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日本庭園の中庭、今日も朝から竹箒を持って美化に勤める。
ここは超高級娼館「葉鍵楼」、訪れるお客様に真の癒しを与えるには風情も大事。
……まぁ自分はアッチの方での癒しが与えられないので、という事実は考えないようにしておく。
「好恵さーん」
ん?葵が呼んでる……またか。
時空の狭間に存在するこの娼館にもトラブルはある。単純にひやかしや酔っ払いの類から同じように時空の狭間に存在する同業者や仕切り屋等、そういった連中を叩き出すのも私の仕事だ……他にも綾香とか葵とか千鶴さんとかもいるけど、彼女達は本業のほうでも大人気で多忙極まるので必然的に私にお鉢が回ってくるわけだ。
息を切らせて走ってくる葵。
葵「よ、好恵さん、出番です……はぁはぁ。」
好恵「ああ。で、こんどは何?酔っ払いか、次元ゴロか?」
葵「そうじゃなくてっ!好恵さん指名なんですっ!」
好恵「指名?ふん、ってことは前に叩き出した輩がお礼参りに来たのか、
まったく、性凝りも無い……」
指を鳴らせて戦闘準備、まぁ朝稽古代わりにはちょうどいい。
葵「……そうじゃなくてっ!『お客さん』が好恵さんをご指名なんですっ!
――3秒経過――
好恵「……は?」
生涯最高の間抜け面をしているのが自分でもわかった……。
呆然と硬直している自分の背後から、いきなり抱きついてくる女一人。
好恵「(びくっ!)ひゃあぁぁぁっ!」
綾香「やったじゃない好恵〜♪ついにお・初・☆ご指名〜〜」
人の頬を人差し指でぐりぐりする綾香
好恵「ひ、人の耳に息を拭きかけるなっ!」
目を泳がせ、赤面を隠す……多分全然隠せて無いと思うが。
葵「ふふふ、好恵さん顔真っ赤ですよ」
邪気の無い笑顔で適切にツッコむ葵
葵「でも、ようやく見る目の有る男性が来たって感じですよね。
だいたい好恵さんの指名が今まで無かったのが不思議ですよ。」
綾香「ホントホント、こ〜んなからかい甲斐の有る娘をほっとくなんてねぇ♪」
目を細めてニヤニヤと……絶対楽しんでるわね綾香は。
好恵「ど、どんな物好きよっ!」
葵「背が高くてハンサムな方ですよ〜、よかったですね、好恵さん!」
こっちはこっちで自分の事みたいに嬉々としてるし……
綾香「まぁこれで好恵もいよいよ大人の女性の仲間入りよね〜、今の心境は?」
好恵「な、何を乳臭い事を……これでも私も一応この『葉鍵楼』の一員よ!
日々そのくらいの心構えは……」
綾香「大丈夫〜?最初は痛いわよぉ(はぁと)」
葵「大丈夫ですよ、空手で鍛えた体ですから、すぐに気持ち良くなりますよ(にっこり)」
好恵「……あんたたちねぇ」
とは言うものの、2人の如実な表現にますます顔の体温が上がる……
思えば最初は期待&不安があった、しかし回りが次々と指名されていく中取り残された私は次第に今のポジションに落ちついたはず……だったが、しまいこんだ心の奥で嫉妬&望みがうずまいていたのかもしれない。
でもそれも今日まで、ようやく私にも指名が回ってきた……しまっておいた期待と不安が久しぶりに表面に出てくる。
好恵「ふ、ふん!あんたたちに心配されなくとも立派に勤め上げて見せるわよ、お客の相手くらい。」
まったく自信は無かったが見栄は張っておく。
葵「がんばって〜」
綾香「しっかりね♪」
野次馬根性丸出しでエ−ルを送る2人。ま、まぁそれでも私にとっては救いにはなる。
少しだけ感謝するとするか……。
好恵「ようしっ!」
ぱんぱん!と顔を叩いて気合を入れる、見てるのがコイツらだけならいいだろう。
好恵「ふんっ!押忍!!」
空手の腕十字を切り気合を入れなおす、よし!気力充分……
真正面の廊下から呆然とその光景を眺める人ふたり……
好恵「……え?」
一人は今日の案内役のスフィー、で、もう一人の長身の男性は……まさか……
綾香「あっちゃ〜〜」
葵(しょんぼり)
絶望を感じさせる感想を背後に聞きながら、硬直したままかろうじてお客様に声をかける……
「い……いらっしゃいませ、ようこそ葉鍵楼へ」
かこ――ん!
