Collapse




全て、崩れてしまった。




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窓から差し込む朝日の眩しさに目を覚ます。
ベッドの傍にある時計は、出勤時間が迫っている事を告げていた。隣にいるアニスを起こす事のないように、そっとベッドから抜け出して部屋を出て行こうとしたその時、掠れた声で呼びとめられた。
その声に反応して振り向くと、大きな瞳がこちらを見つめていた。戻るべきかどうか迷いもしたが、呼び止められたのが自分である事と、昨夜考えていた事を告げる良い機会だと思い、ベッドへと再び戻って行った。
「大、佐」
「…すみません」
一言、謝罪の言葉が出ただけで、残りの言葉が何も出ては来ない。言わなければならない事があるのに、傍に置いて起きたという欲が、口にする事を許さない。
あれだけの仕打ちをアニスにしておきながら、まだアニスに執着する自分が酷く強欲な人間に感じられた。だが、自分が本当にアニスを想っているのだとしたら、もうこの家に居させておくべきではない。
「アニス」
「…何ですか?」
「今日は、休んでいて下さい。それと、動けるようになったら、荷物を纏めて下さい。ガイに、アニスを一緒に住まわせて頂けるように頼んでおきますから。これからは、そちらから学校に行きなさい」
途端に、アニスの表情が険しくなる。ベッドの上からアニスの身体が動いたかと思えば、ベッドの端で座っていた自分の身体の上へと圧し掛かって来た。
突然の出来事にバランスを崩してしまい、床に倒れ込む。上で、一緒に倒れ込んだアニスが僅かに動くが、未だに体重は預けたままだ。どうやら、身体が思うように動かないらしい。
暫くは動かそうと努力していたが、次第に諦めるかのように動かなくなった。その代わりに、アニスの小さな声が部屋に響く。
「抱くだけ、抱いておいて…捨てるの?私は、もういらないの…?」
「違います。私はただ、もう貴女を傷付けたくはないのです。私と一緒にいたら、貴女が不快な思いをする。それを目の当たりにしてしまったら、私は私を許す事は出来ません」
アニスに触れた手が、震える。おそらくアニスはわかっていただろうが、そんな事に構っていられる程の余裕がなかった。
アニスは、羽織ったインナーを強く握ると顔を上げた。そして口を開く。
「例え…そうだとしても、私は、何所にも行く気はないから」
「…好きにして下さい。とにかく、今日は休むように。私はもう行きますから」




部屋のドアがパタン、と閉まってから、再びベッドへと身体を沈め、目を閉じる。
本当はジェイドの言った事に従うつもりでいた。ガイの元へ行けと言うのなら、それでも良いと思っていたし、寧ろその方が、忘れるには都合が良かっただろう。
だが、出来なかった。まだ、ジェイドと一緒に居たいと思う気持ちが、このままジェイドの元を離れてしまう事を許さなかった。実行に移す事が出来たのは、ジェイドが先程のように答えてくれると、心のどこかで期待していたからかもしれない。
だが、言ってみたものの、これからジェイドとどう接していけば良いのかわからない。
ゴロン、と寝返りを打つと、急に考える事が面倒になる。寝てしまえば考えずに済むと思ったが、いつもの習慣のせいか、眠気はやって来ない。
寝る事を諦めて目を開けると、窓から差し込む朝日が、やけに眩しく感じられた。








昨日までは長いとさえ感じていた帰路が、今日はやけに短く感じられた。
それだけ帰る事に気が引けていたのだと気付き、その自覚が更に気を重くさせた。
どう接したらいいのかが、わからない――。そう思いながらドアの前で入るのを躊躇っていた。だが、逃げていては何も始まらないのも事実だ。意を決して家のドアを開けると、足音が聞こえた。下の方で彷徨わせていた視線を上げれば、私服であろう薄手の白いワンピースを着たアニスが立っている。
何も言えず、ただじっとアニスを見たまま黙っていると、最初は何も言わずに不安そうな顔で視線を彷徨わせていたが、やがて俯いたまま、小さな声でぽつりぽつりと言葉が紡がれる。
「あの、夕食作ったんですけど…時間が経っちゃって、冷めちゃったんです。あの――嫌なら、作り直しますから…。遅くなるなら、大佐が帰って来てから作れば良かった。ごめんなさい」
「いいですよ。貴女の料理を食べずに捨ててしまうなんて、勿体ない。それに、謝る必要なんてありませんよ。私こそすみません。遅くなると、一言伝えておくべきでした」
首を横に振る事で否定したアニスが、ぎこちない笑顔を浮かべた――その時。アニスの身体がぐらりと傾く。慌ててアニスの傍へ寄ると、凭れかかる形で腕の中へ納まった。
「ご…ごめんなさい」
大丈夫か、とか怪我はないか――とか言いたかったが、それが口から発される事はなかった。腕から感じ取る熱と感触に、何も言えなくなってしまったのだ。
今朝、もう二度と触れる事はないと思っていた身体に、偶然とはいえ――触れているのだ。
人間というのは、欲の深い生物である。更に触れたいとさえ思っているのだから。
暫くは、触れてもいいのかどうか迷っていたが、抑制しようとしていた心が少しだけ、欲に負けてしまい、触れている腕に力を入れて、胸へと引き寄せた。そして、もう一方の腕をそっと、アニスの腰へと回そうとしたが――。
「あっ――」
アニスの身体が僅かに強張った事に、気付いてしまった。その瞬間、昨夜のアニスの表情が蘇り、反射的に腕の力を緩めてしまう。
それと同時に腕の中から抜け出したアニスは、済まなさそうにこちらを見ていた。
「アニス…」
「ごめんなさい。あの…もう、寝ますね。お休みなさい、大佐」
おぼつかない足取りでゆっくりと階段へ向かうアニスに対して何も言えず、ただ呆然と立ち尽くし、見つめるだけだった。




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