04:昨日の続きの関連話




07:舞台裏




 目が醒めると、東側に窓のある俺の部屋には、厚いカーテンを通しても薄らと、お日さんの光が差し込んでくる。朝七時が起床時間だ。十年以上、殆どこの時間に起きているから、前の晩どんなに遅くとも、必ず一度はこの時間に目が醒める。今日は生憎と休日ではないので、よっこらせと勢いを付けて躯を起こし、目脂の固まった瞼を擦った。あーあと一度大きく伸びをしたら、窓のカーテンを開けて部屋着を羽織る。
 冬にはまだ遠いが、だんだんと遅く、白くなってきた朝日を尻目に、タオルを手に取って廊下に出た。突き当たりには住人共同の浴室がある。誰も使っていないのを確かめてから、顔を洗って口を漱ぐ。濡れた手で髪を掻き上げると、それで朝の身仕舞いは終いだ。
 朝食付き、寝室が二つに居間が一つの下宿を、同居人と共同で借りている。同居人はいつもの如く、まだまだ起きてくる気配がなかった。先に一階の食堂に降りると、もう朝食を終えた二階の若造が、おはようございますと俺に声をかけた。
「おう。早ぇな」
トースターに薄切りパンを六枚放り込み、奥のキッチンに一声かけてから、自分でオレンジジュースとミルクのカップを運んで、定席に着いた。
「今日は朝一でジョンソンさんちの雨漏りの修理なんスよ」
「あー、あそこ古ぃーからな」
「ランパス兄さんも行ったことが?」
「俺も屋根の雨漏りだったんだが、アレは修理してどうにかなるもんじゃねぇ。家ごといっぺんバラさねぇと」
「ははは。脅さないで下さいよ」
 チン、とトースターが音を立てた。飲んでいたオレンジジュースのカップを置いて立ち上がろうとすると、若造が俺を制して皿に盛ってくれた。
「バターだけッスよね」
「ああ、すまんな」
バターの容器と、皿を受け取る。すると、キッチンから下宿の大家兼料理人の婆ァが、タイミング良く卵を三つ使った目玉焼きとベーコンと焼きトマトとマッシュルームの皿と、サラダとシリアルの皿を、三つ一気に運んできた。
「おお、婆さん。ナイスタイミングだ」
「アンタ、ついでに寝坊助も起こしてくれればいいのに。使えないね!」
「はは。すまんな。食ったら起こしとくから」
熱々の目玉焼きを3つに切り分け、ベーコンと一緒に、バターを塗ったトーストに乗せ、上からもう一枚を重ねて一息に食べる。じゅわりと半熟の黄身が流れだし、ベーコンの濃い味と混じる。フォークで半分に千切った焼きトマトを頬張ると、口の中が非常に幸せな状態になる。
「ああもう、汚い食い方するんじゃないよ!落ち着いてお食べ!」
婆ァが今日も顔を顰める。この十年以上、毎度毎度良く飽きないものだ。婆ァは一頻り俺を詰ると、それでも紅茶を淹れにキッチンへと帰っていった。俺が残りのトーストも同様にして食い、マッシュルームも平らげ、漸くシリアルにかかる頃、紅茶が届く。蜂蜜とミルクをかけたシリアルとサラダに、余裕が有ればテーブルに山と盛られた甘パンにも手を出す。
 がつがつと朝飯を食い、ゆっくり紅茶と新聞を楽しむのが、俺流の朝だ。一旦自室に戻っていた若造が、行ってきますと道具箱を抱えて出て行った。それに手を挙げて応える。その頃漸く二階のもう一人の住人が降りてくる。四十を越えた男やもめらしいが、此奴とは精々挨拶を交わす程度だ。八時になると俺も仕事に行く準備をしに、三階の部屋に戻る。俺の同居人は、未だお休みの真っ直中だったが、いつもの習慣なので、居間の方から寝室のドアをノックした。
「おい!起きろよ!朝飯食いっぱぐれるぞ!」
寝起きが良くないのも、いつものことだ。返事はないが、構わず中に入る。寝台から落ちそうになりながら、器用に眠っているその姿に最早感じるものはないが、それだけに俺の起こし方も容赦が無い。
 つまり、カーテンを開け掛布を引っぺがし往復で頬を引っぱたく。リズミカルに行うのがポイントだ。そうしてやっと、同居人は寝惚け眼を擦りながら、長い手足を突っ張らせて、伸びをする。
「よう、早くはないがお早う、プラトー」
「…もう朝か…」
しっちゃかめっちゃかに寝癖の飛んだ頭をボリボリと掻き、大欠伸をしながらプラトーが下履き一枚でのろのろと寝台から降りる。部屋着を引っ掛けるのを見届けて、俺は自室で仕事着に着替える。部屋から出てくると、まだ居間でボーッとしているプラトーを引っ張って、階下に降りる。俺は仕事へ、プラトーは朝飯へ。
「婆さん!行ってくっから」
「ああ、行って来な」
山賊の親分のように威勢のいい家主の婆ァは、一番最後に遅れてきたプラトーを小突きながら、それでも取って置きの甘パンをさり気なく出してやっている。プラトーは、婆ァのお気に入りなので、顔を合わせている間は始終小言と小突きの嵐を受けていて、特上の甘パンは、婆ァからの小突き代、と言う訳なのだ。



