぁって思って……じゃ…パ…パパ、行こう!」





手をつないで森の中を歩いた。まだ 早く城について欲しい気持ちより、一緒にいたい気持ちの方が強い。

「助けてくれてありがとう。パパ」
「いや〜。…俺にもキミくらいになる坊主がいるもんで…」
「その子は?」
「置いてきたのさ」

男は少し鼻をすすった。

「まだおっぱいの匂いがしてたなぁ…あの頃は…」

Gオンは男が置いて来た子供のことを思った。自分と似ている立場だと思うと、会って話してみたい気がした。
同時に、この男が子供を残して家を出てきたことに憤りを感じて少し不機嫌になった。

「その子はどう思ってるんだろう」
「そうだな〜…今はムリかもしれんが、いつか わかってくれるさ」
「どうして?」
「…あいつもきっと旅人になるからさ…まあ、旅に出る日までは ありあまるエネルギーのやり場に困って
いろんなことをやらかしてしまうかも知れない。 …俺の…息子だからな」

旅人。その言葉を聞くとGオンはなんだか切なくなった。



やがて、空が茜色に染まる頃、家と呼ぶには巨大すぎる白亜の建造物が視界に入ってきた。

「へ〜…キミ、王子様だったのか」

ただ目を丸くするだけの男を見てGオンはうれしそうに言った。

「パパは変わらないんだね。他の人たちは わたしが王子だってわかると人が違ったようになってしまうのに」
「王子であろうとなかろうと、キミはキミだからな」

城の近くまで来ると男はここで別れようと言った。

「お礼がしたいんです」

Gオンは握った手を放さない。

「いや。お礼が欲しくてキミを助けたわけじゃなくて…自分の坊主に 何もしてやれない代わりだから…」

「じゃ……せめてお名前だけでも…」

男はゆっくり、ゆっくりとGオンの手を放しながら言った。


「俺は自由に飛ぶために、なにもかも捨てて軽くなったんだ。………名前もね」

もう行ってしまうのか。Gオンはもっと男と話がしたかった。すがるような目をして言った。

「わたしの…父上も…旅人で…きっとどこかに元気でいますよね」

「もちろんさ!」

先ほどまでの静かな口調とは違った力強い口調でそう言うと、男は指を一本、びっ、と立てた。
ゴーグルの奥のその目は、きっとウィンクしている。






城では王子がいなくなったと大騒ぎだった。捜索隊が出ようというしていた矢先にGオンの姿が見えた時、
大騒ぎはそのままお祭り騒ぎとなった。

Gオンは母上とふたりきりの部屋でひとしきりお尻をぶたれたあと、胸にぎゅっと抱かれた。
見知らぬ男のことは、一人で胸にしまっておくことにした。




次の日。Gオンはよく晴れた空に吸い込まれていく赤い点を、それが消えてしまうまで ずっとずっと見つめていた。





おそまつさまでした。(2005年11月9日)

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