アペリチフ





 青いエノコロ草を持って、ディミータが来た。
彼女とは比べものにならないぐらいしとやかに降る雨にそぼぬれて、不機嫌そうな顔をしている。
ほんのり吐かれる白い息に見惚れていると、ずいとその手が草を差し出した。

「やって」

 軽く水気を吹き飛ばして、ころりとこちらの膝に寝転がる。実に無防備で無遠慮だ。
どちらも多少は歓迎すべき事態だったので、素直にエノコロ草を受け取って、その柄を逆さまに持った。

「……入ります」
「丁半じゃないんだからさ」

 それを言うなら開口一番「やって」もないだろうと思うのだが、恐らく言ってもどうにもならないので言わないことにした。
膝の上には、オレンジ色の頭。こうして乗っていると小さなものだ。
 ディミータという雌猫を構成する部品は、どれも大きく華やかな印象がある。けれども、大きな瞳と大きめの口と、高い鼻梁を持つ彼女の顔と頭は思いの外小さい。
 耳をそっと手で広げると、細かな産毛に覆われて薄紅に色づいていた。

「……溜まってる?」
「それほどでもないよ」

 丈の低いエノコロ草は、猫の手にも無理なく扱える。最初にこれを耳掃除の道具にしたのは誰だったか。
偉大な先人もいるものだとか馬鹿なことを考えながら、丁寧に茎を動かしていく。

「ディミータ、割と綺麗好きだよね」
「そう言うアンタは、意外にそうでもないわよね」
「人に不快を与えない範囲で清潔にしてるよ」
「人がいなかったらどうなる訳?」
「耳が痛いな」

 反対向いて、と言うと、彼女は素直に体を動かした。
寝返りを打てば手っ取り早いだろうに、彼女は律儀に一度起き上がり、反対側に回ってまた頭をあずける。
掃除をしている間、彼女の顔がこちらを向くことは一度もない。ただ、鋭角的な横顔のラインが見える。

「……ッ」
「ああ、痛かった?」
「……別に」
「では」

くるりと穂先を回転させ、耳の内側を軽くこする。ディミータがくすぐったそうに眉をひそめて身動きした。
何食わぬ顔でもう一度動かすと、金色の瞳が凄味を利かせてこちらを睨みつけた。

「遊ぶなっての」
「遊んでないさ」
「嘘吐いたら舌抜くよ?」
「御随意に」

 澄まして言うと、ディミータはふくれて元の位置へ頭を直した。
指先で耳の輪郭を辿る。垢の擦り取られた耳に唇を寄せて、ふうと吹いた。
 また、ディミータが身を縮めた。
居心地の悪そうな顔で、起き上がる。

「……ありがと」
「いえいえ。君、くすぐったがりだっけ」
「誰だって敏感な部分はあるじゃない」
「そりゃそうだ」

軽く笑うと、ディミータが少しばかり複雑そうな顔をして、肩を竦めた。
つと、その手が伸びた。
 顎にしなやかな指先を感じる。続いて、頬に吸いつくような温もり。

「いつもご苦労様」
「……どう致しまして」

こんな工夫のない返答しか返せないのでは、紳士の名折れと誹られても仕方ないだろう。
咳払いして、彼女の紅い唇を見返す。

「ところでディミータ。今日はどうする?」

どうしよう、なとど在り来たりなことは言わずに、ディミータは答えた。

「あるなら、ここで済ませるわ」
「サーモンとポテトがあるよ」
「じゃあ、食べる」

 嬉しそうに、彼女が微笑む。
つられて笑いながら、頬を軽く撫でた。柔らかな感触は消えないままだ。
 耳掃除をすると、彼女はいつもありがとうと言ってキスをくれる。耳掃除に限らない。例えば今日も、食事を終えたあと、またキスしてくれるだろう。
 ほんの些細な好意のお返しに、彼女は唇で応える。拒む道理はない。
 理由は分かっていると思えることもあるし、反対にそれが覆されるような気分に駆られることもある。

「カーバ。お腹空いたから、もう食べよ」
「……はいはい」

 三大欲求のうちのどれかに動かされたディミータは、無防備なまでに無邪気な顔をする。普段は捻くれて突っ張っている癖に、彼女は他の誰でもなく自分の欲求の前になら、幼子のように素直だ。
 早く、と急かす唇に指先で封をする。

「……何の真似?」
「偶には前払いも良いかと思って」

不審げな顔に笑いかけ、目許をついばむ。

「これは明日の分」

次は額に。

「これはその次の分で──」

今度は頬。

「……これはその次の次の分」

 ふ、と紅い唇が薄く開いた。
誘われるように顔を寄せたが、中は侵さずにその上で囁く。

「だから明日も明々後日も、権利を行使に来てくれると嬉しい」

言って、彼女の言葉を待った。
ディミータは視線を逸らそうともせずに、至近のままで片眉を上げた。

「でも今日中に全部取り返したら、来る必要はないわよね」
「耳掃除と食事と、他に何をお望みで?」
「……そうね。何にしようか」

彼女が無造作に片手を上げる。
さらりと耳許の髪を撫でつけられて、思わず吐息が洩れそうになった。

「先ずは──」

離れていく指を目で追うと、ディミータはその手で腹部を軽く押さえた。

「お腹、空いてんだけど」
「……はいはい」


全ては食事のその後に。








おわり






アペリチフ。
食欲をそそるために食前に飲むベルモット・カンパリなどの酒。食前酒。(広辞苑)




有り難う御座いますvv桃三郎様〜vv
カバディミで書いて貰えると知った時にはマジかヨー!!!と
仰け反っていまいました。凄く嬉しかったです。
実際読んだらそこらを転げ回る程ディミが可愛くて可愛くて
一寸テイクアウトお願いしたいくらいでした。
食前酒で酔っ払っちゃいました。そのくらい。
また宜しく!(爽)from灰崎
20031008


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