猪脅しが朝鳥の音にまぎれて鳴り響く、そんな音を聞きながらの和風の部屋。
スフィー「……あ、あのう…さっきのはほんの幻覚ですから」
カケラほどもフォローになってないセリフでお客をなだめようとする本日の案内人。
男「…あ、あはは…大丈夫ですよ、自分も一応彼女は知ってるつもりですから」
スフィ−の表情がほっと明るくなる。
スフィー「あ、お兄さんは葉鍵を知ってる人なんですね、よかったー」
男「ま、まぁ一応…」
少々気恥ずかしく照れる男、20超えてギャルゲ−マニアだってことをよりによって当人から指摘されりゃ無理からぬ事だが。
スフィー「でもお兄さん御目が高いですねぇ、坂下さんを指定するなんて。一見すると男勝りですけど彼女、見る人が見たらすごく魅力的な女性ですよ♪」
にっこり笑って今度は完璧にフォローする案内人。
男「あ、まぁ色々あってね…」
スフィー「ふぅん…」
男は20台半ばくらいか、長身で落ちついた表情の持ち主では有るが、表情に少し線の細さを感じる。
やがてその会話も終焉のときが来た、襖戸の外から声がかけられる。
好恵「お客様、大変お待たせしました、坂下好恵でございます…」
やや上ずった声で神妙な挨拶をする坂下。
スフィー「あ、来ましたよ〜♪ それでは邪魔者は消えますのであとはごゆっくり♪」
立ちあがり、退室しようと声のした方の襖戸を開けようとするスフィー…
――すらっ! ――
…襖戸が開かれた瞬間、スフィーと男は完全に硬直した。
そこに立っていたのは、純洋風のドレスに身を包んだ熱血空手少女だったから…
スフィー「……」
顔に亀裂を走らせたまま、何か言葉を必死に搾り出そうとして適わず、そのまま退室するスフィー。
好恵「な、なによスフィー…まずかった? コレ」
カクンとうなだれてそのまま案内人はその日の仕事を終えた…。
好恵(あ、綾香ぁ〜…なにが失地回復にはこれがイチバンよぉ〜〜(怒&赤面))
かこ――ん!
猪脅しが朝鳥の音にまぎれて鳴り響く、そんな音を聞きながらの和風の部屋。一組の男女が向かい合って座っている。
…純和風の部屋にドレスの彼女は破滅的に似合ってないが。
好恵「あ、あの…本日はご指名下さいまして真にありがとうございます…」
場違い満点の空気に赤面しながら深々と一礼する坂下。
男「あ、あはは…いえこちらこそ」
和室にドレスに正座に三つ指…ひとつだけ異常に違和感を放っているのだが。
男「あ、あの、そのドレス…」
好恵「あ、ややややっぱり似合いませんか? そそそそうですよね、では早速…」
男「芹香先輩のですよね・・」
好恵「…え? あ、ああご存知でしたか、まま毎度トゥハ−トをご愛用頂きまして…」
見た目も会話もいよいよぎこちない2人、朝の爽やかな空気も手伝ってもはや娼館の雰囲気ゼロである。
男「よ、よく似合ってますよそれ…いやぁやはり元がいい人は何を来ても似合いますねぇ…」
好恵「ほ、ほほほほほ…馬子にも衣装というやつでしょう…」
ほほほ笑いも似合わないが、残念ながらドレスも悲しいほど似合ってない。というより首から下はいいのだが、ボリュ−ムのあるドレスに比してあまりに髪が短い。男子並に刈り込んだその短髪は、どーやってもドレスに比して浮いてしまう。