 親方の作業場に到着するのは、大体八時半頃になる。次々集まってくる弟弟子達と世間話に興じている間に、親方が小さい連中から順次仕事を配分し、最後に余ったのが俺のモノになる。
「お前、今日は、一人で駅に行ってくれ」
「あいよ」
いつの間にか、店子の中でも最年長になってしまったせいか、昔のように一人で気楽に、と言う仕事は減ってしまった。いつも誰かしら、若い者の面倒を見ることになるのだが、今日は久しぶりにのんびり仕事が出来そうだった。
 うきうきと道具箱を抱える俺に、親方がにやりと笑う。
「サボるんじゃねーぞ」
「解ってらぁ。行ってきやす」
 俺の仕事は、大工と左官と修理工の合いの子の様なものだ。頼まれれば家も屋根も台所の修理もする。壁紙も剥がすし張り直しもする。新しく小屋も建てれば、壊しもする。親方からはそろそろ独立しても良いんだぞと言われるが、雇われの方が気楽で良い上、親方を気に入っているから、当分店を辞めるつもりはなかった。
 駅に着くと、若い駅員が待ちかねた様に走り寄ってきた。
「どうもおはようござ…あ、ランパス!おはよう!」
「何だお前か。よう。どこがどうしたって?」
「こっち、こっち。まさか、ランパスが来るとは思わなかったなあ」
若い駅員は、教会にたむろする仲間の、スキンブルだった。何やら意味深に呟きながら、スキンブルは駅舎の裏へと俺を引っ張って行く。
 見れば、プラットフォームの屋根が一箇所、ぽっかり小穴が開いているのだった。
「あー、成る程。了解した。昼には終わる」
「ほんと?良かった。材木とか、捻子とか釘は、いつものところだって駅長が」
「おう」
ざっと見て板きれ何枚…と勘定していると、ついつい、と袖を引かれる。
「何だ?お前も早く仕事に戻れよ」
背丈だけは一人前だが、中身はまだ十五の乳臭ぇ顔を近付けて、スキンブルがあのね、と俺に耳打ちした。
「お昼さ、奢るから一緒に食べない?」
「何だ、気色悪いな。別に昼飯くらい構わんが…おい、一々くっつくなよ」
「うん、ごめん、その、ちょっと相談が」
もじもじと胸の前で、両指を突っつき合わせる姿は、年頃の少女がすれば可愛らしいが、六フィートオーバーの嵩張る少年がやったところで、気味が悪いだけだ。まさか俺に惚れているとかいうのではあるまいな。自分で言うのも何だが、俺は雄にも良くモテる。雌は言わずもがなだ。
「解ったから。その指止めろ。昼な、駅の前で待ってればいいか?」
「うん!ありがとう!恩に着るよ」
ブンブンと手を振りながら、スキンブルが駅舎に戻っていく。おいおい後ろ向きに走ってこけるなよ、と内心で突っ込んだところで、スキンブルは思い切りよく駅舎の扉にぶつかった。俺はいつもの倉庫へ板きれを探しに入った。



 スキンブルは、正午かっきりに駅舎の前に立っていた。
「おう。待たせたな」
「うぅん。今来たとこ。何食べる?」
「任せる。行きつけのどっか有るんだろ」
「じゃ、そこで」
駅の直ぐ側にある軽食屋で、俺はスキンブルのオススメだというチキンサンドを食った。オススメという割には大した味ではないが、下っ端で給料の安いスキンブルには精一杯のご馳走のようだったから、一応美味いと言ってやると、スキンブルは嬉しそうに笑った。
 粗方食べ終わる頃、スキンブルは愈よ居住まいを正した。

