Conviction
それは、確信へと変わっていく瞬間。
Conviction
「それにしても、貴女が私の元へ来るなんて珍しい。何かあったのですか?」
用意していた紅茶を注ぎ、ソファーへ座るアニスの前に出す。アニスはそれを受け取ると、軽くお辞儀をして、注がれたばかりの紅茶を口に含んだ。
その美味しさに思わず顔が綻ぶ。そのままジェイドの方を向くと、笑顔を見せた。その笑顔は、昔見ていた子供の時の面影は残っているものの、大人の女性のそれである。
その事を自覚してしまうと、不覚にも心臓が高鳴っていると感じてしまう。
もう若くもないのにこんな初恋のような、と自嘲してもいるのだが。
「相変わらず大佐のお茶って美味しいですよねぇ。あたし、昔から好きだったんです」
「おや、お褒め頂いて光栄ですね。褒めて頂けたところで、先程の質問に答えて頂きたいのですが」
「すみません。別に用事はなかったんですけど、やっと暇になったんでグランコクマに来た時に大佐に会おうと思ってたんです。本当は明日から仕事なんですけど、明日になっちゃうと帰るまで会えなそうだったんで…ちょっと忙しかったけど、一日早く出て来たんですよ」
「感謝して下さいね?」なんて言って、額に指を押し付けられる。そんなアニスにジェイドは薄く笑みを浮かべれば、何がおかしいのかとでも言いたそうに、アニスは首を傾げてジェイドを見る。
一方のジェイドは額の手を取り、そっと握ると、目を合わせた。
「えぇ、感謝していますよ。…ところでアニス、今日は暇なのですね?」
「そうですけど」
「では、そろそろ夕食の時間も近い事ですし、食事にでも行きませんか?ゆっくりと貴女の話も聞きたいですしね」
立ち上がったジェイドに差し出された手を受け取る事で、肯定の意を示し、二人は執務室を後にした。
アニスがジェイドに手を引かれ連れて行かれたのは、内装の綺麗なレストランだった。周りを見渡してみるが、どう見ても自分が小さい頃から憧れていた高級レストランそのものである。
ウェイターに通されて平然と入っていくジェイドの後ろで、どうも場違いな場所に来たような感覚がしたアニスは立ち止まる。背中に気配が無くなったとでも感じたのだろうか。ジェイドは立ち止まり、後ろを振り向くと笑みを浮かべた。
「どうしました?」
「いや、その…あの、大佐、ここ高いんじゃ」
「あぁ、お金なら心配いりませんよ?私が出しますから」
「そうじゃなくて…っ」
近付いたジェイドの軍服を強く握りしめる。お金がかかるとか、かからないとか、そういう事ではない。普段からこんなレストラン等の店とは無縁な生活をしてきたアニスにとって、こういう高そうな店というのは入るのに気が引ける場所である。
可愛らしい。
立ち止まったまま、俯いて動こうとしないアニスを見て、ふと思う。その姿は、旅をしていた頃の少女の姿と変わりない。美しい女性らしさの中に時折見せるそんな姿に、一番そそられる。もっと見ていたい、と考えたが、このままでは時間が過ぎる一方である。
軍服を握っている手に触れる。そうすれば、先程まで俯いていたアニスが顔を上げた。そこでジェイドはにっこりと笑みを浮かべると、「少し待っていなさい」と促した。そして、先程のウェイターへと向かって行く。
「失礼。彼女の体調が優れないようですので、また次の機会にして頂けますか?」
「はい、構いませんよ。また機会がありましたらいらして下さい」
キャンセルの意思を告げる声が聞こえる。そして、再び戻って来たジェイドに手を引かれ、アニスはレストランを後にした。
「…いいんですか?大佐」
「気が引けて入りづらかったのでしょう?気を遣って食事をしていたら、美味しい物も美味しくなくなりますよ。アニス、何か食べたい物はありますか?」
「…カレー」
「では、いつもの店にでも行きましょうか」
先程まで引っ張られていた感覚がなくなり、歩調が遅くなる。ジェイドが合わせてくれているのだと理解したアニスは、お礼を告げる代わりに握られた手をゆっくりと握り返す。
アニスの行動に胸がドクン、と高鳴る自分に、以前自分が抱いた好きという感情は本当なのだと実感した。そして、握った手の力を更に強めた。どうしても彼女を手に入れたいという意思を表しているかのように。