I love you.
私は、あの人から貴女を奪えるとは思っていなかった。
I love you.
身体を拭き終えると、ジェイドは一度脱がせたパジャマや下着を丁寧に着せてから桶やタオルを持って部屋を出て行く。大人しくして待っていると、暫くしてからジェイドが飲み物を持って戻って来る。
二人分の紅茶が用意されているのを見て、ジェイドがコーヒーではないのは珍しいと思いながらも、手渡された紅茶を一口飲むと、それを見ていたジェイドが口を開く。
「まずはあの夜、感情のままに貴女を抱いてしまって申し訳ありませんでした。今でも、反省しています。しかし、貴女にとって私は父親のような存在だとしか思われていないのかと――私が貴女に愛されていないと思った時、どんな形でも一度だけ貴女を抱きたいと思ってしまった。貴女の気持ちを考えずに」
罪悪感に苛まれた表情を浮かべたジェイドに対して首を横に振る。そして、膝の上に置いていた左手をそっと両手で包んだ。そして、驚くジェイドに微笑んでみせた。
「あの時の事は、もういいの。約束を守らなかったり、大佐が怒るような事を私もしてたから。それに、大佐があの言葉でそんなに傷付くとは思ってなかったの。私こそ、ごめんなさい」
「私こそ、もういいのです。それで、話の続きをしますよ。――初めは、旅をしていた頃でした。貴女には、何時如何なる時であろうと、気を遣う必要がなかった。それが、私にとっては心地良くてたまらなかった。軍の中では、ほんの一握りしか信頼の出来ない環境の中にいるよりは、ずっと楽だったのです。ですが、相手は同い年の人間ではない。二十二歳も年下の女の子にです。その事実に興味を持った。そして、旅をする月日が増えていくうちに、興味だけで済んでいたものは、好意へと変化していたのです。今思えば、一目惚れだったのかもしれませんね。最初に会った時から気になっていましたから。まぁ、今となっては何時から好意を抱いていたか、なんて正確には覚えていませんが。しかし、その時の私は――自分が貴女に好意を持っている事を認めたくなかったのですよ。貴女が、私に好意を持っていない事は、わかっていたのですから。私は、その事実を貴女の口から伝えられ、傷付く事が怖かったのです。そのまま、旅は終わり、一年の月日が流れてから、その好意は一層強くなった。だからこそ何か自分と貴女を繋げる物が欲しくて、文通などと切り出したのです。だが、それと同時に、恐怖も一際強くなった」
「…不思議。大佐にも怖い事があるんだね」
「私にも、怖い事くらいありますよ。人間ですからね。…今でも、怖いのですよ。貴女に拒絶される事も、イオン様に恨まれてしまうのではないかという事も。私はあの人から貴女を奪えるとは思っていなかった。勿論今も。昔と今で私は何も変わっていない…貴女が好きだという事も」
ジェイドは右手を取ると、優しく口付ける。それからじっと見つめられていると妙に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして視線を外した。だが、それを許さないとでも言うように、一度離された手が、今度は顔を捉えて無理矢理ジェイドの方へ向けさせられる。その真剣な瞳に、再び熱が集まっていくのがわかった。
「アニス、愛してる。あの夜貴女に伝えた愛も、今、貴女に伝えた愛も――全ての愛に偽りなどありません。私は、この言葉を…ずっと貴女に伝えたかった」
これは、都合の良い夢ではないのだろうか、自分がずっと待っていた言葉をジェイドが告げてくれる事が、現実としてあっていいのだろうか、と疑いたくなった。ジェイドが頬を挟んだままであった為、右手で左手を抓ってみたが、痛みがある。夢ではないのだ。そう思うと、涙が零れた。
「…やれやれ。私はどうやら、貴女を泣かせてしまうばかりのダメな男のようですね」
「ち、違う…の。ただ、嬉しくて…。だって、私も、旅をしていた時からずっと――大佐が好きだったから…っ！」
「アニス、それは…本当ですか？」
「うん。私は嘘をつかないよ…でも私は罪人と言われてもおかしくない程の人間。私みたいな人間が幸せになるなんて、イオン様やアリエッタは絶対に許しはしないんだってずっと思ってた。だから、何時からか…自分は幸せになるべきじゃないってずっと言い聞かせていたの。でも、イオン様が夢の中で幸せになって、って言ってくれたから。私は別に自分を責める必要はないって思ったの。だから、今なら言える。昔も、今も、大佐を愛してる」
微笑んでみれば、間を置かずにジェイドが抱き締める。それに応えるように背中へと手を回すとより力強く抱き締められた。暫くそれは続き、漸く放されたかと思えば、すぐにジェイドの唇が、自分のそれに触れる。
甘く優しいそれは、以前はあった悲しみなど一つもない。一度唇を離し、再び深く口付けてからジェイドと共に、ベッドに倒れ込んだ。