「あのさ、僕、こないだプラトーに振られたんだよね」

ブハッと紅茶に噎せた。目を丸くしたスキンブルは、しかし俺を見て直ぐに苦笑し、やっぱおかしいよねえ、と頬を赤らめ額をぽりぽりと掻く。
「声掛けて直ぐだったから、仕方ないとは思うんだ。でも、できたらもう一寸僕のこと知って貰って、で、もう一回チャンスを貰えないかなーって」
思うんだけど。最後は消え入りそうな声で、またも胸前で指をこねくり回しながら、スキンブルが俺を上目遣いに見た。俺は、ちょっとまだこの超展開について行けていない。どういう接点だ。
 プラトーは、諸般の事情で余り教会には近付きたがらない。同世代が余りいないと言うのもあるし、他にも多々理由はあるのだが、兎も角、スキンブルとプラトーの接点がまるで見えなかった。その上、声掛けて直ぐだと?一体何のことだ。
「待て待てスキンブル。事情が解らねぇ。最初から説明しろ」
「えーと、だから」
一年位前の話しになるんだけど、とスキンブルは口を開いた。長々と思い出話を始める気じゃねぇだろうなと警戒した俺を拍子抜けさせる程、簡潔な馴れ初めを聞き、俺は眉間を摘んで頭痛を堪えた。
「でね、確かプラトーって、ランパスと仲良かったよね、って思って」
顔を上げると、しかし、意外に真面目な表情のスキンブルと、視線が合う。
「マジなのか」
「うん」
即答だ。微かに目許を紅潮させ、自信たっぷりに頷いたスキンブルを前に、俺はどうすっかなあと頭を掻いた。プラトーは、恐らくはスキンブルの思っているような雄では無いのだ。でもまあ――そこまで俺が面倒見ることもあるまい。スキンブルは兎も角、プラトーは良い歳のオトナだ。中身はアレだが、それはスキンブルも、少し付き合えば直ぐにアイツの如何ともし難い欠点を思い知ることになるだろう。
「よっしゃ。解った。今晩三人で飯食いに行くか」
「え!」
ガタン、と音を立ててスキンブルが立ち上がった。店内の視線がざっと集まり、そしてまた散っていく。そんな様子も目に入らないように、スキンブルは口をぱくぱくさせた。
「本当?本当にいいの?」
「ああ、構わん。来たいなら毎日でも良いぞ」
夢でも見ているかのような顔で、スキンブルはふらふらと席に着いた。
「あ――え、でも、ランパスとプラトーって毎日一緒に晩ご飯食べてるんだ…?」
…おい。
「何だその目は。変な誤解するなよ」
「してないよ!うん――してない。プラトーも、幼馴染みって言ってたし」
正確には、数年前までは誤解が誤解でなかったのだが、それは言わぬが花だろう。
「一緒に住んでるのだって、アイツがあんまり働かないから、仕方なく家賃折半してるだけだし」
折半とは言ったが、七割が俺の負担だ。そんな折半ありかよ、と思うが奴は無理なものは無理だと駄々を捏ねるのだ。
「…一緒に住んでるの!?」
墓穴った。俺を睨み殺す勢いだ。こうなると、逆に揶揄い甲斐もありそうだった。
「…だから経済的理由だって。まあ、親父のキンタマにいた頃からの知り合いだからな」
これ以上この話を掘り下げられても色々困るので、俺は話題の転換を図った。
「それよりもさ、お前、アイツと付き合ってどーすんだよ。雄同士だろ」
「え…そ、そりゃあ」
ぽっと赤らめた両頬に、スキンブルが両手を当てた。…まるでオンナノコだ。こいつ、視覚の暴力という言葉を知らんのか。見るに堪えない。
「二人で原っぱでお喋りしたり、ご飯食べたり、とか?」
「俺に聞くなよ。アイツは気紛れだし我が儘だし、苦労するぜ」
「えー、でもまさか僕にまで無茶は言わないでしょ。流石に」
「どうだか。アレは外面はかっこつけの癖に、慣れてくると、どんどん厚かましくなるぞ」
「それ、ランパスが甘やかすからじゃないの?」
図星を指摘され、俺はウッと詰まった。スキンブルは、やっぱりそうなんだ、と口を尖らせている。
「でも、僕だって負けないからね!」
にっこりと笑って宣言するスキンブルに、俺は好きにしてくれ、としか言えなかった。


