01:日陰の湿った土の続き
グロエロ有り。鉄道猫が変質者。ご注意。
06:我慢できない
幾ら良い気候とは言え、幾ら涼しげな夕暮れとは言え、二時間もデッキブラシを動かしていれば、汗は垂れるし腕は怠い。これでお終い、と区切りをつけて、バケツの水を思い切り流すと、先刻までねっとりと鮮血で赤く染まっていた軌道が、やっと元の色を取り戻した。
白昼、線路への飛び込みがあったのだった。もうすっかり惨事の色は洗われて、代わって夕暮れの色が軌道を染めている。共にコンクリートを擦っていた若い駅員に顎で合図し、スキンブルシャンクスは駅裏の水道へと移動した。
「凄かったッスね」
まだ幾らか気分悪げに、その駅員が呟く。
「初めてかい?その内見慣れるよ。少なくないからね。晩飯にミートソースパスタでも奢ろうか」
苦笑いしながら若い駅員を揶揄うと、若い駅員は勘弁して下さいよと顔を顰めた。生々しい轢死体を思い出したのか、本当に顔を青くしている。
「冗談だよ。後はやっておくから、もう上がりな」
「すいません。お願いします」
口許を抑えて、足早に去っていく駅員の後ろ姿を見ながら、スキンブルは二本のデッキブラシを勢いよく水道に浸した。まだ肉片や臓物の欠片がこびり付いている――と言うことはないが、押さえ付けると染み入った赤い色がじわりと浮き出る。その色が無くなるまで何度も洗い、駅舎の影に立てかけた。
折角、休みの前の日に何てモノを見せてくれるんだ、と独り語ちながら、スキンブルは込み上げてくる笑みを慌てて押さえ付けた。鼻の奥にはまだ、粘着くような濃い血と臓腑の臭いがこびり付いていたし、脳裏には轢断された手足の筋肉の筋や、脂肪の黄みがかってぶよぶよとした塊や、胴から弾け飛んだ臓物の映像が鮮明に残っていた。ぞくぞくと耳の先から尻尾の先まで一様に、毛並みが逆立つ。
「あーあ。帰ろ帰ろ」
ぶるりと身体を震わせると、スキンブルはパタリと駅舎のネームプレートをひっくり返した。
スキンブルの住家は、町の外れに在る。殆ど郊外と言っても過言ではなく、庭の続きが森、隣家は歩いて十分と言う外れ具合だ。狭い下宿よりも、広い一戸建てで気兼ねなく過ごすことを選んだ結果である。その家の玄関先で、莫迦が一人、ドアを叩いていた。
莫迦は、この野郎隠れてんのか、とか出てきやがれ、とか、在り来たりな罵言を連ねている。普通、この時間には僕はまだ、仕事してるんじゃないかな、と呟きながら、そろりと近付いて肩を叩いた。
「うわぁっ!」
半ば腰を抜かさん限りに驚いて、莫迦が振り向いた。莫迦は、否自称犯罪王マキャヴィティは、ぽかんとした顔でスキンブルを見つめている。やがて、スキンブルの制服姿から何かを察したのか、急に頬を赤くするとゴホンと一つ、咳払いをして、仕事なら仕事と言えよ馬鹿!と言い訳した。
「莫迦はお前だよ。この時間、僕が普段働いてて家にいないことも覚えてないの?玄関壊れてたら、君に直して貰うからね」
「だ、黙れ!お前こないだは良くも人が動けないのを良いことに好き放題やってくれたな!」
子供のように地団駄を踏むマキャヴィティに、スキンブルはどっと疲れを感じて肩を落とした。
「何。そんなことわざわざ言いに来たの?」
「わ、悪いかよ!あと一発殴らせろ」
そう言って、マキャヴィティが拳を振り上げた。
こないだ、と言うのは半月程前に、喧嘩だか乱闘だかで襤褸雑巾になっていたのを、更にスキンブルが絞った時のことを言っているのだろう。抉れた腹や折れた腕を躙られた仕返しが、たった一発殴るだけで良いのだろうか?どこまで平和主義なんだこの犯罪王は。わからない、わからないな。つらつらと考え込みながら、スキンブルが妙な顔で黙り込んだせいで、マキャヴィティは振り上げた拳の落とし所を見失ったらしく、困惑した顔でスキンブルと振り上げた腕を見比べ、やがてもじもじと腕を背に隠した。
隠すのかよ。内心で呟きながら、その半袖の綿襯衣から覗いた両腕に、あの時の疵痕が本当に、欠片も残っていないのを見つけた。まさかとは思ったが。ふ、と口許が歪んだ。
「何笑ってンだよ」
「いや、別に。あの時は一寸酔ってたんだ。悪かったね。お詫びに中で一杯どう」
歪みが、マキャヴィティには笑みに見えるらしかった。ますますいびつに口を歪めて、スキンブルはにこりと微笑んだ。一方自称犯罪王は、突然の展開に目を輝かせつつも、
「さ、最初ッからそう言う態度ができるんなら、そうしろよな!」
と子供っぽい意地を張っている。それには取り合わず、スキンブルはようこそ我が家へ、と口ずさみながら、玄関の鍵を開いた。