結局そこで二人とも黙りこくってしまい…。
会話が途切れて5分、ようやく好恵が切り出した。
好恵「あ、あの…これからどうします?」
娼館といえばやる事は決まっているはずだが、この愉快な空間で欲情するのはさすがに不可能だろう。
男「そ、そうですね…少し散歩でもしましょうか…」
日本庭園の中をドレスの短髪女とカジュアルウェアの男が並んで歩く。すれ違う他の客や従業員の視線をほぼ独占状態だ。
無論当の坂下は真っ赤になってうつむいている。後で何を言われるやら、と心で嘆きながら。
男「すいぶんよく手入れされている庭園ですね。先程見ましたけど、坂下さんがお手入れを?」
好恵「…え? ああ、はい! そうです」
言葉に救われつつようやく受け答えを始める。
好恵「実は実家がかなり古い名家で…日本文化の類は一通り父に仕込まれましたから」
男「そうなんですか、なんかイメ−ジ通りですね」
そんな話をしながら庭園をしばらく眺める二人。
男「あれは何ですか?」
一軒の離れを指差す男。
好恵「あ、あれは茶室です、主に年輩の方が使うんですけど…」
しゃかしゃかしゃか…・
好恵「粗茶ですがどうぞ…」
深い赤に塗られた茶碗を差し出す坂下、受け取り3回まわして口をつける男。
男「…うまい! あ、いや結構なお手前で」
本音が先に出たのを聞いて坂下の表情がぱっと明るくなる。
好恵「えへ、どうもありがとう」
そんなセリフまでかしこまり気味なのは性分だろうか。
好恵「茶道って好きなんですよ、心が落ち着きつつも引き締まる感じで」
男「よく似合ってますよ」
ドレス以外は。
まぁ千利休も「茶道は自由な心のもてなし」とか言ってたからこれはこれでいいのかも…
好恵「さて、そろそろ次を回りますか?」
そう言って立ちあがる坂下、茶道具を片付けて開かれた外に眼をやると…
好恵「!!」
男「!!」
茶室の前庭はいつのまにやら見物人で埋まっていた、無論最前列には綾香と葵が…
好恵「…あ、」
好恵「あ ん た ら ね ぇ ― ― ― っ ! !」
絶叫して見物人を追いまわす坂下。稼いだポイントは一気に消し飛んだ。
綾香「だってドレスでお茶立ててる好恵がかわいすぎるんだも〜ん」
葵「そうですよぉ〜、」
坂下「着せたのは誰よっ!! こら待ちなさい〜〜!」
楽しい時間は過ぎるのが早い、というが、もしその通りなら今日は『坂下好恵の一番長い日』になるだろう。少なくとも彼女に記憶している限りでは。
茶室騒動の後も散々なデ−トだった。
お昼はドレスに合わせて洋風レストランに入ったはいいが、テ−ブルマナ−なんて全く知らずに恥をかいたし。
食後の運動にと向かった弓道場でかっこつけて弓を射てドレスを傷つけたし。
池でボ−トに乗ったときは男にまじまじと見られて赤面し、照れ隠しに必死にボ−ト漕いだらカイが見事にへし折れるし……。
で、今は和風の料亭で夕食、勿論ドレスは着たままで。当然、周囲の視線が痛い……。
好恵(……ほとんど罰ゲ−ムじゃない、綾香ぁ〜、何がこれならバッチリよっ! 後で覚えてなさいよ!!)