 夕方、再びスキンブルと待ち合わせた。スキンブルが来ると聞いて、プラトーは一声、構わんが誰だそれはと言った。所詮はそう言う奴だ。顔を見たら思い出すさと言うと、奴は暢気に新しい恋人か?と俺の脇腹を突いた。
「ばぁか。そんなわけあるか」
 やがて約束の時間を五分程回った頃、スキンブルは駆けてきた。たったったったと軽快な跫音を響かせて、角を曲がってくるのが見える。別に、そんなに急がなくても良いのだが、本人が必死なのが面白い。プラトーは、と様子を見ると、ああ、あいつか、と驚いたようだった。
「ご、ごめんなさい!遅くなって!」
ハァハァと息を荒げながら、額に噴き出た汗を手の甲で拭う。眼鏡が忽ち真っ白く曇り、あわあわと泡と食う。そんなスキンブルの様子に、プラトーは早速巨大な猫を装着し始めた。
「そんなに慌てなくても良いから、落ち着くんだ」
 清潔なハンカチ――など奴が持っているわけがないが、奴はちゃっかり俺のポケットからハンカチを抜き出すと、にこりと笑いながらスキンブルの額に当ててやる。頼り甲斐のあるお兄サンを装いながら、余計に赤面してあ、あ、と狼狽える様子を、どうやら内心面白がっているようだった。此奴の腹が立つ点は、装えばインテリにも見えるその整った容姿と言動だ。浅い付き合いだと此奴がとてもではないが平気で人を半日待たせ、働くのが面倒だと言って俺にたかりながら、のらくら不貞腐れているなどとは、思えない。
 そう言う意味では、スキンブルは紛う方無き詐欺にあっているも同然だが、長い人生これくらいの試練は乗り越えても罰は当たるまいと、俺は静観を決め込んだ。
 興奮気味に今日あったことや、仕事のことを盛んに捲し立てるスキンブルの話に、相槌を打ったり一寸した疑問を差し挟んだりして盛り上げるプラトーを一歩先に行かせて、俺は期待と呆れの半々で溜息を吐いた。
 行きつけの定食屋で、飯を食っている最中も、二人はえらく仲睦まじく血の繋がった兄弟も斯くやと言う様子で、実際毛並の色の良く似た二人は、知らない奴が見たら実の兄弟に見えたかも知れない、などと観察していて、俺は気付いた。
 プラトーの奴の愛想が、ガキ相手にしては良すぎる。奴は基本的に子供が苦手だ。嫌いと言っても良い。理由は煩いとかチマいとか、そういう下らないもんで、要するに自分以上に我が儘な存在が鬱陶しいだけなのだが、大人か子供かで言えば、スキンブルは奴の判断で言えば間違いなく子供だ。
 もしかして、と思う。もしや、奴はスキンブルの歳を聞かずにいて、そして歳が近いとでも思っているのだろうか。俺は話に夢中の二人を、じろじろ見回した。スキンブルは、そうと知っていれば相応に子供臭いのだが、知らなければガタイだけはまあ童顔の大人で通る。そしてプラトーは、自己中な性格だから、そう言う推測とか、斟酌とかは無しに、それはもう見事に見た目だけで物事を判断する。それも、自分に都合の良いように。
 事実、スキンブルがこないだ振られたにも拘わらず、またすぐ自分を追い掛けてきたことに、プラトーが随分気分を良くしているのが丸見えだった。奴は赤裸様に好意を示されることに弱い。そして格好をつけてツンケンしつつ、内心は大抵おおはしゃぎしている。いつも最後は失敗に終わるのだが、何度繰り返しても直らない懲りない奴なのだ。
 面白くなってきた、と俺はほくそ笑んだ。プラトーが手洗いに立った隙に、スキンブルに耳打ちする。
「おい、お前さん奴に歳は聞かれたか?」
「え、うぅん。そういえばまだ」
「いいか、アイツを掴まえたかったらな、絶対ばらすなよ。奴は子供嫌いだ」
本当に、と大声を上げ、目を丸くするスキンブルに、慌ててシッと指を立てる。
「本当だ。それにな、今奴は相当気を良くしてる。その内慣れてきたら一気に態度が冷たくなるかもしれんが、嫌でなけりゃ自信持ってそのまま追っかけろよ!」
戸口にプラトーの姿が見え、最後は随分早口になったが、スキンブルは緊張気味に頷いた。
 「何だ?何の内緒話を?」
「お前のことを一寸な」
スマして嘯くと、プラトーは眉をキリキリと吊り上げた。椅子に腰掛けながら、ぬっと身体をスキンブルの方へ寄せる。
「どうせランパスの言うことなんて、悪口ばっかりだろ。信じるなよ、スキンブル」
「は、はい!」
「良し。良い子だ」
