Invitation




再び会える事を願って。




Invitation




時刻はもう、日付を越えるか越えないかという程までに遅くなっていた。本当は未成年であるアニスをこんな時刻まで外に連れ出しているのはどうかと思ったが、少しでも長く一緒にいたいという欲が勝ってしまっている事に、やはり自分は保護者には向いていないのだと自覚してしまう。もっとも、そんな欲を抱くのは彼女にだけなのだが。
ふと気づくと、アニスがこちらを見ている。何も言わず「何か用なのか?」という視線を送ってはみたが、答えは返って来ないまま、視線は前へと戻された。言う気がないと判断したジェイドも、アニスと同じように前を向く。別れを告げなければならない宿屋は、数十メートル程先で明かりを燈していた。
別れが惜しいと思い、歩く速さが無意識のうちに遅くなっていたのにも関わらず、気づけば目の前は宿屋だ。楽しいと時間が経つのは早いとよく言うが、それは本当なのだとジェイドは今日改めて知る事になった。
「さぁ、着きましたよ」
別れを惜しんでばかりはいられない。アニスには――もちろん自分もだが――明日も仕事がある。それを考えればもう休まなければ明日に響く。
ジェイドが宿屋のドアを開け、中へ入るように促す。だけどアニスが一歩進めば、向かうのはジェイドの元だった。アニスはドアの横に立つジェイドの手をそっと握ると、顔を上げる。
「あの、さっきは、その…ありがとうございました。みっともない姿を見せちゃってすみません」
「あぁ、構いませんよ。貴女にお礼を言われるような事はしてません。ただ、私が貴女を甘やかしたいと思っただけです」
「…さっき、大佐はバーであたしがいつも大佐に言っていた言葉を覚えてるって言ってたけど、あたしも覚えてます。あたしが甘えた時、大佐いつもそうやって言ってくれましたよね?」
「…さぁ、どうだったでしょうね。もう歳ですから忘れてしまいましたよ」
そうは言ったものの、ごまかすための一言だ。自分が、アニスを甘やかす度に決まった事を言っていたなんて、自覚がなかった。ただ、彼女が自分に迷惑をかけた、なんて思わないようにと思っていただけだ。何を言おうかなんて考えていた事は一度もない。
そう深く考えているうちに、ふと我に返る。アニスの手が離れた喪失感からだ。何故かは理解出来なかったが、それに対して恐怖を覚えた。まるで全てを失ってしまいそうな感覚。このままではいけないという警告だったのかもしれない。
「た、いさ?」
アニスの声が耳に届いてようやく自分のした事を理解する。咄嗟に、アニスの手を掴んでいた。再び触れた手。先程はアニスの意思だったが、今度は違う。ジェイドの意思だ。
「…どうかしましたか?」
「アニス」
口から出るのは名前だけ。それ以上の言葉は見つからない。いや、自分が伝えたい言葉は知っている。拒絶される事が怖くて言えないだけだ。だが、ここまでしてはもう後には引けない。意を決して、ジェイドは再び口を開いた。
「これからも、時間があった時には私の元へ寄って下さい。また、こうして食事をご馳走しますよ」
即座に笑顔を浮かべたが、一瞬反応が怖くて怯えたような顔をしてしまった事に、アニスは気付いていた。そして、ジェイドがその事に触れて欲しくないと思っている事も。だからこそ、何も言わなかった。何も言う事なく、ジェイドに向かって笑顔を浮かべて、先程の返事を告げるだけにしようとアニスは考えた。
「是非、そうさせてもらいますね。大佐、ありがとうございます」
「いえ、構いませんよ。それよりも、もう夜も遅い。明日仕事があるのなら、もう休んだ方が良いでしょう」
そして、漸く触れていた手が離される。そこは、離れたにも関わらず、熱い程に熱を持っているように感じられた。手が離れ自由になったアニスは、開いたままだった宿屋のドアの内側へ入るともう一度振り向いた。
「やっぱり大佐は優しいですね」
「…気のせいだと思いますよ。では、お休みなさい、アニス」
「お休みなさい、大佐」
そして、宿屋のドアが閉められる。踵を返し、自宅へと向かうのであろうジェイドの足音が遠ざかった。完全に足音が消え去った事がわかると、早足で自分の部屋へ歩き、中に入ると力無く扉の前に座り込んだ。
今更になって、顔が熱くなり、動悸がする。いや、もしかすると浮かれていた自分が、その事に気付いていなかったのかもしれない。
久しぶりに再開した想い人は、昔と変わらず自分の甘えたい時を覚えていてくれた。これからも一緒にいたいという自分の気持ちをわかっているかのように誘ってくれた。それだけでも、彼ももしかしたら同じ気持ちではないかと考えてしまう。
「…そんな訳、ないよね。それに――」
そこまで言い、口を閉じる。外見はともかく彼はもう四十歳だ。たかだか十八年程しか生きていない女を相手にするなど、考えられない。
そして、先程の言葉の続き。いつもならその気持ちが自分の気持ちを打ち消した。だが、本人を目の前にしてしまった今日ばかりは、それさえも効果はない。
今夜は眠れそうにないな、と心の中で呟いたアニスは、真っ暗な部屋の窓に浮かぶ月を見た。




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