ばつが悪そうにうつむいたままの坂下。
男「大丈夫ですか? 何か具合でも悪いとか……」
好恵「あ! いえいえそんなことはありませんよあはははは……」
慌てて顔を上げ苦笑いしながら首をぶんぶんと振る。それを見てくすっと笑う男。
好恵「な、なんですか?」
男「いやぁ、可愛いなと思いまして♪」
好恵「え? あ、あう……」
とたんにゆでだこのように赤面する坂下、おおよそ自分に向けられた事の無いセリフだ。
男「最初はちょっとびっくりしましたよ、いきなり空手の気合切ってるし」
好恵「うう……(それは言わないでよ)」
男「で、次はドレスで登場するし」
好恵「あうあう……」
赤面しドレスの胸元を手で覆う坂下。すでにかなりボロボロだったりするが。
好恵「あ、あの……どうして私なんかを指名したんですか?」
視線を泳がせながら問い掛けてみる。
男「え? ……あ、まぁそれは勿論坂下さんとデ−トしたかったからですよ」
一瞬のよどんだ返事がそれが真実ではないと告げている。
好恵「……すいません、立ち入ったことをお聞きしました」
申し訳なさそうにしょぼむ坂下。
男「あ、いやホラ、今日は本当に楽しかったですよ」
好恵「そんな……私ったら失礼なことばっかりして……」
男「そんなことないですよ、見てて飽きなかったし」
好恵「ううう……(赤面)」
本来の娼館の目的とは違うが、男にとっては女の娘の一面を垣間見たような一日。不器用で恋愛慣れしていない少女の奮戦記、ヘタな小説よりよっぽど面白いだろう。
好恵「……ここ、娼館なんですけど」
自己嫌悪に駈られる坂下。他の連中なら入って即ベッドインなんて珍しくないのに今日一日自分のドタバタを見せただけだった事実。
男「いや、来てよかったよ、そして坂下さんを指名してよかった」
好恵「……え?」
男「出ようか」
初めて男は坂下をリ−ドする形で料亭を出た。
男「手、握ってもいい?」
好恵「あ、はい……」
星空の下を部屋に向かって歩く二人、男はやさしく彼女に語りかける。
男「実は嫌なことがあってね……本当は坂下さんに元気づけてもらいたかったんだ」
好恵「え?」
男「見てのとおり痩せひょろな男だしね、からまれたりカツアゲされたりはよくあるんですよ」
好恵「ひ、ひどいわね! そんなヤツらはぶっとばさ……あ、いやその」
不穏当な発言をまたも引っ込め損ねた坂下、でも男は笑わない。
男「そう、初めはそういってハッパをかけてほしかったんですよ、でもね、今日一日坂下さんを見てて少し考えが変わりました」
好恵「……?」
男「なんか逆に守ってあげたいなー、なんて思いまして」
今日の自分を思い出す坂下、思えば彼の前で女として恥ばっかかいてた気がする。
男「よかったですよ、今日もし無責任にハッパかけられただけだったら結局また同じ事の繰り返しだったと思います。やっぱり俺も男ですからね。
誰かを守るくらいの強さがないと」
好恵「…………」
男「だから今日ここに来れて、そして坂下さんを指名して、一日デ−トできてほんとに良かったです」
少し強めに坂下の手を握る男、
坂下の心に照れとそれ以上の『嬉しさ』がこみあげてくる。
好恵「……私も、よかったです。そう言ってもらえると」
そっと男の手に寄り添う坂下。
好恵(こんな私なんて想像しなかったな……)
幸せな気分に包まれながら夜道を歩く二人、部屋までの距離は彼女にとって一生で一番短い1kmだった。
青い月明かりに照らされた和室、二つの影が寄り添っている……。
男「……好恵さん」
好恵「はい……」
初めて坂下を名前で呼ぶ青年、彼女もまた自然にそれに答えた。
男「……抱いて、いいですか?」
好恵「……はい」
少し青年の腕にすがりつく坂下。
好恵「よかった。もう帰るなんて言われたらどうしようかと思ってた……
一応私も娼館の人間だから」
男「関係無いよ」
好恵「……え?」
男「例えここが街中でも、空手の道場でも同じ事言ってたよ……君が好きだから」
好恵「ふふふ、道場でそんなこと言ったら叩き出されちゃうわよ……」
男の腕から離れ正面に回る坂下、手を後ろに回して……
好恵「……あれ?う、ううんと、んっ!やっ!えいっ!」
どうやらドレスの背中のホックが外れないらしい。しばらく奮闘する彼女だが……
