Anger




どこで、間違ったのだろうか。




Anger




家に着き、玄関で漸く腕を強く掴んでいた手が離された。アニスはそこで振り返り、家の鍵を閉める。
普段からそうするようにジェイドから言われていた為に、それは帰って来てからの習慣となっていて、今も癖のように身体が勝手に動いていただけだ。だが、ジェイドはそれがやけに落ち着いているように見え、不愉快に感じた。
「(自分はこんなにも心を乱されているというのに、何故――)」
アニスが自らこちらへ来る時間さえもじれったくなり、後ろから抱き上げると、有無を言わさずアニスの為に用意した客間のベッドへと乱暴に下ろした。
「痛…っ」
「どういうつもりです?」
下ろした時の衝撃の痛みをアニスが訴えていたのは聞いていたが、それを気遣う余裕はもはや自分にはない。
以前からジャンがアニスに好意を持っていた事も、ジャンという人間が、好意を寄せた女性を手に入れる為なら手段を選ばない事も知っていた。
だからこそ、近づくジャンに今日のような事がないように、アニスに遅くまでの外出の許可もしなかったのだ。
なのに、アニスはそれを守らなかった。それどころか、ジャンに身体を触らせる事すら許してしまう。その事実は、ジェイドに一つの疑惑と不安をもたらした。もしかしたら、彼女は彼が――。
「何故、早くにジャンの誘いを断らずにいたのです?私は、あまり遅くまで外を歩くなと言った筈ですが」
「断る理由がなかったから一緒にいただけです。それに、同僚との付き合いだって、大切でしょ」
「その同僚との付き合いが、あんな裏路地であんな行為ですか?それは、付き合いの域を越えていますよ」
「違う、あれはジャンが勝手に…」
誤解を解いたつもりでいた。だが、それは思わぬ所でジェイドの怒りを増幅させてしまう。――呼び方だ。自分の方が付き合いも長いというのに。なのに、一度も呼ばれる事のなかった名前。
だが、あの男はたった一ヶ月で呼ばせてしまったのだ。それは、決して許せる事ではない。
「随分仲が良い事でしたしね。説得力がありませんよ」
もはや、売り言葉に買い言葉だ。初めは説得するつもりだったが、ジェイドの言い草にはアニスも黙ってはいられない。
「人の気持ちを何もわかってないくせに、好き勝手言わないでよ!!そういう関係じゃないってさっきから言ってるじゃないですか!!」
「仮に、そうでないとしても、この時間まで男女が二人で遊ぶなんていうのは…」
「…大佐、パパみたい。口煩い親は嫌われるんだからね」


『パパみたい』
『嫌われる』


その言葉に言い返す言葉は何もなかった。そして、決して認めたくなかった事実が、まるで布に滲む水のように心の中へじわじわと染み込んでいく。
大きな歳の差。そして、いくら自分が彼女を想って接していたも、彼女にとっては父親の愛と変わらないのだと。
彼女が来てから、昼食の時間を潰してまで書類に向かい、早く帰宅するように努力した。ジャンがアニスに目を付けていた事を知り、危険が及ばぬようにした。若い女性なら嫌がるような言い付けも、アニスは全て守ってくれていたのだ。
それは、アニス自身も自分と一緒にいたいと思ってくれている証拠だと、心のどこかで思っていた。だが、それは恋人としてでなく――。
「父親代わり、だったのですか」
「え…?」
「私は、貴女を…」
愛していたのに。
五年間という長い年月を経て漸く告げられた愛の言葉。だが、それはアニスの耳には届いていない。正確には、アニスをベッドへ押し倒す時に起こったベッドの軋みが、掻き消してしまった。
「大佐…ちょっと、落ち着い…」
「ならば、父親代わりとして、男がどんなに危険かを教えてあげますよ」
違う。本当は、どうせ愛されないのならどんな形でも愛してみたかっただけ。自分で自分の首を締めるような言い訳を口に出してから、もっと上手い言い訳を探せば良かったと、少しばかり後悔した。そんな心の内を余所に、アニスは言葉の意味を理解したようで、力一杯に抵抗した。
その腕を縛り上げ、ベッドへ括りつけてしまうと、衣服に手を掛ける。ビリ、と布が力任せに切れる音がやけに鮮明に、二人の耳に届いた。




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