居間のソファに座って、物珍しげに辺りを見回しているマキャヴィティをちらりと確認し、スキンブルは予てから準備だけはして、それで満足する筈だった様々な物をキッチンのテーブルに並べた。それからキッチンの奥の浴室で制服から普段着に着替え、取り出した物の中から、まずは玩具の手錠と、細引の小さな束を選んでズボンの尻ポケットに突っ込んだ。
そしてキッチンの棚から、安いウィスキーを選ってグラスも二つ一緒に掴むと、愛想良くお待たせと声を掛けて、居間へ戻った。向かい側ではなく、マキャヴィティの直ぐ隣に腰を下ろしたが、マキャヴィティは特に気にしなかった。
「久しぶりだっけ、ウチに来るの」
「うん。まあ」
「流石にもう、ストレートで飲めるだろ」
「え…あ、ああ勿論だ」
どうやらまだのようだったが、態と見過ごして並々と黄金色の液体を注ぐ。安酒特有の、硬く刺々しい臭いにも、気付かないようだった。乾杯、と小さな音を立ててスキンブルが一気に飲み干すと、一瞬顔を顰めながらも、マキャヴィティも同じように飲み干した。存外嘘ではないらしい。
「良い飲みっぷりだね」
「当たり前だ!だって特訓したんだぜランパスと」
「ふーん。じゃ、もう一杯」
自分のと、マキャヴィティのにウィスキーを注ぐ。特訓の成果を見せてやるよ、と得意げに言い、マキャヴィティはまたも一気に飲み干した。適当に褒めながら、スキンブル自身は飲み干さず、ちびりと一口、口に含むだけにして、テーブルにグラスを置いた。
「あんまり無理に飲むなよ」
「子供扱いするなよ。もう二十にもなったんだぞ」
「何言ってンだか。僕は君が、こォーんな小さい時から、知ってるんだよ。おしめだって換えてやったのに」
ソファのクッションを手で翳してやると、マキャヴィティは手酌をしながら、うっさい黙れ馬鹿、と照れ臭そうに呟く。
その横顔に吸い付けられるように、思わずマキャヴィティの手を取ると、スキンブルは流れるような動作で尻ポケットから手錠を取り出してカシャンと両手を繋いでしまった。
「…何の冗談だ?」
忽ち剣呑な表情でスキンブルを睨みつけるマキャヴィティに、薄ら笑いを浮かべながら、参ったなあと頭を掻いた。もう少し、本当は酔わせてからと思ったんだけど。いつものタチの悪い悪戯と思ったのか、外そうと藻掻くマキャヴィティの襟首を掴むと、スキンブルは無言で立ち上がり、マキャヴィティを引っ張って歩き出した。
「おいっ!こら貴ッ様!何しやがるんだ!この!糞野ろ…うぐぁッ!」
どたんとソファから引き摺り落とされて尻餅をつき、無様な格好で喚くマキャヴィティの腹に思い切り蹴りを入れ、念には念を入れて細引きで上半身と両手首を固く繋いでしまう。作業を終えて躯を起こすと、信じられない、と言う顔でスキンブルを見上げるマキャヴィティと、ばっちり目があった。
にこり、と微笑んでやる。
「駄目だよ?仮にヘボでも犯罪王を名乗るならその位、一瞬で抜け出さないと」
「だって…!お前が…!糞!死ねッお前なんか死んじまえ!」
「駄目駄目。犯罪王ならそこは、死ねじゃなくって殺すって言わなきゃ」
細かい駄目出しをしながら、暴れる身体をずるずると引き摺ってキッチンへと運ぶ。
キッチンへ到着すると、もう一度腹に蹴りを食らわせて、動けなくなったところを足で転がし、手早く下半身を裸に剥いた。
「っこの!変態!強姦魔!」
「いいでしょ。強姦は犯罪、つまり犯罪の王たる君の、可愛い眷属じゃないか。喜びなよ」
「喜ぶか馬鹿!この糞!放せ!殺す!次は絶対殺すからな!」
じたばたと暴れる脚を抱え込み、腹の上で飛び跳ねていた陰茎を口に含んで軽く歯を立てると、漸くマキャヴィティは大人しくなった。軽く被り気味の包皮を脣で反転させ、露出した粘膜を舌で押さえ付ける。それだけで口の中のものは硬くなった。喉の奥まで開いて、受け容れると、内股の筋肉がひくひくと痙攣するのが脇腹に感じられた。
たっぷりと唾液を絡ませて、水音を立てながら口で扱くと、マキャヴィティは呆気なく上り詰めて吐精したが、尚も放さずに愛撫を加えるとまたすぐに勃起を見せる。尿道に残っていた残滓を吸い出すようにして口を離すと、あろう事かクゥン、と鼻声を上げた。
「脚、自分で広げて」
「…ッ」
押さえ付けていた両腿から手を放す。精液と唾液に塗れた陰茎が、中空に聳えるように放り出された。泣き出す寸前の子供のように、唇を噛み締めながらマキャヴィティが悔しげに睨み付けてくるのを、薄笑いで流して、促す。