好恵「あの……すいません、これ外して頂けますか?」
ばつが悪そうに背中を向ける坂下。ドレスの谷間に広がるうなじが美しい。青年はホックに手をかけ、外した。次いで坂下が背中のファスナ−を下げる。
――――――すとっ! ――――――
音を立てて畳の上にに落ちるドレス、その上の彼女は一糸まとわぬ姿だった。その光景はある幻想的な光景を想像させる……
地面に広がるドレスはまるで花のように咲き、その中心に立つ彼女はまさにつぼみから咲いた花の妖精のようだった。
男「綺麗だよ、ほんとうに……」
恍惚とした表情で坂下の後姿を眺める青年。
好恵「え、あ……ありがとう」
両手で胸と前を隠しながら後ろ目で答える坂下、それで背中を見せてるためにうなじからお尻〜足先まで全てがあらわになっている。
視線が背中に集中してることを意識してかますます赤くなる坂下。青年はそんな表情を少し楽しんでから、ドレスを踏みしめて彼女の傍らへ。
青年が肩越しに顔を近づける、意図を察した坂下はそのまま後ろ向きに彼の唇を受け入れた。
好恵「ん……っ!」
こわばった表情でのキス、しかし抵抗しない彼女に対して青年はより深く深く唇を求める。
好恵「んふっ…ん…」
堪え切れなくなった坂下はキスしたまま正面に向き直り、青年の体にすがるように抱きつく。青年も答えるかのようにその体を引き寄せる。
好恵「ん……んふぁ……ん」
口の中に広がる甘い快感に息を漏らす坂下、生まれて初めての経験が彼女の思考を奪って行く。
青年はそんな彼女をゆっくりとドレスの上に横たえ、そしてキスの呪縛を解いた。
好恵「あ……」
全裸の状態で男性に押し倒されている、しかもドレスをベッド代わりに。そんなシチュエ−ションに遭遇してどうしようもなく上気する坂下、まともに目を合わすことすら恥かしくてできずに思わず視線を泳がせる……。
男「可愛いよ、好恵さん」
出来る限りのやさしい声で諭す青年。
好恵「ど、どうぞ……」
それでも恥かしいのか相手の顔をまともに見られない坂下、と、ふいに青年の手が彼女の胸に触れる。
好恵「ひゃう!」
びっくりして反応、しかし青年は行為を止めない。
好恵「ん……ふぁ、ふぅ、ん…っ」
こわばった声を上げる坂下、両の掌はしっかりと握り締められ、全身を硬直させて行為に耐えている。
男「大丈夫だよ、もっと力を抜いて……」
好恵「は、はい……」
とはいうものの、彼女はますます体をコチコチに硬直させる。やわらかな脂肪の中にある空手で鍛えた筋肉がそれこそ全力で固まっている。その必死さに思わず体を離す青年。
好恵「あ、あうう……」
硬直したまま泣きそうになる坂下、心が彼を受け入れても体がなかなか準備しない。
好恵「す、すみません……」
今日何度目かのばつの悪い顔をする坂下。と、その時、青年がニンマリと笑った。
好恵「……え?え?え……?」
手をわきわきさせながら再び覆い被さる青年、なんか嫌〜な予感……。
男「こちょこちょこちょこちょこちょ……」
好恵「――!! きゃはははははっ! ちょ、ちょっとぉ〜、あ、ひゃっ!」
男「ほ〜らほら、こちょこちょこちょこちょ……」
脇の下といわずおなかと言わずくすぐりまくる青年、坂下はまるで陸に打ち上げられた魚のようにのたうち回る……。
好恵「ひゃ、やめてって・あっひゃははははぁ〜ん、ひゃっ! あぁあぁあ〜〜っ!」
数分後、花の妖精さんはすっかり硬さが取れていた。
好恵「はふぅん……もう、いじわる」
男は衣類を脱ぎ、部屋のわきに投げ捨てる。
焦ってたわけではないが、なんとなくこの周辺にドレス以外の衣類を置いておきたくなかったのだ。
あらわになった男性の裸を見て坂下が目を丸くする。
好恵「うわ……げ、元気ね……」
男「そりゃねぇ、これだけいい光景を前にしたら」
好恵「ん〜〜」
思わず下を向く坂下、自分の裸なんて自信ゼロだった。
好恵「そんなに……いいかなぁ」
男「っていうか悪いところが見つからないんだけど……」
実際、坂下の裸体は「完璧」と表していいほど美しかった。
ツンと切り立った胸、しっかりと締まった腰、そしてそこから美しいラインを描いて続く尻から足、見るものを酔わせる、えもいわれぬ魔力があった。
好恵「そう? ……ありがと」
