06-02:我慢できない
昏々と眠ってしまったマキャヴィティが目を醒ましたのは、二日後の夜遅くだった。
辺りが薄暗く見えるのは、血が足りていないせいだ。緩い寝間着を着せられた身体はまだ、少し動かしただけでも酷い怠さがあったが、それを堪えて半身を起こす。無意識に手をやった腹部には、厚くタオルが巻いてあった。タオルは血みどろで、恐らく最初に巻いたものをそのままにしていると思われた。怪我の功名と言うべきか、そのために傷口は思ったより早く塞がっているようで、半身を起こしても鈍い痛みは残っているものの、傷口が開くような痛みはない。
酷く喉が渇いていた。まだ食うことは出来ないだろうが、水なら何とか飲めそうである。枕元を見たが、水差しは愚か一杯の水も、空のグラスさえおいていない。部屋の中は薄暗いままで、部屋の隅などは真っ暗に凝って見える。部屋の扉がどちらにあるのかさえも判らない。スキンブルは、家の中にいるのか、いないのか、辺りはしんと静まり返って、物音一つ耳に入ってこない。名を呼ぼうにも、がさがさに枯れた喉は、ヒューと壊れた笛のような掠れた音が鳴るばかりだった。
もし、スキンブルが長期の仕事に出ていたら、2、3日では帰ってこない。まさかそんなことはあるまいが、仕事というのは本人の個人的な都合なんて考えちゃくれないんだよ、といつもスキンブルが言っている言葉を思い出し、心細い不安に駆られる。
1週間もすれば、独りで動けるようにはなるのだし、これより酷い怪我を負ったこともある。何を不安に思うことがあるのかと自らを叱咤しても、一度取り付いた不安の染みは、なかなか心から拭い去れなかった。
仕方なくもう一度横になろうと寝台に肘を付いたその時、遠くで扉の開く音がした。スキンブルが帰ってきたらしかった。物音は、そのまま跫音となって近付いてくる。やれやれと身体を長く伸ばすと同時に、黄色っぽい輪郭が目に入った。
「あ、やっと目が醒めた?今、お水持ってくるから」
黄色っぽい塊は、またすぐに暗闇の向こうへ去っていったが、その声は確かにスキンブルだった。ほっと息を吐く。安堵の息だった。こうなったのも何もかも、全て奴のせいなのに何で――とも思うが、腹立たしさよりも心細さが解消された安堵の方が大きいことを、認めざるを得ない。
お待たせ、と黄色い塊が現れた。近付くにつれ、それはスキンブルの形をはっきりとさせる。くん、と美味しそうな水の臭いが鼻をついた。
「起きあがれる?」
起きあがれる――のだが、頷いて起きあがろうとするより前に、乱暴に背を支えられて起こされてしまった。そしてはい、と手にグラスを握らせられた。当たり前のように、飲ませてくれるのだろうと思っていた。無言でグラスを持ち上げ、口に運ぶ。
清涼な水が、べとついた口中を洗い流して、あっと言う間に喉の奥へと落ちていった。無言で注ぎ足されるのも、同様に流し込む。けれども3杯目は制されてしまった。
「もう少しゆっくり飲まないと、胃が吃驚するよ」
子供の頃のように頭を撫でられる。驚いて見上げると、にっこりと微笑むスキンブルの顔が、どうしたの、と言うようにマキャヴィティを覗き込んだ。どうしたもこうしたもない。ああ言う巫山戯た真似は即刻止めろと言いたかったが、声が出ない。せめて視線で訴えかけてみたが、伝わっているとは思えなかった。
「大丈夫だよ。君もきっとそのうち解るよ。犯罪王なんだもの」
ちゅ、と頬にキスを受ける。全く伝わっていなかった。喉が回復してから、伝えるしかないようだった。
しかし。
「次は、この手脚を落として、見せてあげる。君が、どんなに素敵な身体を持っているか、たっぷり教えてあげる」
心の底から愉しそうに言うスキンブルに、マキャヴィティは、ただ小さく首を振って見せることしか、出来なかった。
終
20061115
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