忽ち相好を崩して、プラトーはスキンブルの頭を撫でる。おアツいこった。俺は態とらしく肩を竦め、伝票を手に起ち上がった。
「じゃあま、今日はこの位で帰ェるか」
 勘定を済ませ(勿論今日は格好つけたプラトーが、毎回そうしているかのように支払った)、夜の辻に出ると、めっきり冷え込んだ秋風が吹き付けてきた。雲が立ちこめ、星一つ無い夜空を見上げながら、プラトーがおお寒、と呟いて肩を竦める。寒いのは、身体か、それとも財布かと俺が茶々を入れる前に、スキンブルがさっと自分の羽織っていた上着を脱いで、プラトーに差し出した。
 意外な――俺達にとっては意外な、規格外の行動に、プラトーまでが目を丸くしている。
「あ、あの…?」
「あ――りがとう」
 その顔がおかしく、俺は笑い死にそうになって、両手で口を塞ぐと、その場にしゃがみ込んだ。しかし上着を受け取って、実際に袖を通そうとしたプラトーが、情けなく顔を歪める。
「入らん。腕が」
「あ……ご、ごめんなさいッ!僕貧弱で…ど、どうしよう」
対応キャパの小さいプラトーが、早速一杯一杯になったらしく、どうにかしやがれと俺を見下ろす。プラトーの化けの皮が剥がれようとどうでも良いが、わたわたとチョロ付くスキンブルが哀れなので、俺はよっこらせと重々しく腰を上げた。
「腕を通さんでも、羽織ればいいだろ。肩に」
お前のアタマはキンダーガートゥン止まりか。そう揶揄すると、プラトーは不機嫌そうに「その位俺だって」とぼやきながら、それでもスキンブルの上着を嬉しそうに肩に掛けた。
「お前は寒くないのか」
 年長者の当然の配慮として(半分はそれを怠ったプラトーへの当て付けに)、スキンブルにも聞く。しかし奴サンはニコニコほこほこと赤い頬で全然、と首を振った。愚問だったか、と俺は天を仰いだ。
 待ち合わせをした角まで十五分程の散歩を共にし、うちへ寄っていくかとスキンブルに訊ねると、ご丁寧に奴は「今日のところは」とオトナの気配りを見せた。ウチのお子様の方が、「そんなこと言わずに」と駄々を捏ねる気配を見せたので、一発拳固をお見舞いし、俺はスキンブルのアタマをがしがしと撫でた。
「じゃあまた飯食いに行こうぜ、一緒に」
「はい!今夜は有り難うございました」
少女じみた仕草で鉄道員式の敬礼をして、スキンブルはにこりと笑う。
「これ、暖かかったぞ。ありがとな」
 いつの間にか化けの皮を取り戻したプラトーが、余所行きの顔でスキンブルを覗き込んだ。返された上着を両手で抱え、一瞬そこに顔を埋めようとしたスキンブルは、ニヤニヤしていた俺達の視線にはっと気付き、こほんと咳払いをした。 「じゃあな。お休み」
「お休みなさい」
 いつまでも手を振っているスキンブルを、振り返り振り返り俺達も手を振りながら歩いた。とうとう姿が見えなくなると、途端にプラトーが別人かと思うほど顔を脱力させる。眺めているとしばきたくなるような、エヘラとした笑み、それを普通はチンピラ面と呼ぶ。
「あーいうタイプは初めてだが、中々悪くないな」
「何生意気なこと言ってンだよ。おめーにゃ勿体ねぇってのに」
「全くだ。まあ、暫く遊んでやったら、嫌でも現実が見えるだろうよ」
 幾らか拗ねたように、プラトーは肩を竦めた。実際それが一番あり得る結末ではある。カツ、と小石を蹴り飛ばして、プラトーは少し寂しそうな横顔を見せた。この顔は、苦手だ。
「だったら、ちったぁテメエも努力しやがれ。大体我が儘すぎなんだよガキが」
悪態を付きながら、俺はプラトーの尻を蹴り飛ばした。
「煩せぇ誰がガキだ」
負けじと奴も脚をブン回す。こういう時にすぐ本気で仕返そうと思う辺りが、ガキなのだ。
 下宿へ帰るまでの短い距離の間に、俺達はポケットに手を突っ込んだままお互いの脚を交互に蹴り続け、丁度下宿の前へ来たところで脚が絡んで二人無様に尻餅をついた。
「何やってんだい!騒がしいんだよこんな時間に!」
そこへ見計らったようにクソ婆ァが顔を出したので、そこでお終いと言うことになり、俺達は婆ァ監視の下クソガキのように握手をさせられたのだった。





きれいなおにいさんのしょうたいやぶれたり。
20071002




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