らしからぬ「えへへ笑い」をする、それすらも今はよく似合っていた。
男「じゃ……いい?」
好恵「……うん」
恥じらいながらもうなずく坂下。男はゆっくりと自分のモノを坂下の秘部にあてがう。
そして、ゆっくりと挿入する、すぐに抵抗を感じたが、かまわず押し進めると中は意外にも充分な水気をおびており、すんなりと侵入できた。
しかし、そこから先はそうはいかない。
好恵「……つっ!」
男「あ……大丈夫?」
好恵「う、うん……だって私、空手家だもん、痛いのは平気……」
抵抗もせずに体が引き裂かれるのが痛くない訳はない、それでも気丈な笑顔を向ける坂下。
男「わかった、じゃあ一気に行くよ」
コクンとうなずく坂下、そして男の背中に手を回し、胸に顔を埋める。
――ぐいっ――
好恵「―――っ〜〜〜!」
瞬時の激痛、そして後から押し寄せる熱い痛み。生まれて初めて経験する痛み……。
好恵(……え? )
そんな痛みすら中断させるほどの『違和感』が彼女の頭をよぎった。
好恵(……あ)
男「どうしたの? 大丈夫かい?」
好恵「あ、はい……あはは、あんまり大丈夫じゃないかも」
男の背中にしがみついて笑う、じわじわと痛みが戻ってくる。
男「……もうやめとこうか」
申し訳なさそうに提案する青年、それほど坂下の苦痛の表情はこたえたのだろう。
好恵「……いくら私でも、ここでやめたら怒るわよ」
じっと抗議の目を向ける坂下。と、一転やさしい表情に変える。
好恵「ね、私のこと、好き?」
男「……ああ、もちろん」
聞くまでも無い、青年が快感のみを求めたなら痛そうにしたってやめるハズはない。
好恵「じゃあ、続けて……最後まで」
言ってキスする坂下、繋がったままで2人はしばらく熱い接吻を楽しんだ。
男「じゃあ、動くよ」
好恵(コクン)
ゆっくりと引き抜き、また押し込む。結合部からは赤い雫が流れ、純白のドレスを染める。
好恵「……んっ、くっ、んんっ!」
動くたびに走る痛みに声を上げる坂下、しかし決して拒みはしなかった。その痛みを受け入れることが彼に求められる証だと信じていたから……。
好恵「んっ、んあっ、ふぁっ、んっ、んん……」
徐々に痛みが痺れに変わっていく、それはやがて体中に熱いものを伝達するように全身を支配して行く……快感という名の痺れに。
好恵「んあっ! はぁっ! はああ……ん、はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
男に抱かれたまま、とうとう自分からも動き出す。
(大丈夫ですよ、空手で鍛えた体ですから、すぐに気持ち良くなりますよ(にっこり))
好恵(やだ……葵の言ってた通りじゃない、もう! )
自分にちょっぴり自己嫌悪を感じながらも、大きくなって行く快感に身を任せる坂下。
好恵「はっ! はっ! はぁっ! はあんっ! はああっ!」
絶頂が近い、それは男も同じなようで、坂下の背中に回した手に一層の力がこもる……。
好恵「はっ! はぁっ! はあぁぁぁぁ――――ん!!」
月夜の下、純白の花の上で、少女が今日2度目の開花を迎えた。
好恵「ねぇ……よかった?」
男「うん、もう失神するかと思ったよ」
好恵「まーたまたぁ」
ドレスの上で寝転んで、青年の頬を指でつっつく坂下。
男「いや、ホントだよ。僕も初めてだったし」
好恵「え? そうなの……」
男「……恥ずかしながら」
初めて相手より照れる男。そんなしぐさを見てくすっと笑う。
好恵「えへへ、初物ゲットね♪ お互い」
男「あはは……でもなんか少しの間に感じ変わったね」
好恵「女は恋をして変わるものよ」
男「………………」
好恵「…………な、なによ! 女がこういうセリフ言ったときはそれなりのリアクションしてよぉ!」
再び赤面する坂下、人間そうそう変われるものではなさそうだ。
どちらからともなく唇を重ねる二人……そして離れると、坂下は彼に言った。
――――ねぇ、貴方の名前、教えて――――
そこはとても「大人の女」の部屋とは思えないほどのファンシーグッズや変身魔法少女のアイテムにあふれかえっている部屋。
コンコン
スフィー「どうぞ〜」
がちゃりと扉が開かれ、坂下が入ってくる。
スフィー「………………」
好恵「ごめん……『また』やっちゃった」
優しい表情で申し訳なさそうに笑う坂下。
