Ask
ねぇ、大佐。あの夜の事は――。
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決意を固めてからどれ程の時間が経ったかはわからなかったが、手元にあったお粥が冷めてしまっている事に気付いてから漸く食べ始める。
以前、旅をしていた頃にケテルブルクで会ったベルナールが「料理は愛情を持って作れば美味しくなる」と言っていたが、本当だったのだろうか。目の前のお粥は、自分が作っている物と同じように見えるのに、何故か美味しくて、ほんのりと心が温かくなった気がした。
ジェイドに『愛情』なんて――どこか胡散臭いとも考えて笑ったりもしたのだが。
その時、ノックの音と同時にジェイドが入って来た。手には、水の入った桶とタオル。肘の辺りまで袖を捲り上げたワイシャツから見えた鎖骨が色っぽくてドキリとした。
身動きが取れないままでいると、近くに寄ったジェイドが顔を覗き込んでくる。その行動に、再びドキリとさせられた。
「食欲はまだありませんか?心なしか顔も赤いみたいですし…また熱が上がったのでは?」
「だ、大丈夫です!!別に熱なんてありませんよ。食欲ない訳じゃなくて、ゆっくり食べてただけで…」
触れようと伸ばされた手を拒むように否定する。だがジェイドは否定の言葉を聞き入れる事はなく、左手をそっと近付けると額へ当てた。その冷たさが心地良くて目を閉じるとジェイドは溜息を吐く。それが呆れている物ではなく、安堵の意の物だと理解していたが、それについては黙っていた。
きっと、はぐらかしてしまうのだろうから。
「貴女はすぐに無理をするから…心配なんですよ。まぁ、今回は嘘を吐いていないようですが。とにかく、その残りのお粥を食べてしまいなさい」
促されるままに手元のお粥を口へ運ぶと、ジェイドは持って来た荷物を机の上に置き、その荷物の中の一つである本だけを持って、机の傍に置いてあった椅子をベッドの近くまで寄せた。その椅子へと腰を下ろして本を開く。
それを横目でチラリと見てから、もう一度口にお粥を入れた。ゆっくりと噛んでから飲み込むと、持っていた食器をサイドテーブルへと置いた。勿論、中身は空だ。
「ご馳走様でした」
「はい、お粗末様でした」
本をパタリと閉じた後、ジェイドは立ち上がる。おそらく、食器を片付ける為なのだという事は理解出来た。サイドテーブルへ向かうジェイドのワイシャツを、片手でそっと掴んでみる。すると、驚いた表情でジェイドがこちらを見た。
――聞かなければ、と思うのだが、中々言葉として口にする事が出来ない。すると、痺れを切らしたジェイドが先に口を開く。
「どうしました?アニス」
「あ、あの…大佐、話したい事があるの」
漸くそこまで告げてジェイドを見ると、ジェイドは机のある所まで戻り、置いてあった桶を取った。その中にタオルを入れて濡らすときつく絞る。そしてこちらを見て微笑んだ。
「聞きましょうか。ですがその前に、寝汗をかいたでしょう?拭いてあげます」
「え?そ、そんな…いいです。後で自分でやりますから!」
顔を真っ赤にして首を横に振る。好きな人にそんな事をさせる訳にはいかないし、何よりジェイドに裸を見られるなんて恥ずかしいにも程がある。だが、ジェイドは有無を言わさずにパジャマのボタンを一つ一つ外していく。
「あっ、ちょっと…大佐っ!」
「今更恥じる事もないでしょう。裸なんて既に見ているのですから」
そう言われればそうなのだが、恥ずかしい物は恥ずかしい。
しかし結局、ジェイドの力に敵う訳もなく脱がされてしまい、大人しくジェイドが身体を拭き終わるのを待つしかなくなった。
背中に濡れたタオルが宛がわれ、上下に動かされ始めた頃、後ろからジェイドの声が聞こえて来た。
「それで、話というのは何ですか?」
そのままジェイドに促されるように言おうとしたのだが、そこで漸くジェイドが自分が話す際に顔を見なくても話せる状況を作った事に気付く。
さりげなさ過ぎて、人には気付かれ難いからわからないのだろうが、ジェイドは本当はこういう気遣いの出来る優しい人間なのだ。
その優しさが少しくすぐったいと感じながらも、先程の不安が消えている事に気付く。本当は、質問を投げかけてジェイドに否定されるのが怖かったのだ。
だが、今のジェイドを見ていたら、ジェイドの口から否定の言葉が出る姿など想像出来なかった。
「…前に、大佐が私に『愛してる』って言った事がありましたよね。あれは、本当に私を愛してるから言った言葉なんですか?」
ピタリ、と背中の手の動きが止まる。後ろを振り向くと、どう答えたら良いのかわからないとでも言うような表情を浮かべたジェイドが居る。黙ったままのジェイドを見て、ジェイドは自分があの時の事を怒っているのと勘違いしているのではないかと思って慌てて口を開く。
「あの…別に、あの時の事を怒ってる訳じゃないの。あの時の事はもう何も思ってないし。でも、大佐が『愛してる』って言ってくれた事だけがずっと頭に残ってて、私はその言葉が本音だったのかを知りたいだけなの」
そこまで告げてジェイドの手を取ると、ジェイドの手に力が入ったのがわかった。そして、何かを決意したようなジェイドの顔が見えた。
「貴女の質問に答えましょう。ですが、話し出すと長くなります。先に身体を拭いてしまって、何か飲み物でも用意してからにしましょう」
ジェイドの言葉に頷くと、止まったままだったジェイドの手が再び動き出す。ジェイドが優しく身体を拭いてくれるのを、目を閉じて素直に受け入れる。
タオルを持っていない左手が直接触れる度に伝わる熱が、やけに心地良く感じられた。