「今、気持ち良かったんだろ。声が聞こえたよ」
「う…」
目を瞑ってぷい、と顔を背けてから、マキャヴィティはゆるゆると脚を開きだした。
「最初ッからそう言う態度ができるんなら、そうしろよな!ハハッ!」
先刻の彼の口調をまねて言い、スキンブルは独りで笑った。そうして開帳された肉の窄みに、たっぷりと唾液を絡ませた指を潜らせる。
「ここも、どうせ元に戻ってしまうのなら、もういつもみたく慣らさなくても良いよね」
「やめ…っ」
空いている片手で自分の陰茎を取り出し、ピタピタと指を咥え込んだその部分に当てた。異物を排泄しようと蠢く窄みにもう一本、指を潜らせて左右に引き、出来た隙間に容赦なく陰茎を突き立てた。スキンブルの胴を挟む二本の脚に、ぎゅうと力が籠もる。反り返った腹の上を襯衣が滑って、その下に筋肉の凹凸を知らしめる白い皮膚と、小さな臍の窪みが丸見えになった。
その様子を見た途端、スキンブルは忘れかけていた当初の目的を思い出した。自身をマキャヴィティの内部に収めたまま、膝立ちになってテーブルの上に用意していた万能ナイフを手に取ると、露わになった腹に躊躇いなくその刃を走らせた。斜めに一本線を描く。あっと言う間に血が噴き出し、内臓が肉の裂け目を掻き分けるようにぼこりと飛び出した。
声とも咆吼ともつかない叫びが、キッチンを満たした。
「幾ら叫んでも良いよ。僕以外には聞こえないから」
「あ…ぁ…は…う、そ…」
「こないだの傷も、跡形もなく綺麗になってたし。この位平気だろ」
ごぼりと口から溢れ出た血の塊が、マキャヴィティの頬や首や襯衣を赤く汚した。胸の前で交差し、折りたたまれた両手が自身の襯衣をきつく掴んで、震えている。ナイフを床に置くと、スキンブルは萎えてしまった彼の陰茎をそっと撫でてやった。
「大丈夫。今日はちゃんと終わったら手当てしてあげるから」
「いッ…ぐぅ…」
どくどくと腹から流れ落ちる血流に手を突っ込み、切り裂いた腹に手を入れる。温かい。どこもかしこもぬるぬると柔らかくうねっている。ともすれば指先で内臓を突き破ってしまいそうな気さえする。
「今日ね、駅の近くの線路で列車へ身投げがあったんだ。もうね、ばらばらだよ。凄いよ。駅の若い連中なんて、真っ青で我先にトイレに駆け込んでさ。僕も昔はそうだったな。でも今は違う」
ギリギリと締め付けられるのが少し苦く、軽く腰を動かすと、裂いた腹の中がゆさゆさと揺れた。それを見て、ふと思い付く。もう少し奥まで手を突っ込めば、腸壁越しに自分の陰茎に触れられるかもしれない。今日は斜めに切ってしまったから、無理だろうが。
「今は、ばらばらになった轢死体を見ると、胸が高鳴るんだ。臓物を散らしてさ、線路や軌道や、列車の車軸や、車輪に絡まって。でも、どんなに密に絡まっても、一つにはなれないんだよ。それが一寸もの悲しくてさ」
腹の中に入れた手を掻き回す度に不規則に蠢く、臓腑の照りや、尻の収縮に興奮が増す。スキンブルは今日見たばかりの轢死体の様子を詳しく語って聞かせながら、全身を蒼白にしてぐったりと身を任せるマキャヴィティの、緊張に凝った太腿やその付け根を撫で回し、もやもやと淡い金色の産毛が、その下の白い膚が忽ち赤黒い血で汚れていくのをスキンブルはうっとりと眺めた。
「僕も、いつか死ぬなら、あんな風に死にたいなあ。ねえマキャヴィティ?」
ジジ、とキッチンの安い電灯が鳴いた。もうすっかり日が暮れたらしく、窓の外は黒一色で塗りつぶされている。時計を見上げると、もう午後23時を回っていた。夏の日没は、遅い。
大量に出血したためか、恐怖でか、マキャヴィティは幾らかぼんやりした表情で、虚空に視線を放っている。呼吸も浅く、静かになっていた。ちらりとテーブルの上に目を遣る。今日使わなかったものは、また今度にしよう。剃刀、鋸、ペンチ、ニッパー、金槌に釘、釘抜き、虫ピンにアイスピック、ワイヤー。これらは次のお楽しみだ。どうせ、全部「本当に」治ってしまうのだから、もう、我慢することはない。我慢しようとしたって、我慢できない。
「僕達、ぴったりのカップルだね」
膝小僧に一つ、小さなキスを落とすと、スキンブルはずるりと陰茎を引き抜いた。そしてぬるぬるとぬめる手で2、3度強く扱くと、ぱっくりと割れた腹の中めがけて、思う存分の射精を楽しんだのだった。
微かに、兄ちゃん、とスキンブルを子供の頃のように呼ぶマキャヴィティの声が聞こえた。
終
20061115
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