スフィー「……はぁ」
しょうがないなぁ、とため息をつくスフィー、これがバレたらどうなるやら……。
好恵「ゴメンね、迷惑かけて。でも……」
スフィー「ほんっっっっとうに……ね」
語尾は笑顔だった。
好恵「でも、ダメみたい。やっぱり相手に本気になっちゃうのよね、私。
それで次の好きでもない客に抱かれるのって……」
スフィー「わかってるわよ、ま、私もそんなあなたが好きだから毎回毎回もみ消してるんだけどね」
好恵「……ありがと」
スフィー「でも、それで恋した人の記憶まで消されるのは……辛くない?」
好恵「正直辛いわ、あの人のことを忘れるのは……ね。でも……」
スフィー「『あの人に自分が(何か)を残せればそれでいい』でしょ。
あんたって娼婦に向いてるんだか向いてないんだか……」
好恵「これであの人はもう2度とこの『葉鍵楼』に来られない……やっぱ娼婦失格かも……ね」
うつむき、嗚咽を漏らす坂下。愛した人のことをこれから忘れなければならない、そしてもう、2度と会えない――それはこの『葉鍵楼』のタブーを犯したものに対する最低限の代価。
好恵「……でも、いいの……あの人は……私を……求めてくれた……から……
あの人が……何かを、私から……もらってくれれば……ひくっ!」
嗚咽が大きくなる、もはや言葉にならない。そんな坂下の頭をそっと抱きかかえるスフィー。
スフィー「大丈夫、人と人とが出会って何も残らないなんてありえないわ、特に貴方なら、ね。
私が保証する」
好恵「……ありがと、ひっく」
消却の呪文を唱え始めるスフィー、この呪文を唱え終わった時、坂下の体は『今日という日』を失う。彼と触れ合った記憶も、体に刻んだ『証』さえも。
それでも坂下はあえて『純潔な自分』を選ぶ。彼女が忘れた『この前』も、さらに『その前』も……
スフィー「ラテラ・ル・ドファルラ・レテション……」
好恵(……・さようなら、哲夫さん)
繁華街の片隅、一人のサラリーマンが足早に帰宅の途についている。
それを眺めるガラの悪そうな一団があった。
不良「あ! おいアイツ、こないだのカモじゃねぇか?」
不良2「ラッキー、また小遣い寄付してもらおうぜ♪」
不良「よう! いつかのお兄さん」
不良2「なぁ、また恵まれない少年に寄付してくれよ……くれるよなぁ」
4〜5人の連中に絡まれたその青年は、ひるまずに真っ向から睨み返す。
哲夫「……誰が、きさまらなんかにくれてやるかよ」
不良3「……を!? 言ってくれるなぁおい!」
不良4「面白れぇ、やるってのか?」
哲夫はひるまない。顔の前で腕を十字に切り、足を広げて空手の戦闘体勢を取る。
『押忍っ!』
胴に入った空手の気合が相手を圧倒する。
不良3「お、おい……人違いじゃねぇか?」
不良5「あ、ああ……やばいかも……」
熱く鋭い哲夫の目が不良達を射抜く。
哲夫「どうした? 来いよ」
不良「ふ、ふん……行こうぜ」
不良2「あ、ああ……」
そそくさと退散する不良連中。カバンを拾い、汚れを叩き落とす。
哲夫「ははっ、案外できるもんだなぁ、俺でも」
1ヶ月前までの自分では考えられなかった、常に目の前の災難に目を伏せるしかなかった自分。誰がそんな自分にハッパをかけてくれたかは分からない、でも確かに変われた気がする。
ガラでもなく空手道場に入門し、小中学生に散々殴られた。そんなおかげで多少は強くなった。が、その原風景となる人の顔がどうしても思い出せない。
気合を切る姿、照れた顔、つぼみから咲いた花のような姿……。
哲夫「おっと! いけない、早く帰らなきゃ……」
終電をのがすまいとかけだす青年。
ある世界の少女が残した意思は確かに生きていた……。
リアン「坂下さぁ〜ん、おねがいしますぅ」
本日の受付、リアンが情けない声を上げて駆けてくる。
あ〜あ、ありゃタチの悪い客に散々いじめられた顔だな、まったく朝っぱらから……。
好恵「はいはい、またさくっと叩きだしゃいいんでしょ!」
拳をごつんと合わせて玄関に向かう坂下、葉鍵楼の用心棒が今日も仕事に取り掛かる……。
まだ咲かぬつぼみは今日も元気だった。
―――完―――
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